刑法 問題18

 妻Xと夫Yは、長男Aが生まれて間もなく離婚し、Xが親権者として1人でAを育てることになった。親権を失ったYは、一人暮らしをしていた。やがてXは育児に疲れ、YにAを育ててもらおうと思い、Yの帰宅時間前に道路からは見えないY宅の勝手口付近に生後3か月のAを無断で置いて立ち去った。Yは、帰宅してすぐにAに気付いたが、子どもの面倒を見るのが煩わしかったので、Aが死亡してもかまわないと思いながらそのまま放置した。翌日、Aが家の外に寝かされているのを隣家の2階から偶然見かけて不審に思った隣人の甲がY宅を訪れたが、Yが不在だったため、甲は勝手口付近でぐったりしていたAを病院に運び、これによりAは一命を取り留めた。
 X及びYの罪責を論ぜよ。

※同志社大学法科大学院 平成17年度


1 Xの罪責について
 AをY宅の勝手口付近に置き去った行為に、保護責任者遺棄罪(218条)が成立するか。
(1) Xは、生後3ヶ月というAの「幼年者」の親権者であり、Aを「保護する責任のある者」といえる。
(2) 次に、「遺棄」とは、要扶助者を場所的に移動させることにより、新たな危険を創出する行為と、保護しなければ生命の危険が生じ得る要扶助者を放置したまま立ち去る行為の双方をいう。
 そして、生後3ヶ月のAにとっては、母親の手を離れれば授乳できない等して間もなく生命に対する危険が一定程度生じてしまうことから、要扶助者Aを場所的に移動させることにより新たな危険を創出したといえる。そのため、Y宅の勝手口付近にAを置き去った行為には、「遺棄」とにあたる。
(3) そして、Xは、自らのそばから一定時間Aが離れてしまうことにより、Aの生命に対する危険が抽象的に生じ得ることを当然に認識していたと考えられるため、故意(38条1項)も認められる。
(4) よって、上記Xの行為には、保護責任者遺棄罪が成立し、Xは同罪一罪の罪責を負う。
2 Yの罪責について
 Aを放置したYの不作為に、殺人未遂罪(204条・199条)が成立するか。
(1) まず、Yは、Aをそのまま放置したという救助する等の期待された行為を行わなかったにすぎない。そのため、このような不作為についても殺人罪の実行行為性が認められないか。不真正不作為犯の実行行為性が問題となる。
ア そもそも、実行行為とは、法益侵害の現実的危険を有する行為をいうところ、不作為もかかる危険性を生じ得るから実行行為たり得る。もっとも、自由保障の見地から、作為と構成要件的同価値性が認められる場合、具体的には、①作為が可能かつ容易であることを前提に、②結果防止のための法的作為義務が認められる場合に、不作為の実行行為性が認められると解する。
イ これを本件についてみると、Xにとって、Aに食事を与えたりAを病院に連れて行ったりする等の作為を行うことは容易であったといえるから、作為が可能かつ容易であったといえる(①)。
 また、Yは、離婚により親権自体は喪失しているものの、Aの父親という直系血族にあたるため、民法上Aを扶養する義務を負う地位にある(民法877条1項参照)。このような法的地位に立つものにとっては、親権者による監護が期待できない状況においては、少なくとも条理上の作為義務は肯定し得る。そして、Aが置き去られていたのは道路からは見えないY宅敷地内であって、Aを救助できるのはYしかいなかったといえるため、Aの生命侵害に至るまでの因果の流れを支配する地位にあったといえる。したがって、Yは、Aを救助する行為に出るべき刑事上の法的作為義務を負っていたといえる(②)。
ウ よって、上記Yの不作為には、殺人罪の実行行為性が認められる。
(2) もっとも、Aは死亡するに至っておらず、殺人罪の結果は生じていない。この場合「実行に着手」(43条本文)していたといえるのであれば、殺人未遂罪(203条・199条)の客観的構成要件に該当することとなる。
ア この点について、未遂犯の処罰根拠が、構成要件的結果発生の現実的危険を惹起した点にあることから、かかる危険性が認められた時点で、「実行に着手」したといえると解する。
イ これを本件についてみると、Aが隣人甲に発見されたのは翌日になってからであるが、わずか生後3ヶ月のAが食事も与えられずに一晩中放置されたならば、栄養失調等によりその生命が失われる現実的危険が大いに生じるといえる。
ウ したがって、少なくとも甲に発見された段階で殺人罪の「実行に着手」していたといえる。
(3) また、Yは、Aのが死亡しても構わないと思いながら上記不作為に出ており、A死亡の結果の認識・認容していたといえるから、故意も認められる。
(4) したがって、Yの上記不作為に殺人未遂罪が成立し、Yは同罪一罪の罪責を負う。
以上


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