刑法 問題36

 甲は、乙から「強盗に使うのでナイフを貸してくれ。」と依頼され、これに応じてナイフを乙に渡した。その後、乙は、丙·丁に対し、「最近、知り合いのAが多額の保険金を手に入れたので、それぞれがナイフを準備してA宅に強盗に押し入ろう。」と持ち掛け、三名で計画を立てた。ところが、乙は、犯行当日の朝になって高熱を発したため、「おれはこの件から手を引く。」と丙·丁に電話で告げて、両名の了承を得た。しかし、丙・丁は予定どおり強盗に押し入り現金を奪った。
 甲及び乙の罪責を論ぜよ(特別法違反の点は除く。)。

※旧司法試験 平成7年度 第1問


第1 乙の罪責
1 丙及び丁は、ともにA宅に押し入って強盗に及んで現金を奪っているため、同人らの行為に住居侵入罪の共同正犯(60条・130条前段)及び強盗罪の共同正犯(60条・236条1項)が成立する。
 そこで、このような強盗を丙及び丁に持ちかけた乙にも同罪が成立しないか。
(1) まず、乙は強盗の実行行為に及んでいないため、「共同して犯罪を実行した」(60条)とはいえず、共同正犯は成立しないのではないか。共謀共同正犯の肯否が問題となる。
ア そもそも、共同正犯者が一部実行全部責任を負う根拠は、法益侵害に対する因果性を直接的に形成した点にある。そして、実行行為を行わずとも、このように法益侵害に対する因果性を直接的に形成することはできる。そこで、正犯意思を前提とした共謀が認められ、かかる共謀に基づく実行行為が行われた場合には、実行行為を行わずとも共謀共同正犯が成立すると解する。
イ これを本件についてみると、乙は、丙及び丁とA宅に押し入って強盗を行う旨の計画を立てるという謀議行為を行っており、住居侵入及び強盗を行う旨の意思連絡があったといえる。また、Aが多額の保険金を手に入れたという情報を入手した上で強盗を首謀して丙及び丁に犯行を持ちかけたのは乙であり、本件犯行につき主導的な立場を担っていたといえる。このような果たした役割の重要性を考慮すると、乙は本件強盗を自己の犯罪として行う意思を有していたといえるから、正犯意思も認められる。したがって、正犯意思を前提とした共謀が存する。
 そして、丙及び丁は、かかる共謀に基づきA宅に押し入って強盗に及んでおり、共謀に基づく実行行為も認められる。
ウ よって、乙の謀議行為に、住居侵入罪及び強盗罪につき共同正犯が成立し得る。
(2) そうだとしても、乙は、丙及び丁に対して犯行から手を引く旨を申し向けていることから、共犯関係が解消され共同正犯は成立しないのではないか。
ア そもそも、共同正犯関係にある者が一部実行全部責任を負うのは、法益侵害に対する物理的・心理的因果性を形成したからである。そうだとすれば、かかる物理的・心理的因果性が除去された場合には、共犯関係の解消が認められると解する。
イ これを本件についてみると、強盗に用いる武器は各自で用意しており、その他何らかの物理的因果性を形成したとはいえない。また、乙は、犯行に及ぶ前に丙及び丁に離脱の意思を表明し、両者の了承を得ていることからすると、心理的因果性を除去したともいい得る。
 しかし、乙は、本件強盗を丙及び丁に持ちかけた首謀者である。また、Aが多額の保険金を手に入れたという強盗を行う上において最も重要な情報である多額の金銭がA宅に存することを伝えている。だとすると、心理的因果性を除去できたといえるためには、乙が、丙及び丁の共犯関係も解消させ、両者にA宅に強盗に入らない旨の了承をさせる必要があると解する。
ウ 本件では、乙は、丙及び丁の共犯関係の解消をしておらず、また、両者にA宅に強盗に入らない旨の了承も得ていない。したがって共犯関係は解消されていないと解する。
(3) よって、甲の行為に強盗罪の共同正犯が成立し、甲は同罪一罪の罪責を負う。
第2 甲の罪責
1 乙丙及び丁が行った強盗行為について、甲も強盗罪の共同正犯ないし幇助犯の罪責を負わないか。
 この点について、甲は、乙にナイフを渡しているものの、乙は実行共同正犯者ではなく実際には右ナイフを使っていないため、物理的因果性は与えていない。また、共謀共同正犯の実行行為は謀議行為であるところ、本件謀議につき右ナイフが心理的因果性を与えたともいえない。さらに、右ナイフは丙及び丁の強盗行為にも物理的・心理的因果性を与えていないことから、甲が強盗罪の共同正犯ないし幇助犯の罪責を負う余地はないと考える。
2 もっとも、乙が強盗に及ぶためナイフを準備した行為に強盗予備罪(237条)が成立しないか。
(1) まず、強盗に用いるためのナイフを準備する行為は、強盗の「予備」行為にあたる。
(2) しかし、かかる強盗は乙が強盗行為に及ぶためのものであって、甲自身は強盗に及ぶ目的は有していない。そこで、このような他人予備の場合であったとしても、「強盗の罪を犯す目的」が認められるか。
ア この点について、予備は犯罪実行の前段階の概念であるし、文言上も自ら罪を犯すことを前提としていることを読むのが自然である以上、「目的」は、自ら実行行為を行う意思を有していることを要すると解する。
イ そうすると、乙は、自ら強盗を実行する意図を有していない以上、「強盗を犯す目的」は認められない。
(3) したがって、強盗予備罪の単独犯は成立しない。
3 そうだとしても、乙との関係で強盗予備罪の共同正犯(60条・237条)が成立しないか。
(1) まず、予備罪も独立の犯罪構成要件として規定されており、予備行為にも「実行」性が認められるから、「共同して犯罪を実行した」といい得る。
(2) もっとも、強盗予備罪は上記目的を有する者しか犯すことができない犯罪であるから、強盗予備罪は真正身分犯ということができる。そのため、他人予備の意図しか有しない甲には同罪の共同正犯が成立しないとも思える。そうだとしても、身分の連帯を定める65条により、甲にも強盗予備罪の共同正犯が成立しないか。
ア この点について、65条は、1項で真正身分犯についての成立と科刑を、2項で不真正身分犯についての成立と科刑を規定したものを解されるため、本件は65条1項の問題となる。そして、非身分者も身分者の行為を通じて法益侵害行為することが可能であるから、同条項の「共犯」には共同正犯も含むと解する。
 そこで、自ら犯罪を犯す意思を有する者と共同して予備行為を行う場合には、他人予備の目的しか有しない者も、65条1項により共同正犯としての罪責を負うというべきである。
イ 本件でも、自ら強盗を行う意図を有していた乙とともに予備行為を行った甲についても、強盗予備罪の共同正犯が成立する。
3 以上により、乙は、強盗予備罪の共同正犯一罪の罪責を負う。
以上


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