刑法 47


問題

 Fは、まとまった現金が必要となったため、自分が持っている美術品を売却することとし、美術品に詳しい知人のXに売却を依頼した。その際、売却の手数料は売却額の15パーセントと定めた。Fが売却を依頼した美術品は①、②、③の3点で、そのうち③は実は2年前に自分が盗んだものであったが、こうした事情をXは知らなかった。3点の美術品のうち、①と②については、美術品愛好家のAに予想以上の高値(合計1000万円)で買い取ってもらったが、借金に追われていたXは現金が欲しくなり、Fには700万円で売れたといって700万円から手数料105万円を差し引いた595万円を渡し、残りは自分の借金の返済にあてた。③については、Bに300万円で売却することにし、代金を受領したが、その後知人Cから③はFが盗んだものであるとの話を聞き、受領した現金を着服しても、Fの弱みを握った以上訴えられることはないと考えて、売却代金をFに手渡すことなく、自分の借金の返済に使った。
 Xの罪責について論じなさい。

※ 東京大学法科大学院 平成21年度改題

答案

1 Xが、美術品①、②の売却代金の一部を自己の借金の返済に充てた行為に横領罪(252条1項)が成立するか。
(1) Xは、上記美術品が1000万円で売れたにもかかわらず700万円で売れたと偽って、255万円分を着服しているが、この255万円が「他人の物」にあたるか。金銭は民法上所有と占有が一致することから問題となる。
ア この点、民法では取引の安全を保護する観点からこのように考えられているところ、これを刑法にそのまま適用する必要はない。また、刑法上保護する必要があることから、金銭にも他人性が認められると解する。
イ そして、これをXが占有していることから、「自己の占有する他人の物」にあたる。
(2) また、占有離脱物横領罪(254条)との区別から、右占有は委託信任関係を要すると解する。
 本件では、FX間に委託契約に基づく委託信任関係があるといえる。
(3) では、「横領した」といえるか。その意義が問題となる。
ア この点、「横領」とは不法領得の意思を発現する一切の行為をいう。そして、横領罪においては占有が両得者に移転している以上、不法領得の意思とは、委託の任務に背いて権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいうと解する。
イ 本件では、Xは、自己の借金返済のために255万円を着服している。これは委託の任務に背いて権限がないのに所有者Fでなければできない処分といえる。
ウ したがって、「横領した」にあたる。
(4) また、上記行為につき認識・認容があるため故意(38条1項)も認められる。
(5) よって、Xの上記行為に横領罪が成立する。
 なお、上記255万円につきFから返還請求を免れたといえ、2項詐欺罪(246条2項)も成立すると考え得るが、横領罪はその誘惑的要素から詐欺罪に比して法定刑が軽くなっている。この趣旨からすると、横領罪が成立する場合は2項詐欺罪は成立しないと解する。
2 次に、盗品である美術品③を売却した行為につき、売却時に「盗品」との認識を欠くため故意が認められず、盗品等有償処分あっせん罪(256条2項)は成立しない。
3 では、美術品③の売却代金をFに手渡すことなく自己の借金返済に使った行為に横領罪が成立するか。
(1) 前述のとおり、右売却代金もXが「占有する他人の物」にあたるものの、Fは窃盗犯人であることから、委託信任関係が認められるかが問題となる。
 この点、財産的秩序保護の保護の観点から、財物の所有者でない者との間の委託信任関係も刑法上保護する必要がある。そこで、窃盗犯人との間においても委託信任関係は認められると解する。
(2) また、前述のとおり、Xが自己の借金返済に充てたことは「横領した」といえる。
(3) さらに、上記事実につき認識・認容があるため、故意も認められる。
(4) したがって、上記行為に横領罪が成立する。
4 以上により、甲は255万円に対する横領罪及び300万円に対する横領罪の罪責を負い、両罪は併合罪(45条前段)となる。
以上

論点

横領罪 詐欺罪
金銭の他人性
横領の意義
横領罪と2項詐欺罪の競合
窃盗犯人との委託信任関係

条文

252条 246条

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