「結婚の奴」を読んだらする予定のなかった結婚をしたときのことを思い出した

能町みね子さんの「結婚の奴」を読み、その結婚観に感じ入るものがあった。
以下は、本の感想ではなく、本を読んで思い出した結婚についての自分語りである。

恋愛には食指が動かないし、結婚が恋愛の上位互換なら結婚はする必要がないし、自分が結婚に縛られるのは嫌だった。
結婚しなくてもいいと考えていた自分が結婚したきっかけは、きのう何食べたでヨシくんとテツさんが養子縁組をする回を読んだときだった。
もし今自分が死んだら、たいしてありもしないが自分の財産が親のものになってしまう。住居に親が立ち入り本棚やHDDの中身をつぶさにみられて死んだ後もののしられることとなる。 絶対に嫌だ。
似たような考えの家人と結婚できたことは幸運だった。
ふたりとも両親の戸籍から抜け、自分一人の戸籍を作ったうえで婚姻届けを出した。除籍については、学生時代に読んだ山本文緒の「恋愛中毒」の影響があると思う。本は意外なところで人生の一助となるものだ。
新しい姓が作れればよかったのだが、現代日本では不可能なので、家人の姓の読みを変更した。
世帯合併もしなかったので、二人とも世帯主だ。
まあまあ特殊な「結婚」をした自覚はある。

自分はいわゆる「田舎の本家」の生まれで、母親からは若いうちに結婚して専業主婦になり子供を産むことが最良という価値観を押し付けられてきた。成長していくにつれて、県内で結婚しろ、から隣市まで、市内、最終的には実家から車で5分以内の家に嫁入りしろとどんどん狭まっていくことが恐ろしかった。
とにかく母親は私が理想通りの娘に育たないのが気に入らず、よく癇癪を起した。特に勉強ができることが癪に障ったらしく、お前は勉強ができたって何の価値もない、社会のゴミ、チビデブブスの三重苦、などと言われて深夜にダムに置き去りにされたりしながら育った。チビとデブは遺伝だよとは言えなかった。当然女が大学なんてという意識なので進学も危ぶまれたが、高校の教師にネームバリューのある都内の国立大学を勧められたことが見栄っ張りの母親にはきいたらしく、受験を許可された。(許可もなにも私が通っていた高校には進学以外の進路は存在しなかったのだが)
先に進学で上京していた兄が実家を出て一緒に暮らそうと言ってくれたので、東京に出る、兄と一緒に暮らす、という目的のために死にものぐるいで勉強した。そこに受からなければ一生実家で家事手伝いだと言われていたので必死だった。
無事に進学し実家を脱出した私は、いかに狭い価値観で生きてきたのか気づかされた。このころに結婚しなくていいんだと思うようになる。「まともな結婚」を求められてきたが故の反発だったのかはわからないが、なんにせよ、23までに結婚して子供を産まなきゃというプレッシャーからは解放された。(23は母が兄を産んだ年齢である。大卒ではほぼ不可能だ)

成人式の日、母親は私に「育て方を間違えた」と言った。
成人式が終わったあと、祖父が買ってくれたはずの振袖は母親によって近所の中学生の娘さんがいる親御さんに譲られていた。どうやらずいぶん前から私の振袖は親戚でもないその子に譲られることになっていたらしい。
本家で40年ぶりに生まれた女の子だからと私が祖父に甘やかされていること、振袖をあつらえてもらったことが、母親にとっては許されない事件だったようだ。
その親御さんは私の了解がないことすら知らなかった。
ありがとう、とディズニーランドのおみやげをくれた。
私は母親が「育て方を間違えた」とは思わない。
きっと田舎の本家の嫁としては普通なんだろう。
私が母親の「育て方」を拒否しただけだ。


母親が「女だから」と兄や弟にはさせずに私だけに手伝わせた料理や家事は何一つ身についていない。そもそもからあげを黒焦げにして食卓に出す人間のもとで教わって料理がうまくなるはずがない。
生活能力のない私は毎朝家人に起こしてもらい、毎日ごはんを作ってもらい、たまにアイロンをかけてもらっている。
これだけでも結婚してよかったと思う。
残業で遅くに帰ってきたときに我が家から晩御飯のにおいがした。
あまりにうれしくて、私の年収が倍になったら家人を専業主夫にするのに、と伝えたら、そしたら毎日ちゃんとしたごはんを作るねと言ってくれた。
おしゃれさんで料理が得意でミルクレープとタピオカが好きなかわいい家人。
私はなにか家人に対して与えられているのかというと、とにかく「既婚」というステータス異常をつけていられるというのは想像以上に楽なんだそう。
あと、小6のときに学年誌で読んだ「へそに指をいれることがセックスだと勘違いした小学生の漫画」だとか、チャクラくんの食玩だとか、石井竜也デザインの星座Tシャツだとか、他人にとってはどうでもいいことを話していられるのが良いらしい。
ジェンダーロールが逆転し、夫婦というよりはパートナーやチームのような我が家は「まともな結婚」ではないかもしれないが、少なくとも「楽しい生活」ではある。

結婚してから5年、実家には帰っていない。

拙作があなたになんらかの爪痕を残せましたら幸いです。