『統計で勝つ麻雀』のあとがき(おわりに)

 以前、『「統計学」のマージャン戦術』のあとがきを公開したが、今度は『統計で勝つ麻雀』のあとがき(おわりに)を紹介したい。
 こうやってみると、この本を出してから約3年間の間に麻雀研究は大分進み、本書で「できてない」と述べた分のある程度がカバーされていることが分かる。その一方、新たな麻雀研究者は現れず、麻雀研究に対する悲観的な見通しについては何ら変わってないなあと思わされる。

 なお、掲載に当たり、後程判明した事実誤認の部分は訂正した。
 では、どうぞ。

(以下、『おわりに』本文)
おわりに ~みーにん~
たどり来て、いまだ山麓

1  はじめに
 
 このたびは、この本をお買い上げいただき、ありがとうございました。また、この本を買っておらず、書店の本棚にあったこの本を手に取って、この部分を見ているという方に対しても、とりあえずこの本に興味を持っていただいたという点に対して、お礼を申し上げたいと思います。

2 牌譜解析

  この本にはやたらとデータが出てきます。そこで、少しだけ「データとは何か」、と くに「データとはどうやって求められているのか」について説明したいと思います。データにはおもに2種類あり、それぞれ性格が違います。
 まず、データ(数値)を求める方法として牌譜解析があります。これは、牌譜を直接調べることで必要な数値を求めるというものです。
 牌譜譜解析の長所は、①理由を省略して結果(数値)を知ることができること、②サンプル数が多い場合、誤差を非常に小さくできること(計測された確率が 50 %でサンプルが1万あれば、誤差は多くても1%程度になります)。この本に出てくるデータの大半は牌譜解析結果です。
 欠点は、①サンプル数が少ないと使える数字が出てこないこと、②集め方を間違えるととんでもない主張ができてしまうことです。
  サンプル数が少ない例として、ドラ待ちリーチを挙げてみます。127ページで、種類ごとの先制ドラカンチャン・ペンチャンタンキ待ちリーチのデータが示されています。しかし、サンプル数が少ないため、巡目ごとのデータが出せないのです。そのめ全部の結果をひっくるめて出すことにより、中巡(7〜 12 巡)の傾向を探ることしかできなくなっています。
 次に、とんでもない主張ができてしまう例としては、北HAZさんのブログ「HAZの研究する人生」の「【牌譜解析】チートイドラドラはリーチ?」( http://doraak a.exblog.jp/16358328 )が参考になるでしょう。このサイトのデータを見ると、チートイドラ2の手は、ダマにするよりもリーチしたほうが、アガリ率が高いという結果が出ています。もちろん、局収支で見てもリーチしたほうが高くなっています。しかし、だからといって、このデータを根拠に「チートイドラ2の手は、どんな待ちでも即リーすべきである」と主張したならば、「それは変だろ」と突っ込みを入れざるを得ません。なぜなら、リーチしたほうがアガリ率が高くなっているのは、プレイヤーが待ちを選んでリーチしているからだとも考えられるからです(北HAZさんもそのことは了解されており、彼の主張がおかしいと言っているわけではないので、誤解しないでください)。
 
 私自身にとって牌譜解析とは研究そのものです。プログラムを組むのが大変で、骨格部分は意識して集中しないと作れないこともあります。ですが、プログラムのバグが一掃された後に出てくる結果には心躍らされるものがあります。というのも、私以外にこういった麻雀研究をしていないという現状では、出てくる結果はこの世で私以外の誰もが知らないデータになるからです。世界でただ一人、麻雀の「真理」に近づいている。そんな満足感で胸が満たされます。この喜びこそが私を研究に向かわせている原動力であることは間違いありません。

3  計算およびシミュレーション
 
 話をもとに戻しましょう。データにはもう1種類あります。計算によって数値を求める方法です。
 たとえば、親の第1ツモがアガリになる(すなわち天和の)確率は計算で求められます。その値は約 33 万分の1だそうです。1局に平均4分かかるとして、自分が天和をアガるには約10年間ぶっ続けで麻雀を打たないといけないようです。
  さらには、人の行動を数値化して組み合わせてモデルのようなものを作って計算、ま たはシミュレーションを行えば、とある局面でのアガリ率等を求めることができます。ここで「計算」と「シミュレーション」と書きましたが、やっていることは同じです。計算式から数値を求められる場合は「計算」であり、人間の手やエクセルだけでは求められない場合はシミュレーションを用いているだけです。
 計算やシミュレーションから数値を求めた場合の欠点は、そのモデルが現実に即したものであるかが、それだけでは判断できないことです。
  たとえば、安牌切りでのリャンメン追いかけリーチのアガリ率等を調べたときに、求 められた値が実測値に近い値になる保証はどこにもありません。私自身、パラメータは実測値から取るようにしていますが、基本的にはシミュレーションをやる人間の自由裁量ですから、シミュレーションの信用性はシミュレーション自体から得られることはありません。そのため、シミュレーションを行うときはできる限り「実測値と照合した結果、5%の誤差の範囲にあった」とか、「このシミュレーションの裏は取れていない」と言っておく必要があり、その範囲で信用しなければなりません。

 まとめますと、データには、①牌譜解析から求めたもの、②計算やシミュレーションから求めたもの、この2種類があり、調べたい事柄に応じて使い分けていく必要があります。とくに②の場合は注意が必要で、その結果が現実と近いものになっているか、検証する必要があります。この本のデータを使い尽くそうと思われる方は、ぜひ「データの欠点」まで見すえて読み取っていただければ幸いです。

4   『科学する麻雀』の功績について
 
 いわゆる「デジタル」という言葉があったことから、数理に基づく麻雀研究は昔からあったと思います。しかし、とつげき東北さんが「統計」という技術を導入することで、データ(数値)に基づく戦術論はその合理性を一気に高めることになりました。
『科学する麻雀』には、どの戦術書もしていない功績があります。それは「合理的な戦術論を知るための方法論を示した」という点です。巷にある戦術書は「こういう場合はこう打て」などと書いてありますが、『科学する麻雀』には、「『こういう場合はこう打つ』ことが正しいか検算するためには、このような方法を採ればいい」ということが書かれています(具体的には同著の2章がその部分です)。そのような戦術論に関する具体的な方法論が書かれている本は『科学する麻雀』だけではないかと思われます。

5 麻雀研究の未来について

 さて、『科学する麻雀』が出版されてからの 10 年で、麻雀研究はそれなりには進んだ かもしれません。しかし、研究する側からこれを見ると、「 10 年も経過したのにこの程度しか進んでいないのか」と思うところもあります。
 例えば、「鳴いてフーロテンパイを取るか、鳴かずにメンゼン1シャンテンを取る か」については様々な研究がなされており、手の高さ、フーロしたときの点数によって、「n巡前なら鳴かない、n巡以降は鳴く」といったことも明らかになっています。しかし、「鳴いた手の1シャンテンどうしの比較」や「鳴いて1シャンテンを維持するか、鳴かずにメンゼン2シャンテンを維持するか」などの研究はあまり進んでいません。
 また、高打点悪形待ちテンパイと低打点良形待ちテンパイの比較はなされています。しかし、低打点メンゼンの1シャンテンどうしの打牌選択、2シャンテンどうしの打牌選択についてはあまり研究が進んでいません。これは、1シャンテンの局収支シミュレーション結果を比較すると、局収支の差が小さくて、シミュレータの誤差の中に埋もれてしまうことが多いからです。
 さらに、いわゆる「読み」についての研究もあまり進んでいません。
 また、本文でも言及しましたが、これまでの麻雀研究は局収支(とある打牌を選択したときの点棒の収支期待値)で考えるものばかりでした。「点棒」の収支ではなく、「順位」や「ポイント(お金)」で収支(期待値)を直接検討することはあまりありません。
 
 このように、牌譜解析や計算・シミュレーションによって解明されていない、解明されるべき麻雀戦術はまだまだたくさんあります。にもかかわらず、現状では麻雀研究をしている人というのは非常に少ないのです。私自身、あと5年もすれば、麻雀研究をしてその成果を発表する人がいなくなってしまうのではないかと悲観的になることもあります。
 この本を読んで、数学的・統計学的知識を持っている方で麻雀の真理に興味のある方は、ぜひ麻雀研究に足を踏み入れていただきたいと思います。麻雀研究は誰もやってないので、自分が興味を持ったものをそのまま調べるだけで、一端の研究者になれます。

6   おわりに
 
 最後に、この本を出すにあたり、色々な方の協力、データの提供がありました。僭越ながらお礼を述べさせていただきます。
 まず、ほしきゅーさんとcraneさんにお礼を申し上げます。彼らには「リーチ 者の捨牌の外側にある牌の危険度」のデータと「リーチの宣言牌の筋待ちの危険度」のデータを提供してもらいました。
  また、「麻雀C言語プログラム集」の管理人にもお礼を申し上げます。彼がサイトに掲載していたプログラムのソースは、私が牌譜解析プログラムを作るうえで非常に参考になりました。
  さらに、「とりあえず麻雀研究始めてみました」の管理人であるnisiさんにもお礼を申し上げます。この本では引用されていませんが、彼のシミュレーション結果は私のシミュレーション結果を検算する際に非常に役に立ちました。
 また、東風荘の開発者である東さんと天鳳の開発者である角田真吾さんにもお礼を申し上げます。「牌譜の公開」がなければ、数理・統計を用いた麻雀研究はここまでまなかったと思います。とくに、角田さんが「天鳳の鳳凰卓の牌譜を公開したこと」で、私たち研究者は大量の牌譜を容易に集めることができました。
 そして『科学する麻雀』の著者であり、麻雀の数理研究の先駆者であるとつげき東北さんにもお礼を申し上げます。彼がいなければ、そして、『科学する麻雀』がなければ、私が麻雀研究をすることはありませんでした。私の研究は『科学する麻雀』やとつげき東北さんの研究から学んだものばかりです。そのため、彼なくしてこの本は存在しなかっただろうと思います。
 最後に読者のみなさま。数理・統計を用いた麻雀研究に興味を持っていただいたこと、それが麻雀で勝ちたいという実利を求めてのことであっても、実利を得るために役立つと評価してくださったことに、この場でお礼を申し上げます。
 この本を読んだ方々の麻雀の成績がよくなること、そして麻雀に対する理解が深まることを願ってやみません。

(以上)

もし気が向いたら、サポートしていただければありがたいです。 なお、サポートしていただいた分は、麻雀研究費用に充てさせていただきます。