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麻雀で生かそう法的三段論法 中編

5 法的三段論法の具体例

 前回の例はあまりに簡単であった。
 これは、法的三段論法をイメージするうえでは有効ではある。
 しかし、現実はこれほど単純ではない。
 よって、もう少し細かく見ていこうと思う。

 ここでも具体的な事案を用意する。
 ただ、具体的な事案は前回と同じ事案である。
 再度掲載する。

 Aが、人であるVを殺す意図で、刃渡り20センチのナイフでVの胸を刺し、よって、Vを失血死させた(正当防衛などの特殊事情はない)。

 この事案でAに対する殺人(既遂)罪の成否を考える。

 この点、前回は上の文章を「AがVを殺した」とひっくるめてしまった。
 それはそれで間違っていないのだが、今回はこれをもう少し細かく見てみる。


 法的三段論法を考える際、まずやるべきことは「規範の定立」である。
 ただ、細かく見る際にはいくつか前提知識が必要になるので、それを確認しながら、規範を立ててみよう。

 まず、大事なのは刑法199条である。
 前回も参照したが、今回も参照する。

人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

 まとめれば、人を殺した者には殺人(既遂)罪が成立する。

 さて、参照すべき条文はこれだけか。
 実際はそうではない。

 例えば、刑法38条1項本文には次のように書かれている。

罪を犯す意思がない行為は、罰しない。

 つまり、刑法38条1項本文によると、犯罪が成立するためには「罪を犯す意思」が必要になる。
 例えば、交通事故で人を死に至らしめたとしても、通常の交通事故においては人を殺す意思(殺人罪を犯す意思)が存在しないため、殺人罪は成立しない(自動車運転過失致死罪が成立する可能性があるとしても)。
 刑法ではこの「罪を犯す意思」のことを「故意」と呼ぶ。
 さらに言えば、「『故意』とは何ぞ」みたいな論点(法解釈を要する点)があるのだが、それは省略する。

 つまり、刑法199条と刑法38条1項本文から次のことが言える。

 まず、殺人罪が成立するためには、「人の死亡」という結果が必要である。

 また、条文には明示されていないが、犯罪は行為に対して成立する。
 行為がなければ犯罪は成立しない(思うだけでは罪にならない)。
 よって、人を死に至らしめる行為が必要である。

 さらに、結果と行為が結びついている必要があることから、行為と結果との間の因果関係も必要である。

 さらに、刑法38条1項本文により「故意」も必要である。

 以上をまとめると、殺人罪が成立するためには次の4条件を満たす必要ある。
 この4つの条件の設定、これが法的三段論法の「規範」である。

条件1、人を殺そうとする行為の存在
条件2、人が死ぬという結果の存在
条件3、行為と結果の間の因果関係の存在
条件4、人を殺す意思の存在


 これで規範は定立した。
 では、次の段階に移る。
 規範定立で立てた条件が具体的事案で満たされるか判定していく。
 これを「あてはめ」という。

 まず、条件1についてみてみよう。
 Aに人を殺そうとする具体的行為があるか。
 この点、Aは「Vの胸でナイフで刺す行為」を行っている。
 この行為は私の生命を奪う危険が十分に存在する行為である。
 よって、条件1(行為の存在)は満たす。

 そして、事例では人であるVは失血死した。
 よって、条件2(結果発生)も満たす。

 さらに、Aがナイフで刺さなければVは失血死せず、Aの行為とVの死亡という結果との間には因果関係(条件関係)がある。
 よって、条件3(因果関係)も満たす。

 最後に、Aは私を殺す意図があったのであるから、条件4(人を殺す意思)の存在も認められる。

 よって、Aは4つの条件を全部満たした。
 この条件を満たすか確認する作業が2番目の「あてはめ」というステップである。

 そして、あてはめというステップが終わったので、最後のステップに移す。
 結論を出すのである。
 本件では条件を全部満たしたため、Aの行為に対して殺人罪が成立する。


 この点、あてはめにおいてどれかの条件が欠ければ結論は逆になる。
 例えば、Vが一命をとりとめた場合、殺人(既遂)罪は成立しない。
 もちろん、殺人の罪には未遂罪が存在するので、殺人未遂罪(刑法203条、199条)が成立しうるが、既遂罪が成立しないことは明らかである。

 あと、本件で「殺す意図がなかった場合」、殺人罪は成立しない。
 この場合、傷害致死罪(刑法205条)が成立するにとどまる。
 この点、「では、Aが『殺す意思がなかった』と弁解し続ければ殺意が否定されるのか」と言われればそんなことはない。
 ただし、この話をしだすとマニアックになるため割愛する。


 以上が法的三段論法の現実的な利用例である。
 ちょっと細かめに話したがこの発想がベースである。


 さて、この思考方法、麻雀で打牌選択をする際にも使える。
 そこで、次回は麻雀でどう使うか、具体例を使いながら考えてみる。

 では、今回はこの辺で。
(次の「6、麻雀における法的三段論法の利用例」に続く)

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