ソラを見上げて #36 正式な依頼
―仙台服飾専門学校・実習室―
〇:ふぁぁぁ……
△:随分と眠そうだな。
〇:昨日ちょっと調べものしててな。
講師:おい、○○はどこだ?
(実習室に講師が勢いよく入ってくる)
〇:またこのパターンかよ……
☐:ここにいますけど?
〇:ちょ、黙ってろって。
講師:あぁそこにいたか。電話が入ってるぞ。
〇:いないって言って下さい。
講師:無理だ。授業中なのですぐ呼んできますって言っちゃった。
〇:何を勝手に……
講師:いいから早く職員室に来い。私はこれから特別講義の準備をしなきゃならん。
〇:あーもう面倒くせぇ。今度は何だよ……
―仙台服飾専門学校・職員室―
〇:はい、○○です。
梅:今度はちゃんと出てくれたね。
〇:出やがったな、三代目。
梅:極道みたいな呼び方しないでほしいわね。
〇:今度は何の用です?
梅:衣装を作ってほしいの。
〇:はぁ?
梅:聞こえなかったの? 衣装を——
〇:聞こえてるよ! その上で耳を疑ってんだよ。
梅:なによ、時間無いんだから変な事しないでちょうだい。
〇:今度は何が目的だ。もう俺に聞きたい事なんてない筈だろ。
梅:あの時、嘘をついた事は謝る。けどこれは私からの……乃木坂46からの正式な依頼。
〇:……本気か?
梅:本気よ?
〇:乃木坂だったら専任の衣装制作会社とかあるだろ。どうして俺なんだ?
梅:うーん、そうね……私がそうしたかったから。かな?
〇:答えになってんのかよ、それ。
梅:で、受けてもらえるの?
〇:出来る事なんてたかが知れてるぞ?
梅:わかってる。
〇:ハッキリ言いやがって。
梅:詳細な依頼内容とデータを送るから見て。その資料を基にして【sora】をブラッシュアップする形で仕上げてくれればいいから。
〇:納期は?
梅:9月半ばまでに10着
〇:じゅ、10着!?
梅:そうよ。
◯:冗談だろ? 俺に10人分の衣装を作れってのかよ⁉
梅:学校に生地も機材もあるでしょ?
◯:アホか! 9月半ばまであと二ヶ月も無いんだぞ? デザイン決め打ちだとしても生地とパターン制作、仮縫いから手直しまでの期間を考えたら時間が足りなさ過ぎる。
梅:出来ないって事?
◯:ハッキリ言って無理だ。俺一人じゃ何ともならない。
梅:人手が足りないってこと?
〇:そうだ。だからって専門学生が束になったところで——
梅:それ以外は?
〇:それ以外って、それが一番の問題だろ。
梅:人手の事なら大丈夫。心強い助っ人がいるから心配しないで。
◯:心強い助っ人?
梅:そう。今頃キミの学校に到着してるハズよ。
◯:学校? おい、どういう事だ?
梅:会えばわかる。じゃ、学校のメールアドレスにキミ宛にデータ送っておくから。ちゃんと見ておいてね。
◯:おい待て、おい!
【ツー、ツー、ツー……📱】
◯:切りやがった。誰だよ……助っ人って。
(職員室で呆然と立ち尽くす○○)
―仙台服飾専門学校・食堂―
○:はぁーあ。
☐:お、やっと解放されたか。
(浮かない表情の○○がテーブルに着く)
△:で? 相手はやっぱり……
〇:あぁ。
☐:いいなぁ、俺も生電話してみてぇ~
〇:なら代わってくれよ……ったく、好き勝手言いやがって。
△:なんだよ、何言われたんだ?
〇:耳を疑うような無茶ぶりだ。
☐:俺もキャプテンに振り回されてぇ~
〇:お前なぁ……
【キャーーーーー!!!】
(突如キャンパス内に悲鳴が響き渡る)
〇:ん? なんだ?
△:どうした?
☐:誰か来たのかな? みんなケータイ持って走ってるけど……
(食堂を飛び出し走り出す学生達を眺めている○○達)
―仙台服飾専門学校・講堂―
☐:おい、さっきの騒ぎの理由が分かったぞ。
△:なんだったんだ?
☐:今日の特別講義の講師が来てて、その姿を見ようと人だかりが出来てたらしい。
〇:有名な人なのか?
△:名前は……書いてないな。人気アパレルブランドを運営する代表取締役社長……だってさ。女性みたいだな。
〇:ふーん。その社長見たさにあんなに騒いでたって事か。アイドルじゃあるまいし……
講師:みんな静かに。これから特別講義を始める。貴重な機会だからみんなはどんどん質問や相談をするように。では先生、よろしくお願いします。
(大きな拍手の中、壇上に現れる小柄な女性)
?:え、えっと……こんにちは。
△:(小声)う、嘘だろ?
〇:(小声)ガッチガチに緊張してねーか?
☐:(小声)どこかで見たような……
?:はじめまして。アパレルブランド【philme】を運営するhio株式会社の代表取締役社長をしています、大園桃子と言います。今日はよろしくおねがいします。
(講堂には拍手と『可愛い』といった黄色い歓声が鳴り響いている)
〇:(小声)まさかphilmeの社長があんなに小さい女の子だとはな。で、なんでこんなに盛り上がってんだ?
△:(小声)バカかお前。あのphilmeの社長だぞ? 知らないのか?
〇:(小声)知らないワケないだろ。学校の教材にだって載ってるんだから。俺だって参考にしたりとかしてるしな。だからってこんなに盛り上がるか?
☐: (小声)大園桃子……思い出した! 元乃木坂46の人だ!
△:そう!
〇:あぁ? また乃木坂かよ!
桃:こら! そこの男子! 先生がお話してるんだからちゃんと聞きなさい!
△&☐:すみません!
(周囲の生徒から笑われる三人)
〇:(小声)なんだよ、先生って……
桃:では、せっかくなので会社の紹介からしたいと思います……
その後、桃子の講義・質疑応答は大盛況で終了…
講師:それでは大園社長、本日はありがとうございました。
桃:ありがとうございました。生徒のみなさん、お勉強頑張って下さい。いつか一緒にお仕事できる事を期待しています。
【パチパチパチ……】
(大きな拍手の中、壇上を降りた桃子は真っすぐ○○が座っている席に向かってくる)
△:なんか、コッチ見てないか?
☐:見てるな。そして、コッチに向かって来てるな。
桃:○○君ってキミだよね?
〇:はい?
桃:講義中におしゃべりしてた罰として後で楽屋にいらっしゃい。
(そう○○に告げ、講堂から出ていく桃子)
△:え、どういう事? 楽屋?
☐:なんで○○だけ呼び出されるんだ?
〇:俺が知るか。ていうか、何で俺の名前知ってんだよ。
△:また○○が乃木坂と……
〇:ふざけんな。コッチはいい迷惑だ。ったくアイドルって奴は……
(10分後…)
―校内・来賓用楽屋―
○:失礼します。
校長:おぉ、来たかね。
〇:え、校長センセーがどうしてここに?
桃:いいからいいから。コッチ座って。
〇:はい。
(言われるがまま、ソファーに座る○○)
校長:彼で間違いありませんか?
桃:はい、恐らく。
〇:あの、僕は怒られるから呼ばれたんじゃないんですか?
桃:へへ。そ・れ・は、キミとお話しする口実。
〇:僕と?
桃:そう。梅にキミの力になってあげてって言われててさ。
〇:梅? 梅って……おいおいおい、まじか。
桃:で、やるんでしょ?
〇:全部筒抜けって事ですか。
桃:ご名答。
〇:アイツめ……
桃:人手不足を解消すればいいんでしょ?
〇:だからって朝から夕方まで授業があるんです。作業出来る時間なんて僅かしか——
桃:なるほど……梅が言った通りだね。
〇:三代目が何か言ったんですか?
桃:『彼は仕事には真摯だけど、勝算が無い事には腰が重いタイプ』って。
〇:好き勝手言ってくれるな。
桃:挑戦するのも大きく成長するきっかけになると思うけど?
〇:んなこと言われたって僕は学生です。単位が取れなきゃ留年するんですよ?
校長:うん。その事なんだがな、大園社長からご提案を頂いていてね。
〇:え?
校長:依頼された仕事が出来上がるまでの期間、大園社長の元で研修……というのはどうかね?
〇:はいぃ!?
校長:この話の経緯は私も大園社長から伺っていてね。要するに依頼された仕事に集中出来る環境があればいいのだろう?
〇:じゅ、授業は? 単位は?
校長:聞けばクライアントは大園社長のお知合いだそうじゃないか。ならば、依頼の物が出来上がった暁には出席日数は不問、単位は取得したものとする。というのはどうかね?
桃:出られなかった授業の内容くらいなら、私が先生してあげるから。ね?
〇:まじかよ……
校長:話はまとまった様ですな。では大園社長、彼をよろしくお願いします。
桃:はい! お任せください。
(桃子とガッチリ握手をして、楽屋を出ていく校長)
〇:あ、あの……ちなみにそれっていつからですか?
桃:とりあえず、私は明日朝一で東京に帰るから一緒に来て。
〇:急過ぎる……
桃:よし! これからよろしくね、○○君。
〇:は、はい。
桃:えへへ、学校の先生って一回してみたかったんだよねぇ。
〇:……
桃:じゃ! 明日この時間に仙台駅改札で。また明日!
〇:え、あ……はい。
(意気揚々と楽屋を出ていく桃子)
〇:乃木坂ってのは、人の話を聞かない集団なのか?
―つづく―
【おまけ】
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