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デンマーク、米国における精子ドナーの審査に関する研究

"An analysis of the outcome of 11 712 men applying to be sperm donors in Denmark and the USA"

Human Reproduction, 2023

この研究は、デンマークと米国での精子提供ドナーの審査に関する論文です。日本とは社会的・倫理的背景とも異なり、実際に行われている治療も大きく異なるため、本研究をそのまま日本には外挿できないかもしれませんが、この分野に関して自分的にまだまだ勉強不足なのでチョイスしてみました。


背景

ドナー(提供)精子を用いた人工授精(AID)・生殖補助医療は非常に効果的ですが(米国でのお話)、米国の法律では1人のドナーから生まれる子供の数を制限しており、常に新しいドナーが必要であります(毎年400人必要らしい)。

しかしドナーの募集プロセスはあまり公開されていません。
今回の研究はデンマークと米国のCryos Internationalでのドナー募集プロセスを比較することを目的とした論文です。

対象と方法

対象はCryos Internationalで2018/2019年にデンマークと米国で精子ドナーの応募があった全ての人。応募フォームは↓

基本情報入力、そして非匿名か匿名かの選択をして、チェックに合格したら精液サンプルの提供を行い、freezing mediumを使用し液体窒素で凍結されました。
ドナーになるための必須条件として、解凍後の精液サンプル中の運動精子が500万個/ml以上であり、これを満たさない場合は不合格とされます。

解凍後のサンプルがOKな場合、ライフスタイル・病歴・遺伝歴などの詳細な問診票が送られてきます。
その問診票をもとにスクリーニングが行われ、リスクの高い行為(買春やドラッグ使用歴)や懸念される家族歴(乾癬やハンチントン病など)がある場合は除外されました。明らかなリスク因子がない場合は看護師による心理カウンセリングが行われ、さらに感染症検査と遺伝子スクリーニングに合格し、同意書にサインをした応募者はどの国で精子を提供するか提供回数や子供の数を個人の希望に応じて決めることができました。

金銭補償は、提供サンプルが使用に適していると認められた時のみ行われました(1精液あたり65-70ユーロ。非匿名の場合は追加金銭補償あり。)

ちなみにCryos JapanのHPトップ画像

結果

2018〜2019年にCryosのウェブサイトからアプライしてきたのは全11,712人(うちデンマーク人5,878人、米国5,834人)!このうち、5,996人(51.2%)が精液検査に参加し、うち4,659人で解凍後の運動精子濃度が十分であり、次のステップに進みました。
問診票を返信した835名を健康診断に招き、741名から遺伝病・感染症スクリーニング検査を行い、604人(5.16%)が適格基準を満たし、うち444人(3.79%)がすべてのスクリーニング検査をパスし、使用可能となりました。

デンマークでは、米国と比較して有意に多くのドナーが受け入れられ、使用可能なサンプルが承認されました(6.53% vs. 1.03%, chisq=243.2, df=1, p<0.0001)。

また、非匿名ドナーは、匿名ドナーと比較し有意に多くのサンプルが受け入れられました(4.70% vs. 3.15%, chisq=18.51, df=1, p<0.0001)。

ドナーが途中で脱落した理由は
・辞退、回答不備、予約不参加、アンケート未返送(54.91%)
・不適格な健康状態、スクリーニングテスト不合格(17.41%)
・当初の適格基準を満たさず(11.71%)
・解凍後のサンプルが運動精子500万/ml未満(11.20%)
でした。
いずれの脱落者もデンマークvs.米国、非匿名vs.匿名で有意な差を認めました↓

・最初に非匿名→あとから匿名に変更
・最初に匿名→あとから非匿名に変更
に変更する頻度はデンマークと米国に差はありませんでしたが、ドナーが匿名→非匿名へ変更することは、その逆(非匿名→匿名)に変更することよりも多い結果でした。(27.19% vs. 11.45%, chisq=17.75, df=1, p<0.0001)

考察

アプライしてきた人の3.79%という数字は、先行研究であるイングランド北東部の報告(3.63%)とほぼ同じだが(Paul, Hum Reprod, 2006)、中国での報告(23.38%)よりもだいぶ低い結果でした(Liu, Hum Reprod, 2021)。国などによって採用基準が異なることがわかります。
今回の研究ではCryos Internationalがデンマークと米国、両国で同一の方針
手順・プロトコルで運用しているため、真の国差をみることができ、デンマークは米国と比較し6.3倍以上でサンプルが承認されていることがわかりました。これはデンマークと米国の間で、脱落理由に様々なお国柄の背景の差があるものと考えられます。

また、最初から非匿名を選択したドナーは、最初に匿名を選択したドナーよりも精子が使用可能と承認される割合が高く(3.15% vs. 4.70%)辞退などによる脱落の割合が低かった(51.71% vs. 57.16%)のですが、これは非匿名の方が最初からモチベーションが高く、脱落する可能性が低いことを示唆しています。

興味深いのは、ドナーの非匿名↔︎匿名への変更頻度で、匿名→非匿名(27.19%)よりも非匿名→匿名(11.45%)への変更頻度が高い結果でした。これは金銭的報酬が関与しているかもしれませんが、はっきりしません。今後高い選別基準を維持しつつ、ドナー募集にかける金銭的コストを抑え、その分提供精子の価格を下げ、多くの人の手の届くようにすることが望ましいと考えられました。


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