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凍結精子を用いたICSIは(新鮮精子と比較し)継続妊娠・生産分娩に影響を与えない

"Sperm cryopreservation does not affect live birth rate in normozoospermic men: analysis of 7969 oocyte donation cycles"

Human Reproduction, 2023

まさに令和4年4月からの保険適用で問題となっているのが配偶子凍結の保険非適用。がん患者の妊孕性温存目的の精子凍結は公的助成の対象となりますが、不妊治療を目的とした精子凍結は現時点で保険で算定されないため、凍結精子を用いたARTが保険適用外になったり、医療機関の持ち出しになったり、さまざまな問題点を孕んでいます。そんな中、診療報酬改定に向けて精子凍結の有効性のエビデンスを示す必要があり、そんな目的に合致した研究となっています。

はじめに

ヒト精子凍結保存の歴史は古く、1957年にはじめて導入されました。
一般的に凍結・融解プロセスで精子の質が低下します。(氷晶形成、浸透圧の変化、酸化ストレスなど)その結果、運動性の低下やDNA断片化の増加に繋がります。
こういうわけで、精子凍結保存はART成績に影響すると言われています。凍結精子を用いたICSIは受精率が低下するという報告もありますが、ほとんどの研究で新鮮精子と凍結精子のICSI後のアウトカムを比較すると、胚発生・妊娠率・生産率に有意な差を認めないと報告されています。しかし、先行研究の問題点はTESEで採取した精子や非常に質の悪い精子を対象としています。
この研究は、大規模なコホートで、女性因子を除外(=卵子提供モデル)した、正常精液所見の精子を対象とした研究です。

対象と方法

単一施設で2013.1月〜2019.12月に卵子提供で採卵した7969組のカップル。使用した精子を新鮮精子(n=2865)凍結融解精子(n=5104)の2群に分けました。使用した精子はすべて正常精液所見でした。

精子凍結法は緩慢凍結法。精子処理はswim up。卵巣刺激プロトコルはアンタゴニスト法で行いました。

アウトカムは受精率生化学的妊娠(βhCG陽性)妊娠継続(12週目に正常妊娠継続)生産分娩
両群の各パラメータを単変量解析(Studentのt検定/Fisherの正確検定)、
受精率を線形回帰(量的変数)、ロジスティック回帰(二値変数: 75%<, 75%≧)で、生化学的妊娠と妊娠継続、生産分娩についてもロジスティック回帰で分析。
投入する交絡因子は、男性年齢、男性BMI、タバコ消費量、MII卵の数、2PNの数、移植胚の数(1 vs 2-3)、移植日(day2-3 vs 5-6)。

結果

新鮮精子群と凍結精子群の各パラメータ、単変量での比較は↓

有意差あるパラメータ多いが、臨床的に意味のある差ではなく、nが多いことによるランダムなばらつき

両群間で受精率に差を認めず(P=0.0591)。一方、新鮮精子群は凍結精子群と比較して妊娠率・生産分娩率が有意に高い結果でした。
多胎妊娠と多胎出産が凍結精子群で多いのは、この群のSETの割合が低い(=複数胚移植の割合が高い)ためです。

次に、受精率を線形回帰モデルで男性年齢、男性BMI、男性喫煙消費量、MII卵数で調整しましたが、凍結による有意な効果は認めませんでした。

次に、受精率を75%<, 75%≧の二値変数としてロジスティック回帰分析を行いました。OR:0.995, 95%CI:0.902-1.099と75%以上の受精率は両群間で有意な差を認めませんでした。

続いて、その後の臨床アウトカムですが、ロジスティック回帰分析で、生化学的妊娠に対して、新鮮精子は凍結精子と比較し、生化学的妊娠(hCG陽性)を有意に増加させる(OR:1.15, 95%CI:1.018-1.291)ことがわかりました。しかし、妊娠継続と生産分娩については有意な差を認めませんでした。

day3のDET(2個胚移植)とday5のSETを行った周期のサブ解析では両群間での生化学的妊娠、妊娠継続、生産分娩率は有意な差を認めませんでした。

考察

この研究は、正常精液所見患者の精子凍結のICSIアウトカムへの影響について調べた最大規模の研究。卵子提供サイクルは、女性因子などのバイアスを最小化することが可能でした。

緩慢凍結法は精子の質を低下させますが、代替としてガラス化法があります。まだ使用は一般的ではありませんが、精子の運動性、活動性、形態、DNA構造など融解したサンプルのパラメータが改善することが知られています。また、ICSIだけでなくIUIにおける転帰を改善するかもしれません(why?)。更なる研究が必要です。

本研究の限界は、胚盤胞でETを行った周期の割合が群間で大きな違いがあったことです(新鮮精子54.6% vs 凍結精子10.8%)。

結論

精子凍結は、精子の質をきたしうるが、この影響は小さく、ICSIにおける妊娠継続と生産分娩率の低下には繋がりませんでした。なので、選択的ICSIを行う際に精子凍結は有効であると考えられました。

コメント

これだけ大きなサンプルサイズで、多くの交絡を調整したうえで、群間での臨床的アウトカムに有意な差がないのであれば、高度乏精子症やcryptozoospermiaのケースなどでは、やはりバックアップとして射出の精子凍結をしたいですね!精子凍結が保険適用されれば不必要(かもしれない)なTESEを回避することができるかもしれません。そういう意味ではインパクトの大きい研究であると思われます。


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