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DNA断片化精子に高発現する精巣上体タンパクは区別可能か?

"Separating the chaff from the wheat: antibody-based removal of DNA-fragmented sperm"

Human Reproduction, 2022

精子DNA断片化はIUIやIVF/ICSIにおける妊娠率を低下させることはもはや常識になってきましたが、DNA断片化精子を除去する選別技術が重要であることは言うまでもありません。従来の密度勾配遠心法はDNA断片化をむしろ増加させるという報告もあります。

今回の研究グループは、以前に精子DNA断片化(SDF)精子のプロテオーム解析から高SDFの精液中(精子?精漿?)から高発現する精巣上体精子結合タンパク(ELSPBP1)を同定しました。このタンパク知りませんでした。。。

STRINGより:精漿蛋白ファミリーに属し、射精時に精子に結合し受精に関与する

射精時にSDF精子がELSPBP1に結合する性質を利用して、精液からSDF精子を除去できるのではないか?将来的にARTの精子選別技術として使えるのではないか?と著者らは考えました。

対象と方法

実験を3つ行いました。

  1. 高・低SDFレベル群でそれぞれ精漿・精子中のELSPBP1のレベルを測定

  2. ヒト精子上のELSPBP1の局在を同定

  3. ELSPBP陽性精子と陰性精子を分離しそれぞれのSDFレベルを測定

・SDF分析

アルカリコメットアッセイで100個の精子を評価し、用量反応曲線を作成。

・精子 ELSPBP1レベル

ELSPBP1タンパク質レベルはウェスタンで決定。iBlot2を用いてSDS-PAGE後にメンブレンにブロッティングし、一次抗体としてELSPBP1抗体、二次抗体としてHRP標識抗体を反応させ、シグナル強度は化学発光で測定しました。高SDF群と低SDF群の精子パラメータは表の通り。

SDF以外はバランシングされている

・精子におけるELSPBP1の局在

ブロッキングバッファと抗ELSPBP1抗体でインキュベートし、一次・二次抗体(FITC蛍光標識)を反応させ、Hoechst33342で対比染色し、蛍光顕微鏡でELSPBP1の位置を観察し撮影しました。

・ELSPBP1発現精子のSDF測定

磁気セルソーティングシステムでELSPBP1陽性分画と陰性分画に分離、各分画に対しアルカリコメットアッセイを施行しました。

結果

・高SDF精子でELSPBP1が高値を示す
低SDFと高SDF群では、SDFの値以外はバランシングされていました。ELSPBP1陽性細胞でのみ、マイクロスフィアが観察され(図1B)ました。

A:ELSPBP1陰性、B:ELSPBP1陽性(マイクロスフィア)、C:ELSPBP1陰性精子のコメット所見、D:ELSPBP陽性精子のコメット所見

また、この ELSPBP1は高SDF群の精子中に高発現(vs.低SDF)しており、精漿では差がありませんでした

ELSPBP1は精子頭部に局在している
ELSPBP1は頭部に局在
しており、陽性で頭部が染色されるパターンと陰性で核の対比染色のみが見えるパターンの2 つが観察されました。

・ELSPBP1を発現している精子ではSDFが高い
40名分患者の精子サンプルをELSPBP1(+)と(-)の精子に分離しました。精液所見の記述統計量は↓のとおりでした。

ELSPBP1(+)精子群(Mean 60.92 | 95%CI56.52-65.32)はELSPBP1(-)精子群(Mean 10.21 | 95%CI8.05-12.36)よりSDFが有意に高く、約6倍もSDF精子を認めたことになります。

・磁気選別後のSDF精子の分布
精子を磁気選別(MACS?)したSDFの分布をELSPBP1(-)とELSPBP1(+)で比較しました。分布から、決定木(CART)によるSDFのカットオフ(コメット分布モーメント:CDM)を設定したところ、CDM値46.61がカットオフ値でした。これをカットオフとするとELSPBP1(-)の95%はSDF低値で、ELSPBP1(+)の81.7%がSDF高値となります。

A:ELSPBP1(-)と(+)でのコメット分布モーメント(CDM)
B:決定木により閾値を46.61とした場合のSDF高値、低値の分布

今回のアルカリコメットアッセイの用量依存性の検証のため、過酸化水素濃度上昇とともにによるSDFレベルの上昇を検証しました。これでこのアッセイの一貫性が検証されました。

まとめ

ELSPBP1タンパクは、精巣上体タンパクですが、高SDFの射出精子中で増加していますが精漿では増加していませんでした。そして頭部に局在し、陽性精子は高いDNA断片化を示しました。しかしこのタンパクが、ARTに有用な精子選別のためSDF精子を除去できるマーカーとなるかどうかはまだ検証が必要です。

コメント

おそらくこのELSPBP1は精子DNA断片化の原因となりうるのか、それとも結果なのかはここからは読み取れません。
しかし、他の研究で示されている「射出精子と比較して精巣内精子はDNA断片化(率)が低い」といわれる原因として、精巣内精子は精巣上体を通過していないため、ELSPBP1と精子頭部が結合していないこともあるのでは、と推測されます。精巣内精子でのELSPBP1発現に関しても検証が欲しいところですね。

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