見出し画像

卵は戻ってきたか

地域医療ジャーナル 2020年10月号 vol.6(10)
特集「消えゆくエビデンス、消えゆく医療」
記者:shinnoyuki
管理栄養士 / 修士(人間生活科学) 

みなさん,こんにちは。
シンノユウキ(@shinno1993)です。

今月号のテーマは「消えゆくエビデンス、消えゆく医療」です。

私は医学や薬学の世界の専門家ではありませんが,それらの世界では効果があるはずの新薬のエビデンスがいつの間にか消えている,そればかりか害があるとわかることがしばしばあるようです。

このことを栄養学に当てはめて考えてみます。栄養学で「効果がある」は,食品や栄養素が「健康に良い」や「健康に悪い」といった言葉に換言できようかと思います。ただし栄養学では,一般的に健康に良い・悪いと二分して考えることはしません。「健康に良い」と「健康に悪い」の間には「健康に良いとも悪いとも言えない」があり,それぞれの間はグラデーションになっています。食品や栄養素は,このグラデーションのどこかに配置されるわけです。

さて,今回のテーマは食事性コレステロールもしくはとしたいと思います。「消えゆくエビデンス、消えゆく医療」を聞いて真っ先に浮かんだものです。エビデンスは消えておらず蓄積されていく一方ではありますが,私が栄養学を勉強し始めてからも,一般的な認識や推奨事項の受け止め方が二転三転したテーマだと感じています。

「卵は1日に何個まで食べて良いのか」という質問,たまに受けます。非常に曖昧で,どう答えたら良いのか悩む質問の一つです。現在のところ,この質問に明確に答えるのは簡単ではありません。というわけで本記事では,上記に対する明確な答えを提示することは避けます。しかしながら,これを読んでくださった方が普段の食生活をどのように構築すべきかを考えるための材料を提供していけたらなと考えています。

主に下記について書いていきます:
・コレステロールと健康
・食事性コレステロールの推奨事項の変遷
・食事性コレステロールと血中コレステロール
・卵の話

コレステロールと健康

コレステロールは細胞膜やホルモンの材料として使われる身体にとって必要な脂質の一つです。しかし,その量が適正範囲にないと動脈硬化の原因等にもなるため注意が必要です。

コレステロールはタンパク質と結合した状態で存在しており,その状態をリポタンパク質とよびます。コレステロールを多く含むリポタンパク質は,その密度により主にVLDL・LDL・HDLと分類されます。耳にする機会が多いのはLDLとHDLでしょうか。ちなみに,LDLとHDLに含まれるコレステロールのことをそれぞれLDLコレステロール・HDLコレステロールとよびます。LDLとHDLではその役割が異なります。LDLは主に肝臓で作られた脂質を末梢組織に運ぶ役割を担っており,HDLはその逆に末梢組織の脂質を肝臓に運ぶ役割を担っています。

食事と関連した生活習慣病の文脈で問題とされるのは,主にコレステロール(特にLDLコレステロール)が多い場合です。米国心臓学会(ACC)/米国心臓協会(AHA)等により作成された,血中コレステロールの管理に関するガイドラインでも総コレステロール(特にLDLコレステロール)が動脈硬化性心血管疾患のリスク因子であるとしています【1】。したがって基本的には,血中コレステロール(LDLコレステロール)を下げることに着目されます。

食事性コレステロールの推奨事項の変遷

食事性コレステロールに関する推奨事項について概観してみます【2】。食事性コレステロールに関する推奨事項には変化が見られ,その変化によって私たちの食生活は影響を受けているようです。そのためにまずは,その変遷について見ていきましょう。

血中コレステロールの増加が心臓病に関連している。このような仮説から,1968年 AHAは食事性コレステロールの摂取量を300mg/日に制限することを推奨し,そのために卵の摂取量を1週間に3個以下にするように強調しました。

しかしその後の研究では,相反する結果が提出されることとなります。食事性コレステロールの摂取量や心血管疾患に関連する種々の交絡因子を調整した結果,食事性コレステロールと心血管疾患との相関性が「弱い」とする研究が増えてきました。それを受けAHAは,2002年にコレステロール摂取量の制限はそのままに卵の個数制限を解除することとなりました。

その後,ついに2013年には食事性コレステロールの量的な制限も取り払われました。AHA/ACCから公表された心血管疾患に関するガイドライン「2013 AHA/ACC Guideline on Lifestyle Management to Reduce Cardiovascular Risk」では,食事性コレステロールに関する推奨事項が設定されませんでした【2】。食事性コレステロールを減らすことがLDLコレステロールを下げるとする根拠は不十分であったことが理由とされています。

さらに2015年から利用されている米国人向けの食事ガイドライン「2015–2020 Dietary Guidelines for Americans」【3】,2014年に公表された「日本人の食事摂取基準(2015年版)」【4】で,それまで設定されていた量的な食事性コレステロールの制限を設けなくなりました。文献【3】においては,食事性コレステロールと血中コレステロールとの用量反応関係についてはさらなる研究が必要であり,食事ガイドラインで量的な制限を設けるための十分な証拠が得られていないとし,2010年版までは存在していた食事性コレステロールを300mg/日までとする量的な制限を除外しました。文献【4】においても,“コレステロールの摂取量は低めに抑えることが好ましいものと考えられるものの、目標量を算定するのに十分な科学的根拠が得られなかったため、目標量の算定は控えた。”とし,米国版食事ガイドラインと同じく,2010年版まで存在していたコレステロールの目標量を設定しませんでした。

つまり以前は存在していた食事性コレステロールや卵に関する量的な推奨事項(制限)は,少なくとも上記で紹介したガイドラインでは設けられていません。これらのことを自身の食生活に活かそうとするならば,食事に含まれるコレステロールを気にすることなく,卵も無制限に食べて良いと考えてしまうかもしれません。しかし,残念ながらそれは誤りです。これについては次に解説します。

参考文献
【1】  Grundy, S. M. et al. 2018 AHA/ACC/AACVPR/AAPA/ABC/ACPM/ADA/AGS/APhA/ASPC/NLA/PCNA Guideline on the Management of Blood Cholesterol: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Clinical Practice Guidelines. Circulation vol. 139 E1082–E1143 (2019) PMID:30586774.
【2】  Eckel, R. H. et al. 2013 AHA/ACC guideline on lifestyle management to reduce cardiovascular risk: A report of the American college of cardiology/American heart association task force on practice guidelines. J. Am. Coll. Cardiol. 63, 2960–2984 (2014) PMID:24239922.
【3】  US Department of Health and Human Services. 2015–2020 Dietary Guidelines for Americans. https://health.gov/our-work/food-nutrition/2015-2020-dietary-guidelines/guidelines/ (2015).
【4】  厚生労働省. 日本人の食事摂取基準 (2015 年版) 策定検討会報告書. (2014).


ここから先は

6,275字

¥ 100

いただいたサポートは記事充実のために活用させていただきます。