ドストエフスキーと医学(3)
地域医療ジャーナル 2022年3月号 vol.8(3)
記者:shimohara-yasuko
元医学図書館司書
ジークムント・フロイト「ドストエフスキーと父親殺し」をめぐって ━「ドストエフスキーのてんかん研究」の変遷 ━
Sigmund Freud.1928. Dostojewski und die Vatertötung
ドストエフスキーと父親殺し/不気味なもの (光文社古典新訳文庫) 中山元 訳 2011/2/9
1) 神経症患者としてのドストエフスキー(心理学の立場)
フロイトは、ドストエフスキーとはまた異なる方法で、人間の謎を解く鍵を人類にもたらしました。人間の心に無意識という領域があるという大発見をしたのです。無意識を分析することで、神経症を治療する「精神分析」という方法を生み出しました。その理論は、精神医学の枠を超えて、心理学、哲学、宗教、思想に大きな影響を及ぼしました。そのフロイトがドストエフスキーの精神分析を試みたのが「ドストエフスキーと父親殺し」です。
フロイトが研究対象としたのは、「神経症患者としてのドストエフスキー」でした。
フロイトは、てんかんおよびドストエフスキーのてんかんについて、次のよう考えていました。
確かに、ドストエフスキーの生涯には神経症的なエピソードが少なからず見られます。また、器質的なてんかんは、ほとんどの場合、知的な力が損なわれると考えられていたことも、器質的てんかんを否定した理由になったと思います。
しかし、てんかんに能力の低下が伴うという説は、1978年にフランスのてんかんの権威ガストー博士によって否定されました。
ここから先は
6,512字
¥ 100
いただいたサポートは記事充実のために活用させていただきます。