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イワン・イリイチの死と “トータルペイン”

地域医療ジャーナル 2021年11月号 vol.7(11)
記者:shimohara-yasuko
元医学図書館司書

トルストイ『イワン・イリイチの死』は、小品ながら、広大なロシア文学の中でひときわユニークな輝きを放つ珠玉の名作です。

主人公のイワン・イリイチは19世紀ロシアの裁判所の一判事(45歳)。物語はこの人物の訃報から始まります。官界における出世と快適な私生活の充実に人生の努力の大部分を費やし、まずまずの成功に満足しきっていた矢先、イワン・イリイチは不治の病におかされます。肉体的苦痛、仕事・生活への執着、妻や同僚の欺瞞的態度、これまでの人生に対する虚偽の意識、そして、死の恐怖が彼を追い詰めていきます。古今東西ありがちな一人の人物が、トルストイの天才によって、精神の奥の奥、魂の底の底まで解剖され表現されて、人間普遍の一典型になりました。

コロナ禍自粛中、「地域医療ジャーナル」の連載がはげみになって、好きな作家や作品に関連する文献をPubMedで探すという趣味が復活しました。そこでみつけた以下の論文を紹介します。うれしいことにオープンアクセスでした。全文の翻訳ですが、「 」部分は小説の本文からの引用なので、日本語訳(中村白葉訳)の該当部分に置き換えました。

Lucas V.
The Death of Ivan Ilyich and the concept of‘total pain’
Clin Med (Lond). 2012 Dec; 12(6): 601-602.


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