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~マントル細胞リンパ腫闘病記~ 1.発症~診断(2018年11月~2019年2月14日)

2019年1月15日(火) 発症

昨年11月頃から喉の調子が良くない。
初めは喉に皮1枚が引っかかっているような違和感だけだったけど、段々ひどくなって喉が狭くなってきている。
11月にかかりつけ医の先生に相談したときは、逆流性食道炎の影響だろう。
薬を処方しているので、逆流性食道炎が良くなれば違和感もなくなるとの話だったけど、悪くなるばかりだ。
飲食もつらくなってきたので、改めて相談したら、胃カメラ飲んでみるかという話になった。
近くの消化器内科を紹介するので、行ってみろとのこと。

1月23日(水) 胃カメラ

予約した日時に紹介状を持って消化器内科医院の診察を受ける。
全身麻酔みたいなのでほぼ寝ている状態で受けるか、喉に麻酔をして意識がはっきりした状態で受けるか選べというので、後者にする。
定期健康診断の時の胃カメラよりも細くて楽だった。
ポリープは2個。
入り口付近のが少し赤くて怪しいから生体検査(生検)に回すと検体を取られた。
結局、胃カメラでは喉のことは良く分からず、耳鼻咽喉科に行ってくれとの事。
それなら胃カメラ飲む前に相談した際に言ってくれよ。

1月24日(木) 悪性リンパ腫?

翌日に会社近くの耳鼻咽喉科に。
胃カメラを短かくしたカメラで見た。
周りから肉が出ていて喉が狭くなっている。
一見して先生が「これは大ごとだ、うちでは対処できないので総合病院に行ってもらうことになる。今日の午前中、この手の専門の先生が外来を診ているので、紹介状と予約を入れておくからすぐに行くように。」と言われる。

紹介状をもらって、大慌てで総合病院へ。
受付して(これが結構時間を取る)耳鼻咽喉科へ。
先生は、「紹介状はあるけど画像がない。」と少しご不満の様子。
そんなこと言われても、こっちは知らんがな。
ここでも「喉カメラ」で撮影して、コンピュータに取り込み。
画像見せてもらいながら説明を受ける。
触診で首の上、左右のリンパ節が腫れているところ(特に右側の腫れが大きい)を押されても、全然痛くない。
先生は、「悪性リンパ腫だろう。」と言ってから慌てて、「いや、リンパ腫だろうね。」と言い直す。
何か怪しい言い方だ。
そして、喉の腫れから生検用の検体を取る。
ピンセットの先の方が曲がった器具を口内に入れて腫れから検体をむしり取った。
不思議と痛くなかった。
「血が出るからこれで受けて。」と皿を渡されて10分くらい別室のベッドに座って出血が止まるのを待つ。
別に大して出血もないし、大げさだなと思いつつ、時々唾に混じった血を出す。

病院から会社への帰りにリンパ腫を検索する。
出てくるのは悪性リンパ腫ばかり。
リンパの癌だという。
目の前が真っ白になるとかのショックは無いけど、「何で?」という思いで沈んでいく。

午後は普通に仕事して、帰宅。
まだはっきりはしないけど、どうも悪性リンパ腫みたいだと妻に話す。
重苦しい空気だ。
後からの話では、彼女も一番に「何で?」と思ったそうで、癌だからと頭が真っ白になるとかは無かったそうだ。

1月30日(水) 悪性リンパ腫が濃厚

病院の耳鼻咽喉科では、先週の生検の結果がまだ全て出てきていないので、はっきりとは言えない。
念のために血液内科に回ってくれということで、診察まで時間がかかる。
はっきりしない。

血液内科の診察。
先生の見立てでは悪性リンパ腫が濃厚。
それに備えてCT検査を追加で受ける。
言われてみれば、足の付け根にもリンパ節のしこりが出来ている。
首のリンパ節と同じで、押しても痛くないし。
来週にもう一度診察。
その時にはっきり分かるようだが、ますます雲行きが怪しい。
悪性リンパ腫のパンフレット渡されてしまったし。

国立がん研究センターのパンフレット

家にメール。
「はっきりしてほしいけど、はっきりと悪性リンパ腫と診断されるのも嫌だね。」との返事。
その通りです。
とにかく、喉の腫れをすぐに直してほしい。
どうにも不快で仕方がない。

2月1日(金)~2日(土) 安全祈願

安全祈願という名目の取引会社との懇親旅行。
午後に神社で祈祷してもらって、観光してホテルに。
病気のことは誰にも知らせずに、いつも通りに振舞う。
しかし、夜の宴会では、食べものは、ほんの少しずつしか飲み込めない。
それに、酒を飲むのもしんどくて、全然酔えない。
皆さんには悪いが、宴会が終わると、2次会には出ずに、さっさと部屋に戻って寝た。

2月6日(水) 悪性リンパ腫だった

胃カメラを飲んだ消化器内科医院に、先日の生検の結果を聞きに行く。
何も悪いものはなかった。
ポリープの生検は良性だった。
良かった。
これ以上のやっかいごとは、勘弁してほしいからね。

その後、総合病院へ行く。
血液内科で、前回の検査の結果を聞く。
やはり悪性リンパ腫でした。

診断結果

癌と言っても臓器癌とは違うので、治癒率は80%くらいかな、だそうな。少し安心した。
詳細検査のため、骨髄液も取られた。
おしりの少し上に局所麻酔しながら針を刺していき、骨盤に針を刺して(ここは麻酔が効かないので痛い)骨髄液を取る。
一気に吸い取るので「ヒュッ」という感じになる。
それを2回。

悪性リンパ腫には色々な型があって、とりあえず、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫だそうな。
もしかしたら、マントル細胞リンパ腫の可能性もある。
およそ、10万人に30人くらいが、悪性リンパ腫に罹り、そのうちの、3~4割がびまん性大細胞型B細胞リンパ腫で、最も患者数が多いんだと。

非ホジキンリンパ腫分類
(ノバルティス ファーマ(株)パンフレットより)

病期分類はⅣ期
横隔膜の上下両方のリンパ節が腫れているし、脾臓も腫れているので。
Ⅳ期と言っても、臓器癌と違って、Ⅲ期~Ⅳ期の患者がほとんどらしい。
確かに、原因不明の発熱や、大量の寝汗、急激な体重減少などの症状はなかったからね。
喉が腫れてきて、手遅れにならないうちに受診出来てラッキーだったのかもしれない。

病期分類
(ノバルティス ファーマ(株)パンフレットより)

先の診断結果で、免疫染色の結果の項目にCD20と言うのがあるが、これを標的に攻撃する薬を使うそうな。
ただし、正常細胞にもCD20のものがあるので、副作用がでることがあるらしい。
治療は、投薬1週間、副作用等の経過観察を2週間の計3週間を1セットで8回繰り返すとのこと。
そして、最初の1セット目は入院することになる。
つまり、3週間の入院。
その間、経過が良ければ外出もできるそうな。
喉の腫れをとにかく早く治したいので、先生には、一番早く入院できる日をお願いする。
2月15日から入院。
セカンドオピニオンとかの話もされたけど、喉の腫れがつらくて、とにかくこれをどうにかしたいので、パス。
この病院の診断なら、ほぼ間違いないだろうと思うし。
さっさと入院して治療することにする。

PET検査もすることになった。
この病院ではやっていないので、提携しているクリニックで検査する。

入院の書類を渡されて、説明を受ける。
誓約書、入院依頼等。
それに病院のパンフレットに入院時の説明書。
保証人が必要だったり、煩雑だ。
1週間に一度、着替えを持ってきてもらうとして、下着とタオルを2週間分そろえないと。
入院セット(コップ、スプーン、箸、ティッシュ、スリッパ等)が売っているので、これも買うか。

夜、家族に説明。
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫、病期Ⅳ、臓器癌とは違い治癒率80%くらい、骨髄液を取って詳細検査、2月15日から入院等を話す。
子供は、不安だったらしく、治癒率の話をすると、「よかった!」と大泣きしだした。
心配かけてすまない。
頑張って生きるよ。

2月7日(木)~14日(木) 業務引継

会社で、支店長や関係者に病気の説明をする。
入院中は、メールのやり取りぐらいしかできない。
携帯電話は、病室では話せないから、通話エリアに行かないといけないし、副作用次第では出られないかもしれない。
現在抱えている仕事と今後の対処について説明して、引継をすることに。
有給休暇取得届も出す。
有給休暇はタップリたまっているので、どかどか使える。
総務部からは、入院届出書を出すことと、退院時には、就業可否診断書をもらって来いと言われた。
また、日ごろから付き合いの多い関係会社にも、「体調不良」で入院することを連絡しておく。
保険会社にも連絡し、入院給付金と一時金の請求用書類を持ってきてもらう。
忘れずに診断書を書いてもらわないと。
うまくがん特約を付けていたもんだ。
一時金がたっぷり出て、入院給付金が倍になる。
よかったよかった。
これだけは、妻に褒められた。
50歳過ぎたら、がん特約だね。

2月12日(火) PET検査

午後から専門クリニックにPET検査に行く。
がん細胞のような細胞分裂の盛んな細胞は、エネルギー消費が大きいので、ブドウ糖等のエネルギー源を大量に取り込む。
そこで、放射線の目印を付けたブドウ糖もどきを投与して、どこに集まるかを見るのがPET検査。
注射で薬液を静脈に注入して、1時間くらい休んでブドウ糖もどきの取り込みを待って機械で読み取る。
ベッドに寝てCTスキャンと同じ要領で輪切りにして読み取っていく。
地域連携しているので、データは明日には病院に届くそうな。
すばらしい。

以上で、1.発症~診断(2018年11月~2019年2月14日)は終わりです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。        
もし、よろしければ、続きもどうぞ。               



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