見出し画像

学びのプロセス

昨年第二子を出産して早くももう少しで1年。
今年はリバーガイド業も復活。
子供が産まれてからのガイドはかなり減っていたが、レースでの目標もできたし、今年はもう少しガイドの仕事も増やしていきたいなと思っている。

肝心のツアーは今年に関してはどの会社もお客さんの入りがイマイチでなかなか仕事は回ってこず、トレーニングやツアー便乗ばかり。
でも、他のガイドと一緒のボートに乗って下ることには学びもとても多い。

私は吉野川に来てガイド登録をして早いもので14年目になる。とは言え、結婚〜出産〜子育てがありここ5年くらいはブランクもあるし、復帰しても回数はかなり減った。

けど、最近よく一緒に川に出る人たちはガイドとしてはめちゃくちゃ先輩で20年以上ずっと第一線でやってきている人たち。しかも同じ女ガイドなので、女を理由にできないは通用しない。そんな人たちのところには他の女性ガイドもよく集まる。

昨日もツアーに便乗してトレーニングボートを出し一緒に川に出た。キャリア的には私と同じくらいで、子供も1人いる友人ガイドも便乗した。彼女はキャリア20年以上のベテランガイドから色々と学ぶべく、質問が止まらない。

私も学ぶ気持ちは同じようにあるけれど、それほど質問はない。「学ぶ」と言っても、アプローチは人によって違うなあ、と感じていた。彼女はたくさん聞いて、情報をたくさん蓄積する形で学んでいたが、私は、身体での「わかった」が足らんなあ。という自覚もあるので、正直特に聞くことはあまりなかったりもする。

あとは、競技でもラフティングには取り組んできた経験もあるので、カレント(流れ)についてやボートの特性、パドルテクニックについての知識はガイド業だけをやっている人よりはあるかも知れない。
それでもイコールで「うまい」とならないのがパドリングの難しいところ。

知識が大事、経験が大事、どちらの方がより重要ということはないというか、人によるかなとは思うけど、最終は実践できないと意味がない。
私の場合、知識は割とあると思っているけど、ここ数年はブランクもあり、パッと動けなかったり、やってみて「あーそうか。そうだった」みたいなことも多い。川の上で流れに乗りながら、パッパッと動いて対処するにはなんだかシナプスの反応が…みたいな。
あとは単純にテクニックが足りない、力が足りないみたいな部分も多いけどこれはやるしかない。頭で、知識でわかっていても、身体でできるとは限らない。

だからボートの上で話すよりも、川を長々と見つめるスカウティングをするよりも、「考えてやる」のサイクルをたくさんすることを意識している。

現役時代、パドリングの前漕ぎのテクニックで「キャッチ」というものがうまくできず、悶々としていた日々があった。色々と知識を入れ、試したが、「あ、キャッチできてるってこれか!」とわかったのは、キャッチできていると自分で感じられるようになってからだった。
(ちなみにここに到達するまで3年くらいかかった)

このとき思ったのは、「できた」があって初めて、「できていない」との違いが明確になるのだということ。
明確な「できた」がない時は、いくらやってもそれができているのか、できていないのか、結局自分の感覚としてよくわからない。
「わかる」と「わからない」の違いでもある。「わからない」人にいくら説明しても「わかる」にたどり着けない、みたいな。
ちなみに、自分ではわかってなくても、人に見てもらって「できているよ」と言われることもある。それならそれで、その状態が「できた」なのだと自分の感覚を寄せていく。

学びは尽きないなあ。と思いながらもそんな日々が楽しい。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?