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自転車用ヘルメットの着用は死亡事故を減らせるか?

いつも基本的に、自転車に乗るときにはヘルメットを着用するようにしてきている。しかし、自分で気づいていることは、ヘルメットを着用していないときの方がスピードを出さず、安全により注意しているということだ。

最後に触れるが、いつもヘルメットを着用している人は、着用しない場合にいつもより慎重になるという研究結果もある。つまり、ヘルメットを着用しているときには、頭部が保護されているという安心感からスピードを上げるなどの行為をおこない、リスクを増大させるということである。心理学はこれを「リスク補償」とみなすようだ(補足1)。

警視庁のサイトで着用者と非着用者の致死率が比較されているが、着用者と非着用者の事故率はどうなのだろうか——警察が把握しているのは事故のケースだけでありヘルメット非着用で無事故のケースがどのくらいあるかはわからないはずだ。専用レーンが一般化することなどを望んでいるが、そのような方法で道路事情が改善されることなくヘルメット着用が一般化すると、意図されざる結果として自転車が関係する事故が増えて、死傷者も増えてしまうということにならないだろうか。

1. ヘルメットを着用しないと致死率が約2.3倍になるという説明

この場合の致死率は「死傷者数に占める死者数の割合」として計算されているようだ。つまり、表1の$${a/(a+b)}$$と$${c/(c+d)}$$。

相対リスクのように捉えて約2.3倍という表現をしているが、非着用者0.27パーセントと着用者0.12パーセントの差と捉えるならば、致死率はわずか0.15パーセントの差である。

また、そもそも死傷者数をヘルメットの着用者と非着用者とで比べることは不可能であろう。つまり、表2のようなものは作成できていないはずだ。統計として把握できるのは、警察が扱う事故に限られ、死傷者の中でのヘルメット着用者数とヘルメット非着用者数であろう。

ここで最初に書いたことを考えると、事故率は、ヘルメット着用の場合の方が高いのではないかと自分の経験から予想する。

ヘルメット着用者と非着用者が自転車運転において異なった行動を示すとしたら、ヘルメット着用を義務化することで自転車運転にともなう事故数が増加し、結果的に致死者が増加するということもあり得るのではないだろうか。

表1から致死率を計算しているのであろう。しかし、表2の第1列の数値は警察の統計では出てこないはずだ。表1は、表2の第2列のみを取り出し死傷者を死亡と負傷とに分類したたものに相当する。表2の枠組みで事故率を、ヘルメット着用の有無で調べたデータは公表されていないと考えられる。

2. JAF Mate Onlineの同趣旨の記事

JAF Mate Onlineで引用されている2021(令和3)年のデータで、致死率をヘルメット着用の有無で比較する帯グラフを普通に描くと以下のようになる。非着用と着用の差をグラフから読み取ることはほとんどできない。

ヘルメットを着用していた人数は6,816人(同乗中含む、以下同じ)で、死者数は24人となり、死亡率は約0.35%となっています。
一方、ヘルメットを着用していなかった人の人数は60,306人(同乗中含む、以下同じ)で、死者数は336人となり、死亡率は約0.56%と、着用した場合より1.6倍も高くなっています。

出所:https://jafmate.jp/car/traffic_topics_20230225.html

m_ <-  matrix(c(336,60306-336,24,6816-24),2,byrow = T)
m_ <- 100*prop.table(m_,1)
rownames(m_) <- c("非着用","着用")
colnames(m_) <- c("致死","負傷")
par(family= "HiraKakuProN-W3")
barplot(t(m_),horiz = T, xlab = "致死率",ylab = c("リスク要因の有無"))

もちろん、これを下図にように描くのが間違っているというわけではない。

p1 <- 0.35
p2 <- 0.56
p <-c(p1,p2)
par(family= "HiraKakuProN-W3")
barplot(p,ylim= c(0,0.6) ,ylab = "致死率(単位:パーセント)",
xlab=c("左:着用","右:非着用"))

ただし、死亡者、負傷者のデータが集められているわけであり、ヘルメット着用の有無でランダムにデータが集められているわけではないので、ヘルメット着用の有無別に致死率を計算することには問題がある。つまり、「致死率が1.6倍」というとらえ方は間違っている。

表3で、ヘルメット非着用と着用のオッズを計算し、その比をとると1.59になる。オッズ比が基準の1を超えているので、結論的には、ヘルメットを着用しないということはリスクであるということになる。

以下は、警視庁の情報発信(2023年3月20日付)である。「着用していない場合の致死率は、着用している場合と比較すると約2.3倍も高い」と説明されている。

自転車事故で死亡した人の約7割(注記1)が、頭部に致命傷を負っています。

また、ヘルメットの着用状況による致死率では、着用していない場合の致死率は、着用している場合と比較すると約2.3倍も高くなっています。

自転車用ヘルメットを着用し、頭部を守ることが重要です。

(注記1)平成30年から令和4年までの東京都内における自転車乗用中死者の損傷部位の割合

自転車用ヘルメットの着用(警視庁)

3. 英国では「努力義務化」の声が上がらないという記事

車のドライバーには、 「ヘルメットを付けるようなサイクリストは、経験豊富で予想外の動きをしない」 という先入観があり、衝突の危険度が高まる傾向にあるという。  

博士(英国バース大学の交通心理学者イアン・ウォーカー博士)自身が距離センサーを付けた自転車に乗り、車のドライバー2500人に追い越されるときにどれくらい距離を空けられたのかを計測した。半分はヘルメットを着け、半分は着用しないで、その違いを比べた  

ヘルメット着用時には、ヘルメット無しに比べ、平均8.5cm車が近くを通過していた。車は乗用車よりも大型トラックやバスの方がより近づく傾向にあった。博士は、2500回のうち2度車にぶつけられたのだが、どちらもヘルメット着用時だったという。(2006年9月13日付『タイムズ・ハイヤー・エデュケーション』)。

メディア・ヴァーグ

ヘルメットには、頭部外傷には効果があるといわれているが、ロンドンのセント・ジョージ病院の脳神経外科医であるヘンリー・マーシュ博士のように 「通常のヘルメットは単純に薄すぎるので負傷を防ぐものではない」 とする意見もある。

メディア・ヴァーグ

ヘルメット着用が自動車運転者の先入観と結びついて、かえって衝突の危険度が高まるということや、通常のヘルメットでは薄すぎるということも議論されているようだ。

4. 研究論文の例

Routine helmet users reported higher experienced risk and cycled slower when they did not wear their helmet in the experiment than when they did wear their helmet, ...  For cyclists not accustomed to helmets, there were no changes in speed, perceived risk, or any other measures when cycling with versus without a helmet.
(Risk Compensation and Bicycle Helmets. Ross Owen Phillips, Aslak Fyhri, Fridulv Sagberg)

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1111/j.1539-6924.2011.01589.x

この説明は納得できる。いつもヘルメットを着用している人は、着用しない場合にいつもより慎重になるというわけである。これに対して、いつも着用していない人の場合にはそういう変化は観察できなかったのであろう。

このことがどういう結論に結びついていくのかはよくわからない。ヘルメットをいつも着用していない人は、いつも慎重に走行しているのだろうか。

個人としては、ヘルメットを着用して、スピードを出さないで走行するというのがいいだろうという結論になりそうだ。

5. 後ろ向き研究の問題点

以下のような回答をChatGPTから得るためにはちょっと苦労した。彼は、私の議論を評価せず、ヘルメット着用の物理的意義を強調することに執着した。「関係当局」の立場を忖度しているようにさえ感じられた。しかし、「後ろ向き研究の問題点」を指摘してみるように話したところ、やっと私の主張を理解してくれたようだ。

警察の統計において、ヘルメット着用と致死率の関係を調べる場合、一般的には後ろ向き研究とみなされます。後ろ向き研究とは、既に発生した結果をもとに因果関係を検討する研究のことを指します。この場合、事故が発生してから警察がデータを収集し、それを元にヘルメット着用と致死率の関係を検討しているため、後ろ向き研究となります。

後ろ向き研究には、さまざまなバイアスがあるため、因果関係を確定的に示すことはできません。例えば、ヘルメットを着用している人と着用していない人では、年齢や性別、運転の経験や技量、交通量の多い地域に住んでいるかどうかなど、多くの要因が異なることが考えられます。これらの要因が致死率に影響を与える可能性があるため、単にヘルメット着用と致死率の関係を見ただけでは、ヘルメットが直接的に致死率に影響を与えたとは断定できません

(以下省略)

ChatGPTの回答


補足1:リスク補償(risk compensation)

安全対策が進み、身の回りの環境の危険性が低下したと感じられると、まるでその埋め合わせをするかのように、以前よりも危険性が高い行動をとる傾向が人間にはあるようです。これをリスク補償行動といいます。つまり見通しが悪い道路を整備しても、思ったほど交通事故が減らないことがしばしばあり、それはドライバーが以前よりも危険な運転をするようになったからだと考えられるでしょう。

池田まさみ・森津太子・高比良美詠子・宮本康司 (2020).
リスク補償(risk compensation)錯思コレクション100
 (2023年4月19日アクセス)

「埋め合わせをする」というのが、compasationの意味のようだ。




補足2:「宝くじを買うべきかどうかを、当選者だけを調べて結論を出すのと同じ」

Mayer Hillman, a transport and road safety analyst from the UK, does not support the use of helmets, reasoning that they are of very limited value in the event of a collision with a car, that risk compensation negates their protective effect and because he feels their promotion implicitly shifts responsibility of care to the cyclist. He also cautions against placing the recommendations of surgeons above other expert opinion in the debate, comparing it to drawing conclusions on whether it is worthwhile to buy lottery tickets by sampling only a group of prizewinners.

Wikipediaの記事

英国の交通・道路安全分析家であるメイヤー・ヒルマンは、自転車用ヘルメットの使用に賛成しておらず、自動車との衝突の際にはほとんど効果がないという理由や、リスクの補償が保護効果を打ち消すという理由、そして自転車乗りが注意義務を負うことを暗に示唆することが問題だという理由から、その使用を支持していません。また、彼は外科医の勧めを他の専門家の意見よりも重視することにも警告し、それを、宝くじの当選者のグループだけをサンプリングして購入する価値があるかどうかの結論を出すことに似ていると比較しています。

Wikipediaの記事のChatGPTによる翻訳例

「従属変数(結果)で標本抽出をするのは適切でない」という文章をどこかで読んだ気がする。「ケース・コントロール研究」という言葉に出会う前であった。

昔テレビで、「自宅で飼い犬にかまれるケースの研究」というのを見たことも思い出す。単身赴任のお父さんが久しぶりに帰宅したときが多いとかいう話であった。


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