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ウィルス干渉

今回のパンデミックで一番不思議なのはインフルエンザが世界中から消えてなくなったことです。2019年は流行が第45週から始まり第54週までの感染者は402,862人にも拡大したのに、2020年の同時期の患者数は469人と前年度の0.1%ほどでした (図1)$${^{1,2)}}$$。

今回のパンデミックではインフルエンザばかりでなく、他の感染症も激減しています。呼吸器感染症RSウィルス感染症ばかりでなく、口や手足に発疹がでる手足口病やロタウィルスによる胃腸炎なども激減しています。
 
この原因としてウィルス干渉の可能性が議論されています。
 
2020年の初頭の中国でのパンデミック以前に実はコロナが世界中で蔓延していた可能性が示唆されています$${^{3)}}$$。悪性度の高いウィルス以外に悪性度が低く症状がほとんど現れない弱毒株が存在し交差免疫により悪性度の高いウィルスへの抵抗性を付与したとする説です。
 
このコロナ弱毒株によるウィルス干渉が世界中からインフルエンザを追い出したというのです。
 
ウィルス干渉の機構として二つの仮説が考えられます。最初の仮説は細胞レベルでの干渉です。コロナが感染するとその細胞はコロナばかり作るようになるので後からインフルエンザが感染しても増殖できないのかもしれません。しかし、全ての細胞がコロナに感染している訳ではないので個体レベルでは2つのウィルスに同時に感染することも十分ありえそうです。
 
もう一つの仮説は個体レベルの干渉で、コロナが感染すると非特異的に自然免疫が活性化するためコロナに感染した人はインフルエンザにかかりにくいのかもしれません。しかし、2020年のコロナ陽性者は累積約23万人で日本の人口の2%未満ですから$${^{4)}}$$、大方の日本人はインフルエンザに感染してもおかしくありません。
 
しかし、症状の現れない弱毒株が蔓延しすでに世界中でインフルエンザに対する抵抗性を高めているとしたら個体レベルでの自然免疫によるウィルス干渉も起こり得るのかも知れません。
 
コロナウィルスは珍しいウィルスではなく昔からある風邪ウィルスです。中にはNL63のようにSARS-CoV2と同様にACE-2を受容体とするものもあり、毎年冬になると頻度は少ないのですがインフルエンザと同様に感染者が増えてきます(図2)$${^{5)}}$$。インフルエンザなど他の呼吸器系のウィルスとの同時感染も認められています。

今回のパンデミックでは突発性発疹はほとんど減少していません (図1)。もし、コロナ弱毒株により自然免疫が活性化してコロナ以外の感染症を防いでいるのなら突発性発疹だけがこの防御機構から逃れることは考えにくいように思います。
 
このように考えるとインフルエンザが消えてなくなったのはウィルス干渉によるという仮説は考えにくいように思います。むしろ、世界中で行われた厳しい行動制限やマスク着用や手洗いの励行、三密の禁止などの公衆衛生の対策の成果だったのではないかと思います。
 
突発性発疹はヘルペスウィルスによって発症し、感染者の唾液からうつります。ヘルペスウィルスはほとんどの人が保有している常在ウィルスですから外部から家庭内への侵入を防ぐ方策は無駄です。マスクをしても、手を洗っても、飲み会をあきらめても、意味がありません。
 
体液の交換が媒介する性病はどうでしょう。性器ヘルペス、性器クラミジア、淋病、尖圭コンジローマのいずれも突発性発疹と同じくコロナ以前と差がありません (図3) $${^{6)}}$$。梅毒も同じ傾向を示します (図4)$${^{7)}}$$。

国や医師会が推奨するマスクの着用、手洗い、三密の禁止、移動の自粛などによって呼吸器や消化器の感染症が激減しているのにコロナが感染拡大しているということは、これらの方策がコロナの感染拡大にあまり効果がないことを示唆しています。たぶん、コロナとインフルエンザでは感染のしかたが異なるのでしょう。
 
しかし、いまやコロナはワクチン接種のお陰で季節性インフルエンザ並みに日本全国に広がり、オミクロンが流行りだした昨年1月からの国内の感染者は3000万人を越えています$${^{8)}}$$。この状況ならコロナによるウィルス干渉によりインフルエンザを抑えるのも可能かも知れません。
 
しかし、逆に世界では昨年から行動制限やマスクの着用が緩和されインフルエンザが復活してきました。インフルエンザとコロナは時間的空間的に同時に感染しない傾向にあることも示唆されていますが (図5) $${^{9)}}$$、インフルエンザがほとんど復活していないのは世界有数のワクチンの接種率を誇り(表1) $${^{10)}}$$マスクの着用率が圧倒的に高い(図6) $${^{11,12)}}$$日本と韓国だけのようです。

日本では2022年の第45週から第53週までのインフルエンザ患者数は24,803人となり、2020年の50倍、人口の5%にまで増えてきています$${^{2)}}$$。インフルエンザが増えたのは空港検疫が甘くなり海外からの感染者の国内への侵入が増えたからでしょう。インフルエンザが復活してくれればウィルス干渉によりインフルエンザがコロナを駆逐してくれるかも知れません。
 
生物圏は相互に複雑に干渉しあって動的平衡を保っています。一つの要素を取り除くと思わぬ影響が出てくることはよくあることです。ウィルスも相互に干渉しあってバランスを保っている筈です。これまではインフルエンザによるウィルス干渉がコロナの蔓延を抑えていたのかも知れないのです。
 
それを確かめる手っ取り早い方法は、マスクをとって、以前の生活をしてみることです。インフルエンザがコロナを追い出してくれるかも知れません。でも、どちらがいいかは難しい問題です。インフルエンザも毎年大勢の年寄りを死に追いやっている風邪ですから。
 
1) IDWR 感染症週報 22, 52-53 (2020)
2) 厚労省インフルエンザの発生状況 (2023/1/15)
3) Kamikubo Y et al, medRxiv, 20043679 (2020)
4) 厚労省 新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和2年12月31日版)
5) Killerby et al, J Clin Virol, 101, 52 (2018)
6) IDWR 感染症週報 23,2 (2021)
7) IDWR 感染症発生動向調査で届け出られた梅毒の概要 (2020/10/29)
8) 厚労省 新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について(令和5年1月22日版)
9) Takashita E et al, Influenza Other Respi Viruses, 17, e13090 (2023)
10) Our World in Data (2023/1/23)
11) マスク着用率の国際比較 (2022/2/11) 
12) トラベルボイス (2022/5/30)