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【クリティカル・シンキング/議論】③ 反論の技術

こんにちは、白山鳩です! クルッポゥ!

マガジン『能ある鳩はMBA②  ビジネススキルで豆鉄砲』での、

ビジネススキルにまつわる情報の紹介です。


前回の記事はこちらです。↓↓↓


今回の記事では、前回に引き続き、

「科学的思考」「議論」に関する考え方や手法を見ていきます!


1つの記事あたり、だいたい5分で読めますので、お気軽にスクロールしてみてください!


なお、全て無料で読めますが、

「良い記事だったなあ」

と思っていただけるようでしたら、記事代をいただけると励みになります!


香西秀信『反論の技術』

ここまでの記事では、

「『論証する』とはどういうことか」

「『推論』や『仮説を立てる』とはどういうことか」

といった観点の内容でした。


今回は、香西秀信さんの『反論の技術』を参照しながら、

『反論』とはどういうことか」を見ていきます。


また、香西さん独特の、斜に構えたようで本質をついた指摘にも注目です。


反論は議論の本質である

『反論の技術』は、

「意見」というものは本来的に対立するもの

と指摘しています。


直観的には、「でも、『賛成意見』という表現だってあるじゃないか」

と言いたくなるところですが、

この場合の「賛成」とは実は別の人に対する「反対」のことなのである
もし全員が自分と同じ意見だと思っているのなら、
あえて発言する必要はないのである。

と香西さんは指摘しています。


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前回・前々回の記事でも、『「科学的思考」のレッスン』の、

科学とは、新しくて正しいことを言おうとする営みだ

という紹介を引用してきました。


逆を言えば、

「誰も反論しないような、新奇性のない事柄」

を主張したところで、みんな、

「そりゃそうだよね」と、反論はしないことでしょう。


しかし、この世の中に新しい価値が生まれるわけでもなく、

ならば、そんな意見は主張するに値しないとも言えます。


『反論の技術』では、このような提案のことを、

おまじないのようなものだ
「『世界人類が平和でありますように』という張り札と同じだ」

と喝破しています。


自分なりの視点・視座もないまま、

誰も反対しようのない抽象的な総論に終始する議論や会議ほど、

無意味なものはない、というわけですね。


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誰も反対しないことを主張しても、議論・討論の能力は育たない

香西さんは、国語教育における現行の「意見文」指導に対し、

全体の8分の1の紙幅をかけて、問題点を指摘しています。


よっぽど、腹に据えかねているのでしょう。


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例えば、小学五年生が、

「しいく委員として思うこと」

という意見文の中で、

「本当に命は大切だと思います」

と訴えかけているのに対し、次のようにこきおろします


この文章を読んで感じる最大の疑問は、
この生徒は読者に何を訴えようと思ってこれを書いたのかということである。

「本当に命は大切だと思います」と訴えかけているが、
読者は「命は大切だ」ということを知らないと思っているのだろうか。

もし知っていると思っているのなら、
なぜ殊更それを主張する必要があるのだろうか。

知ってはいるがその知り方が足りないので、
自分が一肌脱いで蒙を啓いてやろうと思っているのだろうか。

あるいは、生徒の中には
「命は大切ではない」と信じる「不逞の輩」がいるので、
こういう意見文を欠くことによってそのねじくれた精神に鉄槌を下して矯正してやろうと思っているのだろうか。


小学五年生の意見文に、こうも辛らつなコメントを寄せる大学教授はそうそういないことでしょう。


あたかも、貴族の愚かさに頭を抱え、

「今後は、その愚かさを10倍と考えねばなるまい」

と宣言するラインハルト様かのようです。


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ただし、香西さんはあくまで、

誰も反対しないことを意見として主張する癖

が、子どもたちについてしまうことを憂いているだけなのです。


こきおろすのにも理由がある

なお、ほかにも香西さんは、小中学生の文章に次々と鉄槌を下しており、

その内容が大変興味深いので、概要を鳩がまとめますと……。

形象として実感できるほど「悪魔」などという存在を知っているわけでもないくせに、
「雪は灰色で冷たくて、まるで悪まのように見えたのです。」
などと、嘘くさい表現をするな!
「たとえ、ありいっぴき、花一輪であろうとも、命はたいせつではないでしょうか」
などと、思ってもいないことを書くな
本当にそんなことを書くなら、蚊や蠅を殺すなんて絶対するなよ!
「わたしは、一日一つのごみ拾いを提案します」
などと提案したところで、
周辺の数十名が行動しても焼け石に水であり、
町内全員に読ませるつもりの手立ても講じていないのなら、
こんな提案にはほとんど意味がない!


このように、小中学生の文章にも容赦なく大規模な外科手術を敢行します。


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しまいには、「一日一つのごみ拾い」を提案した生徒に対し、

この生徒は悪質だ」とまで罵っています。


しかしそこには、理由があるのです。


要するにこの生徒は、誰も正面切って反対しないような事柄を、
口先だけで提案している
に過ぎない。

しかも、その提案は、誰も従わないことが分かっており、
自分でさえもおそらく長くは実行する気のないようなものなのだ。

(中略)

はっきり言って、この生徒は悪質だ。

自ら「意見を言う」という行為を軽く見て、
それを馬鹿にしているからである。


みなさん、自社の会議に提案される資料や、議論の結果を頭に浮かべてみてください。


そこには、

「具体的に何を決めたいのか、よくわからない資料」

「誰も反対しないような、何かを言っているようで何も言っていない議論」

「後から指摘をされても、どうとでも言い逃れできる結論」

はありませんか?


実行する気もないのに、「論議のために論議する」

ような仲間の一員となってはいませんか?


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こう考えると、香西さんの「怒り」もごもっともであり、

自分の意見は「反論」になっているか注意せねば、と思う次第です。


自説への「反論」は効果的

どんな論証をするかを構想したり、

実際に意見を主張したりするとき、

自説への「反論」を持ち出すのは効果的だ

と『反論の技術』は説いています。


自分で自分に反論するのは、

自分の頭を自分で叩くような行為ではありますが、なかなか効果的です。


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構想段階において、

自分の主張をさまざまな視点で眺めてみることは、

意見に幅を持たせてくれます。


また、実際に意見を主張するとき、

「予想される反対意見を先回りする」

というのは効果的だと、同書では指摘されています。


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論敵から出てきそうな反対意見を先取りしておけば、

後になって論敵が、その反対意見を口にしたとき、

周りで聞いている人たちは、

「ああ、さっき出てきたあの話をまたしつこく繰り返してるのね」

と感じるので、新鮮味に欠ける状態となっています。


このように、読み手に一種の「免疫」ができるため、

「仮にこの反対意見に十分な反論ができなかったとしても、

先に言及しておくのは悪いことではない」

と香西さんは指摘しています。


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反論するには「主張と根拠」「隠れた前提」を確認

さて、相手に反論するためには、

目の前でどのような議論が展開されているかを知る必要があります。


香西さんは繰り返し、

主張と根拠は何か

を考えるよう、本書の中で言及しています。


また、

目の前で展開された「主張と根拠」の裏に「隠れた前提」が無いか

に気づくのも重要です。

「隠れた前提」は、相手の価値判断が無意識のうちに含まれている要素です。


例えば、

「今度遊びに来る外国の友人、日本は初めてだったよね。

なら、寿司をごちそうしてやりなさい」

というアドバイスをする人がいたとします。


この文章は、次のような構造となっています。

「根拠」
日本へ初めて遊びに来る友人は外国人だ

「主張」
だから、この友人には寿司をごちそうすべきだ


そしてここには、

「隠れた前提」
日本へ初めてやってくる外国人は、みんな寿司を食べたがっている

という「隠れた前提」が、無意識のうちに含まれているのです。


こういうわけで、香西さんは、目の前の相手の議論の裏にある、

「隠れた前提」

を狙い撃ちすると、反論がうまくいくことが多いと主張しています。


なお、これらはまさに、前々回の記事で紹介した、

「根拠」→(だから)「主張」→(なぜなら)「論拠(=隠れた前提)」

という「論証基本フォーム」と同一です。


なんと、こんなところで、過去記事と話がつながっているのです!


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かたつむり論法

最後に、「あとがき」で言及されていた、

どんなレトリックよりも高度な技術ー「かたつむり論法」

を紹介し、この記事を終わります。


まともに反論してはとても勝ち目のないような「正論」を相手が提案してきたとします。

このとき、「逆にその提案を褒める」のだと言うのです。


相手の方は、

ということは おまかせくださると いうことですな

と、喜び勇むことでしょう


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ところが、ここからが「かたつむり論法」の真骨頂です。

相手を褒めたたえながら、次のような逆提案をします。

・実に素晴らしい提案だからこそ、実現を急いで拙速となり、せっかくのすばらしい提案が台無しになってはもったいない

・みんなでアイデアを出し合って、よりすぐれたものに練り直していこう

こうすることで、

相手の計画を先送りに」させながら「闇に葬り去ろう」としたり、

あるいは、

「明日にも実行できるような計画なのに、

わざわざプロジェクトチームみたいなものを作らせ、

そのチームが船頭多くして船山に登り、

収拾がつかなくなってその計画が骨抜きにされるのを待つ」

といった結末を期待する、と言うのです。


なんという策士でしょうか!

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この「かたつむり論法」を作為的に用いている人間が手ごわいですが、

一方で、口先では言いたい放題言いながら、実際には計画を実行しない、

「セルフかたつむり論法」を得意とする輩も組織には一定数存在します。


これぞまさに、この記事で最初に指摘した、

実行する気もないのに、「論議のために論議する」

という、「大規模な外科手術」が必要な人々です。


相手の「かたつむり論法」にはまらないよう気を付ける一方で、

自分で自分を「かたつむり」としないよう、気を付けたいものですね。


まとめ

さて、ここまでの内容を振り返りましょう。

【反論は議論の本質である】

「意見」というものは本来的に対立するもの
・誰も反論できない意見は、主張するに値しない


【誰も反対しないことを主張しても、議論・討論の能力は育たない】


誰も正面切って反対しないような事柄を、口先だけで提案するのは、
自ら「意見を言う」という行為を軽く見て、
それを馬鹿にしている悪質な行為


【自説への「反論」は効果的】

予想される反対意見を先回りする


【反論するには「主張と根拠」「隠れた前提」を確認】

・目の前の相手の議論の裏にある「隠れた前提」を狙い撃ちすべし
「根拠」→(だから)「主張」→(なぜなら)「論拠(=隠れた前提)」
の「論証基本フォーム」を頼りに、議論の構造をチェック
【かたつむり論法】

まともに反論してはとても勝ち目のないような「正論」
逆にその提案を褒め
→「よりすぐれたものに練り直していこう」と逆提案
相手の計画を先送りにさせる
 or 船頭多くして船山に登り、計画が骨抜きにされるのを待つ


さて、次回は、クリティカル・シンキングに関連して、

「どうやって発想すればいいのか」

について、「失敗学」で紹介されている「創造的設計」から、

その具体的な方法を見ていきます。


お楽しみに。

to be continued...

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