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黄泉の丘と神秘の扉 第7巻:地球への試験渡航


第50章 「遠征の地に響く闇の囁き、そして三人が選ぶ未来の扉」

第一節 朝焼けの街道、短期遠征への出立
 夜が白み始める頃、王都の東門には大輔・セナ・リアン、そして騎士団第三隊から選抜されたごく少数の隊員が集結していた。魔物討伐や偵察を行うのに適した、精鋭かつ信頼できる面子で構成されている。大規模な軍を出動させると教団残党が散り散りに逃げ、かえって掴みどころを失う——それが今回、限られた人員で動く理由だ。
 セナは盾を背負い直し、馬車の位置を確認する。リアンは師匠ノートと杖を準備し、またどんな闇儀式があろうと対応できるよう気を張っている。大輔はまだ完全に体力が戻ったわけではないが、呪いが消えた身体は前よりもずっと軽く感じ、「これなら、戦えなくても先頭で指揮はとれる」と自分に言い聞かせる。
 「さあ、行こうか……」
 大輔が少し緊張した面持ちで声をかけると、セナとリアンは微笑んで「うん」「準備OK」と返す。第三隊の隊長代理(本来の隊長は王都防衛を優先)は「では、出発しましょう。今回の目的は**“教団残党の新たな拠点”**の所在確認、もし大きな儀式が進行していたら阻止すること、そして可能なら残党の幹部を捕縛することです」と短く号令をかける。
 衛兵が門を開き、馬車が揺れながら外の街道へと滑り出す。朝焼けの光が石畳を染め、三人の影を長く伸ばしている。王都の人々はまだ寝静まっている時間帯で、見送りは最小限——その静寂が逆に胸を高鳴らせる。
 セナはふと前を向き、「大輔、体調大丈夫? もし辛くなったらすぐに言ってね」と振り返る。大輔は苦笑して「うん、分かってる。でも、長く眠りこけてたから体がうずいて仕方ないんだ。むしろ動きたい気持ちが強いぐらいさ」と笑う。リアンは横で頷き、「まあ無茶は禁物。わたしたちと第三隊がついてるんだから」と軽く槍を構えて見せる。

第二節 山岳地帯への道、かすかな闇の気配
 一日ほど街道を進むと、辺りは次第に起伏の多い地形へと変わる。かつて教祖の大儀式や闇神召喚があった神殿の近く、あるいは小規模の洞窟が点在する区域だ。騎士団の情報では、ここに教団の残党が潜んでいるらしいが、具体的な位置は分かっていない。
 馬車を降りて探索体制に入り、セナが盾を構え、リアンが魔術感知で周囲を探り、大輔は地図を広げて斥候と意見を交わす。第三隊の隊員が「最近、夜間に不審な光が見えたという民間人の証言がある山道が東にある」と報告し、大輔は考え込む。「不審な光……闇儀式に使う松明や魔力の輝きかもね。行ってみる価値はありそうだ」
 セナが周囲を睨む。「でも、わたしの肌感覚では、そこまで強い闇は感じない。教団が小規模で潜んでるってことかな……下手に罠を張っているかもしれないから注意しないとね」
 リアンはノートを手に、「ええ、以前の大儀式級の気配はまったくない。それでも闇の残滓はあるかもしれないから、慎重に。もし新しい儀式が進行中なら、早めに摘み取りたい」と唇を引き結ぶ。大輔は短剣を腰に差しており、「刻印の爆発力はないけど、戦闘なら問題ない。みんなで連携すれば闇ローブごときには負けないよ」と微笑む。セナはやや安心したように「うん、前みたいに体を蝕まれるリスクはないものね」と頷く。

第三節 闇に満ちた廃坑、囁く声の正体
 夕方には小高い山の麓に到達し、そこに旧い廃坑の入り口が見つかる。岩肌には崩れた木枠が散らばり、誰も近づきたがらない冷たい空気が漂っている。第三隊の隊員が跪き、「ここ……足跡がある。最近、人が出入りした形跡です」と指差す。セナとリアンが静かに顔を見合わせ、「教団の拠点かな……」とつぶやく。
 大輔は軽く腕を回して、「じゃあ、ここへ潜って確かめよう。暗いだろうからランタンや魔術灯を使って……」と提案。セナが盾を抱え、「うん、わたしが前衛やるから、あなたは無茶しないでね」と優しい眼差しを投げる。リアンは杖を構え、「闇の結界があるかもしれない。注意していきましょう」と後衛を引き受ける。
 数名の騎士とともに廃坑に足を踏み入れる。中は湿気が強く、冷たい空気にむせ返るような感覚。壁には苔が生え、所々が崩落しかけている。奥へ進むと、かすかな囁き声のようなものが反響している気がする。セナが眉を潜め、「……この声、風の音じゃないよね……」と小声で言う。大輔も身を強張らせ、「明らかに人が奥にいる。呪文かもしれない……」と唇を噛む。
 やがて、奥から微かな灯りが見え始める。廊下を抜けた先に、やや広い空間が広がり、数名のローブ姿が集まって小さな石碑に何かの印を刻んでいるのが見える。「いた……教団だ……」
 大輔が合図し、セナとリアン、そして騎士2名が前線に立ち、残りは後方で準備を整える。ローブたちが気づくより前に、一気に強襲をかける段取りだ。セナは呼吸を整え、「やるよ……わたしたちがここにいるなら、奇襲で一気に抑えられる」と盾を握り、リアンは杖を構えて雷陣の準備に入る。大輔は短剣を手に「できるだけ命は奪わず、生け捕りにして情報を引き出したいね」と囁く。

第四節 一瞬の強襲、捕縛への攻防
 「行け……!」
 大輔が小さく合図を送り、セナが盾を前面に突進。ローブたちが驚きの悲鳴を上げる前に、雷の帯が走り、リアンが雷術で一人を感電させて動きを止め、騎士がその隙に飛びかかりローブを取り押さえる。もう一人は闇刃を飛ばして反撃を試みるが、セナが盾で受け止め、横から大輔が短剣を突き出して腕を絡め取り、「抵抗するな!」と叫ぶ。
 数十秒の交戦でローブは全員捕縛され、わずかに残る二人が逃げようとするが、騎士が出口を塞いで袋小路へ追い詰める。すべてを封じ込めた形だ。セナは息を切らせながら「数が少ない……これが全員かな? 援軍や幹部はいないの?」と警戒する。
 ローブの一人が苦しそうに呻き、「く……こんな少数に……俺たちは……」と悔しがるが、隊長代理が鋭く剣を突きつけ、「ここで何をしている? 闇儀式か、教団の新拠点か?」と問い詰める。男はすぐには答えず、ふてくされたように唇をかむ。
 リアンが壁に刻まれた紋様や呪符を調べながら、「何か大規模儀式の準備じゃないわね。小さい祭壇があるだけ……封印を解いてる感じでもない。もしかして、ここで“何か”を探してる?」と分析する。セナは石碑に視線を走らせ、「これ、扉研究の文様に似た部分がある。教団が扉の位置か機構を探っているのかも……」と唸る。
 大輔は束の間の思考。「……俺の刻印がなくなった以上、教団は別の鍵を欲しがっている可能性が高い。ここで古代の資料を探してるのかもしれないな」と推測する。ローブ男は苦々しい顔で視線を逸らし、「ちっ……いずれわかるさ……お前たちのやってることも無駄になる……」と不気味に笑う。セナが盾を打ち付けて「そんなもの、させるか!」と一喝する。

第五節 意外な証言、幹部が残した言葉
 捕らえたローブを拘束して、簡易的な取り調べを行う。騎士団の隊長代理が脅しても初めは口を噤んでいたが、しばらく粘ると一部のローブがぼそぼそと内部事情を話し始める。
 「俺たちは新しい**“刻印の鍵”**を探しているんだ……あの刻印持ちが呪いを失ったって聞いて、代わりに古代の書を探せば別の刻印を作れるって幹部が……」
 「この廃坑は一つの候補にすぎない。あちこちの遺跡を巡って鍵を復活させるんだ……兵器や儀式じゃなく、もっと根源的な扉を開く……」
 大輔やセナ、リアンはその言葉に度肝を抜かれる。「扉を開こうとしている……でも、兵器でも闇神でもない扉……一体何を狙ってるの?」と大輔が問うと、ローブは苦い笑みで「知らん……幹部しか分からない。だが、扉は世界を滅ぼすだけじゃなく、新たな神を呼ぶ手段にもなる」と呟く。
 リアンは巻物に走り書きして「神を呼ぶ……また闇神? それとも別の存在か。とにかく、教団が刻印や血の儀に固執しなくても扉を開ける術を探し出そうとしてるのは間違いないわね」と分析する。セナは大輔の顔色を窺い、「あなたが呪いを失った以上、彼らは別の手段を欲してるわけだ……」と不安を露わにする。大輔は唇を噛み、「俺たちが扉研究を進めても、教団はどこかでそれを盗むか、あるいは奪い取ろうとするのか……」と考え込む。
 ローブの中でやや地位が高いらしい者が、呪符で封じられながらも冷笑して言う。「お前たちがいくら安全な扉を作ろうと、力のあるものが奪えば同じだ。血の儀など古い手段に固執しなくても、扉を利用できれば世界は新たに塗り替えられる……」
 セナが憤りの声を上げ、「だから奪わせない! わたしたちが護る!」と叫ぶが、ローブは肩を震わせ笑い、「ほざけ……この世界は教団の手から逃げられはしない……」と吐き捨てる。隊長代理が「貴様……黙れ!」と剣を見せつけて黙らせるが、不気味な冷笑は止まらない。

第六節 新手が忍び寄る、洞窟の奥から響くうめき声
 ローブを捕縛した後、騎士団が洞窟のさらに奥を探索していると、低いうめき声のような音が聞こえてくる。「何かいる……?」とセナが盾を握り直す。リアンは魔術灯を掲げ、「気をつけて。闇魔物か、あるいは儀式の失敗作かも……」と身構える。大輔も短剣を手にそっと歩を進める。
 奥まった広い空間に出ると、そこには鎖でつながれた獣人のような姿がうずくまっている。血まみれの痕跡があり、どうやら教団がここで何か実験をしていたようだ。セナは息を呑み、「……こんなことをして……」と眉を寄せる。リアンは唇を噛み、「獣人化の試みか、あるいは“刻印”を無理やり埋め込もうとしてた?」と推測する。
 獣人は苦悶の声を漏らし、目が白濁しているが、まだ生きている様子。大輔は驚きと怒りで拳を握り、「なんて酷い……。教団は本当に人を実験材料にしてるのか……」と震える声を出す。第三隊の隊員が慎重に近づき、治癒魔術を試みるが、闇の毒がまわっていて簡単には助けられそうにない。
 「とにかく連れて帰って治療を試すしかないな……」と隊長代理が決め、騎士が慎重に鎖を解く。獣人は弱々しく身体を震わせ、うめき声を立てるだけ。セナはその姿を見て「あまりの酷さに目を背けたくなる……教団がこの子になにをしたのか」と胸を痛める。
 リアンは視線を石床に向け、また古い血文字が描かれているのを見つけ、「やっぱり何かの‘鍵’を作ろうとしていたんだわ。呪いを注入して、人工的な刻印を生み出そうと……」と言葉を呑む。大輔は背筋が寒くなる。「もしこんなやり方で刻印ができたら、人を犠牲にした血の儀と同じか、それ以上に危険だ。もう絶対に許せない」と怒りを覗かせる。

第七節 帰還の途、刻む嫌な予兆
 洞窟の調査を一通り終え、捕縛したローブ数名と瀕死の獣人を連れ、馬車を仕立てて王都へ引き返すことになった。今回の成果は「教団が新たな“刻印”や“鍵”を作ろうとしている」という事実と、その一端が廃坑で行われていた実験の痕跡だ。大きな儀式はないが、陰湿かつ狡猾な手法へシフトしていると推測される。
 大輔は捕虜のローブを見下ろし、苦い顔で「こうでもしなきゃ、あいつらは死ぬまで闇を振り撒く。王都でじっくり取り調べれば何か掴めるかもしれない」と呟く。セナは盾を置いて、獣人を介抱しようとするが、呼吸も弱い。リアンは雷術による応急治療を試みるが、あまり効果がない。「ごめんね……早く王都の治癒師に診てもらおう」と涙を浮かべる。
 馬車に揺られながら、セナとリアンは大輔を支え、第三隊の隊長代理は「今回の情報で、教団が刻印を再現しようとしてることが分かった。大規模儀式はともかく、小さな動きが他にもあるかもしれない」と重く言う。大輔は疲れた表情で深く頷き、「急がないと……扉研究を完成させても、彼らが同じ技術を悪用したら……」と危惧する。セナは苦々しく「また血の儀のような地獄を見たくないよ……」とつぶやく。リアンも「そう……だから、わたしたちが先に安全な道を確立し、兵器転用も教団利用もできない仕組みを整えなきゃ」と強い目を宿す。

第八節 獣人の最期、薄れる一縷の望み
 山道を下る途中、瀕死の獣人が車内で最後のうめき声を漏らし、セナやリアンが必死に治療を施していたが、魔力の毒があまりにも深く回っており、獣人はついに息絶えてしまう。セナは「くっ……ごめん、間に合わなかった……」と拳を握り、リアンも悔しげにノートを握りしめる。
 大輔が苦痛の表情で「こんな悲劇をまた繰り返してるのか、教団は……。もし俺の刻印が完全に消えていなかったら、奴らが俺を奪いに来ていたかも。あるいはこの獣人のように実験材料にしてたのかと思うと……胸糞悪い」と怒りを噛みしめる。
 第三隊の隊員が獣人の遺体を布で包み、「王都で丁重に葬るしかない」と呟く。セナは盾を両手で抱え込み、「もうこんなのは嫌。わたしたち、何度こんな死を目にすればいいの?」と涙声。リアンは肩を寄せて、「大丈夫、今度こそ終わりにしよう。扉を安全に使えるようにして、教団の闇を完全に封じ込める時代にするのよ……」と力を込める。大輔は二人を励ましつつ、「そうだ……地球への道のためにも、この世界のためにも、教団を止めなきゃいけない」と決意を深める。

第九節 王都へ報告、陰る空気と新局面の予感
 下山後、王都近郊で一泊し、翌朝に城壁へ戻る。今回の遠征で得た情報と捕虜を携え、グリセルダや騎士団上層部へ報告する。闇ローブの拠点の一つを潰したことで一応の成果は出たが、教団は刻印を再構築しようとしているという嫌な事実が浮上。
 グリセルダが騎士団からの取り調べ結果を聞き、「やはり、刻印の呪いを再現しようとしていたと……。人工的に血の儀を小規模で行い、“新たな鍵”を生む研究をあちこちで進めてるとか」と眉をひそめる。セナは「こんなの放置すれば、また大儀式以上の惨事が起きるかも」と震える声。リアンは手を握りしめ、「だからこそ、扉制御を早急に完成させる必要がある。教団に先を越されるわけにはいかない……!」と燃える。
 大輔は騎士団第三隊の隊長代理と握手し、「ありがとうございます。捕虜からさらに情報を引き出せれば、教団の本拠を叩く道が見つかるかもしれない。扉研究の方も、俺たちが先に形にするから、協力をお願いしたい」と頭を下げる。隊長代理は力強く「任せてください。奴らが下手に動いたら第三隊が駆けつける」と応じる。
 グリセルダは最後にセナとリアンに微笑み、「お疲れさま。大輔殿は無理しなかった?」と問う。セナは「大丈夫だよ。わたしたちが護るって約束したから」と胸を張る。リアンも「ええ、負担は最小限だったわ。次は扉研究に集中できる」と顔を上げる。グリセルダは安心したように「よかった。じゃあ、今度こそ研究を進めて、教団を出し抜きましょう」と力を込める。

第十節 研究再開、制御扉への大いなる手応え
 再び研究院へ戻った三人は、さっそく実験チームと合流し、この数日の成果や教団残党の現状を共有したうえで「新生・安全扉」の開発段階を引き上げる計画を練る。
 カーロンが大きな地図を広げ、「扉の出現ポイントをいくつか想定し、実験を繰り返す。いままでは‘狭い歪み’だったが、安定性を確保しながら少しずつ拡張する。最終的には人が通れるサイズを1分以上開きたい。それが出来れば、理論的に地球へ行くのも可能になるだろう」と説明する。
 セナは興奮混じりに「1分……前は30秒が精一杯だったけど、このまま改良すれば……」と顔を輝かせる。リアンはノートを開きつつ、「闇の力を一切使わないから安全度は高いけど、魔力消費も大きい。大量の魔石か、術師チームが必要ね」と課題を挙げる。大輔は一同を見回し、「それでもやりましょう。教団が呪いの刻印を再現する前に、こちらが扉を完成させれば勝ちです」と力強く言う。
 学者たちは頷き合い、大輔の健康面も考慮しながら徐々に実験を大きくしていく段取りを決める。騎士団第三隊は警護を強化し、外部に情報を漏らさないよう注意する。今回の実験である程度の成果が出れば、封印派や兵器転用派への説得材料にもなるだろう、とカーロンは期待を込めている。
 セナは大輔を横目に見ながら心が弾む。リアンも同じく、穏やかな笑みで「ここまで来た。師匠ノートに書かれた理想論が形になるかもしれない……」と感慨に浸る。

第十一節 遠い地球、詩織への思いとセナ・リアンの揺らぎ
 夜遅く、大輔が研究院の一角で星空を眺めていると、セナとリアンが肩を並べて来る。三人で黙って空を見上げれば、無数の星が煌めき、まるで地球の夜空とそう変わらない。
 大輔は口を開き、「もし扉が完成したら……本当に地球へ行くとして、俺はどうすればいいんだろう。詩織に会うのが怖い反面、会わなきゃ何も進まない。もう死んだか、再婚して幸せに暮らしているかもしれないし……」と弱音を吐く。セナは小さく首を振り、「そんなの分からないよ。でも、あなたが確かめたいなら、わたしたちは協力する。大事なのは、あなたが後悔しないことだから」と優しく諭す。
 リアンは腕を組み、「もし地球があなたにとって閉ざされた場所でも、わたしたちが一緒にいるならまた扉を開いて戻ればいい。それが二つの世界を繋ぐ意味よ。行き来できるなら、ずっと離れるわけじゃない」と笑みを見せる。
 大輔は二人の言葉に救われる思いで、「ありがとう……どっちへ行っても、どこへ行っても、三人なら心強いね」と微かな涙を拭う。セナは顔を赤らめながら、「うん、わたしたち、もう離れないから」と頷く。リアンも「もし教団が邪魔しても負けない。刻印も呪いもないんだし、もっと自由になれるわ」と力強く言う。

第十二節 大地を揺るがす予兆、クライマックスの布石
 こうして、三人は再び一丸となって「安全な扉」開発を始め、教団の暗躍を阻止する体制を固めた。だが、同じ頃、遠く離れた辺境の砦で、闇ローブの集団が新たな破片の研究を進めているとの情報が微かに交錯する。まだ確証はないが、一部には「教団が黄泉の丘や神殿で得た残骸を用いて何かしようとしている」という噂もあり、何が起きても不思議ではない。
 王都は大輔やセナ、リアンが戻ってきたことに安堵しつつ、次なる大波が迫る気配を感じ始める。カーロンやグリセルダも「これで最後にしたい」と願いながら、同時に政争の種が尽きない現実を知っていた。扉破壊派、兵器転用派、そして教団残党——それぞれが思惑を胸に秘めている。
 しかし、三人の絆はより強固になり、刻印の呪いがなくなった大輔は身体的リスクを大幅に減らして扉研究に臨める。セナやリアンも新しい魔術回路や雷術を習得し、教団と渡り合うための力を積み上げている。
 「教祖はもういない。大儀式も失敗した。ならば、わたしたちが真っ当に扉を完成させて、地球への道をこっちが独占すれば……あいつらの悪行は阻止できる」
 リアンがそう宣言すると、セナは瞳を輝かせ、「そうだね、わたしたちが先に完成させればいい」と拳を握る。大輔は穏やかに笑い、「今度はもう死なない。絶対に三人で成功させるんだ」と決意をみなぎらせる。
 こうして第50章は幕を下ろす。
 大輔の刻印は消え、残留として僅かな力が存在する。教団残党が刻印再現を狙う一方、三人は血の儀や闇魔力に頼らない“安全な扉”の研究に着手し、新たな可能性を切り開こうとしている。教団は沈黙のまま力を溜め、王都の政局も混迷を極めるが、三人の絆と決意はかつてないほど強固だ。
 地球への往来がついに実現し、詩織に会えるのか。教団や権力者の野望から扉を護り抜けるのか。それとも新たな破滅が再び三人を襲うのか——クライマックスに向けて、物語はさらに大きな転機を迎えようとしている。「今度こそ、扉を正しく使える世界を作るんだ……」という誓いが、王都の朝日に煌めく。

第50章 了


第51章 「裂かれる静寂と新たなる刻印、三人が挑む扉の審判」

第一節 研究院の朝、徐々に形づくられる扉理論
 大輔が刻印の呪いを解かれたことで、扉研究は一段と活気を取り戻していた。王都研究院の大広間には、学長カーロンをはじめとした術師や学者が詰めかけ、日々活発な討論が行われている。かつて闇魔力や血の儀によって力任せに扉を開こうとしていた頃とはまるで違う、純粋魔術と残留刻印による「安全な扉」の理論が徐々に形を帯びてきたのだ。
 実験室では、セナリアンが周囲の補助を受けながら次の試作品を組み立てている。主なコンセプトは「微小ゲートを長時間(最低1分以上)維持する」ことであり、魔石から供給される正統魔力を使って空間を歪ませる試みだ。大輔は中心に座り、自分の微弱な“刻印の残留”を意識しながら魔力に寄り添う形でサポートする。
 「ここをもう少し補強すれば、ゲートが安定しやすいかも……」
 リアンがノートを参照しながら、魔術陣の配置を確認する。セナは盾を脇に置いて手伝い、「そっか、最近の実験では扉が40秒ぐらいしか保たなかったけど、これなら1分を超えるかもね」と興奮をのぞかせる。大輔は微笑み、「痛みもなく負担も軽いし、この調子で拡張していけば、ほんとうに地球へ行けるかもしれない」と胸を弾ませる。
 カーロンがそばに立ち、「ああ、もしここで安定度を高められれば、次は“人が通れるサイズ”を確立できる。そうなれば……いや、夢物語じゃないさ」と期待をにじませる。研究者たちも意欲を燃やし、「血の儀ではなく、正攻法で扉を開くなんて前代未聞!」と熱い視線を投げる。
 一方、教団残党の動向が依然としてつかめないため、騎士団第三隊が院内を厳重に警護している。調停官代理のグリセルダも、「もし闇ローブが再び研究室を襲撃しても守れるように」と巡回を欠かさない。セナはその背中に声をかけ、「ありがとう、いつも迷惑をかけて……」と礼を言う。グリセルダは笑って「いいえ、こちらこそ。もし安全な扉が完成すれば、教団の闇を抑えられるんだから、あなたたちに頑張ってもらわなきゃ」と微笑む。

第二節 山岳廃坑での捕虜、さらなる供述が明らかに
 前回の遠征で捕らえた教団ローブの捕虜数名は王都の牢に収監され、第三隊や調停官府の者たちによる取り調べを受けている。はじめは頑なに口を閉ざしていたが、徐々にいくつかの断片的な情報を漏らし始めた。
 曰く、「自分たちの幹部は“刻印”に代わる新たな鍵を探している」「闇神降臨に失敗したあと、“神殿”だけでなく‘古代の城砦’や‘封印された谷’など、複数箇所で術式を試している」「“黄泉の丘”や“偽りの鍵”と同様の原理を利用し、まったく別の刻印を作り出す」……などなど、不穏な言葉が並ぶ。
 そして、興味深いのは「**“新しい刻印を得る儀式”**は人間の魂を犠牲にする従来の血の儀ほど大規模じゃないが、時間をかけて少しずつ闇を集積する方法らしい」という供述だ。グリセルダが大輔らに伝えると、リアンは顔をこわばらせ、「やはり……奴らも血の儀を繰り返さない道を模索してるのね。それこそ、わたしたちが目指す‘安全扉’の反転形とも言えるかも」と推測する。セナは唇を噛み、「つまり、刻印の呪いがなくても扉を悪用できる可能性があるってことか……」と呟く。大輔は深いため息で、「ここまでくると教団が新しい刻印を持つのも時間の問題かもしれない。俺が失った刻印を代わりに、別の誰かの命を……」と暗い表情を浮かべる。
 隊長代理は「そうはさせない。奴らの拠点をひとつずつ潰していくしかない。あなたたちは研究を急いでください。もし先に扉を完成させれば、教団の暴走を防ぐ大きな手段になる」と奮起を促す。セナも顔を上げ、「うん、わたしたち、もう迷わない。地球へ行く夢も大切だけど、この世界を守るためにも、教団には絶対負けない」と誓いを新たにする。

第三節 新段階の実験、視界に映るビル街の輪郭
 幾日か経ち、研究院では扉実験の「拡張フェーズ」を迎えていた。今までは手のひら大の裂け目を30~40秒しか維持できなかったが、新たな魔術回路と魔石の増強で、1分近く大きな空間歪みを保てる見込みが立っている。
 大輔が陣の中心に座り、セナとリアンがサポート。カーロンや術師チームが各位置で魔術供給を行い、第三隊が警備を固める。いよいよ陣が起動すると、周囲の空気が白く揺れ、シュウッという鋭い風切り音が発生。まるで小さな渦が空中に開き、黒い亀裂から夜の街らしきビルが輪郭を見せ始める。
 「……映ってる……!」
 セナが息を飲む。以前よりも鮮明にビルの輪郭や街頭の光が見える気がする。リアンは集中しながら「魔術安定率85パーセント……刻印の残留力がブレなく保ててる……あと30秒、耐えて!」と指示を飛ばす。学者らも一斉に魔力を注ぎ、「がんばれ、大輔殿……!」と声を上げる。
 大輔は歯を食いしばるも、呪いの痛みはまったくなく、体感としてはやや肩が重い程度。「……平気だ! もっといける……!」と声を張る。裂け目の中で視界がかすかに広がり、地面や夜のアスファルトがちらりと見える瞬間がある。セナは胸を熱くし、「すごい……本当に地球の夜景が、そこに……!」と感動に震える。
 1分が経過するも、ゲートはまだ崩れず安定している。しかし術師たちの魔力消耗が激しく、カーロンが「安全を期して、ここまでにしよう。崩壊したら取り返しがつかない」と判断し、中断の合図を送る。リアンが雷術で歪みをスムーズに閉じ、ゲートはスッと消滅。部屋に静寂が戻る。
 「すごい……1分半は保った。大規模じゃないけど、これならあと少し研究を進めれば、人が通れるサイズに拡張できるかもしれないわ!」とリアンはメモを取りながら欣喜に声を弾ませる。セナも微笑み、「大輔も余裕そうだし、本当に夢みたい」と彼を見やる。大輔は少し息を荒げつつも、「うん、大丈夫。痛みはないし、これ……本当に地球へ行けそうだ」と笑顔をこぼす。研究室には拍手が広がり、学者たちが「前代未聞の成功だ!」と口々に感嘆する。

第四節 教団の残党、王都近郊への不審な進出
 そんな歓喜の裏で、新たな不穏情報が舞い込む。王都近郊の村から、「黒ローブ集団が夜に徘徊している」という通報が相次いだのだ。しかも、王都にかなり近い農地周辺で目撃されたらしい。教団が大胆にも中心部に近づいているとすれば、何らかの目的があると見るのが自然だ。
 グリセルダが第三隊を緊急招集し、セナ・リアン・大輔にも情報を共有する。「今度は辺境じゃなく、王都のすぐ近くですよ……このままでは研究院がまた襲われるリスクが高い」と焦りを滲ませる。セナは肩を落とし、「折角ここまで研究が進んできたのに……連中、邪魔しに来るのかな……」とつぶやく。リアンはノートを握りしめ、「巻物によると、教団は“扉”を利用できる拠点を探している。それが王都のすぐ近くだとすれば、いよいよ本格的に動く気かもしれない」と危惧を口にする。
 大輔は短剣を握り、顔を引き締めて「ここまで近づくなんて……黄泉の丘や山岳廃坑で儀式が失敗したから、最後の手として王都を直接狙うのか。それともわたしたちが作りつつある扉を強奪するつもりか……いずれにせよ早急に対応しないとまずいよね」と言葉を結ぶ。グリセルダは「ええ、第三隊を強化配置して、同時にあなたたちにも警戒してほしい。研究は続けつつ、常に襲撃を想定しなきゃならない」と眉をひそめる。

第五節 夜間襲撃の予兆、研究院に迫る足音
 その晩、研究院では扉実験の成果を整理するため、術師たちが遅くまで残業していた。セナやリアンもデータまとめに追われ、カーロンと協議を続けている。大輔は疲れで椅子に座り込んでいて、「今日は激しかったな……でも、1分半は大成功だ」と小さく笑う。セナは「うん、これなら本当にあと少しで“人が通れるサイズ”になるかも」と嬉しそうに微笑む。リアンはノートに書き込みながら、「あとは闇魔力の逆流を完全に封じる仕掛けが欲しいわね。学者と相談して……」とプランを巡らす。
 すると、扉から飛び込んできた騎士団の一人が切迫した顔で「来ました……外に黒ローブが……!」と叫ぶ。「やっぱり……来たか……!」とセナが盾を掴む。リアンは杖を手に「術師たちはすぐ避難を!」と声を張り上げる。大輔は「グリセルダたちがいるはず……まずは研究室を守ろう!」と短剣を握り、急いで立ち上がる。
 王都研究院の周囲から騒ぎ声が響き、「教団だ、闇ローブが突入してくる!」という叫びが重なる。第三隊が応戦し、金属音や魔術の火花が外から聞こえる。明らかに襲撃の規模が大きい。グリセルダや隊長が門付近で激闘しているのか、院内の窓には赤や青の閃光がちらついている。

第六節 院内に入り込む闇ローブ、実験室が狙われる
 セナとリアン、大輔は走って廊下を駆け、研究院の出入口へ急行。途中、警備の騎士が倒れていて、「ごめん……内部にも数人入り込まれた……」と苦しそうに呻く。「なんだって……!」とセナが驚き、リアンは「研究室を狙ってる?」と察し、急ぎ足を速める。
 実験室の扉を開けると、そこには3人ほどの黒ローブが術師たちを制圧しようとしていた。「動くな……!」とローブの一人がナイフを突き付け、別のローブは書類や魔石を漁ろうとしている。セナが大声で「やめろ!」と叫び、盾を構えて突進。ローブたちは驚いて振り返り、魔術で応戦するが、セナの疾風の動きに反応が遅れる。彼女は盾を叩きつけ、ローブの腕からナイフを弾き飛ばし、一人を転倒させる。
 リアンは雷撃で別のローブを感電させ、「この研究資料に触るな……!」と声を張り上げる。大輔は短剣を抜き、最後のローブに突き付け「投降しろ、抵抗しても無駄だ!」と一喝。ローブは呪符を投げつけようとするが、すかさず騎士が背後から飛び込んで取り押さえる。
 わずかな時間で室内のローブを制圧できたものの、術師たちは怖じ気づいて「助かった……!」と安堵の声を上げる。セナが息を切らしながら「大丈夫? ケガ人は……」と辺りを見渡すと、何人かが軽傷を負っている程度で大事には至っていない様子。リアンは大輔を振り返り、「あなた平気? 体、無理してない?」と心配する。大輔は小さく笑みを浮かべ、「大丈夫、呪いはもうないし、俺は動けるから」と汗を拭う。

第七節 院外の激闘、グリセルダと隊長の最前線
 同時刻、研究院の外庭では騎士団第三隊とさらに多くのローブが交戦中。低い唸り声や爆発音が響き、魔術の光が闇夜を照らす。隊長代理は血を流しながらも必死に剣を振るい、グリセルダが短杖で補助魔法を繰り出して応戦する。
 黒ローブの幹部らしき人物が高笑いし、「刻印を失った“あの男”がここにいるんだろう? 扉の研究をするなど愚かしい……。それを壊しに来てやった!」と声を張り上げる。隊長代理は「貴様らに扉は渡させん!」と斬撃を仕掛けるが、相手も熟達した闇術師と見え、攻撃を紙一重でかわして闇の刃を投げ返す。
 グリセルダは咄嗟に防御結界を張って「邪魔はさせない。ここを突破したところで、扉があるわけじゃない!」と一喝。幹部は不敵な笑みを浮かべ、「貴様らが作る扉など、完成する前に頂いてくれるわ……。兵器にも使えるし、異界へ通じる力は教団の悲願……」と嘲りを向ける。
 激しい剣戟と魔術のせめぎ合いが続き、隊長代理は渾身の突きを浴びせるが、幹部も巧みに闇盾を発動して相殺する。グリセルダが隙を狙って雷撃を加えると、幹部は少し怯んで後退。「ちっ……もういい、ここでの目的は時間稼ぎだ!」と舌打ちし、呪符を地面に貼り付ける。
 「退け……!」
 幹部が合図すると、他のローブも瞬時に動き、何やら黒煙のような結界を展開して次々に姿を消す。間もなく、その場には静けさが戻り、騎士団の数名が膝をつく。「くそ……逃げられたか……」と悔しげに呟く。グリセルダも歯を食いしばり、「奴ら、研究院を破壊しに来たのではなく、資料を奪うつもりだった……。逃げ足が早いわね」と吐き捨てる。

第八節 襲撃後の混乱、教団の狙いが浮上
 夜が深まるころ、研究院内外で襲撃の後片付けが始まり、負傷者の治療や損害確認が行われる。幸いにも大きな破壊はなく、ローブが一部潜入した程度で済んだが、緊張感が院内を包む。
 大輔・セナ・リアンが集合すると、グリセルダがやや苛立たしそうに「どうやら教団は研究そのものを破壊するより、“いまの段階で資料や魔石を奪う”方を狙っていたみたい。血の儀に代わる扉理論を盗んで、自分たちの手で仕上げようって腹づもりかもね」と推測を口にする。
 セナは唇を噛んで「許せない……。わたしたちが命をかけて作ってる扉を、奴らに利用されるなんて……」と怒りを見せる。リアンはノートを胸に「仮に奪われたら、兵器転用どころか、新たな刻印を組み合わせて凄まじい闇扉を生み出すかもしれない。王都が再び大惨事に……」と危惧する。
 大輔は額を押さえつつ、「けど、奴らは今のところ完成形じゃないことを知ってて、逆に強襲してきた。つまり、完成する前に奪えば、自分たちで都合のいい形に仕上げられる……。やっぱり刻印なしでも扉を開こうとしてるんだろうな」と推察する。グリセルダもうなずき、「その通り。今回の襲撃は大失敗に終わったけど、連中が諦めるとは思えない。いずれ大規模な強襲をかけてくるか、或いは陰謀を巡らすはず」と警戒をあらわにする。
 そこで隊長代理が険しい顔で口を開く。「捕虜の一人が “次はもう少しで頂点が整う” と呟いてました。何のことか分かりませんが、もしかすると新たな幹部や儀式準備が完了する時期が近いのかも……」
 セナとリアンは顔を見合わせ、「頂点……もしそれが‘新たな教祖’的な存在を担ぐってことなら、また世界が危うい」と血の気が引く。大輔は沈痛な面持ちで「どこまで執念深いんだ……本当に滅んでくれない、教団は。扉を先に完成させるしかない」と唇をかむ。

第九節 再び扉実験へ、さらなる挑戦
 襲撃を受けてもなお、研究院は扉開発を止めるわけにはいかない。多少の損傷はあったが、術師たちのモチベーションは高く、カーロンの指揮のもとで予定通り次の実験へ突き進む。セナ・リアン・大輔の三人は、教団の暗躍を意識しながらも、もう後戻りはしたくないと心に決めていた。
 翌日、騎士団第三隊が二重三重の警護ラインを張り、研究院の外周を固める。グリセルダは闇ローブの潜入を防ぐため、部外者の立ち入りを完全シャットアウトし、政治家や貴族の訪問すら制限した。徹底した防衛体制のもと、学者たちは魔術陣をさらに拡張し、人一人が通れるサイズのゲートをわずか数秒でも維持する試みに挑む。
 「ここが勝負ね……」
 リアンが深呼吸して目を閉じ、師匠ノートと共に魔術回路を描く。セナが大輔を支え、「無理はしないで。もし何か兆候があればすぐ術を切って……」と声をかける。大輔は拳を握り、「わかった。みんなを守るためにも、慎重にいくよ」と微笑む。
 術師たちが詠唱を開始し、魔石の光が部屋を染める。大輔が意識を集中すると、空気がぐわんと歪み、先日よりも大きな裂け目が現れる。焦げ臭い空気が漂うが、これは闇魔力ではなく、純粋魔術が高速に駆動している証拠らしい。数秒後、亀裂が横幅を増し、セナの肩幅ほどの空間が揺れる。
 「……やった、こんなに大きい……!」
 セナが興奮混じりに叫ぶ。リアンはデータを取りつつ「安定度はまだ不十分……! 崩壊まであと数秒よ!」と指示を飛ばす。大輔は汗をかきつつも痛みを感じず、「いける……!」と短く息を吐く。数秒後、裂け目はバチリと音を立てて弾けるように消失するが、その一瞬、人が通れる大きさが確かに目に焼きついた。学者や術師たちが大歓声を上げる。
 「人が通れる扉……時間はまだ3秒程度だけど、ここまで進んだなんて……!」
 リアンは震える声で感動を漏らし、セナと抱き合う。大輔はうなだれるように座り込み、「すごい……ほんとに死なずにここまでこれた。詩織……もう少しで会えるかも……」と涙を拭う。カーロンは拍手しながら「大きな進歩だ! これを安定10秒以上に持っていけば、簡易往来が理論的に可能になる!」と声を上げる。

第十節 闇の影、研究院の外に揺れる気配
 まさに手応えを得たその瞬間、外から騒めきが起こる。「何かが近づいている……!?」「また襲撃か?」という術師や騎士の声が響く。セナは盾を掴み、「まさか、教団がもう来たの……?」と不安に駆られる。リアンも杖を掴んで大輔を守る構えをとる。
 しかし、ほどなくして姿を現したのは王都貴族の一部らしき集団と、その護衛。どうやら院内に突入しようとして、騎士団第三隊と口論になっている模様。封鎖中のため許可を得ずには入れないのだが、彼らは「研究結果の確認に来た」「あの扉開発を国益として使うかどうか判断しなければならない」と口々に主張している。
 カーロンがセナらと共に玄関へ出向くと、貴族らが傲慢な態度で「今すぐ研究結果を見せろ。扉が完成に近いなら、王都防衛のためにも兵器転用を視野に入れるべきだ」と捲し立てる。セナは苛立ちを露わにし、「兵器転用なんてとんでもない……そもそもわたしたちは安全で血の儀に依存しない扉を作ってるんです!」と声を荒げる。リアンも「そうよ。あなたたちの戦争ごっこに利用されるためじゃない!」と鋭い眼差しで反論する。
 貴族たちは鼻で笑い、「教団から守るには強力な兵器が必要。そもそも扉を開けば異世界から得られる兵力や資源もあるかもしれないのに、何をぐずぐずしてるんだ? 大輔殿とやらは刻印を失って弱くなったんだろう?」と嘲るように口を出す。大輔は背筋を伸ばし、「たしかに刻印はほぼ消えた。でも、今の研究で十分に扉は開ける。兵器なんて真似は絶対にさせない」と静かな怒りをにじませる。
 グリセルダが登場して状況を収め、「ここは封鎖中です。もし研究の邪魔をするなら、教団に利用されるも同然。今はお引き取り願いたい」と宣告する。貴族たちは「くそ……覚えておけ。いずれ王都の会議で討論させてもらうぞ!」と捨て台詞を残し、護衛を伴って引き下がる。セナは肩を落とし、「教団だけじゃなく、ああいう連中もいるから気が抜けないね……」と吐息する。リアンは渋い顔で頷き、「兵器転用なんてされれば、教団との闘いよりも深刻な戦争を引き起こす危険がある……。絶対に阻止しなきゃ」と誓う。

第十一節 深夜の会合、三人の想いが交錯
 夜更け、研究院の一室で大輔・セナ・リアンは肩を寄せ合い、静かに翌日以降の計画を話し合う。扉をもう少し拡大すれば、人が通れる寸法を数秒維持できる。そこから10秒、20秒と安定時間を増やし、本格的な往来を目指す。だが、それが同時に兵器派や教団に狙われることも確実だ。
 「もう、一刻の猶予もないね。教団も別の刻印や血の儀なし扉を狙ってるし、貴族たちは兵器にしたがってる。研究を完成させる前に闘いが起きても不思議じゃない……」とセナが言う。リアンはターバンを下ろし、首をほぐしながら「そうね。でも、わたしたちがうまくやれば、王都の人たちを説得し、教団を出し抜ける。大輔だって無理しない範囲で協力してくれるし……」と自分に言い聞かせる。
 大輔は窓の外を見つめ、「もし扉が完成して地球へ行っても、すぐ帰ってこられる道筋を作れば、別にどちらかを捨てる必要もないんだよね。セナやリアンが一緒に来られる方法だってきっとある……」と視線を落とす。セナは頬を赤らめながら「そう……わたしは行きたいよ。あなたひとりで地球に行くなら、この世界に残されるのが怖いから……」と弱音を漏らす。リアンも微笑み、「わたしも探究心旺盛だから、一度地球の魔法のない世界を見てみたいわ」と笑う。
 三人は穏やかな沈黙を共有し、やがてセナとリアンが大輔の手をぎゅっと握る。「じゃあ、今は何があっても三人でこの世界を守り、扉を完成させよう。教団が邪魔しても、兵器派が襲ってきても、わたしたちは負けない」とセナが毅然と言葉を放つ。リアンもうなずき、「ええ、もう誰も血の儀なんて利用させない。安全な扉を作り上げるのよ」と熱い眼差しを送る。大輔はその力強さに胸を打たれ、「ありがとう、二人がいてくれて本当によかった」と感謝の笑みを浮かべる。

第十二節 闇の足音、最終章への布石
 こうして第51章は結末を迎える。
 大輔の呪いは解け、新生の扉研究が確かな形を帯び始める一方、教団残党は「新たな刻印を再構築」する陰謀を巡らし、王都の貴族たちの一部も兵器転用を狙って研究院に介入しようとする。三人が躍進すればするほど、悪意を孕む者たちも激しく動き出すのだ。
 廃坑の実験や獣人犠牲の悲劇を目の当たりにして、セナ・リアン・大輔の三人はさらに意志を固めた。「絶対に教団を止め、世界を平和に導き、そして地球への扉を完成させる」と。今や血の儀や闇魔力に頼らず、わずかな残留刻印と正統魔術だけでゲートが1分近く維持できるまで至ったのは偉大な進歩であり、地球への帰還は夢ではない。
 だが、それを知った教団残党は黙っていないだろう。闇ローブの幹部たちは“頂点”を揃え、兵器転用派は王都の政治工作を強めている。いずれ大きな衝突が避けられない局面が来るのは確実だ。
 「今度こそ、扉を悪用させない。地球とこの世界を安全につなぐ」
 それが三人の揺るぎない誓い。そして、それを砕こうとする黒い影が、すぐそこまで迫る。物語はクライマックスへ向けて大きく動き始める。果たして三人は再び世界を守り抜き、地球の夜景へ歩み出すことができるのか——教団の鍵と兵器派の野望を阻む戦いが、いよいよ次章で激しく火花を散らすだろう。

第51章 了


第52章 「交錯する扉と刻印の行方、揺れる光の先にある決断」

第一節 朝の研究院、穏やかな空気と張り詰めた神経
 夜明けの薄光が王都研究院の窓を彩り、騎士たちの足音が石畳を軽やかに叩く。ここ数日、大輔セナリアンらが進めている「*残留刻印*と純粋魔術による扉生成」は、予想以上の進展を見せている。わずか数週間前まで、血の儀や闇の刻印に振り回されていたのが嘘のように、いまは王道の魔術理論で1分以上の“小ゲート”を維持できる段階にまで至っているのだ。
 研究所の一角で、セナがいつものようにを斜め掛けにしながら実験器具を確認している。かつては戦闘ばかりの日々だったが、いまは裏方でのサポートや護衛の仕事がメインだ。もっとも、教団残党がいつ襲ってくるか分からないため、体を休める暇はほとんどない。
 「少しずつ前進してるよね。大輔も無理がきくようになったし、痛みを感じずに扉を開く姿を見てると、ちょっと誇らしくなるよ」
 そう呟くセナに、横で控えるリアンが微笑を返す。「ええ、本当に。昔、血の儀でしか扉を開けないと思ってた頃を考えると、世界が変わった気すらする……。でも油断は禁物ね。教団が同じように新たな“鍵”を作れば、また闇扉を出現させかねないし、兵器転用派が乱入してくるかも」と肩を落とす。
 そこへ、回復して歩き回っている大輔が姿を見せる。身体にしっかり筋力が戻りつつあり、顔色もよい。「おはよう、二人とも。今日も実験できそうだよ。カーロンさんが魔石の補充を完了したみたい」と颯爽と声を掛ける。セナはほっと笑みを漏らし、「うん、わたしたちも準備ばっちり。刻印の痛みはもうないんだよね?」と確認する。大輔は頷き、「うん、呪いは完全に消えてる。残った刻印の残留も安定してるみたいだ。体力的には少し疲れる程度かな」と答える。
 実験室を覗き込むと、学長のカーロンや数名の学者が魔術陣を調整している。あの痛ましい血の儀など存在せず、むしろ純粋魔術を駆使する研究者たちの姿が頼もしい。3人は顔を見合わせ、意気込んで実験へ臨む準備を整える。王都には幾多の問題が山積みだが、まずは今日のステップを成功させよう——それが3人の共通した想いだった。

第二節 王都の外交使節、地球への興味を示す
 この朝、研究院には珍しい来客がある。隣国の使節と名乗る人物が、調停官府を訪問してきたという報せだ。腐敗派と教祖の一連の戦乱が終わってから、近隣諸国も動き始めており、王都の復興状況や教団残党の脅威に関心を寄せているらしい。
 グリセルダが第三隊の隊長代理とともに応対に回り、やがて驚きの情報を持って戻ってくる。「隣国の使節が、**“異世界への扉研究”**を噂に聞いていて、もし実現するなら協力したいと言ってるんです」と口早に語る。セナとリアンは目を丸くし、「協力……? 隣国が? 兵器転用じゃなく?」と疑念を隠せない。
 グリセルダは苦笑しながら答える。「まさか、兵器利用を目論む勢力も隣国にはいるでしょう。でも、今回来た使節は学術や交易に興味が強く、もし安全に異世界と交流できるなら、技術や文化を取り入れたいと言ってる。まだ表向きの社交辞令かもしれないけど……」
 大輔は顎に手を当て、「そっか……地球と行き来が安全にできれば、この世界全体が発展するかもしれない。隣国としても王都だけが独占しては困ると思うだろうし、あまり悪い話ではないかも」とコメントする。リアンも頷き、「確かに、独占や兵器利用を避けるには、むしろ周辺諸国と一緒にルールを作るのがいいかもしれない。教団の闇技術だけが突出すると最悪だから」と賛同する。
 セナは微かに胸の鼓動を早めながら、「いい方向ならいいけど……今は教団や兵器派がいるし、どこで足をすくわれるか分からないね。地球への往来を多国間で共有するなんて、想像できない大変さがあるかも……」と冷静に言う。大輔は肩をすくめ、「そうだね……でも、より多くの味方を得られれば、教団を追い詰める手も増えるかも。今回の使節との話がどう転ぶかは分からないけど、悪い話じゃない」と希望を滲ませる。

第三節 襲いくる負傷者、封印破壊の異変を告げる
 昼過ぎ、研究院の前庭でまたバタバタと騒ぎが起きる。第三隊の哨戒兵が血を流しながら走り込んできて、「封印が……破られた……かも……」と息も絶え絶えに報告を受ける。騎士団員たちが慌てて駆け寄り、グリセルダや大輔らもどうしたと詰め寄る。
 その兵士によれば、どうやら黄泉の丘旧神殿とは別の場所——かつて封印されていた「小規模な魔物召喚の遺跡」で大きな歪みが発生し、封印が崩壊しつつあるという。どうやら黒ローブの集団がそこへ集結し、**“扉の儀式”**を進めていた形跡があるらしい。兵士は斥候として近づいたところ、複数の闇魔物に襲われて負傷したとのこと。
 「あそこは確か、教団の古い儀式痕があって、王都が数年前に封印を施した場所よね……」とセナが顔を強張らせる。リアンはノートを思い返し、「私の師匠ノートにも軽く書かれてたわ。血の儀ほど大きな拠点じゃないけど、闇扉と呼ばれる小さな入口を作れる場所……」と低く唸る。大輔は息を詰め、「もしかして教団がそこで新たな鍵を試してるのかも。扉研究を邪魔するために、同時進行で何かしている……?」と勘を働かせる。
 グリセルダと騎士団第三隊はすぐに討伐隊を組織して向かうかどうか検討を始めるが、研究院も扉実験を控えた重要な時期であり、陣容を大幅に割けない。セナは「またわたしたちが行くしかないのかな……?」と盾を握るが、リアンは大輔の身体を心配して眉をひそめる。「大輔、ここは無理しないほうが……あなた、もう酷い怪我を負いたくないでしょう?」と躊躇う。大輔は首を振り、「でも、教団が今まさに封印破壊をやってるなら、放っておけない。俺も行く」と決意を表す。セナは目を伏せ、「分かった……じゃあ一緒に行こう」と重々しく頷く。リアンも小さく溜息を吐き、「戦いばかりの日々だけど、仕方ないわね……」と続ける。

第四節 突如の報せ、封印が完全に崩壊し始める
 結論が出る前に、院内へもう一人の兵士が駆け込んでくる。「大変……! あの封印された遺跡から強力な闇波動が噴き出してます! 近くの村が魔物に襲われ始めたという連絡も……!」と叫ぶ。それはまるで**“教団の本格的な行動開始”**を告げる急報だ。グリセルダは一瞬で顔色を変え、「第三隊、すぐに出動準備! わたしも同行する!」と斥候に指示を下す。
 セナは盾を抱え、「やっぱり今、行くしかないね……」と視線を大輔に向ける。大輔は深く頷き、「うん、封印が崩れたまま放置すれば王都にも被害が及ぶ。教団が先に封印を完全に破壊したら、闇扉を作られる可能性が高い……ここで食い止めないと」と語気を強める。リアンはノートをしまい、「わたしたちが出るなら、研究は一時中断だけど、ここを襲われたらまた同じ。先手を打つほうがいいわ」ときっぱり言う。
 こうして再び、三人とグリセルダ、そして第三隊の精鋭たちは馬車を用意して急ぎ出発の態勢に入る。学長カーロンは「気をつけて。あなたたちが倒れれば教団の思うつぼだ……」と心配そうだが、セナは頷き、「大丈夫、これまでも死線をくぐってきたんだから」と笑って見せる。リアンも「万一ここが襲われても、警備を強化して。わたしたちが戻るまで研究結果を守って」と頼み、大輔は軽く拳を握りしめ、「行ってくる……教団を止めて、また扉を完成させよう」と強く言葉を残す。

第五節 急行する馬車、嵐の予感が漂う空
 馬車が王都の門を出て荒野を突き進むころ、空が急に曇り始める。冷たい風が吹き付け、まるで嵐の前触れだ。セナは外の様子を見ながら、「心臓がざわつく……イヤな予感」とつぶやく。リアンは身を寄せ、「あの封印が壊れて、闇が大気を乱してるのかもしれない。どうか到着が間に合うといいけど……」と呟く。
 グリセルダと隊長代理が馬車の先頭で進路を確認し、「目的地は封印遺跡の近くの村だ。そこの人たちが魔物に襲われてるって報告があった。まずは村を守り、残党を排除し、封印を取り戻すか破壊するか決めよう」と呼びかける。セナは盾を握り、「了解。絶対に人々を守ろう」と気合を込める。
 大輔は車内で小さく息をつき、「呪いはないとはいえ、闘い自体は体への負担がある。セナやリアンを失いたくないし、気を引き締めなきゃ……」と心の中で繰り返す。リアンは彼の様子を感じ取り、「大丈夫? 辛くなったらすぐ言って」と囁く。大輔は微笑んで「ありがとう。むしろ気持ちは軽いんだ。呪いがないから自由に動ける。教団にも前より押されないと思う」と応じる。セナは「うん、わたしたちは一緒に戦うからね。もう絶対に誰も死なせない」と誓いを新たにする。

第六節 小さな村の惨状、再び目にする血
 数時間後、一行は封印遺跡の近くにある村へ到着するが、そこには魔物の爪痕が生々しく残り、家々が部分的に焼け、住民たちが避難に追われていた。鬱蒼とした闇のオーラが辺りを蝕んでいる気配があり、セナが「ひどい……」と肩を震わせる。
 騎士団が急いで村人を保護し、隊長代理が「どこに魔物がいる!?」と叫ぶと、住民の一人が怯えながら「村の奥から黒い狼のような影が襲ってきて……数名がやられました……」と泣きながら答える。その姿に大輔は憤りを感じ、「教団が封印を壊したせいで魔物が溢れてるんだ。早く止めないと……」と唇を噛む。
 リアンが杖を掲げ、魔術感知を発動。「あっち……村の端から少し離れた森に強い闇気配がある。多分そこで扉か何かを開いてるか、封印をこじ開けてるんじゃないかしら……」と導き出す。グリセルダは素早く作戦を組み、「騎士団の半数が村人救護、残りと私たちが森へ向かって封印を取り戻す」と布陣を発令する。セナも「わかった、わたしたちは前衛で闇魔物を排除する」と盾を構え、リアンが「わたしは術式で封印を再度施せるか試してみるわ」とノートを抱える。

第七節 森の中の闇陣、教団の刻印再生装置
 森の木立をかき分けて進むと、薄暗い空気と腐敗臭が漂い、木々の根元に闇の紋様が幾重にも描かれているのが見える。グリセルダが顔をしかめ「まさにここが封印遺跡の入り口か……。こんなところで教団が何を……?」と疑問を抱く。
 しばらく歩を進めると、小さな石碑があり、その周囲に4名ほどのローブが集っている様子が見える。見たところ、封印の石柱に細工を施し、まるで“逆回転”の術式を張っているように見える。セナは低く構え、「あれが封印破壊の主犯か……!」と緊張する。
 隊長代理が手で合図し、一斉突撃を準備するが、ローブの一人が気配に気づき、闇魔法を放ってくる。森の木々がひしゃげるように揺らぎ、黒い狼型の魔物が数体ズルズルと地面から湧き出す。「これが村を襲った魔物か……!」とセナは盾を前に出し、グリセルダが「何匹いる? 騎士たち、前衛布陣!」と叫ぶ。
 ローブの一人は「時間稼ぎをしろ……もう少しで刻印が……!」と仲間に声をかけ、残りが結界を強める。リアンは驚愕し、「刻印って何……? ここで生成してるの?」と頭を回転させる。大輔は短剣を握り「させるか!」と唸るが、魔物の突撃が思った以上に速く、セナが盾を合わせて弾き飛ばす形になる。ドウッという衝撃がセナの腕を軋ませる。
 魔物たちが噛みつきや爪撃で騎士団に応戦し、森林が斬撃と光の閃光に満ちる。グリセルダが闇法衣のローブに斬りかかるが、相手は呪符を使って影を纏い、簡単に倒れない。ローブが不気味な笑みを浮かべ、「もう手遅れだ……この封印が崩れ、刻印が戻りしとき、貴様らの扉など何の意味もなくなる……」と吐き捨てる。グリセルダは「黙れ!」と剣を振るい、かろうじて相手に傷を負わせるが、決定打にはならない。

第八節 セナとリアン、刻印の阻止へ動く
 一方、セナは狼魔物を叩き伏せながら、「封印の石碑をどうにかすれば奴らの術が止まるんじゃ……?」とリアンに呼びかける。リアンは呪文を唱えながら「そうね……あの石碑に闇力を注いでいるなら、私たちでその回路を壊せば封印は再び安定するかも。大輔、援護お願い!」と合図する。
 大輔は短剣を携え、魔物を引き付ける役を買って出る。「俺が囮になるから、セナとリアンは石碑を目指して!」と叫ぶ。セナは戸惑うが、「分かった、でも無茶しないで……あなた、呪いはないけど体力が完全じゃないんだから」と注意を促す。大輔は笑って「大丈夫、死にかける痛みもないし、俺は戦えるよ!」と背を預ける。
 そうして大輔が前に出て狼魔物やローブを引きつけ、セナとリアンが石碑へ突進する形を取る。セナは盾を前に薙ぎ払い、封印柱の手前でローブが立ちはだかると剣を一閃し、ガキィンという金属音を響かせながら斬りかかる。相手は闇の刃を形成して応戦するが、セナの守備と攻撃のバランスは絶妙。闇刃を弾くと同時に、盾の衝撃を食らわせ、ローブを退かせる。
 リアンはその隙に石碑に触れ、「ここね……闇紋が刻まれてるわ。封印破壊の術式が走ってるけど、私が逆位相の魔術で消せるかも……」と呟く。すぐに魔方陣を展開し、師匠ノートを思い出しながら結界を形成。「封印を再構築して、闇回路を切断……」と詠唱に入り、石碑に手をかざす。
 ローブが焦り顔で「くそ……術師か……止めろ!」と叫ぶが、セナが「あなたには私がいる!」と激しく剣を振りかざし、ローブの攻撃を封じる。敵は「貴様……」と毒づくが、セナの守りは固く、容易に突破できない。「時間稼ぎなら得意だよ!」とセナは笑みを見せる。
 リアンは汗をかきつつ雷術を重ねて石碑に攻撃を仕掛ける形で闇回路を破壊しようとする。稲妻がビリビリと轟き、石碑の表面に刻まれた紋様がバチバチと火花を散らして崩れ始める。やがて大きなパリンという音とともに石碑が罅割れ、闇魔力が薄れていく気配が漂う。

第九節 大輔の囮、追い詰められたローブ幹部
 同時に、大輔は逆方向で狼魔物や別のローブ2名を相手に回していた。かつての呪いがないため体の動きが軽く、短剣捌きも素早い。「はっ……!」と一声叫んで敵の死角へ回り込み、一撃でローブの腿を切り、動きを封じる。
 「ぎゃあっ……!」と苦しむローブを見下ろしつつ、「封印を破っても扉は開かない。俺たちが止める……!」と鋭い目で睨む。ローブは呪符を投げつけようとするが、大輔は的確に腕を叩いて動きを封じ、「無駄だ。あんたらの計画はここで終わり」と呟く。負傷したローブが恐怖に顔を歪める。
 もう一人のローブは魔術で闇弾を打ち込もうとするが、騎士団の隊長代理が背後から突撃し、「甘いな!」と切り伏せる。ドサッとローブが地面に崩れ落ち、闇弾は放出されない。大輔は息を荒げながら安堵の笑みを浮かべる。「ありがとう、助かった」
 隊長代理は頷き、素早く辺りを見回す。「石碑が壊れたなら、封印崩壊は止まるかもしれない。闇扉の発生も食い止められるだろう」と言葉を急ぐ。大輔は胸を撫で下ろし、「よかった……セナとリアンも上手くやってくれたみたいだね」と笑う。遠目に石碑付近では光が収まり、闇の黒煙が消えつつある。

第十節 封印復活の後、闇を振り払う雷
 石碑が半壊し、リアンの結界が封印回路を再起動した影響か、森を包む闇オーラが急速に弱まり始める。狼魔物が一斉に苦しみを見せ、やがて砂のように崩れて消えていく。セナは盾を降ろして膝をつき、「やった……!」と安堵の息をつく。ローブの数名は捕縛、あるいは重傷を負って戦闘不能になっている。
 リアンは杖を抱え、「刻印を再生する術式だったのかは分からないけど、とにかくここでの封印は元に戻せそう。魔物も消えたから村への被害も最小限で済むと思う」と口早に言う。セナは額の汗を拭き、「よかった……また村人が犠牲になるところだった」と瞳を震わせる。
 しばらくして大輔と隊長代理が合流し、ローブの捕虜を引き連れてくる。大輔は「そっちも片付いた?」と聞き、セナは「うん、こっちもほぼ制圧。封印も再構築中。もう安全よ」と微笑む。リアンは石碑を軽く叩いて「あと少しで完了……はい、これで封印が再び安定するはず」と術式を締め、闇の光が途絶えた。
 隊長代理はキリッと姿勢を正し、「ご苦労だった。無事に封印崩壊を食い止めて、魔物の出現も止められたようだ」と安堵する。大輔は周囲を見回し、「犠牲は出たかな……? 村も被害が多少あったが、これで食い止められてよかった」とつぶやく。セナは頷き、「また守れたね。今度こそ、教団の思い通りにはさせない」と口元を引き締める。

第十一節 ローブ幹部の捨て台詞、迫る大いなる災厄
 制圧後、捕らえられたローブの幹部が瀕死の状態で地面に伏しており、グリセルダと隊長代理が取り調べようと近づく。「これが貴様らの最後の悪あがきか。封印を破れば刻印が再生するとでも思ったのか?」と問い質すと、幹部はうめきながら笑い声を漏らす。
 「……ふふふ……お前らの扉研究なんて、教団の大望を叶える道にしかならんよ……。そのうち分かるさ……世界が二つ繋がる時、神が降りる……」
 大輔はその言葉に不穏な気配を感じ、「神って……もう闇神は失敗しただろう。何を言ってる?」と迫る。幹部は浅い呼吸で「闇神に限らない……神なんていくらでもいる……。お前たちが扉を作れば、それが神の器となる。いずれ世界が分かち合い、破滅の宴が……」と掠れ声で笑う。
 「黙れ……! そんな戯言信じるか!」
 セナが怒鳴り、隊長代理が縄を強く締めるが、幹部はがくりと首を垂れて動かなくなる。死んだのか気絶したのか、確かめる余裕もないが、隊長代理は苦々しく「またこんな死に方を……情報をもっと引き出したかったのに」と唇を噛む。
 大輔は目を落とし、「また神の話……本当に狂ってる。地球への扉を開くことが神を招くとでも? そんなバカな……」と声を震わせる。リアンは戸惑いつつ、「闇神召喚に失敗しても、彼らは別の神を呼び出す術を探してるのよ。地球とこちらの世界を繋げば、新たな神が来るとか……本気で思ってるのかもしれない」と解釈する。セナは唇を噛み、「嫌な予感しかしないけど……わたしたちはそれを阻止しなきゃね」と決意を新たにする。

第十二節 帰還と決断、クライマックスへ向けて
 こうして封印崩壊の危機を食い止めた一行は、再度馬車を仕立てて王都へ戻る。村にはある程度の兵が残り、再発を防ぐ形で見守ることになった。大輔・セナ・リアンは、教団の狙いがより際立ってきたことに胸を締め付けられる思いを抱きつつ、扉研究を続ける中で教団が“新たな神”を降ろそうとする動きとどう向き合うか——まさにクライマックスに近づく不安定な空気を感じている。
 馬車の中で、セナが盾を横に置きながらじっと大輔を見つめ、「地球への扉を開けば、本当に世界が二つ繋がるよね……わたしたちの願いが叶うけど、教団がそこを悪用すれば、神が降りるなんてことも現実になっちゃうの?」と吐露する。リアンはやや強い調子で「そんなのさせない。わたしたちが安全策を練り、兵器派や教団に独占されない仕組みを作らないと。大輔もそう思うよね?」と問いかける。
 大輔は静かに頷き、「うん、確かに扉を開く以上、世界を混乱に巻き込む可能性はある。でも、だからといって閉じておくのも、教団に好き放題やられるのも避けたい。俺は地球へ行きたいし、セナやリアンにも地球を見せたい。ここで諦めるわけにはいかない」と力を込める。セナはその言葉を聞いて少しほっと息をつく。「そうだよね……わたしたち、やるしかないんだ」と微笑む。リアンも眼差しを柔らかくし、「きっと突破口はある。三人で切り開こう……」と答える。
 まもなく王都の城壁が見え始め、門番たちが迎えてくれる。「封印崩壊、止めてくださってありがとうございます……!」との礼の言葉に対して、セナやリアン、大輔は複雑な面持ちで小さく頷くだけ。教団はまだ終わっておらず、新しい刻印や神の出現を狙う陰謀が動き始めているかもしれない。
 一方、扉の開発はもうすぐ“人が通れる大きさ”を安定化できそうで、そこから地球へ往来する道が具体的に視界に入る。「地球か、神か」——どちらにしても、この扉が世界の命運を握る鍵となる可能性が高い。三人はクライマックス直前の緊張感を胸に抱えながらも、お互いの手を離さずに王都へ足を踏み入れる。
 これが第52章の終わり。
 教団残党の闇の手はまだ健在で、新たな“刻印”や“神”を喚起する計画が進行中らしい。一方で、大輔たちの扉研究はあと一歩で“実際に人が通る”段階へ近づき、地球との接触が現実味を帯びている。しかし、周囲には兵器転用派や貴族の圧力、教団のさらなる邪魔など、数多の障壁が待ち受ける。
 まさしく物語はクライマックスへ向けて大きく加速する。三人が歩む道は、神の降臨を阻み、地球への扉を安定させることと、両方を同時に成し遂げる険しき挑戦だ。果たして扉は平和をもたらすのか、それとも神や兵器を招き、新たな破滅となるのか——すべては、次章の展開で明らかになるだろう。

第52章 了


第53章 「迫り来る暗雲と刻印の再生、三人が立つ最終の峠」

第一節 王都への帰還、迫る混沌の気配
 大輔・セナ・リアン、そして騎士団第三隊の一行は、襲撃された村を救い出した後、黄昏の色が混じる頃に王都へ戻ってきた。夕焼け空に城壁のシルエットが浮かぶたび、いつもの光景なのに、今日はどこか不吉な空気が漂っている。実際、村での封印崩壊を食い止めたものの、完全に安堵できる状況ではない。教団が“刻印の再生”を諦めたわけでもなく、新たなる神を呼ぼうとする動きが止まったわけでもないからだ。
 城門をくぐると、衛兵たちが深々と頭を下げ、「おかえりなさいませ。今度も村を守っていただき……」と感謝を口にする。セナは小さく微笑み、「いえ、大きな被害を防げただけで十分です」と返すが、表情には疲れが滲んでいる。リアンもノートを抱えながら、「教団はまだ動いているわ。黄泉の丘や山岳廃坑だけじゃなく、ほかの封印遺跡まで狙うなら、もはや王都全域が危険区域よ」とボソッと呟く。
 大輔は短剣を鞘に収め、溜息をつきながら周囲を見回す。「みんなが扉研究を進めてるあいだに、こんな不穏な事件ばかり……。もう一刻の猶予もないね。教団が刻印を再生したり、新しい扉の鍵を作ったら、それこそ世界が滅茶苦茶になる」と決意を込めて言葉を吐き出す。セナは隣で頷き、「うん、わたしたち……次こそ本腰を入れて教団を止めにいかないとね」と目を伏せる。
 第三隊の隊長代理は一通りの報告を終えたあと、「今宵はとりあえず、これ以上の動きはないでしょう。皆さんは少しでも体を休めて。明日には調停官府で“今後の方針”を話し合う予定です」と伝える。リアンが「わかりました。わたしたちも……もう少し落ち着いて作戦を組みたい」と返し、セナは大輔の腕を支えながら研究院へ足を向ける。暮れなずむ王都の空は妙に赤みを帯び、一抹の不吉な予感をさらに煽るようだった。

第二節 研究院の夜、報告を聞く学長カーロンとグリセルダ
 研究院へ戻ると、すぐに学長カーロンと調停官代理グリセルダが出迎える。廊下を進む足音に焦燥感が漂い、扉研究で集まっていた術師や学者が遠巻きに三人の帰還を見守る。「みなさん、お疲れさま。村の被害は最小限で済んだと聞きましたが……教団はやはり封印を破ろうとしていたのですね?」とカーロンが穏やかながら強い調子で確認する。
 大輔は深く息をつき、「はい。刻印を再生するための術式かどうかは断定できないけれど、封印が崩されて魔物が発生していました。黄泉の丘や神殿以上の大儀式ではなかったものの、ああいう小規模の拠点が各地にあるかもしれません」と報告する。セナは眉を寄せ、「ローブの話では“刻印の再来”を口にしてた。いずれわたしたちの扉研究を奪ったり、邪魔したりする動きに出るだろうね」と加える。
 リアンはノートを開き、「実際に封印が破られれば、また闇魔物が溢れ、村や街が襲われる可能性がある。わたしたちが速やかに対処できたからよかったけれど、これ以上こういう事態が続いたら……」と胸を痛める。カーロンは疲れた面持ちで、「本当に……研究を進めながら教団を止めるなんて、限界がありますね。でも、あなたたちがいてくれるおかげで何とか踏みとどまっている」と感謝の言葉を重ねる。
 グリセルダが首を振り、「限界を超えているのは確かです。兵力も学術陣も疲弊している。いまこそ、周辺諸国の協力も得なければならないかもしれない。もっとも、“兵器転用”を目論む勢力が絡むと面倒が増す……」と苦々しそうに吐露する。セナは返す言葉もなく、「そうだね……。扉が完成に近づくほど、みんなの思惑が激突して……余計に大変になってる」と息を詰める。リアンは目を伏せながら、「だけどわたしたちは諦めない。大輔が命を懸けて取り戻した自由な身体……それを教団に好き勝手にさせないためにも、扉研究の成果で先手を取ってやりたい」と歯を食いしばる。

第三節 緊急評議の朝、兵器派と制御派が激突
 翌朝、調停官府の大広間では急遽「緊急評議」が開かれることになり、王都の有力貴族や学者、騎士団代表が勢揃いする。教団残党が封印を崩す動きが顕在化し、同時に扉研究が最終段階を迎えるにあたり、「どう活かすか、どう封じるか」をめぐる議論が不可避になってきたのだ。
 大輔・セナ・リアンはグリセルダの誘導で会議に出席し、最新の実験成果(人が通れるサイズのゲートを数秒維持した)を簡潔に報告する。集まった貴族たちはざわめき、「それはすばらしい! ならば軍事利用もすぐ可能か?」「教団との決着をつけるには、むしろこちらが先に強力な兵器扉を握るべき」といった兵器派の声が飛び交う。一方で封印派は「扉なんて危険の塊。完成すれば教団に乗っ取られる危険が大きいから完全破壊すべし」と騒ぐ。両者の言い合いに、セナは苛立ちを隠せない。
 リアンは険しい顔で立ち上がり、声を張る。「わたしたちの扉研究は、血の儀に代わる平和利用の道を切り開くためのもの。兵器転用や封印破壊なんて、世界を混乱させるだけです! 教団が狙っているのは新たな鍵で扉を闇に染めること。そんなことにならないよう、わたしたちが正しく管理しないと……」と力説する。セナも呼応し、「兵器だの完全破壊だの、極端な話ばかりしないでください! わたしたちがせっかく血の儀なしでここまで進めた扉を、どうして政治や戦争の具にしなきゃいけないの?」と鋭く反論。
 一部の貴族が鼻で笑い、「理想論を語るな。教団が完全に滅びる保証はないし、扉があれば敵国を翻弄できる大きな利点になる。封印破壊派が言うように、リスクが高いなら最初から破壊したほうが安全だろう」と揶揄する。セナは怒りに拳を震わせるが、大輔が肩を抑え、「落ち着いて。ここは感情的になっても仕方ない。教団との戦いはまだ終わってない。扉が完成すれば、血の儀による封印破壊や兵器利用なんてしなくても済む道があるって、きちんと説明しよう」と小声で宥める。
 グリセルダが議事進行を制し、「皆さま、教団残党が現に動いているこの時期に、兵器転用や破壊を実行するのは得策ではありません。むしろ、大輔殿らが作り上げる“安全な扉”が完成すれば、教団の闇扉を封じる手段にもなる。少し時間をいただきたい」と要請する。兵器派と封印派は不満そうだが、一部の穏健派や制御派が賛成に回り、結果的に「一定期間、研究を継続し、教団との決着を図る」という折衷案で評議は終わる。

第四節 閉会後の葛藤、揺れる大輔とセナ・リアン
 評議が終わり、人々が散っていく大広間に、セナとリアンは疲れた表情で立ち尽くす。大輔も壁にもたれかかり、「やっぱり兵器転用派と封印派、両方の圧力が凄いね……。いつ政治がひっくり返ってもおかしくない」と苦く呟く。セナは「もう……本当に限界だよ。わたしたち、こんな風に責め立てられるために頑張ってるんじゃないのに」と目を伏せる。リアンはノートを握りしめ、「でも、まだ時間を稼げるだけマシ。教団が本格的に新刻印を手にする前に、わたしたちが扉を完成させれば……」と力を込める。
 そこへグリセルダが近づき、「ほんと、よく耐えてくれた。兵器派と封印派の主張は真逆だけど、どちらも短絡的。あなたたちがいなければ、扉研究はとっくに破壊か奪取されてたでしょう」と慰める。大輔は微笑んで礼を言い、「ありがとう。あと少しで人が通れるサイズの安定化を成功させられる。そうすれば、地球へ行ける道も開けるし、教団の闇扉を封じる手段も確立できるかも」と前を向く。
 セナはその言葉に少し微笑みながら、「地球……あなた、本当に行くの?」と問いかける。大輔は一瞬、胸が痛むように視線を落とし、「分からない。でも、一度は行って確かめたい。詩織がどうなったか、今の自分がどう感じるか……。でも、あなたたちを置いていくわけにはいかない。だから、行き来できる方法を見つけたいんだ」と素直な声を漏らす。リアンはそれを聞いて小さく頷き、「わたしたちだって、あなたの行く先に行きたい。だから、安全な扉を作って、兵器派にも教団にも奪われない形で管理するのが理想よね」と言葉をかける。

第五節 闇を呼ぶ囁き、新たな呪いの兆し
 その夜、研究院の裏手では、目付きの悪い男が忍び込もうとしていた。わずかな月光に照らされた影を見ると、それは魔術師を装った者だが、実際には黒ローブの一員らしい。護衛の兵に見つかって追跡されるが、男は不気味な笑いを上げながら森の方へ逃げ去っていった。「なんだったんだ?」と兵が不安を口にする。
 逃げた男は実は教団の下級工作員で、研究院付近に新たな“呪い”をばら撒こうとしていたが、未遂に終わった形だった。もし成功していれば、大輔の身体に再び刻印の闇を植えつけるか、研究にかかわる術師たちを操るなどの陰謀が展開していたかもしれない。
 早朝、それを知らされたセナとリアンは背筋を冷やし、「もうこんな手まで使おうとしてるんだ。大輔を呪いに巻き込むつもりかも……」と恐れる。大輔は落ち着いた表情で「前にあの神殿で受けた呪いほど強力なものではないだろうし、俺には刻印がないから耐えられるかもしれない。でも、研究員たちが狙われたら大惨事になる」と警戒を強める。
 グリセルダは騎士団に「研究院周辺の警備をさらに厳重に。怪しい者は即取り押さえる」と命じ、教団の思惑を阻止しようとする。だが、教団は黄泉の丘や山岳廃坑に加え、各地の封印遺跡を小出しに破壊して何かを探っている節があり、すべてをカバーするには兵力が足りない。セナやリアンは目を見合わせ、「あちこちに拠点があるのかな……すべてを叩き潰すのは不可能だよね」と唇を噛む。大輔は苦々しく「だからこそ、俺たちが扉を先に完成させて、教団を封じ込める術を用意するしかない」と再度決意を固める。

第六節 力尽きぬ教団、別の刻印作成か
 一方、教団側では、ひそかに「刻印再生の儀式」がいよいよ最終段階に近づきつつあった。失敗した血の儀や闇神降臨を経て、古い経典や闇の遺産をかき集め、**“人工刻印”**を作る試みに注力しているのだ。大規模な闇魔力を使わなくとも、少しずつ生贄や呪符を積み重ねることで刻印を再構築する——教祖亡き後の教団がたどり着いた方策らしい。
 「奴らの扉研究が完成しようが、兵器派が奪おうが、我々には関係ない。いずれ完成した扉は神の器となり、この世界は再び真の闇を受け入れる……」
 そう呟くのは闇ローブの上位幹部とされる女。かつて大輔たちが遭遇した大儀式幹部とは別の存在で、黄泉の丘や神殿での失敗を教訓に、より隠密的に動いている模様だ。周囲の下級ローブが「では、いつ実行を……?」と問うと、女は淡々と「今しばらく準備を続けろ。あの者ら(大輔たち)が扉を完成寸前になった時こそ、最良の機会だ」と怪しく目を光らせる。
 実際、王都で扉研究が進めば進むほど、教団にとっては“利用か破壊か”の選択が迫られ、それが大きな嵐を呼ぶことになる。闇ローブたちも、すべてを賭けて最後の突撃を準備しているようだ。もし人工刻印が仕上がれば、血の儀に依存しなくても強力な闇扉が開く可能性がある——それはかつての教祖の威光とは別の次元で世界を脅かすだろう。

第七節 扉拡張実験、壮大な挑戦の舞台
 そうした闇の動きなど知らぬまま、王都研究院ではさらなる実験に着手する。今度は「人が半分程度くぐれるサイズを10秒以上維持する」という挑戦だ。上手くいけば大輔が足を踏み出せるほどのゲートが形成されるかもしれない。
 術師と学者がこれまで以上に大掛かりな魔法陣を設置し、魔石の数も増やし、セナやリアン、グリセルダが警備する。第三隊の隊員は研究院の外周を固め、兵器派の貴族や教団スパイの侵入を許さない体制を敷いている。カーロンは指揮台から「皆さん、落ち着いて! 無理に扉を拡げれば崩壊のリスクが高い。大輔殿の体力も考慮し、慎重に行きましょう!」と声を張る。
 大輔は前に座し、残留刻印を意識して深呼吸し、「準備……できたよ」とセナたちに合図する。セナが盾を脇に置いて「怪我しないよう気をつけてね」と柔らかく笑い、リアンはノートに視線を落としながら「もし何か兆候があれば、すぐ術を止めるから」と言う。大輔は微笑み、「ありがとう、二人とも。もう死にかけるのはイヤだし、呪いもないから大丈夫」と胸を叩く。
 術師が詠唱を開始し、部屋の空気が震える。大輔は体内の微かな刻印残留に語りかけるように魔力を注ぎ、魔石の力と合わせて空間を歪める。すぐにシュゥ……という裂ける音が鳴り、大人が一人ギリギリ立てるほどの黒い亀裂が空中に浮かび上がる。部屋中が白い閃光で照らされ、周囲の学者が「大きい……!」と目を見張る。
 「気を抜くな……安定はまだ始まったばかり……」
 カーロンの声が響き、セナとリアンが脇で補助魔術を維持する。今回は特に崩壊を防ぐ工夫を施してあり、ドウッという突風や闇の逆流が起きないように設計されている。大輔は少し汗を浮かべながらも痛みは感じず、「いける……!」と集中力を高める。裂け目の向こうには夜景のビルらしき影が薄っすら映り、深夜の道路や車のライトが見えるかのようだ。
 10秒……15秒……裂け目は揺れながらも崩れず、セナが「あ……すごい、あなた、足を踏み出せそう……」と興奮を抑えられない声を上げる。リアンも計測機を見て「魔術安定率60パーセント超え……このままいけるわ!」と叫ぶ。しかし、ちょうど20秒付近で、裂け目の周囲にピシリという亀裂音が走り、バチバチと火花が散る。大輔は「くっ……!」と踏ん張るが、術師たちが悲鳴を上げて「魔力が足りない……もう限界です!」と叫ぶ。
 「ここまでか……!」
 セナが苦しげに歯を食いしばり、カーロンが「一旦切ろう! 安全第一だ!」と制止する。リアンがすぐに補助呪文を唱え、扉をソフトに閉じるよう誘導。裂け目はフッと闇の膜を残して消滅し、部屋には再び静寂が戻る。大輔は大きく息を吐いて床に膝をつく。「ごめん……やっぱり10秒くらいが限界だったか。あと少しで20秒まではいったんだけど……」と悔しそうにつぶやく。
 ところが、カーロンが咳払いし、「いや、何を言う。いま確実に18秒程度は維持できた。人が通るスペースがこれだけ安定したのは大きな飛躍だよ!」と興奮気味に告げる。周囲から拍手が起こり、学者たちが「成功だ! もう少し魔石を増やせば30秒も夢じゃない!」と笑顔を弾けさせる。セナは大輔の背をさすり、「すごい……あんな大きな扉を開けて、痛みがないなんて……もう呪いは過去のものだね!」と誇らしげに微笑む。大輔も笑顔で「ありがとう……本当に、セナたちとここまで歩いてきた甲斐があった」と返す。リアンはノートを抱きしめ、「この調子なら、数日か数週間で“試験渡航”が可能かもしれない」と目を輝かせる。

第八節 教団スパイの視線、破壊か奪取か
 そんな歓喜の只中、研究院の外では一人の黒ローブが遠巻きに様子をうかがっていた。護衛が厳重なため近づけないが、上空に魔術仕掛けの小さな虫(使い魔)を飛ばして映像を監視している模様だ。
 「ふむ……扉が想像以上に進んでいる……こりゃあ破壊か奪取か、どちらかを急がねばならんな……」
 そう呟く声は低く、男は使い魔に合図を送りながら退散する。この情報は間もなく、教団の上位幹部のもとへ届けられ、新たな方針が立てられるはずだ。もし王都から扉の完成が報告されれば、教団は最後の総力を以て研究院を襲うか、あるいは陰謀を用いて内部から奪おうとするだろう。
 その危険にまだ気づかない大輔たちは研究室で成果を喜び合いながら、セナが「ついに……地球へ行くまであと数歩。教団にも兵器派にも負けずに守りたいね、この扉を」と拳を握る。リアンは嬉しさ半分、警戒半分で「ええ、ただし気が抜けない。ここからが最大の山場。教団は必ず動くはず。兵器派も攻勢を強めるかもしれない」と言う。大輔は短剣の柄を軽く握り、「俺たちが扉を完成させ、地球へ行って、無事に戻る——それを実現するために、教団も政治的圧力もすべて跳ねのけなきゃね」と強い目で語る。

第九節 異国の使節再び、協力か干渉か
 そこへ突然、隣国の使節を名乗る者が研究院の外門を訪れているという知らせが入る。前に調停官府へ現れた使節と同じ一団だが、今回は「実際に扉研究を拝見したい」と言っている。もちろん、外門は封鎖しているため簡単には通せないが、グリセルダが協議した末、「一部の学者と使節の面会を認めて、相手の真意を探ろう」という方針が立つ。
 数時間後、学長カーロンやグリセルダ、そして大輔たちの一部代表が応接室で使節と対面する。使節の代表は礼儀正しく、やや口調が堅いが「異世界との交流が安全に可能になるなら、隣国としても学問や商取引で協力を惜しまない。兵器にするなど馬鹿げたこと」と綺麗な言葉を並べる。セナは半信半疑で耳を傾けるが、一応は好意的に見え、「本当に協力してくれるのかな……」と呟く。
 リアンは冷静に「ありがたいお話ですけど、教団や兵器転用派など、こちらも問題山積みなんです。あなた方の国でもそういう勢力はないの?」と牽制すると、使節は苦笑して「もちろん皆無ではない。しかし、我が国も闇神の脅威や腐敗派の話を聞いて恐れている。我々としては、血の儀や兵器に頼らない技術にこそ価値があると考えている」と主張する。
 大輔はその会話を横で聞きながら、「もし本当に協力が得られれば、王都だけでなく隣国にも目を光らせてもらえるし、教団の潜伏拠点を潰す連携も可能かも……」と思うが、簡単に信じていいのか疑問が残る。グリセルダは後で密談で「真意は掴みきれないが、隣国の支援を使えば兵器派を牽制する材料にはなるかも」と耳打ちする。

第十節 深夜の陣、扉を安定させる新試み
 数日後、研究院では魔術師たちがさらに大規模な魔石配置を行い、夜間に「安定制御」の大実験を打ち出す。昼間だと兵器派や貴族が押しかけやすいが、夜なら門を閉め切って秘密裏に行いやすいという計略だ。第三隊が外を厳重警備し、セナ・リアン・大輔が中心に座り、夜の静寂の中で集中して魔術を行う。
 ランタンの灯りが揺れる実験室で、カーロンと学者たちがコントロール装置を調整し、「よし、準備は整った。今度は最大で30秒を目指す。大輔殿が無理のない範囲で、裂け目を人が十分に通れる程度まで広げてみよう」と語る。大輔は少し緊張の面持ちで「分かりました。もし危険があればすぐ止めましょう」と汗を拭う。セナは隣で「大丈夫、わたしたちがついてる。痛みが出たら声をかけてね」と手を握り、リアンは「いざとなったら雷術でソフトに閉じるから安心して」と笑みを返す。
 詠唱が始まり、魔石の光が青白く床を照らす。大輔はゆっくり息を吸い、残留刻印に意識を集中する。かつて感じた激痛はもうない。むしろ、体内の微弱なエネルギーが魔石の正統魔力と融合する感触が心地よい。闇魔力の逆流もほぼ封じており、危険度はかなり下がっているはず——そう思うと心が軽くなる。
 **シュウ……**という大気のうねりとともに、黒い亀裂が部屋の中央に浮かび、次第に人が立てるほどの円形状に拡張していく。セナとリアンは補助魔術を唱え、崩壊の振動を抑える役に回る。研究者らが計測機で秒数を数え、「10秒……20秒……まだいける!」と声を上げる。
 大輔は全神経を集中し、微かな頭痛が訪れるが耐えられないほどではない。「これなら……!」と心が弾む。裂け目の奥は夜の都会……ビルが並び、街灯や車のライトが走る深夜の光景が鮮明に見え始める。思わず「詩織……」と口をつくが、まだ時間が足りない。通り抜けても戻れる保証がないし、たった数十秒じゃ何もできない。
 だが、ここまで来たのは大きな成果。カーロンが息を呑み、「こんなに安定して……時間も25秒超だ!」と興奮に声を震わせる。セナは目を潤ませ、「すごい、わたしたち、本当にここまで来たよ……」と大輔を見つめ、リアンは「あと5秒……30秒到達したら一旦閉じて!」と指示を飛ばす。
 約30秒後、裂け目はリアンの誘導で穏やかに閉じられ、部屋には感嘆の声と拍手が広がる。セナは大輔に抱きつく勢いで「すごい……痛くない? 本当に30秒いけたね!」と笑みを浮かべる。大輔は息を荒げながらも嬉しそうに、「ありがとう、二人のおかげだ。これ……もう少し工夫すれば1分、あるいは往来が可能になるんじゃ……」と胸が躍る。

第十一節 兵器派の傍観、教団スパイの報せ
 実験が終わり、学者たちが計測器を眺めて口々に「扉は完成間近」「人が出入りするにはあと数日の調整で充分」と囁き合っている。そんな熱気の中で、扉をそっと閉めたばかりの大輔たちに対して、学長カーロンは「もし次回、さらに大きく広げて1分維持できれば、実際に渡航可能かもしれない」と興奮交じりに語る。セナとリアンも目をキラキラさせ、「地球へ……やっと……」とささやく。
 しかし、場の隅では兵器転用派に近い貴族の手先らしき者が苦い顔をして「これほどの扉を軍事利用できたら……」という言葉をこぼしている。その耳には教団のスパイかもしれない人間の声も入っているかもしれない。どう転んでも、「完成間近」という情報は王都全体に広がり、教団も兵器派も、最後の大勝負に出るに違いない。
 グリセルダは外で見張りを務めつつ、「次の実験時が危険ね……完成直前を狙って襲撃してくるか、政治工作で研究を強制接収しようとする勢力が動くか、どちらにせよ嵐が近い」と察する。セナは腕を組み、「ここまで積み上げてきた結果を奪われるなんて、絶対に嫌……。大輔、リアン、警戒を怠らずにいこう」と決意を固める。リアンも小さく頷き、「うん、わたしたちにしか止められないから」と言葉を詰める。

第十二節 クライマックスの気配、三人が見据える最後の障壁
 こうして第53章は結末を迎える。
 大輔・セナ・リアンの三人は、血の儀や刻印の呪いに一切頼らず、純粋魔術と微弱な残留刻印だけで「人が通る扉」を30秒近く安定させることに成功した。地球への道はすぐそこだ。だが、同時に教団残党は人工刻印や闇儀式の新手段を探り、封印の遺跡を次々狙っている。兵器転用派の貴族も、この“新たな力”を奪おうと虎視眈々だ。
 今や、世界の運命を左右する扉は、完成目前の段階にある。もしここで闇の勢力や兵器派に扉が奪われれば、血の儀に勝る惨劇が生まれるかもしれない。一方、大輔が夢見る「地球への再会」も、教団の邪魔が入れば成就できず、セナやリアンと離れ離れになる懸念も捨てきれない。
 「最後の闘い」——それを強く予感させる空気が、王都に充満していた。次に研究を進めて1分以上扉を保てれば、実際に地球へ“試験渡航”を行う可能性も現実味を帯びる。そのときこそ、教団や兵器転用派、封印派までもが総力を上げて介入してくるだろう。
 果たして三人は、世界の危機と私欲の衝突の中で扉を守り切れるのか。大輔が故郷の詩織に再会する日は本当に訪れるのか。物語はまさにクライマックスの門を叩き、最終決戦の舞台へ突き進む。 次章では、教団残党が満を持して放つ“新刻印”の恐るべき威力、兵器派が起こす政治介入、そして大輔たちの運命的な選択が重なり合い、いよいよ最終局面が見えてくることになるだろう。

第53章 了


第54章 「切り裂く闇と扉の祝福、三人が挑む最後の刻印の謎」

第一節 研究院の朝、完成目前の興奮と不穏な空気
 夜が薄明るみを帯び始めると、王都研究院のあちこちに点在するランタンが消され、早朝の陽ざしが差し込む。ここ数日、セナリアン大輔らが進める「血の儀なしの扉」実験は目覚ましい進歩を遂げ、前回は人がギリギリ通れるほどのスペースを30秒ほど安定させることに成功。いま、学長カーロンは「次の段階で1分以上維持できれば“試験渡航”の可能性が現実的になる」と公言している。
 同時に、研究院を包む空気はどこか張り詰めていた。兵器転用派の貴族や使者が狙いを定めているし、教団残党が“新刻印”を作る動きを強めている。セナは廊下を歩きながら、小さく盾を撫で、「また大きな戦いが来る気がする……それも、これまでとは違う……」と呟く。リアンはその隣でノートを抱えつつ、「わたしも嫌な予感がする。教団がじりじり動いてるし、兵器派もそろそろ行動に出るんじゃないかしら」と同意する。
 大輔は二人に声をかけ、「でも、ここまで来たんだ。もう一息で地球との往来が実現するなら、俺はやるしかない。教団に邪魔されても、兵器派に奪われても困る。守りきって完成させよう」と力を込めて語る。セナとリアンは頷き合い、「そうだね。三人でなら乗り越えられる」と微笑みあう。
 そうして、早朝の実験準備に向けて魔石や魔術陣を調整するため、三人は実験室へ足を運ぶ。研究者や術師たちが集まり、ホワイトボードには前回の成果や拡張案が記されている。カーロンが目を輝かせ、「朝一の小テストで、まず40秒を安定させたい。そのあと別のチームが昼に1分保持を目指す」と皆に指示を出し、**“今日は決戦の布石”**だと意気込んでいる。

第二節 貴族たちの影、兵器転用への圧力
 一方、研究院の門外では、先日から出没している兵器転用派の貴族の使者が、また足を運んでいた。第三隊の騎士が門を固めているため、そう簡単には入れないが、使者は大声で「本日中に研究報告を拝見させろ! これは王都の決定だ!」と喧伝している。どうやら王都の議員の一部がバックにつき、「兵器化へのロードマップを議論する」という名目で研究資料を要求しているとのことだ。
 グリセルダが護衛とともに出て応対し、「現在は厳戒態勢で、部外者を入れるわけにはいかない。追って調停官府から報告する」と言い放つ。使者はなおも食い下がるが、グリセルダは揺るがず「失礼な振る舞いは逮捕対象だ」と剣呑な目を向けると、使者は渋々退散する。
 この一幕を見たセナは「さすがグリセルダさん……助かるけど、そろそろ向こうも強行手段に出るかも」と不安を漏らす。リアンは頷き、「わたしたちが実験を成功させれば、兵器派がさらに騒ぐし、教団もますます狙ってくる」と眉をひそめる。大輔は短剣の柄に手をやりつつ、「もう後戻りはできない。扉を完成させて、みんなの前でちゃんと示すしかない」と口を閉ざす。

第三節 朝の実験、さらに延びる扉の保持時間
 やがて、朝の簡易実験が始まり、セナ・リアン・大輔が陣を囲んで魔石の力を融合させる。以前よりも調整が進み、術師の詠唱も洗練されている。大輔は前回以上に精神を集中し、身体に負担を感じつつも耐えられそうな限界を探る。
 **シュウ……**という特有の空気振動が起こり、黒い裂け目が円形に広がる。直径は相変わらず人が通れる程度だが、安定度が前よりも高いのか、わずかに冷たい風が部屋を駆け抜けるだけで済む。セナが「いい感じ……揺れが小さい!」と目を見張り、リアンはメモを取りながら「いま、25秒……30秒……!」とカウントする。
 大輔は眉間に汗をかきつつも、「痛みはない……大丈夫……!」と唸る。カーロンが「安定率80%……素晴らしい!」と騒ぎ、学者たちは拍手を上げ始める。セナは興奮を押さえきれず、「すごいよ……前より全然安定してる!」と声をはずませる。
 結果、この朝の実験で約40秒弱の保持に成功し、室内が歓喜に包まれる。「昼の大実験で1分到達は現実的だ!」と学者たちが口々に語り、セナとリアンは疲れた大輔を支えながら「本当にありがとう。あなたが頑張ってくれるから、こんなに扉が安定してるんだよ……」と手を握る。大輔は息を荒げながらも笑みを浮かべ、「もう呪いの痛みもないし、あと数回こうして限界を伸ばせば……地球へ……」と呟く。

第四節 昼の大実験を目前に、蠢く闇の動き
 大成功の朝実験を終えた直後、院内がざわつく。第三隊の斥候が戻り、「教団幹部が何かの儀式を開始したらしい」と噂を伝える。どうやら黄泉の丘や山岳廃坑とは異なる別の廃遺跡を拠点にし、新しい刻印の最終調整をしているとの未確認情報があるのだ。
 グリセルダが隊長代理や大輔らを集め、「今、扉研究の最終実験を昼に控えてる。兵力を割いて教団の遺跡へ突撃する余裕は正直ない。どうする?」と問う。セナは少し考え、「実験が一番大事。教団が完成前に襲ってくるなら、ここを守りきるために全力を注ぐべきじゃない?」と提案する。リアンも同意し、「わたしたちがいま出て行っても、相手の拠点を完全に潰す保証はない。むしろ、昼の大実験が穴になって教団に奪われたり……」と言葉を続ける。
 大輔は苦い顔で「でも、放置すれば新たな刻印が出来上がるかも。……いや、でも扉の完成こそ優先すべきか……難しい選択だね」と頭を抱える。グリセルダは腕を組み、「王都としては扉研究が最重要。もし兵器派や教団が横槍を入れても、ここを抑えてしまえば大輔殿の身体と研究データは守られる。一方、外の拠点は長期的に攻略するしかない」と結論づける。
 セナとリアン、大輔はそれに頷き、「わかりました。ならば昼の大実験を成功させることに全力を注ぎましょう……ここが運命の分岐点かもしれない」と拳を握る。グリセルダは苦々しくも笑い、「頼みます、わたしも騎士団も全力で守ります」と意を示す。

第五節 昼の大実験、ついに1分の扉維持を狙う
 ついに運命の昼が訪れる。研究院の広間は大勢の術師や学者で埋まり、騎士団第三隊が外と中で二重に警備を敷いている。兵器派の貴族らしき者が外門で騒ぎ立てているが、警戒のため中へは入れず、ぎりぎりのせめぎ合いが続く。
 セナとリアン、大輔が魔術陣の中央に位置し、学長カーロンが指揮台から「よし、これから1分を目指す最終大実験を行う。もし成功すれば、異世界——地球への往来が現実となる。皆、気を引き締めて!」と声を張り上げる。
 大輔は深呼吸し、セナが「苦しくなったらやめるんだよ。痛みがあったら教えて」と優しい眼差しを向ける。リアンはノートを脇に置き、「逆位相の安全弁はセットしてあるし、闇扉の逆流はないはず。頑張りましょう」と頷く。大輔は二人に微笑み、「うん、ここで成功させて、教団や兵器派に先を越されないようにしないと」と力を込める。
 学者たちの一斉詠唱が始まり、魔石が青白い光を噴き上げる。部屋の空気が揺らぎ、大輔は刻印の残留を穏やかに呼び起こす。呪いがないため負担は少ないが、今回は大規模に扉を広げるため相応の集中力が必要。**シュゥ……**といういつもの音が増幅し、空中に漆黒の裂け目が生まれ、円を描くように拡大していく。
 「いいよ……安定度高い……!」
 セナが小さく声を出し、リアンは「開始10秒……まだ余裕あるわ。大輔、どう?」と問いかける。大輔は額に汗を滲ませつつ「痛くない……いける……もう少し広げる……」と呟く。亀裂の円周が人が余裕で通れる大きさになり、さらに円面が揺れながらも闇の逆流はほぼ感じられない。
 20秒……30秒……学者たちの声が上ずり、「すごい……!」という感嘆が漏れる。扉の向こうには夜のビル群がはっきり映り、まるでガラス越しに地球の都会を見ているように鮮明だ。通りや車が遠目に映り、小さく人影が動いている様子さえ分かる。
 「わ……すごい……本当に……」
 セナが涙を零すほどの衝撃を受け、リアンも息を詰め「もう夜の地球が見える……なんて綺麗なんだろう……」と感慨を隠せない。大輔は震える声で「詩織……いるのかな……」と思わず呟くが、まだ時間も距離も足りず、とても渡航は無理。
 40秒……45秒……周囲が固唾を飲み、部屋が静まり返る。大輔は精一杯耐え、「あと少し……!」と意識を集中する。50秒を越え、「1分まで10秒……!」との学者の声が響いた瞬間、部屋の外でドン!という爆音が轟き、床が揺れる。結界がビリリと音を立て、扉が激しく揺らぎ始める。「何……!?」とセナが叫ぶ。
 大輔もバランスを崩し、「くっ……!」と歯を食いしばるが、衝撃で魔力供給が乱れ、亀裂がバチバチ
火花を散らして崩壊。ああ……という嘆息の声が部屋を包む。1分到達まであと少しだったが、53秒あたりで扉は消えてしまう。

第七節 強襲か内乱か、研究院が揺れる
 衝撃の原因はなんなのか、すぐに第三隊の騎士が駆け込んできて、「院外で爆発が起こりました! 何者かが火薬と呪術を組み合わせた仕掛けで外壁を破壊しようとしてます!」と息も絶え絶えに叫ぶ。カーロンが驚き、「兵器派? 教団残党? 一体どちらなんだ……」と困惑する。グリセルダがすかさず指示を飛ばし、「隊を分けて外壁の確認と警備を固めて!」と命じる。
 セナとリアンは互いに視線を交わし、「また邪魔が入った……あと数秒だったのに……」と唇を噛む。大輔は悔しそうに床を殴り、「こうなることは覚悟してたけど……最悪のタイミングだ」と吐き捨てる。学者たちは唖然とし、「あんなに安定してた扉が……」と肩を落とす。
 さらに外からの報告で「黒ローブらしき人物が火薬を仕掛け、同時に貴族の護衛兵みたいなのも混ざっている。どうやら兵器派と教団が手を組んだのか、あるいは双方が同時に襲っているのか分からない」と混乱が伝わる。
 グリセルダは口を強く結び、「もう見境がないわね。兵器派が勝手に武力行使してくるとは……教団が絡んでるのか、それとも偶然か……」と苦渋の表情。セナは怒りで拳を震わせ、「もう……ふざけないで! こっちがどれだけ苦労して扉を作ってると思ってるの……!」と叫ぶ。

第八節 戦いの始まり、院外で激突する勢力
 第三隊が外へ出て応戦し、グリセルダも自ら剣を携え前線に立つ。兵器派の武装集団が**「王都のためだ!」**と叫びながら研究院の外壁を爆破しようとしている。一方、黒ローブが混じっているのは確かで、どうやら教団残党が“更に混乱を煽りつつ研究データを狙う”流れかもしれない。結果的に兵器派と教団が一時的な共闘になっているか、あるいはそれぞれの思惑で動いているのか分からないが、院外が修羅場と化している。
 セナは盾と剣を握り、リアンは杖を抱え、「行こう、大輔……ここを守るしかない!」と踏み出す。大輔は短剣を手に、「うん、わかった……もう扉を壊されるわけにはいかない!」と気合を入れる。
 実験室を学者たちに任せつつ、三人は玄関を飛び出し、外で戦闘を繰り広げる第三隊に合流。兵器派の武装兵が槍や弓を振るい、黒ローブの術師が闇魔法で騎士団に攻撃を仕掛けている姿が散在する。まさに混成軍のようで、戦況はカオスに陥っている。
 「くそ……どういう結託なんだ……!」とセナが叫び、盾で槍の突きを受け流す。敵は「王都の繁栄を守るためだ! 扉は我らが軍事力にすべき!」と声を上げるが、黒ローブは呟くように「刻印が……欲しい……闇の鍵を……」とまったく別の動機で動いている。リアンは雷術で複数の敵をまとめて感電させ、「兵器派も教団も……邪魔なだけ!」と激怒する。大輔は短剣で闇魔導士の腕を斬り、痛めつけたところで騎士団が背後から捕縛に回る形だ。

第九節 教団幹部の猛攻、兵器派との暗黙協力
 戦いが一進一退する中、強力なローブが姿を現す。黄泉の丘や山岳廃坑で見たレベルとは違い、鋭いオーラを放つ上級幹部だ。兵器派の兵が「この者が教団の助っ人か……」と小声で呟いているのをセナが聞き取り、唖然とする。「やっぱり手を組んでるの……!?」と目を丸くする。リアンは「だからこんなに組織的なのね……兵器派が奴らに何を約束したの?」と食いしばる。
 上級幹部は闇の杖を振り上げ、「扉を完成させる……馬鹿どもが。だが、その成果はわたしが頂く。兵器派など適当にあしらったあと、刻印が再び蘇るのさ……」と不気味に笑う。大輔が身構え、「ふざけるな……あの苦痛を思い出させる気か?」と鋭く問いかけると、幹部は「苦痛? お前は呪いから解放された……だからこそ、新たな刻印を宿せる余白がある。闇儀式なしでお前を再び鍵にできるだろう……」と唇を歪める。
 「やめろ……!」
 セナが盾を突き出して突撃するが、幹部は軽々とかわし、闇の衝撃波を放つ。セナはそれを盾で受け止めながら「くっ……強い……!」と唇を噛む。リアンは雷撃を撃ち込もうとするが、幹部は素早く呪符を掲げ、バチッという火花とともに雷を中和する。まるで教祖の残影を思わせるほど強力だ。
 大輔は短剣を握りしめ、幹部の死角を狙うが、相手は闇の触手を一瞬で召喚し、大輔の足元を絡め取ろうとする。「うわっ……!」と叫ぶ大輔が転倒しかけるが、セナが盾で触手を叩き切って助け出す。
 「厄介な相手……! 昔の教祖ほどではないかもしれないが、力が近い……」とセナが苦悶の表情。リアンは声を震わせ、「わたしたちがこの程度の闇に負けるわけにはいかないわ……大輔、集中して!」と呼びかける。大輔は苦しい息の中でも「分かってる……!」と短剣を構え直す。

第十節 決戦の綻び、院内の研究資料が狙われる
 激戦が続くなか、兵器派と教団が混在してるため、第三隊は敵を完全には制圧できず、一部が研究院内部へ侵入を試みる。幹部は口角を上げ「よし……お前たちはあの中の資料を手に入れろ。わたしがこいつらを足止めする……」と指示を飛ばす。兵器派の男が「了解!」と駆け出す姿に、セナやリアンが「待て!」と叫ぶが間に合わない。
 大輔は歯がみし、「また研究を奪われるわけにはいかない……ああ、どうしよう……」と焦る。リアンは杖を握り、「わたしが追う……あなたたちは幹部をどうにかして……」と駆けだそうとするが、幹部が闇魔法で道を塞いでくる。セナが「リアン、行かせない……わたしがこの幹部を足止めするから!」と盾を振るい、幹部に突撃する。幹部はニヤリと笑い、「いい度胸だが、貴様ら相手に暇はない。さっさと沈めばいい!」と闇の結界を発動する。
 大輔は迷いつつ、「セナ、ひとりで大丈夫?」と心配するが、セナは力強い眼差しで「あなたはリアンと一緒に研究資料を守って……わたしならやれる!」と声を張る。リアンも「行きましょう、大輔……あとでセナを助ければいい!」と促し、二人で研究院へ戻る形を取る。セナは幹部と一対一のような形になり、盾を高く構えて気合を入れ、「思いっきりぶつかってやる……!」と小声で呟く。

第十一節 セナ対幹部、激突のシーン
 幹部は闇の杖を掲げ、「お前は名のある戦士かもしれないが、血の儀なしに扉を開こうなど笑止!」と雷の闇弾を放つ。セナはそれを盾で受け止めると同時に前進し、剣を繰り出す。だが幹部は一瞬で側面へ回り込み、闇の刃をセナの背後に振り下ろす。
 「くっ……!」
 セナは咄嗟に体をひねって盾を後ろに持っていき、辛くも刃を受け止めるものの、衝撃で腕が痺れる。幹部は笑いながら「やるじゃないか……だが、この程度の戦いでわたしを止められると思うな!」と間合いを取り、呪符を空中に散らす。すると周囲の地面から小さな闇獣が湧き出し、セナを囲もうとする。
 「こんなの……へっちゃら!」
 セナは盾を素早く回転させ、獣を薙ぎ払いつつ剣で一体を斬り飛ばす。複数の獣が残っているが、彼女はまるで舞うように軽いステップでかわし、盾攻撃を組み合わせて次々と撃破していく。「あんたを通さないからね……この研究院も、扉の未来も!」と瞳を鋭く光らせる。幹部はその戦闘力に僅かに驚きつつ、なおも「愚かだ……刻印もないお前たちに勝利はない。刻印が再生すれば、世界は闇に飲まれるのだ!」と声を張る。
 セナは呼吸を整え、「そんなもの……大輔の刻印は呪いとして消したし、もう誰も苦しまないために扉を作ってる。あなたたちみたいに血や闇に縛られる存在とは違うわ!」と叫ぶ。幹部は口角を吊り上げ、「貴様らの扉……神の依り代となるのを知らずに……まあいい。ここで潰してやる!」と闇刃を再度構える。セナは盾を再び抱え、「こっちだって、負けられない……!」と剣を構えた。

第十二節 研究院内、兵器派と教団が入り乱れる
 一方、研究院の廊下では、リアン大輔が兵器派と黒ローブの連合らしき者たちを追いかけている。相手は多勢ではないが、目的を定めて研究室へ向かっている様子。カーロンや学者たちは守備に専念するが、魔力の戦闘力はさほど高くない。
 「急がないと資料や魔石を奪われる……!」
 リアンが息を切らしながら駆ける。大輔は「分かってる、残留刻印を生かして戦うよ。もう呪いはないし、前より動けるから!」と答える。廊下を曲がると、ちょうど兵器派の男が扉を蹴破ろうとしており、黒ローブの術師が呪符を投げて警備の学者を倒そうとしているシーンに遭遇する。
 「やめろ……!」
 大輔が短剣を抜いて飛び込むと、兵器派の男は「邪魔をするな、大輔殿! この力は王都のために使うのだ!」と錯乱したように叫ぶ。大輔は忌々しげに「王都のために奪うなんて言い訳するな……」と剣戟を交わす形になり、金属音が廊下に響く。リアンは横合いから雷撃を放つが、黒ローブが闇のバリアで相殺し、「無駄だ、こっちには教団の秘術がある……」と狂笑する。
 **キィン……**という激突音が何度も響き、兵器派の男が剣を振るう一方、黒ローブが闇弾を飛ばしてきて、混戦状態になる。リアンは必死に杖で防壁を張りつつ、「ここで決着をつける……!」と雷撃を再度チャージ。大輔は息を合わせて同時に攻撃を仕掛ける。
 兵器派の男は剣術の腕はそこそこだが、闇ローブを信頼しているらしく「わが国の新兵器となる扉を渡せ! 王都こそ世界を制するんだ……!」と叫ぶが、黒ローブは余裕のない顔で「黙れ、わたしらは教団の悲願を……」と呟く。両者の目標は微妙に一致していないが、目の前の敵が同じため共闘しているように見える。
 大輔は短剣で兵器派の男の剣を受け流し、リアンが雷撃を黒ローブに浴びせる。ドウッという衝撃で黒ローブが壁に叩きつけられ、吐血する。兵器派の男が驚いて後退すると、大輔が一瞬の隙を突いて男の腕を斬りつけ、「降伏しろ……!」と叫ぶ。男は苦痛でうずくまり、「くそ……! 扉を兵器に……」と唇を噛むが力尽きる。
 リアンは息を荒げつつ、黒ローブを抑え、「あなたたちの神でも兵器でも、もう二度とここには通さない……!」と恨みを込めた視線を向ける。大輔は二人を確保しようとしたが、黒ローブが苦悶の声とともに呪符を握り、「ぐは……教団の勝利は……」と血反吐を吐いて絶命してしまう。リアンは悔しげに「また……何も引き出せないなんて……」と嘆く。

結び:大乱の予兆と扉の完成間近
 こうして第54章は大きな戦闘を経て幕を下ろす。兵器派と教団が共闘したのか、あるいは同じタイミングで研究院を襲撃したのかは定かでない。しかし、王都の政治力学と闇の思惑が合流し、研究院の扉開発を阻もうとする最悪の事態に発展した。幸い、セナ・リアン・大輔らの奮闘と第三隊の守備で院内破壊や資料奪取は防がれ、昼の大実験こそ中断されたものの50秒台という驚異の記録を打ち立てた。
 外ではセナが幹部と壮絶な戦いを繰り広げ、院内ではリアンと大輔が兵器派と黒ローブを制圧。混戦の末、教団の上級幹部や兵器派の工作員は退却あるいは死亡し、研究所は守り抜かれた形だ。しかし、闇の勢力も兵器転用派も、まだ最後の手段を残しているだろう。
 この戦いで、三人の結束はより強くなった。大輔は身体の呪いから解放されて自由に戦えるようになり、セナは幹部と互角の剣盾戦を繰り広げ、リアンは雷術とノートの応用で術者としての地位を確立した。扉研究も完成まであと少し。
 だが、教団には新刻印や別の神を呼ぶ計画が残り、兵器派は王都を牛耳る準備を進めている。次章では、これらが一気に衝突するか、あるいは渦中にある三人が重大な選択を迫られるか——物語はクライマックスを告げる閃光の手前で、最後の闘いを予兆させる。三人の運命は、この扉がもたらす光と闇のどちらへ傾くのか。世界と地球、その橋がけをどう守り抜くのか……決戦の時は、もう目と鼻の先に迫っている。

第54章 了


第55章 「試験渡航への扉と神を呼ぶ闇の器、三人が挑む最終の宿命」

第一節 夜明けの研究院、ゆらめく残火のあと
 襲撃が終わり、兵器派の武装勢力と教団残党の混成部隊は散り散りに撤退した。しかし、研究院の外壁の一部は爆破の衝撃で崩れかけ、中庭にも闘いの痕跡が生々しく残っている。まだ空が明るくなりきらない夜明け前の時刻、そこには騎士団第三隊が懸命に被害状況を確認する姿がある。
 廊下には負傷した兵や崩れ落ちた瓦礫の片づけを急ぐ学者たち、魔術灯の青白い光が床に長い影を落としている。大輔・セナ・リアンもわずかな休息すらままならず、瓦礫を踏みしめながら現状把握に動いていた。
「思ったより被害は大きい……研究室は守れたけど、何人か学者が軽傷を負ってるし、魔石の一部が壊れた」
 セナが盾を背負い直しながらため息をつく。盾には幹部との激闘でできた刃の痕が残り、彼女の腕も多少痺れがあるが、倒れなかっただけ幸運だと言える。
 リアンはノートを脇に抱え、魔術灯の光を頼りに床の血痕を見つめながら「封印遺跡に次いで、今度は王都研究院まで……本当に、わたしたちの扉を邪魔しようとする勢力が本気を出してきたわ」と苦い顔を浮かべる。
 大輔は唇を噛み、短剣を握りしめたまま、「教団だけじゃなく、兵器派まで加わるとこうなるんだね。世界を救うはずの扉が、逆に自分たちを脅かす存在になるかもしれないなんて……皮肉だ」と吐き捨てるように言う。
 学長カーロンや調停官代理のグリセルダが合流し、夜を徹しての被害報告や今後の方針を検討する。グリセルダが目の下の隈を押さえながら「どうやら兵器派の某貴族と、教団の一部が裏で繋がっているようです。先日の闇ローブとの会話からもそんな感じが……王都のためというより、ただ扉の力を奪いたい連中」と低く唸る。
 カーロンは激しく頭を振り、「まさに愚行! 血の儀でなくても、闇扉がどれほどの脅威か分からんのか。あと少しで安全扉が完成し、世界が救われるというのに……」と憤る。セナが大輔の横で腕を組み、「完成までもう時間がない。でも、それまでにこの妨害が何度も起きる……。もう限界だよ」と吐き捨てる。リアンは拳を握り、「逆に言えば、完成すれば一気に状況を変えられる。わたしたちが先手を打てるなら……そうよ、大輔。ね、あとどれくらいで“試験渡航”できると思う?」と意見を求める。
 大輔は少し息を詰まらせつつ、「今の段階で、1分程度の維持ならいけるかもしれない。でも往復するには最低でも3分以上、いや、人が向こうで移動して戻る時間を考えると、もっと必要だと思う」と分析する。セナは手を胸に当て、「2、3分なんてすぐじゃないの? わたしたち一気に挑戦しようよ。それで地球へ行くきっかけが掴めれば、扉を守り抜く意義も増すし」と焦るように言う。リアンはやや躊躇って、「でも……せめて1分半、2分の安定を確保したい。でないと、戻ってこれなくなるリスクが……」と冷静に指摘する。
 カーロンが仲裁に入る。「まだ焦るべきでない。兵器派と教団は、まさに“試験渡航”という最大のタイミングを狙ってくるはず。扉が人を通す瞬間が一番脆弱なんです。そこを突かれれば、事故が起きたり、内部データを奪われたりしかねない。……ただし、あまり時間もない。数日以内に最終テストを行うしかないでしょう」とまとめる。大輔らは黙って頷くしかない。

第二節 暗躍する教団、高まる新刻印の完成度
 一方、研究院の襲撃に失敗したあと、教団幹部の一部が山奥の隠された拠点で合流している。大きなテーブルの上に「黄泉の丘の封印破片」「神殿の石板の断片」「古代書の一節」などが並び、ローブがうなり声を上げて検証を進める。闇のランタンが照らす奥に、黒衣の女幹部が悠然と腰掛け、「兵器派など所詮、駒にすぎない。わたしたちが欲するのは真の刻印。再び神を呼び出すための扉……大輔とかいう刻印持ちが消えたなら、別の器を作ればいいのだ」と鼻で笑う。
 その言葉に他のローブが「けれど、血の儀はもうほとんど破綻しています。人工刻印も理論的には完成間近ですが、大量の魂や呪術が必要で……」と尻込みする。女幹部は杖を軽く振り、「そんなもの、あと少し集めればよい。世の混乱を利用して得ればいい。兵器派が王都を荒らしてくれれば、わたしたちも動きやすい」と語る。
 もう一人のローブは「奴ら(大輔たち)がもうすぐ扉を完成させそうです。王都であと数日のうちに‘試験渡航’をするとか……。どうなさいますか?」と問う。女幹部は薄笑いで、「ならば**“そのとき”**が勝機だ。奴らが扉を実用寸前にした瞬間こそ、奪うも破壊も自由自在。神が降りる器となるか、兵器として支配に使うか……いずれわかるさ」と答える。闇の空気が揺れ、そこにいる全員が狂気の笑みを浮かべる。扉完成の瞬間こそが教団の最終的な狙いなのだ。

第三節 王都評議の再開、兵器派の暴走と制御派の最終調整
 翌朝、評議が再び行われ、研究院を襲った兵器派の件が糾弾される。グリセルダが「学術拠点への武力行使は反逆行為です!」と糾弾し、第三隊の隊長が「兵器転用を叫ぶ輩が裏で手を結んだ形跡がある」と証言する。しかし、兵器派の中心人物の貴族は「わたしの部下が勝手に暴走した。誤解だ」などと言い訳し、実行犯たちは死亡や逃亡で追及が曖昧になる。王都の政治は依然として混乱したままだ。
 大輔は議場に呼ばれず研究院で待機しているが、セナやリアンは報告を聞き、「また誤魔化されて終わったの……?」と怒りを覚える。グリセルダは戻ってきて肩を落とし、「兵器派の黒幕までは追及しきれなかった。むしろ彼らは扉が完成すれば、戦争に使うことも止むなしと主張してる」と険しい顔。セナは無言で拳を握り、「ふざけないで……わたしたちがどれだけ血と涙を流して作ってると思ってるの」と絞り出す。
 リアンは深く息をつき、「もう政争を止める余地はほとんどない。扉を試験渡航して実績を見せるか、あるいは教団が襲う前に何らかの護りを固めて、みんなの前で“平和利用”を証明するしか……」と策を巡らす。大輔は短剣を握り締め、「だったらやろう。教団や兵器派に襲われるとしても、研究を全部奪われる前に、試験渡航を成功させたい」と声を落とす。セナはその言葉に顔を上げ、「あなた、本気で行くの……? 地球へ」と弱々しく問うが、大輔は真剣な眼差しで「自分の人生を前に進めるためにも、詩織を確かめたい。けど、君たちを置いてくわけにはいかない。戻る道を作り、何度でも行き来できる扉を完成させたい」と答える。リアンは目を伏せ、静かに「わたしも行くよ。セナも……いや、セナはどう?」と聞くと、セナは一瞬俯いたあと、「行くよ、当たり前じゃない。あなただけ行かせない」と照れ混じりに微笑む。

第四節 試験渡航の提案、院内で緊急会議
 こうして、**“試験渡航”**を具体的に行うかどうかの緊急会議が研究院で開かれる。学長カーロン、調停官府のグリセルダ、第三隊の代表、大輔・セナ・リアンら主要メンバーが集まり、兵器派の干渉を避けつつ、数日以内に小規模のゲートを1~2分維持し、大輔が実際に渡航して地球の様子を確認するプランを検討していく。
 カーロンは腕を組んで「実際に1~2分の安定化は厳しいですが、もう限界までの魔石と術師を集結すれば不可能じゃない。問題は……渡航した人間が向こうで無事に戻れる保証があるかどうか」と声を落とす。セナはそこに「大輔が一瞬でも向こうへ行き、帰ってくることができれば、兵器派や教団に奪われる前に“平和利用の既成事実”を作れると思うんです」と提案する。リアンも「そうよ。成功すれば政治的にも大きなインパクトになる。教団が闇扉を作る恐れもあるけど、先にこっちが扉を“開通”した実績を示せば、彼らを封じ込める余地が増えるはず」と補足。
 グリセルダが慎重な声で「でも、失敗すればどうなります? 大輔殿が向こうに取り残されたり、扉が崩壊して戻れなくなったり。まさに教団や兵器派が狙うタイミングになるかもしれませんよ」と警告する。セナは瞬時に不安が走るが、大輔が力強く「リスクはある。でも、俺はやるべきだと思う。僕が一度行って、地球の今を確認したい。そして必ず戻ってくる。セナやリアンと一緒に暮らす未来を、この世界でも築きたいし……教団の野望なんかに負けたくない」と決意を示す。リアンも手を握りしめ、「わたしたちもサポートに回ります。1~2分維持すればいいだけなんですから、案外できるかもしれません」と希望を口にする。
 カーロンはしばらく沈黙し、最後に小さく頷き、「分かりました。極秘裏に試験渡航を実施しましょう。兵器派や教団が襲えないよう、場所とタイミングを絞り込む必要がある。第三隊と調停官府の協力が不可欠です」と結論を下す。グリセルダは「了解。私も可能な限り隠密で動き、日時や場所を秘匿して備えます」と即答する。セナとリアンは顔を見合わせ、やっと大きなチャンスを掴んだ喜びと、極度の緊張が入り混じった表情を浮かべる。大輔は胸を弾ませ、「ありがとう……これで次のステップに進める」と深く頭を下げる。

第五節 封印派の妨害、皇宮での混乱
 しかしその日の午後、今度は封印派の貴族から一部書簡が届き、「扉を破壊せよ! これは王都と隣国連合の決議だ!」と勝手な主張が書かれている。実際にそんな決議が行われた覚えはなく、調停官府も「でたらめだ」と否定しているが、封印派は封印破壊を強硬に唱え、王都内の一部議員を巻き込んで皇宮の中枢に働きかけているらしい。
 グリセルダが大輔・セナ・リアンに報告し、「いま、兵器派と封印派がせめぎ合う形で政治が混迷している。わたしたちのコントロールを超えてきているわ。もはや実力行使で扉を破壊しようとする動きも考えられる」と肩を落とす。セナはうんざりした表情で「本当に……政治家たちは自分の派閥だけ考えてる。教団との内通すら疑わしいよ」と吐き捨てる。
 リアンは思案深げに「教団もこの混乱に乗じて最後の仕掛けをするでしょうね。兵器派と封印派が争うほど、研究院の防衛が手薄になり、扉奪取のチャンスが増える……」と恐れる。大輔は短剣の柄に触れ、「だからこそ、今は夜陰にまぎれて試験渡航をやり遂げるしかない。みんなの注意が別の派閥争いに向いている間に、さっさと実績を作ってしまおう」と固く言葉を噛む。

第六節 闇の使者が残す書簡、迫り来る最終決戦の予兆
 夜、研究院の裏門に怪しい人影が現れる。警備の騎士が駆け寄ると、黒ローブが半ば血を吐いた状態で倒れている。「な、なんだ……!?」と騎士が驚くと、ローブは唇から泡を吐きながら、「教団……最後の…刻印……“神が来る”……扉……」と断続的につぶやき、紙片を突き出して事切れる。騎士は慌てて叫び、「研究院の方々を呼んでくれ! またローブが倒れてる!」と救援を呼ぶ。
 駆けつけたセナ・リアン・大輔が紙片を確認すると、そこには歪んだ文字で「“神は二つの世界を媒介に再び降りる”」「刻印は死せず、いま再生のとき。教祖の遺志を継ぐ新なる子が扉の器となる」と書かれている。大輔は背筋を凍らせる。「やはり……教団は扉が完成する瞬間こそ、神を呼び出す絶好の器と考えてるのか……」と呟く。リアンはノートを開き、「血の儀を捨てても神を呼べる方法を見つけた? だとしたら扉研究が完成する前後に一気に衝突する……」と考え込む。セナは声を震わせ、「何が神よ……そんな地獄を再び。わたしたちは絶対阻止しないと」と唇を噛む。
 このローブは何者で、なぜここに来て息絶えたのか不明だが、書簡が本物なら教団が“刻印再生”をほぼ完了しているかもしれない。大輔は短剣の柄を握りしめ、「わたしらが扉を完成させる直前か直後に、教団が“別の神”を呼び、兵器派は権力を狙う……。大混戦になる未来しか見えないね」と苦い笑みを浮かべる。セナは「でも、やるしかない。研究を完遂するしか道はない」と強い意志を込める。リアンは力強く頷き、「そう、わたしたちが逃げたら、世界がまた闇に沈む。地球にも行けない。ここで決着をつけるわ」と声を上げる。

第七節 試験渡航への作戦会議、秘密裏のミーティング
 深夜、研究院の小会議室で極秘ミーティングが行われる。大輔・セナ・リアン、学長カーロン、調停官代理のグリセルダ、第三隊の隊長代理が参加し、「試験渡航をどう実施するか」が詳細に議論される。兵器派や封印派が動きを察知しないように日程を隠すこと、教団の最終襲撃があるかもしれないので強固な護衛体制を組むことなどが焦点だ。
 カーロンは地図を広げ、「研究室だけではなく、扉を安定させるには広い空間が必要。前回の爆発騒ぎで実験室が少し損傷したし、結界の貼れる大ホールも検討すべきだ。とはいえ人目がありすぎると情報が漏れる。悩みどころです」と苦い顔。セナは腕を組み、「こっそりできる場所……例えば地下の大空間とか、外の遺跡は危険だし……。研究院の地下はどうなってる?」と尋ねる。リアンはノートを確認しながら、「地下倉庫があるけど広さが足りないかも。結界を張る余裕が……」と唸る。
 大輔はしばし考え、「実験を地上でやるにしても、日中は兵器派や封印派に見つかりやすい。夜間は教団が活発に動くから危険度が高い。どうすれば……」と困惑する。グリセルダは口を開き、「有力なのは、研究院の大ホールを徹底封鎖した上で深夜に実施する案。あるいは第三隊が厳戒態勢を敷いて、兵器派も教団も入れないようにする。ただ、教団の工作員が紛れ込んでいる可能性もあるから注意が必要ね」と指摘する。
 結局、「数日後の夜に研究院の大ホールで試験渡航を決行し、その時間だけ第三隊が厳戒配置。完全秘密にする」とのプランがまとまる。カーロンは「兵器派や封印派にも気付かれないように、表向きは“研究院の復旧工事”と言って出入りを制限する。教団が察知しても、わたしたちが全力防衛すれば数分は耐えられるはず」と意気込む。セナは 「数分だけ保てばいいのよね。大輔が向こうに渡って、戻って来るだけ……」 と自分に言い聞かせる。リアンは 「可能なら、わたしも一緒に行きたいけど……まずは大輔が試すのが妥当か」 と揺れながらも納得する。大輔は複雑な表情で 「ありがとう。俺が先に地球を確認して帰ってくる。必ずそうする」と静かに決意を固める。

第八節 セナの胸中、別離の予感
 試験渡航が決定したあと、夜の研究院の屋上で、セナはひとり空を見上げていた。星の瞬きに吸い込まれるようにしばし立ち尽くし、「大輔が向こうに行って、もし戻らなかったらどうしよう……」という漠然とした恐怖が頭をよぎる。
 「詩織さんに再会したら、わたしたちなんてどうでもよくなるのかな……?」
 セナは肩を震わせながら呟く。あの人を助けたい、守りたいと思ってここまで戦ってきた。呪いが解けて嬉しいし、地球へ行きたい気持ちもある。でも、彼が地球でかつての幸せを見つけたら、自分は要らなくなるのかもしれない。そんな切なさが胸を押し潰す。
 物音に気づき、振り返るとリアンがそっと立っている。「ごめん、邪魔しちゃった?」と微笑む。セナは首を振り、「ううん……ちょっと考え事してただけ……」と顔を背ける。リアンは優しく笑みを浮かべ、「大輔が帰ってこないかもって思ってたんでしょ?」とズバリ言い当てる。セナは驚いて「あ……うん……」と視線を落とす。
 リアンは隣に立ち、夜空に目をやりながら、「わたしだって不安。でも、わたしたちを置いていくような人じゃないよ、あの人は。仮に詩織さんが待ってても、いまの大輔にはセナも私も大事な存在だと思う……」と語る。セナはうっすら涙を浮かべ、「そうだと……いいけどね……。でも、地球の女性と比べて、わたしたちってどうなんだろう?」と苦笑する。
 リアンは首を振り、「比べる問題じゃないわ。大輔の人生において、私たちは仲間であり、家族みたいなもの。たとえ地球で愛する人に会っても、こちらの世界で築いた絆を捨てる人じゃないと、わたしは思うよ」。セナは少し肩の力が抜け、「ありがとう、リアン……。でも、もし扉が完成して本当に大輔が地球へ行ったら、わたし……一緒に行きたい」と弱々しく口にする。リアンは微笑みながら、「行こう。わたしたち二人であの世界を見に行こう。大輔だけじゃなく、わたしたち自身も地球に興味あるし」と励ましてくれる。
 星空の下、二人はそっと手をつなぎ、同じ想いを共有する。「いつまでも不安に縛られたくない。もう散々、血の儀や呪いで苦しんだもん。だから、この最後の戦いを勝って、扉を自由に使えるようにするんだ……」とセナが呟く。リアンは力強く同意し、「うん、やろう。わたしたちなら絶対できる」と夜空を見上げ続ける。どこかで大輔も同じ星を見て、同じ決意をかみしめているのだろう。

第九節 教団の計略、王都を巻き込む最終蹂躙の影
 一方、夜の闇に包まれた別の場所では、教団上級幹部が黒ローブたちを集めて“最終作戦”の説明をしていた。黄泉の丘や山岳廃坑で失敗してもなお、彼らは多彩な手段を持っており、今回の襲撃で兵器派とも一時的に利益を共有する形で研究院を混乱に陥れた。
 しかし、本命はあくまで「扉の完成を利用して神を呼ぶ」ことであり、血の儀に代わる“新刻印”がほぼ完成しつつある。もし大輔たちが“試験渡航”を行う瞬間を狙えば、扉の空間が開ききって不安定になる——そこを逆手に取って闇儀式を流し込み、“神”を引きずり下ろす、そんな狂気的なシナリオだという。
 「よいか……奴らが扉を開く日、我々は術式を同期させる。奴らの扉が血の儀と同等以上の力を発揮する瞬間が狙い目だ……」
 黒衣の女幹部がそう低く語り、周囲のローブが「承知しました……この新刻印を儀式台に乗せれば、教祖を超える存在が顕現するかもしれないですね」とささやく。女幹部はほのかに微笑み、「最早教祖は不要。神は扉という器を使い、二つの世界を飲み込むだろう……。そうなれば、わたしたちは神の教えを布く頂点となる」と歪んだ野望を滲ませる。ローブたちは狂信的な目でそれに頷く。

第十節 試験渡航を目前にした静かな朝、三人の覚悟
 数日が経ち、研究院の外壁の復旧工事を口実に、大広間の大実験の準備が着々と進められる。周囲にはほとんど情報を漏らさず、夜間に「試験渡航」を行うとの密約が学長カーロンやグリセルダ、第三隊らの間で交わされている。セナやリアン、大輔も今は表立った実験を控え、最後の魔術陣や魔石の最適化を裏で進める形だ。
 王都には一見、穏やかな朝が訪れているが、どこか張り詰めた雰囲気。兵器派も教団も、公然と動かずに機会を狙っているようで、院内の見張りは一層厳戒態勢となる。
 セナは実験室で道具を確認しながら、「この扉、本当に人が通れるのかな……いままではあくまで空間を覗き込む程度だったけど、実際に踏み込むと何が起きるか予想しきれない」と顔を曇らせる。リアンはノートを片手に「リスクはあるわ。でも大輔があれだけ強い意志を見せてるし、わたしたちもサポートすればきっと無事往復できる。少なくとも血の儀みたいに生贄が必要じゃないのは救いよね」と励ます。
 大輔は扉を再現する機材を眺めながら、「セナ、リアン……本当にありがとう。もし俺が行けたら、詩織に会う前に、あなたたちにも地球を見せたい。でも、まずは俺が先陣を切らないと」と微笑む。セナはぎこちなく笑って「無理しないでね。すぐに戻ってきて……わたしたち、あなたがいない世界は考えられない」と力を込める。リアンもうなずき、「もし何かあったら、術式を強制中断して、わたしたちが扉を閉じるから。そこは覚悟して」と言い聞かせる。大輔は静かに首肯し、「うん、分かった。準備万端で挑むよ」と返事をする。

第十一節 秘密裏の最終仕込み、セナとリアンの会話
 夜が近づくと、セナとリアンがこっそり研究室の奥へ行き、扉陣を小規模にテストしている。大きく作動させると兵器派や教団に気づかれてしまうが、陣の安定度を微調整するための最終チェックだ。
 セナが盾を脇に立て、「なにも起きないといいけどね……兵器派も教団も、こんな静かなわけないじゃない」と口を開く。リアンは杖を軽く動かし、「たぶん、今日か明日か……試験渡航のタイミングを突いてくるはず。でも、扉を奪うのか破壊するのかは分からない。だからこそわたしたちは万全の警備体制を敷いて、すぐに応戦できるよう待機するの」と語る。
 セナは苦笑し、「こんなに緊張感が続くと、心臓がもたないよ……。でも、やるしかないね。わたしたち、ずっと戦ってきたし、これが最後の峠かもしれない」と小さな声。リアンはノートをパラパラめくり、「ほんと……長かったね。黄泉の丘や血の儀の恐怖を乗り越え、神殿で教祖を倒し、刻印の呪いも消して、もう最後の仕上げ。あと少し、あと少しで地球も、わたしたちの平和も……」と微笑んで言葉を切る。
 ふと、セナがリアンに視線を向け、「地球へ行けたら、まず何をしてみたい?」と尋ねる。リアンは驚いた表情で考え込み、「そうね……魔法がない世界ってどんなものか散策したい。大輔が言ってた車や電車? そんな乗り物に乗ってみたいわ。……でも、その前に、詩織さんとのことがどうなるか、気になるわね」と遠慮がちに答える。セナは苦笑し、「わたしたち、脇役になっちゃうのかな……」と少し寂しげ。リアンは小さく笑い、「大輔はそんな人じゃないよ。絶対にわたしたちの居場所を作ってくれる……そう信じてる」としみじみ言葉を交わす。

第十二節 最後の夜、決意に燃える三人
 こうして第55章は、試験渡航の前夜を迎えるところで幕を下ろす。研究院を襲撃した兵器派と教団残党の混成軍は退却したものの、次に何を仕掛けてくるかは全く予断を許さない。王都の政治は揺れ動き、貴族たちの思惑がひしめき合う中、封印派も兵器派も互いの利権を主張してやまない。
 大輔・セナ・リアンの三人は、夜空の星を見上げながら思う——明日か明後日、秘密裏に試験渡航を行う計画が成功すれば、地球へ行き来できる道が実際に開かれる。世界は大きく変わるかもしれない。教団の陰謀と兵器派の圧力を跳ね除けて、一瞬でも扉を安定維持し、人が往復できる事実を示せば、政治状況や世界の認識も激変するだろう。
 しかし、同じ瞬間を狙って教団が最終的に“神”や“新刻印”を顕現させる可能性が高い。黄泉の丘や血の儀とは異なる形で、扉が“神の器”となるかもしれないと幹部がほのめかしていた。もしそれを許せば、二つの世界を巻き込む破滅となるだろう。兵器派も混乱に乗じて扉を奪おうとするかもしれない。
 ——果たして三人は世界と地球の未来を守れるのか。大輔はこの世と地球の間で揺れ、セナとリアンは不安を抱えながらも“共に地球へ行く”夢を捨てきれない。教団残党は最後の悪あがきを準備し、王都の政治は最高潮の緊迫に包まれる。
 深夜、静かな廊下で、大輔はセナとリアンの前に立ち、「ありがとう……ここまで一緒にいてくれて。絶対に成功させよう。次の闘いが……きっと最後だ」と小声で言う。セナは盾を握り、「うん、わたしたち、一緒に未来を掴むんだよ」と微笑み、リアンは杖をかざし、「これ以上、悲劇は見たくない。教団にも兵器派にも、負けないから」と瞳を潤ませる。
 こうして、第55章は“最終決戦”を予告する深い静寂のなかで終わりを迎える。試験渡航を敢行する日が迫り、世界の運命を巡る争いが一挙に爆発するだろう。三人の想いはひとつ、だが教団と兵器派という二つの黒い影が、いま最後の舞台へ足を踏み入れようとしている。神を呼ぶ刻印の再生か、あるいは血の儀なしで人々を救う扉の完成か——物語はクライマックス、その扉を開く鍵は、次章にて明らかになる。

第55章 了


第56章 「神を呼ぶか、未来を開くか——最後の闇に挑む、試験渡航の刻」

第一節 隠密下の準備、重ねられる安全策
 王都研究院の裏手にある大ホールは、高い天井と広い床面積を誇り、かつて貴賓をもてなす祝宴などに使われた由緒ある空間だ。近年は腐敗派との政治抗争や教祖の事件の影響で、イベント機能が止まり、倉庫同然の様相を呈していた。
 だがいま、大輔セナリアンの三人を中心に、学長カーロンや調停官代理グリセルダ、そして術師チームや騎士団第三隊が、ここを**“試験渡航”**の本番舞台とすべく奔走している。夜な夜な倉庫に眠っていた道具を撤去し、巨大な魔術陣を描き、外には厳重な結界を張る。第三隊が裏口と周囲を警護しているため、兵器転用派や教団スパイの目は届きにくい……はずだ。
 セナはホールの床に描かれた円環を確認しながら、盾を腰に下ろして一息つく。「すごく広いよね。ここなら、思い切り大きな扉を開いても大丈夫そう。でも、そのぶん警備が大変……」と周囲を見回す。リアンはノートを開き、「ここなら光と音が漏れにくいし、結界の重ね張りもしやすい。魔力消耗は増えるけど、みんながサポートしてくれるから大丈夫」と微笑む。
 大輔は魔石を設置する術師らを手伝いつつ、「昼の実験で50秒近く保てたから、ここで1分以上いけたら、地球へ行ける可能性は高い。とはいえ、往復には2分以上が欲しいところだけど……今回はお試しだから、帰れるだけの余裕を確保したい」と心中で作戦を組み立てる。
 学長カーロンがやってきて、「ここ数日のあいだ、私たちは秘密裏に周辺を封鎖する手配を進めたよ。兵器派や封印派はともかく、教団残党も動きを察知したら最後、また強襲をかけてくるかもしれない。グリセルダたちが合図をくれれば、一定時間は外部を遮断できる見込みだ」と報告する。セナは肩の力を少し抜いて「よかった……短い時間だけでもいいから、邪魔されずに扉を開きたい」と安堵の笑みを浮かべる。
 だが、リアンは懸念を隠せない。「教団は‘その瞬間’を狙うと言っていました。わたしたちが扉を開き、大輔が実際に通るときこそ、一番の隙……奴らが何を企んでるか分かりません」と眉をひそめる。大輔は小さくうなずき、「だからこそ、最強の布陣で臨むしかない。セナやリアンだけじゃなく、騎士団第三隊やグリセルダが院を死守してくれるなら、きっと間に合う」と自分を励ますようにつぶやく。

第二節 緊迫の王都、兵器派と封印派の衝突
 その頃、王都の政庁では兵器転用派と封印破壊派が言い争いを続けていた。兵器派は「教団が動くならこそ、わたしたちが先に扉を掌握し、軍事力を高めるのが王都の繁栄だ!」と主張し、封印派は「扉など危険の塊。血の儀がなくても世界を壊す。完全破壊が唯一の道!」と叫ぶ。調停官府は制御派として中立を保とうとするが、いまや舌戦は激化の一途だ。
 評議会場の一角では、強硬派の貴族がふてぶてしく椅子に座り、「あの大輔とかいう者……扉を人間が自由に行き来できるようになるなんて、うかつに信じられん。兵器として使わせないなど甘い理想論だ」と吐き捨てる。別の封印派の老議員は、「教団が襲ってくる前に扉自体を壊せば、一切の騒動は終わるだろうが……」と苦々しく述べる。
 こうしたやり取りを調停官府の一員が見届けながら、「大輔たちが裏で試験渡航を準備してるなんて、誰も知らないんだろう」と冷や汗をかく。万が一外部に情報が漏れれば、兵器派が騎士団を買収して強引に突入するか、封印派が襲撃して破壊しにくるかもしれない。今は何が起きても不思議じゃない状況だ。
 グリセルダはこの会場に出向いて様子を探る一方、「実験日まではあとわずか……バレないでほしい……」と胸を痛める。王都の街角でも兵器派の扇動が進み、一部の住民が「兵器こそが教団を倒す鍵!」と盛り上がっていると噂に聞くし、封印派は「異世界など不要!」とビラを貼り出し練り歩いているらしい。混乱と緊張が高まる中、いよいよ双方が実力行使に出る時間は近いと感じられる。

第三節 教団本拠、終局の儀式と新刻印
 一方、教団幹部が集う隠れ拠点では、**“新刻印”**と呼ばれるカプセルのような装置が完成間近となっていた。黄泉の丘や山岳廃坑、そして封印遺跡で集めた闇の断片、血の欠片、古代文字の破片などを組み合わせ、血の儀を要しない“人工の刻印”を作り上げる計画——教団が何度も失敗を重ねた末に辿り着いた最終手段らしい。
 黒衣の女幹部が闇のランタンを手に、そのカプセルを見つめる。「これで扉が完成するとき、わたしたちが呼ぶ神が降臨できる。血の儀など不要。奴らが作る扉を利用するだけだ……なんとも皮肉ね」と薄ら笑う。周囲のローブたちが跪き、「あなたこそ、新たな神の巫女となるのでしょう?」と問うと、女幹部は「そうね……おそらくは。この刻印をわたしの身に刻めば、大輔の代わりなどいらない」と冷たく応じる。
 違うローブが心配げに「儀式には危険が伴いますよ……女幹部様の命まで危ういのでは?」と進言するが、女幹部は鼻で笑う。「教祖も闇神も失敗した。それを補うには命がけでやるしかない。わたしを神の器にするんだ。お前たちは指示通り、あの研究院が“試験渡航”をやる瞬間を待てばいい。でなければ兵器派との協力を維持できない」と言い放つ。ローブたちは一斉に「御意……!」と頭を下げる。
 こうして教団は最後の手札を握り締め、王都で扉が開かれる時を狙い定めている。血の儀のような大掛かりの生贄はないが、人工刻印を幹部自身が身に宿し、扉完成の瞬間に“神”を引きずり下ろす……その惨劇がどんな結末を生むか想像するだけで、闇ローブたちは狂喜に身を震わせる。

第四節 最終調整の日、三人の想いが交錯する
 研究院では試験渡航の**“前日”**が静かに訪れる。大輔たちの一部は手荷物や救急セットを用意し、セナとリアンは魔術的に大輔を強制呼び戻すための“結界補助具”を試作している。もし1分以上の維持が難しくても、帰還を最優先にする——それが全員の共通認識だ。
 セナは盾を丁寧に磨きながら、「あなた、本当に行くんだね……もし一度きりの渡航になるとしたら、戻れないリスクがあるかもしれないし……それでも?」と弱音を漏らす。大輔は苦笑し、「一度くらいは行かなきゃ……詩織に会いたいんだ。でも必ず戻ってくる。あなたやリアンを置いて行くつもりはないんだよ」と強めの声で言い切る。リアンは静かに聞き入り、「私も、あなたの気持ちを尊重する。できれば一緒に行きたいけど……まずはあなたが確かめて、戻ってきてくれたらそれでいい」とやや寂しげに微笑む。
 カーロンとグリセルダは最終段階の警備体制を打ち合わせ、院外には第三隊が巡回を増やし、院内には術師が配置について「次の深夜」に備えている。兵器派も封印派も怪しげな動きを見せないが、それが逆に不気味だ。教団残党は消息不明で、夜陰に息を潜めている可能性が高い。
 大輔たちが出立準備を進める姿を眺め、グリセルダは「この一戦が終われば、世界は大きく変わる。扉があれば、近隣諸国とも世界規模で交流が広がるかもしれないし、地球という異世界まで繋がる可能性がある。でも、それを悪用しようとする勢力もさらに増えるかも」と視線を落とす。セナは強く目を伏せ、「だからわたしたちが守らなきゃ……もう血の儀みたいな悲劇は絶対に繰り返させない」と拳を握りしめる。リアンも「そうだね……神殿での闘いも、黄泉の丘の危機も、もう十分。わたしたちが終止符を打つわ」と決意を口にする。

第五節 試験渡航の夜、厳戒態勢の研究院
 そして試験渡航当日。深夜。研究院の大ホールは“修復工事”の名目で外部を閉ざし、術師や学者が最低限だけ残ってサポートする。第三隊が入り口を完全に封鎖し、外門から一人も通さない。外壁は再修復中という名目で、照明を落とし門を閉じ切っている。
 広間の中央には、かつてない巨大な魔術陣が描かれ、数十個の魔石が円環状に設置されている。上空には結界を重ねてあり、外からの視線や魔力干渉を遮る設計だ。セナ・リアン・大輔の三人が中心に立ち、カーロンやグリセルダが周辺で術師とともに操作を担当。もし成功すれば、大輔が扉を通り抜けて地球へ移動し、短時間で戻ってくる——それが今宵の目標だ。
 大輔は深呼吸して、「……ありがとう、みんな。いざとなったら引き戻す装置を発動して。痛くても帰ってくるから……」と笑う。セナは涙をこらえ、「わたしたち、ここで待ってる。必ず戻ってきてね。本当に、ちゃんと……」と言葉を詰まらせる。リアンは杖を抱き、「大輔、気をつけて。向こうの世界は魔術が通じないかもしれないし……でも数十秒の探索だけでも意味があるわ」と声を震わす。
 カーロンが端の操作卓から「では、よろしいですね? 周囲の学者と術師は最大限の魔力を注入してください。制御ラインはわたしが指揮する。第三隊とグリセルダは警備をよろしく……!」と力を込める。グリセルダは頷き、「万が一、教団や兵器派が侵入してきても、この騎士団が死守します。深呼吸して、どうぞ!」と微笑む。

第六節 大輔、ついに扉を踏み越える
 詠唱が始まり、魔石が一斉に輝き、広い大ホールが青白い光の海となる。大輔は陣の中心で、わずかな残留刻印を意識し、身体を落ち着かせるように呼吸を繰り返す。セナとリアンは左右で補助魔法を唱え、最後まで扉が安定するよう見守る。
 **シュゥ……**という強烈な空気振動とともに、広間の中央に漆黒の裂け目が大きく円形に広がっていく。先日の実験よりも圧倒的な安定感が感じられ、直径は2メートル超……大人が余裕で通れるサイズだ。周囲が息を呑むほどの迫力で、結界の内側に風が起こる。
 「10秒……まだ大丈夫……!」
 カーロンが操作卓で声を上げる。大輔は裂け目の向こうを見つめる。そこには街の夜景がクリアに映っている。ビル、ネオン、そして車のヘッドライトがかすかな轟音とともに行き交うのが分かる。まるで手を伸ばせば触れられそうな距離感だが、本当に一歩踏み出せば異世界だ。
 セナが大きく頷き、「さあ……行って、戻ってきて……!」と涙混じりに声を出す。リアンも緊張に顔をこわばらせ、「大丈夫……術式が機能してる。少なくとも1分は保つはず……」と後ろから支える。大輔は振り返り、小さく笑みを浮かべて「ありがとう……必ず帰るよ」と呟き、一歩、二歩と裂け目へ近づく。
 床の円環が淡い光を放ち、大輔の足元からかすかな痛みが走るが、神殿で感じた激痛のようなものではなく、むしろ“壁を越える”違和感だ。大輔は唇を噛みしめ、「行くよ……」と小声で言い、片足を亀裂の中へ踏み出す。
 すると空気が一瞬ビリビリ震え、右足がしゅっと裂け目に呑み込まれる。セナは「大輔……!」と叫ぶが、何も飛び出してこない。大輔は心臓がドクンドクンと鳴るのを感じながら、体全体を扉の中へ滑り込ませるように前進する。リアンは息を詰め、「いけた……本当に……」と呟く。
 ついに大輔が扉をくぐった。
 周囲の学者や術師が鬼気迫る表情で魔力を保持し、「保持率70%……あと30秒ほどなら余裕です!」と声をかける。セナとリアンは裂け目の先を見つめ、「……成功……? すごい……」と感動に震える。カーロンは汗を噴き出しながら「崩壊の兆候はまだ出ていない。すぐに戻ってくれば大丈夫だ……!」と操作卓を注視する。

第七節 地球の深夜、大輔の初めての一歩
 大輔が扉を抜けた瞬間、目に飛び込むのは見慣れたはずの都市の夜景。しかし長い時を経て、すべてが奇妙な錯覚に感じられる。ビルのライト、車の走行音、アスファルトの固い感触……。深夜のため人通りは少なく、大きな通りから離れた裏路地か何かの場所に出たようだ。
 「ここは……駅前の裏道かな……?」と記憶を呼び起こしながら呟く。空気が排気ガスや街の臭いを含んでいて、鼻がツンとする。暗がりの中で心臓の鼓動が激しくなり、懐かしさと恐怖が入り混じる。「詩織……本当にいるのかな……」と視線を巡らすが、あまり時間がない。扉の保持は1分程度。「戻れなくなるとまずい」と焦りがこみ上げる。
 ステップを踏んで路地を出ようとするが、数メートル先に街頭の光が見える程度で、とても詩織の家までは行けそうにない。息をのんで腕時計の時間を確認し、あたりを駆け足で覗き込む。「何か……誰か……」と声を出しかけるが、夜深い裏道に人影はない。車のエンジン音が遠くで響いているだけ。
 「やっぱり……無理か……数十秒じゃ……」
 大輔は苦く笑い、せめて近くのビルの表示や広告を見ようと歩み寄る。日本語がそこに書かれている。**「○○ビル 24h営業」**と記されており、「ああ、本当に地球だ……これが夢じゃなければ」と安堵が湧く。少なくとも自分の世界はまだ続いているのだろう。
 だが、時計を見れば半分ほどの時間は経過していそう。「ヤバい、早く戻らないと……」と自分に言い聞かせる。**シュウ……**と背後で空気のざわめきを感じ、振り返ると深い闇が漂う扉がまだ開いている。そこを通じて、セナやリアンの声が小さく響く。「大輔……あと20秒ぐらいだよ……戻ってきて……!」という切迫した叫びだ。
 大輔は「分かった! すぐ戻る……!」と短く返事して駆け足で扉へ近づく。心は詩織への想いが疼くが、今は確認もできないまま戻るしかない。この数十秒の滞在がやけに切なく感じる。
 「また来るよ……絶対……」と唇を動かし、闇の扉に右足を踏み入れる。一瞬、身体がバチバチと何かしらの力に弾かれる感覚を覚えるが、魔術陣の補助のおかげか、呪いの痛みはない。「くっ……!」と喉を鳴らして視界がグルンと回り、つぎの瞬間——

第八節 大輔、王都研究院へ帰還
 扉を抜けて数秒で、大輔は研究院の大ホールの床に転がるように帰還した。術師たちが驚いて駆け寄り、セナやリアンも膝をついて「大丈夫!?」と声をかける。大輔は荒い息を吐きながらも元気そうに顔を上げ、「大丈夫……痛みはない……成功したよ……ほんの数十秒だけど、地球に行ってきた……」と震える笑顔を浮かべる。
 セナは涙ぐみながら、「よかった……本当によかった……! 戻ってきてくれて……」と抱きしめる。リアンも涙を浮かべ、「しかも短時間で無事に……成功よ、本当に……」と大輔の肩を叩く。カーロンや学者たちは拍手喝采で、「人が扉を往復できた……まさに歴史的快挙だ!」と口々に喜びの声を上げる。
 大輔は呼吸を整え、「地球は……夜の街で、あんまり状況は分からなかった。でも、ビルもあって、車も走ってた。確かにあの世界は続いてる……本物だよ」と苦笑まじりに語る。セナは安堵し、「そっか……本当に行けたんだね。あと準備を整えれば、わたしたちも行けるかも!」と瞳を輝かせる。リアンはうなずき、「ええ、もう‘理論上の扉’じゃない。実際に可能になったんだ……これで兵器派や封印派にどう言われようが、私たちが先に扉を管理する正統性を示せる」とほほ笑む。

第九節 突如、研究院を襲う闇の振動
 しかし、その感動の余韻も束の間、**ドン……!**という地響きが広間を揺らし、天井の魔術灯がビリビリと震える。「な、何……!?」とセナが叫ぶ。リアンが魔術感知を走らせると、「これは……強い闇波動が……外から押し寄せてる……!」と青ざめる。周囲の学者たちが「また襲撃か?」と騒ぎ出し、第三隊が慌てて外へ走る。
 カーロンが操作卓を見やり、「いま扉は閉じてるのに、何だこの闇は……?」と眉をひそめる。大輔はハッと背筋が凍りつき、「まさか……教団がここに狙いを定めてきたか、あるいは‘新刻印’を発動させたのか?」と呟く。グリセルダが息を切らしながら駆け込んで、「院の外で闇の結界が形成され、黒ローブが大量に集結してる……どうやら兵器派じゃなく教団本隊がついに動き出したようです!」と絶叫する。セナは盾を構え、「やっぱり……! 試験渡航を成功させたこの瞬間こそ、奴らが本命をぶつけてくるんだ!」と怒りを露わにする。
 結界の外から凄まじい闇のオーラが森のように揺れ、**シュウ……シュウ……**と嫌な波動を発している。隊長代理が駆け込んで「教団の幹部級が何人も来ている! あの女幹部とか、謎のローブの集団が‘新刻印’とかいうものを掲げてるらしい……」と報告する。リアンは息を呑み、「出た……人工刻印。あれさえあれば、血の儀なしで扉を闇に染められるってわけ?」と目をぎらつかせる。大輔は短剣の柄を握り、「やるしかない……。世界を守るために、地球との往来を正しく築くために……ここで教団を終わらせよう」と唇を噛む。

第十節 総力戦の予感、女幹部の狂信
 外では黒ローブが森のようにうごめき、その中心で女幹部が闇の杖を掲げ、高らかに宣言している。「奴らが扉を開いた……ならば今こそ、神を招く器が揃う! 新刻印をわたしの身に刻み、神をこの地へ下ろすのだ!」と狂気じみた声。ローブたちは「血の儀は不要……闇の集積こそが我らの力……」と合唱し始め、邪悪な魔力が練り上げられていく。兵器派の姿は見当たらないが、もはや関係なく動いているらしい。
 第三隊の騎士たちは隊長代理の指揮で研究院を囲んで迎撃体制を敷く。女幹部は笑みを深め、「愚かな……大輔とやらの刻印は消えたが、そちらが扉を完成させれば、闇の神に扉を捧げるのは同じこと。見せてやる……わたしたちの刻印がどれほど進化したかを!」と杖を天へかざす。すると空が濁り、院の周囲にじわじわと闇の結界が張り巡らされる。
 グリセルダやカーロンが血相を変え、「来た……大規模な闇儀式だ!」と緊張を走らせる。院内の大ホールに集まっていた術師たちも「どうします? また血の儀のような規模になる?」「封印で抑え込むべきか……」と混乱し始める。リアンはノートを握りしめ、「たぶん規模はそこまで大きくないはず。でも、人工刻印を使って神を呼ぶつもりなら相当な破壊力が……」と声を落とす。
 セナが盾を構えて走り出そうとする。「もう一度戦いだね……わたしたちが止めなきゃ!」と決意をにじませる。大輔は追いかけて「うん、俺も一緒に行く。呪いはないから戦闘は平気。こいつらの思うがままにさせたくない!」と燃える眼差しを向ける。リアンは後衛として術式を準備し、「もし奴らが院内に侵入したら、扉が闇神の器にされるかもしれない。それだけは……絶対阻止するわ」と唇を噛む。

第十一節 女幹部と新刻印、最後の大決戦へ
 院外の空が真っ暗に染まり、まるで日食のような暗黒が昼下がりの王都を覆い始める。魔術的な天象操作なのか、女幹部が闇杖を大気に突き立てると、**ズズズ……**という嫌な地鳴りが発生し、森の奥から闇獣が次々と湧き出す。第三隊の騎士団は「来るぞ! 防衛線を崩されるな!」と必死に叫ぶが、闇ローブの術者が援護魔法を飛ばして戦況を揺るがす。
 女幹部本人は「わたし自身が新刻印の器。そちらの扉が完成した以上、神は必ず降りる……」と狂信的な笑みを浮かべ、黒衣を翻して院の正面へ向かう。グリセルダと隊長代理が剣を構え、「ここは通さん!」と立ち塞がるが、女幹部が杖を振るだけで、バチンという衝撃波が発生し、彼らが大きく吹き飛ばされてしまう。兵でも滅多にないほどの破壊力に、「ぐぁっ……なんだ、この力は……」と苦痛に喘ぐ。
 正面入り口が破られそうになるところへ、セナとリアン、大輔が駆けつける。セナが「グリセルダさん、怪我は?」と声をかけると、グリセルダは胸を押さえながら「大丈夫、軽傷だ。気をつけて……あの女幹部、常軌を逸してる……」と唸る。大輔は短剣を握り、「わかりました。ここから先は俺たちが食い止める!」と決意を固める。リアンは背筋を正し、「新刻印を身に宿したってことね……なんて禍々しい力……。負けない……!」と杖を掲げる。
 女幹部は薄く笑い、「刻印がなくなった大輔と、血の儀から逃れたお前たちが、わたしに勝てると思うな。新たな神の降臨を迎え、二つの世界が闇に染まるのだ……さあ、観念しろ!」と声を張る。セナは盾を構え、「観念するのはそっちだ! もう二度と血の儀も闇神も見たくない……ここで終わりにしてやる!」と激昂し、リアンが雷陣を形成し、大輔が短剣を突き出して臨戦態勢。
 ここに、最終の大決戦が始まる——教団女幹部が宿した“新刻印”の真価を試す闘い、そして扉を守り抜く戦いが、ついに幕を開けようとしていた。

第十二節 最後の閃光、クライマックスへと続く扉
 こうして第56章は幕を下ろす。
 王都研究院での**“試験渡航”は成功し、大輔は数十秒だけ地球へ踏み出して帰還を果たした。夢が現実になった瞬間だが、同時に兵器派や封印派の内乱、そして教団の最終策動が一挙に噴き出し、王都は最大の混乱に陥り始める。
 女幹部は人工刻印を自らに宿し、血の儀に代わる“神降ろし”を狙っている。兵器派は扉を我が物にしようと機を狙い、封印派は破壊を叫ぶ。大輔や
セナ**、リアンが守ろうとする“安全な扉”は、この最終大決戦の舞台と化すだろう。神が降りるか、兵器が生まれるか、あるいは平和な未来が拓くのか——いまこそ、三人の絆と刻印の歴史が総決算される。
 次章(第57章)では、女幹部との直接対決や教団の本懐、兵器派や封印派の混乱、そして何より大輔の地球とこの世界を繋ぐ夢が最終的に如何なる結末を迎えるかが描かれるだろう。物語はクライマックスの扉を目前にし、かつてない激震の中で三人が立ち向かう——その先に待つのは破滅か、新しい光か。どうか最後まで見届けてほしい。

第56章 了


第57章 「神へ捧ぐ刻印か、世界を繋ぐ扉か——決戦の鐘が鳴り響く王都の夜」

第一節 嵐の夜、研究院前で揺れる両世界の命運
 研究院の大ホールにて、大輔とセナ、リアンが“試験渡航”を成功させた直後、外からはまるで嵐のような暴風と闇の圧力が襲いかかった。女幹部率いる教団の本隊が一斉に侵攻を開始し、さらには王都の兵器転用派もどこかで動いているらしく、あちこちで戦火が生じている。
 深夜と呼ぶには明るすぎるほどの魔法光が空を駆け、研究院の外壁はさきほどの再修復工事がまだ途中で、脆い部分をローブたちが狙っている。第三隊が踏ん張るものの、女幹部の力は常軌を逸しており、先行して撃退にあたった騎士たちが次々と倒されるか弾き飛ばされる光景が広がっていた。
 「ここまで強大だなんて……!」
 グリセルダが剣を手に膝をつき、苦渋の面持ちで吐き捨てる。女幹部は黒い法衣を揺らしながら、悠然と院の正門へ近づく。彼女の背後には数十人の黒ローブが従い、兵器派の姿は見えないが、あちこちで混成の小隊が騎士団を翻弄しているらしい。どうやら兵器派も別ルートから研究院に侵入を試みている可能性が高い。
 そんな中、セナが盾を握り、リアンが杖を構え、大輔が短剣を引き抜いて院の玄関を死守しようと立ちはだかる。刻印の呪いはもうないのに、大輔の心臓は激しく脈打ち、「教祖を彷彿とさせる力……あいつはいったい何者なんだ?」と視線を逸らさず女幹部を睨む。セナは声を荒げ、「何が“新刻印”よ……そんなもの、もう破滅しか生まないじゃない!」と吠える。女幹部は微笑して、「破滅こそが新たな神の夜明けだと、なぜわからない?」と狂信的な響きを返す。
 ここで隊長代理が仲間数名を連れて駆け寄り、「私たちが支援します!」と闘志を燃やすが、女幹部が杖を軽く振っただけでドウッという衝撃波が発生し、皆が押し返される。「くっ……こんな馬鹿げた力……」と隊長代理が歯噛みする。
 セナが盾を構え直し、「ならわたしたちが行く……!」と女幹部の足元へ突撃しようとするが、闇の楔のようなものが地面から湧き出て進行を阻む。リアンが雷術で楔を破壊しつつ、「なんて濃密な闇……これが新刻印の力? 血の儀じゃないのに、これほどの魔力を……?」と驚嘆する。大輔は短剣を強く握って「負けるもんか……俺はもう呪われてない。痛みも恐怖も乗り越えたんだ……!」と自分を鼓舞する。

第二節 女幹部と三人の激突、闇の触手が舞う
 女幹部が杖を悠々と振るうと、**ヒュル……**という不気味な音とともに、周囲の地面から闇の触手が生え出す。それらが渦を巻くように絡まり合い、セナやリアンを狙ってのたうち始める。まるでかつての血の儀で見たような闇獣の亜種だが、より洗練されていて凶暴だ。
 「うわっ……!」
 セナは咄嗟に盾を前に出し、触手を何本か斬り払うが、次々と再生してきてキリがない。「厄介すぎる……!」と息を切らす。リアンが雷撃で一帯をまとめて焼き尽くそうと試みるが、女幹部が笑みを浮かべ、「無駄だ……刻印なしであれほどの雷撃を放つとは……でも新刻印に勝るとでも?」と呟き、杖の先から黒い光弾を飛ばして雷撃を相殺してしまう。
 大輔は背後から女幹部の死角を狙い、短剣で一撃を試みるが、幹部が一瞥するだけでバチンという闇の防御結界が現れ、跳ね返される。大輔は吹き飛ばされそうになりながらも地面に転がり、「くそ……やはり神殿の教祖に匹敵する力……!」と唇を噛む。女幹部は悠然と笑い、「もっとも、教祖は血の儀に囚われていたが、わたしは自由だ。新刻印があれば、神との契約も思いのまま」と自信に満ちた声を返す。
 その余裕ある態度が三人を焦らせる。セナが二度、三度と踏み込み、盾で闇触手を砕きながら接近するが、女幹部は右手を上げ、杖から放たれる闇の衝撃波でセナを拒絶する。「うっ……!」と盾ごと押し返され、セナが一瞬尻餅をつく。リアンはフォローしようと雷術を再形成するが、別方向から湧き出た触手に阻まれる。大輔は短剣で触手を斬り払ってリアンを助けるが、彼も幹部に近づけない。まさに圧倒的な闇の力だ。

第三節 人工刻印の秘密、女幹部が嘲る世界
 女幹部は一瞬、目を伏せ、「ああ……神が近づいてくる……刻印がわたしを蝕むような痛みが心地よい……」と狂気の声を漏らす。額に黒い紋様が浮かんでおり、それは黄泉の丘や神殿の紋様を想起させるが、血の儀ほど生々しい流血は感じられない。むしろ洗練された“闇”の形というべきか。
 リアンは思わず震え、「刻印が……この人の身体と同化してるってこと? どういう術式を使ったの……!」と不安を吐く。女幹部は笑って応えないが、黒い瞳がうっすら赤く染まり、「お前たちが扉を完成させたことは感謝している。あとはここで神を呼ぶだけ。ふふ……世界も地球も、神の糧となるだろう」と狂信的に声を上げる。
 セナは歯を噛みしめ、「地球まで巻き込もうなんて、何が目的なの……?」と激怒する。女幹部は杖を水平に構え、「目的などない。神が望むままに世界を再構築するだけ。わたしたちは神の契約者……新刻印が神の扉を開くのだ。そう、お前たちが血の儀なしで開いた扉こそが神の道標!」と高笑いを響かせる。
 大輔は忌々しげに「勝手なことを……。扉はみんなを救うために作ってるんだ。お前らの神だか何だか知らないが、そんな破滅を許すわけにはいかない……!」と短剣を構える。女幹部は鼻で笑い、「破滅? それこそ新しい時代の始まりよ。教祖は古い方法に囚われ失敗したが、わたしは違う。血の儀なんて時代遅れ。お前たちが道筋を用意してくれたから、わたしは神と共に二つの世界を掌握するだけ……」と昂ぶる声をあげる。

第四節 兵器派の侵入、内外で同時混戦
 と、その時、研究院の別のルートから**ドン……!**という破壊音が響く。兵器派の一団が裏門をこじ開け、「扉はわが軍が押さえるぞ!」と叫んで院内へ侵入してきたのだ。第三隊が応戦に回っているが、教団との激戦で手が回らず、わずかな隙を突かれた形だ。
 「くそっ、同時に攻め込んできたか……!」と騎士団の隊長代理が歯ぎしりする。グリセルダは「院内に兵器派が入った以上、資料や実験室が狙われるわ。誰かが防衛に向かわないと……!」と焦りの表情。セナは女幹部の相手をどうするか迷いつつ、「私が行くわ……大輔、リアン、ここを頼む! 女幹部はあなたたちでどうにかして……」と咄嗟に決断。リアンは瞳を見開き、「セナ、あなただけで大丈夫?」と心配するが、セナは短く笑みを浮かべ、「兵器派なんてわたし一人で十分さ。神を呼ぼうとするこいつらのほうが厄介でしょ?」と盾を抱きしめる。
 大輔は唇を噛み、「分かった……無理しないでな。後で合流しよう」と声をかけ、セナは頷いて兵器派の向かう院内廊下へ走り去る。女幹部は楽しげに笑い、「仲間割れか? お前たちが離れるとは好都合……」と闇杖を突き出す。リアンは臆せず雷陣を展開し、「仲間割れじゃない。わたしたちが正面からあなたを倒すまでよ!」と宣言。大輔も逆手に短剣を握り、「セナを信用してる。だからこそ、ここでお前を止めるんだ……」と闘志を燃やす。

第五節 セナ対兵器派、研究室を巡る攻防
 一方、セナが廊下を駆け抜ける先では、兵器派の男女が武装して魔石や書類を奪おうとしている。研究員たちが悲鳴を上げ、立ち入り禁止にしていた実験室付近が大混乱だ。「やめろ……そのデータを奪うな!」と学者が叫んでも、兵器派は「王都のためだ!」と言いながら蛮行を続ける。
 セナが猛スピードで盾を構えながら突っ込み、「兵器だなんて……誰も望んでないわ!」と叫ぶと、兵器派の男が剣を合わせ、「黙れ……闇の教団に対抗するには強力な武器が必要だ! お前たちの扉研究は、そんな呑気な理想論だけで済むと思うな!」と剣を振る。セナは盾で防ぎ、カウンターの一撃で男を押し倒す。「呑気な理想? ふざけないで……どれだけの血と痛みを乗り越えてここまで来たと思ってるの……!」と心底怒りを燃やす。
 さらに別の兵が背後から槍で突き刺そうとするが、セナはすばやく回転して盾を合わせ、突きを逸らして剣を逆手に振り向きざま打ち下ろす。キィンという金属音が廊下に響き、槍が真っ二つに折れる。「ひゃあっ……!」と兵が悲鳴を上げ、後退する。
 「こんなことをして何になるの……。わたしたちが完成させた扉が兵器になると思うなんて、思い上がりよ!」とセナは一喝。複数の兵器派が怯むが、中には燃えるような目で「お前たちは甘い。兵器として扉を使わなきゃ、教団に世界を奪われるだけだ!」とさらに斬りかかる者もいる。セナは盾を構え、「だからって暴力で奪おうとするな……わたしが守る!」と剣と盾のコンビネーションで圧倒していく。
 研究員たちは物陰に隠れ、セナが一人で兵器派を食い止める形になっているが、まったく引けを取らない。むしろセナの剣技は日々の戦闘で研磨され、既に並の兵士では歯が立たないほど洗練されている。彼女は盾で相手の斬撃を受け流し、一瞬の隙を突いて剣を振るい、相手の武器を弾き飛ばすテクニックを何度も繰り返す。
 やがて廊下は兵器派の倒れた兵が散らばり、苦痛の呻きが響く。「ハァ……ハァ……これでもまだやるか……?」とセナが剣を握り、鋭い目で残党を威嚇すると、兵器派は恐怖で後退し始める。「くそ……殺せないとなると意味がない……撤退だ!」と誰かが叫び、足音が遠ざかる。セナは大きく息を吐き、学者たちを見渡して「皆さん大丈夫?」と声をかける。ホッとした研究員たちが「セナさん、ありがとう……」と目に涙を浮かべる。

第六節 女幹部との最終戦、人工刻印が呼ぶ闇
 一方、玄関先では、女幹部大輔・リアンの決戦が激化している。闇杖から放たれる衝撃波と、リアンの雷陣のぶつかり合いがバチバチと火花を散らし、周囲の石畳がひび割れ、空気が震える。大輔は短剣で闇触手を切り払いながら隙を狙うが、幹部の防御結界が固く、近づけない。
 女幹部は新刻印の力を制御しきれずに顔を歪めつつ、「くっ……なんと強烈な……神の力が流れ込む……! でも、これがわたしの宿命……大輔など不要……!」と独り言のように喋る。リアンは冷や汗をかきながら雷撃を走らせ、「その力……やはり人が扱っていいものじゃないわ!」と叫ぶ。幹部は嘲笑し、「人か神かなど関係ない……この世界を闇に染めるための器よ!」とさらに闇弾を連射する。
 大輔は闇弾を短剣で受け流そうとするが、衝撃が重く、腕が痺れる。「くそ……呪いがない分、体は動くのに、力が足りない……」と思わず苦い顔をする。リアンも雷撃で幹部を攻撃するが、結界が何重にも張り巡らされていて割れない。「こんなの……どうすれば破れるの……?」と焦る。
 女幹部が満面の笑みで「そろそろ神の刻が来る……扉はもう完成したのだろう? あとはわたしがこじ開ければいい」と杖を天へ向ける。すると、**ズズズ……**という大地の振動が起こり、空気が歪んでいく。「まずい……このままじゃ扉が闇に繋がるかもしれない!」と大輔は背筋を凍らせる。

第七節 セナの救援、三人が結集し女幹部を包囲
 そのとき、廊下側からセナの声が響く。「大輔、リアン……大丈夫!?」と駆け寄ってくる。兵器派を制圧したセナが急いで戻ってきたのだ。負傷もなく盾と剣を握り、息を切らしているが闘志は衰えない。女幹部は少し目を丸くし、「兵器派を蹴散らしたのか……? 厄介な女ね」と軽蔑を込めて言う。
 セナは盾を構え、「大輔、リアン……ごめん、遅くなった。こっちは片付いたよ。今度はわたしも一緒に戦う!」と頼もしく宣言。大輔は嬉しそうに微笑み、「助かった……二人だけじゃ厳しかった……」と安堵。リアンも深く息を吐き、「3人なら必ず……あいつを止められる」と視線を合わせる。
 こうして三人が再び横並びに立つと、女幹部は杖を振り下ろし、「ふん、無駄な足掻き。わたしの身体に刻まれた人工刻印は、教団が百年をかけて蓄えた闇の結晶だ。いまのあなたたちに破壊できるはずがない……!」と不気味なオーラを放つ。周囲の闇が渦を巻き、突風が起こる。
 セナは盾を前に出し、リアンは雷陣を再成形、大輔は短剣を握る。三人は同時に「やるぞ……!」と息を合わせ、一斉に女幹部へ突撃する。女幹部も杖を構え、闇触手を複数召喚して応じる。最終決戦とも言うべき激突が始まろうとしていた。

第八節 三人の連携、闇の結界を切り裂く
 三人は黄泉の丘や神殿など、かつて幾度もの死線を共に超えた仲。息を合わせた連携は完璧に近い。セナが前衛で盾を振るい、闇触手を斬り伏せつつ女幹部の視線を引きつけ、リアンがその隙に雷撃や結界破壊の呪文を放ち、防御結界を徐々に弱める。大輔は短剣で幹部の死角を狙い、急所を突く形で突進を仕掛ける。
 女幹部は当初こそ余裕の表情だったが、この息の合った三人の連携に次第に苛立ちを見せ始める。「くっ……なんという動き……!」と荒い呼吸で呟き、杖を大きく振りかぶって強力な闇弾を撃ち込むが、セナが盾で弾くと同時にリアンの雷が上空から降り注ぐ。さらに大輔の短剣が横合いから突きかかり、幹部の結界が部分的にヒビを入れ始める。
 「ば、馬鹿な……新刻印を宿したこのわたしが……!」と女幹部は声を上ずらせる。身体には徐々に刻印の闇が増し、皮膚に亀裂のような紋様が浮かび始めている。まるで力を暴走させているようだ。リアンはそれを見て、「やっぱり無理してる……人工刻印が体を蝕んでるのね。血の儀と同じように、命を削ってる……」と確信する。
 セナは剣で闇触手をバサリと斬り払い、「だから言ったのに……人の体で神を扱えるわけないんだよ……!」と叫ぶ。女幹部は激痛に耐えながらも、「わたしは神に捧ぐ器……この痛みこそが証……!」と血の滲む唇を震わせる。

第九節 神の降臨か、刻印の爆発か——揺れる女幹部
 戦いの最中、女幹部の身体が突然ピクピクと痙攣を起こし、周囲に強烈な闇波動が放たれる。まるで体内の「人工刻印」が異常な活性化を始めたかのようだ。**ドクン、ドクン……**という不気味な鼓動音が大輔たちの耳に届き、女幹部が顔を苦痛に歪める。
 「くっ……神よ……降りたまえ……お前たちの扉が……器に……」と幹部はうわ言のように繰り返す。リアンは「まずい……このままだと彼女の肉体が暴走して闇そのものを引きずり込むかも……! 破裂するか、神が顕現するか、どっちに転ぶか分からない……」と危惧する。
 セナは闇触手を斬り進み、「こんなの、危険すぎる……一刻も早く決着をつけなきゃ!」と焦る。大輔も歯を食いしばり、「このまま放置すれば王都が巻き込まれるかもしれない。今、撃破するしかない!」と短剣を握る。その隙に女幹部が両腕を高く広げ、「いまこそ……神との契約が……!」と叫ぶと、ズズンという大地の震動が研究院全体を揺らす。
 まるで空気がひび割れるような衝撃に、第三隊の騎士らが尻餅をつき、壁が音を立てて揺れる。「まずい……これ以上やらせたら本当に何かが降りてくる……!」とリアンが瞳を大きく見開く。セナは盾を再度構え、「わたしが正面で結界を破るから、その隙に二人でとどめを……!」と叫ぶ。リアンは一瞬迷うが頷き、大輔も「分かった。三人で決めよう!」と決意を燃やす。

第十節 三人の奥義、刻印を断つ最終斬撃
 セナが盾を前に突進し、女幹部の闇結界に体当たりを仕掛ける。楔の衝撃に腕が軋むが、黄泉の丘や神殿での経験が彼女の心を強くしている。「うおおおっ……!」と渾身の雄叫びとともに盾を打ち付け、結界を大きくひび割れさせる。女幹部は苦痛で目を見開き、「な、何なんだ……その……!」と声を震わせる。
 次の瞬間、リアンが雷陣を幹部の足元に形成し、杖から強烈な雷光を放つ。「くらいなさい……! これがわたしの全力……!」と気合を込めると、雷が結界の亀裂を伝って幹部の体内をビリビリと焼き始める。女幹部は「ぎゃああっ……!」と悲鳴を上げ、杖を振り回して抵抗するが、身体が動かなくなる。
 その一瞬の隙を大輔が見逃さない。「今だ……!」と短剣を前に大きく踏み込んで幹部の懐に入り、短剣の切っ先を幹部の胸元へ突き刺す。ザシュッという鈍い感触とともに、幹部が口から血を吐き、「がっ……ああ……!」とよろめきながら膝を落とす。
 「くっ……まだ……神が……ここに……!」と幹部は杖を振ろうとするが、セナが盾で杖を叩き落とし、リアンが雷撃でとどめを刺す形で“新刻印”の黒い輝きがバチバチと弾け、幹部の額から紋様が消えていく。幹部の口から弱々しい声が漏れ、「わ……わたしは……神に……」と呟き、血の混じった泡を吐いて床に崩れ落ちる。短剣を引き抜いた大輔は荒い呼吸を整えつつ、「終わった……のか……」と呆然と呟く。

第十一節 闇の崩壊、静かなる決着
 幹部が絶命すると同時に、周囲を覆っていた闇の結界が**シュウ……**と音を立てて霧散し、無数の闇触手もバタリと消える。黒ローブたちはリーダーを失い、一斉に瓦解して混乱を起こし、第三隊による制圧が急速に進む。兵器派の残党も撤退や投降に回り、研究院周辺の大地が静寂を取り戻しつつあった。
 セナは盾を下ろしてへたり込む。「はぁ……はぁ……やったの……? もう……闇は……?」と息を詰める。リアンは杖をつき、「多分、終わったよ……新刻印が砕けたなら、神が降りることはない……」と疲労の中で安堵の言葉を漏らす。大輔は短剣を握りしめ、「神殿の時より手応えがあった……でも、これで本当に教団の根は絶たれたのかな……」と唇を噛む。
 まもなく隊長代理とグリセルダが駆け寄り、「おお……女幹部が……倒れたか……!」と目を見開く。周囲には黒ローブや兵器派の武装兵が散り散りに倒れており、抵抗する者も騎士団が一網打尽にしている模様だ。グリセルダは息を切らしながら「あなたたち、本当に……すごいわ……」と声を落とす。
 大輔は疲れ切った顔で「ぎりぎりでした……でも、これで教団の最大勢力は崩壊したはず。兵器派も指導者は……たぶん責任追及されるでしょう……」と呟く。セナは騎士団が幹部の亡骸を運ぼうとするのを見て、「人工刻印……血の儀に頼らなくても、こんな惨劇を生む闇が生まれるんだ……」と震える声。リアンはノートを握り、「だからこそ、わたしたちの扉研究が必要なの……誰もが呪われず、安全に世界を渡るために」と強く言い聞かせるようにつぶやく。

第十二節 最後の静寂、扉が示す新時代の光
 夜が明け始め, 空がうっすら白む頃、研究院の大ホールに三人と学長カーロン、グリセルダらが再集結する。外には黒ローブや兵器派の残党が散り散りに崩れ、騎士団が制圧を完了しつつある。封印破壊派も兵器派も、この一件で大きく信用を失い、王都政治は新たな方向へ傾く兆しがあるようだ。
 ホールには扉を開くための魔術陣がそのまま残っており、大輔が改めて中心に立つ。「ここまで……長かった……。血の儀に苦しめられた最初の頃から、いろんな死線を超えてきたね。呪いが解けて、扉も完成して、教団も崩壊した……」としみじみ語る。セナは笑みを浮かべつつ涙を流し、「ほんと……もう死ぬかと思ったこと何回あったんだろう」と言い、リアンは「あれほど邪悪な闇を倒せたのは、わたしたち三人が絆を結んでいたからだと思う」と微笑む。
 学長カーロンが近づき、「この闘いで王都は大きく変わるでしょう。兵器派も封印派も衰退し、制御派が主導権を握る形になるかもしれない。あなたたちが証明した“安全な扉”こそが、政治を動かし、教団の闇を封じたんだ」と称賛を送る。グリセルダも、「ええ、王都は新しい時代に入りそう。近隣諸国も協力を申し出てくれるかもしれない」と微笑む。
 大輔は静かに深呼吸し、「……これからはどうなるか分からないけど、少なくとも安全な扉は完成間近だ。この前、俺は地球へ短時間行って戻れた。次はもっと長く安定させ、セナやリアンも一緒に行き来できる時代を作りたい」と決意を口にする。セナはその手を取り、「わたしも行く……あなたと一緒に地球を見たい。ここも大好きだけど、あなたなしじゃもう考えられないよ」と頬を染める。リアンも頷き、「わたしも探究心が抑えられないし、何よりあなたと離れたくない……。この世界と地球を自由に行き来できるようになるなら、きっと多くの悲しみを救えるわ」と瞳を輝かせる。
 空には朝日が昇り始め、院内の大ホールに暖かな光が射しこむ。幹部が遺した人工刻印は砕け散り、教団残党も勢力を失った。王都の兵器転用派は後ろ盾を失い、一気に失脚するだろう。黄泉の丘神殿から続いた血の儀の呪縛は、この瞬間で断ち切られたかのようだ。三人の胸には、あの地獄を乗り越えた誇りと安堵が満ちる。
 これが第57章の幕引き
 世界は闇の呪いから救われ、血の儀なしで扉を開く技術が確立された。教団の女幹部という最大級の脅威も倒され、新刻印による神降臨は阻止された。兵器派も同時に凋落し、王都には新しい秩序が訪れるだろう。だが、地球との交流はまだ始まったばかりであり、大輔が深夜の裏路地で感じたわずかな時間では、詩織の所在や現実世界の情勢は掴めていない。三人はこの先、安全な扉をしっかり管理しながら、いつか本格的に地球へ赴く計画を進めることになるだろう。
 今はただ、夜明けの光を感じながら、三人は成し遂げた勝利とこれからの未来に思いを馳せる。神を呼ぶか、未来を繋ぐかという岐路で、彼らは世界を選び、地球への夢を取った。その選択がどんな奇跡をもたらすのか、どんな試練を再び迎えるのか——物語は新しいステージに差し掛かるが、ひとまずは血の儀や呪いがもたらす惨劇は乗り越えられたのだ。
 次の章(第58章)では、地球への本格的な探索や王都新政の動き、そして“別離”や“新たな交流”が描かれるかもしれない。三人の絆はさらに深まり、世界は扉を中心に新しい時代を迎えつつある。黄泉の丘から続いた長い苦難がいま終わり、次の希望が生まれる朝日に、王都は静かに包まれている——。

第57章 了


第58章 「夜明けの扉、地球を結ぶ約束と王都の新時代」

 巨大な闇との最終決戦を制し、大輔セナリアンの三人は、研究院に押し寄せた兵器転用派教団残党を撃退した。女幹部の身に宿った“新刻印”は彼女自身を蝕み、最期には崩壊を迎えた。かつて血の儀で大地を染めた教祖の亡霊は消え、刻印の呪いに苦しんだ時期ももう遠い記憶のようだ。だが、世界を繋ぐ扉が開かれたことで、新たに生じる混沌はまだ残っている。兵器に利用しようとする者、封印破壊を叫ぶ者、そして地球から何かを得ようとする近隣諸国の大使……。王都の政治は混乱が続き、三人には次なる試練と決断が待ち受けている。
 試験渡航を終えた大輔は、ほんの数十秒という短い時間ながら「地球で夜の街へ足を踏み入れた」経験にまだ胸を震わせていた。詩織の姿は確かめられずとも、自分の故郷が消え去ったわけではないと実感できた。それは安堵と同時に、新たな焦りをも生む。「もっと時間を稼げれば、地球であれこれ確認できるかもしれないし、セナやリアンを連れて散策することも夢ではない」——そんな希望が膨らむとともに、王都で強まる各派閥の干渉に、一刻も早く扉を安定させねばと背中を押される思いだ。
 本章では、女幹部討伐の翌日から物語を再開する。夜が明け、血の痕や壊れた壁を修復しつつ、研究院は事後処理や政治対応、そしてこれからの扉管理の方法について協議を始めている。大輔は深夜の激闘で疲弊しているが、地球へのさらなるステップを急ぎたい気持ちが強く、セナやリアンもそれを支えつつ自らの不安や期待を胸に揺らす。果たして、彼らはまたどんな行動に踏み出すのか。王都の人々は、血の儀とは無縁の“安全な扉”をどう受け入れるのか。そして、地球から戻る道は今後どう確立されるのか。ここからは「新時代の幕開け」を描きながら、三人の選択と未来が大きく動き出す。

第一節 女幹部撃破の翌朝、研究院の混乱と安堵
 夜が明けきらぬうちに大地は静かになり、研究院の周囲に広がっていた闇の結界は消えていた。黒ローブの多くは撤退、あるいは捕縛され、兵器派の武装兵も逃亡や投降で散り散りになっていた。第三隊が被害状況を確認し、院内に散乱する瓦礫や焼けこげた柱を片づけ始める。学者たちは腕を組んで書類や魔石の無事を確かめ、口々に「また大きな戦いだった」と嘆息する。
 広間の片隅では、セナが床に座り込み、汗ばんだ髪を掻き上げていた。盾と剣を脚の横に立てかけたまま、多少の擦り傷と痣が痛むが、命に別状はない。肩越しには隣で魔術師が応急治療をしている。
 「ふう……本当に終わったのかな……もう、こんな大襲撃はウンザリだよ」
 セナは息を吐きつつ、疲れた笑みを浮かべる。少女の頃から夢見ていた「冒険者として世界を見て回る」道のりは、血の儀との闘いばかりだった。ここへきて新刻印や兵器派との激突まで重なり、どれだけ心身をすり減らしたことか。それでも、最悪の結果(神が降りる・扉が破壊される)は防げたのが救いだ。
 一方、リアンは破れかけのローブをまといながらノートを確認していた。先ほどの女幹部に雷撃を放った際に術式をフル稼働したため、ノートの端がこげている。「わたしの雷陣でも、あそこまで苦戦するなんて……やっぱり人工刻印の力は危険すぎる」と自分へ言い聞かせるように呟く。黄泉の丘や神殿で痛感した“闇の理(ことわり)”が、血の儀なしでも再び人を踏みにじる現実——それが彼女の心をざわつかせる。でも、今回、三人で力を合わせたからこそ女幹部を倒せたという手応えもある。
 そんな二人を見守るように、大輔が疲れた足取りで近づいてくる。短剣を握りすぎたせいか手の平が震え、どこか顔色も悪いが、笑みを作って「二人とも怪我は大丈夫?」と声をかける。セナは微笑んで「うん、なんとか立てるよ。そっちは?」と返し、リアンも「わたしも大丈夫。あなたこそ血の気がないわ……少し座って休んで」と促す。大輔は苦笑し、「ありがと……大丈夫だよ、呪いの痛みもないし、もう身体は自由なんだから」と肩をすくめる。
 ふと、三人の背後から学長カーロンが息を荒げて登場し、「あなたたち……本当にお疲れさま。兵器派も教団残党も、これで壊滅状態でしょう。扉を奪われる危険はかなり減りました」と心底ほっとした面持ちを浮かべる。続いて調停官代理のグリセルダが合流し、「ふう……王都兵が兵器派の貴族邸を捜索し始めました。今度こそ政治的に幕を引けるかもしれません。女幹部が倒れたことで教団も本格的に衰退するでしょう」と安堵の報告をする。
 セナはその言葉に、「これで少しは落ち着く……?」と弱々しく笑い、リアンもノートを抱きしめながら「わたしたちにとっては何度目かの死闘だったわね……もうこんなの、こりごり」と洩らす。大輔は地面に転がるローブの亡骸を見つめ、「呪いも血の儀も関係なく、人の欲望でまたこんな惨事が起こるなんて……。でももう、終わらせたい。扉が兵器にならない形で、この世界に根付かせるんだ」と決意を再確認する。

第二節 政治の動乱収束、王都新政の示唆
 深夜の大襲撃後、兵器派の中心人物や協力していた一部の貴族が一斉に逮捕・逃亡となり、王都内部で大きな粛清が進む見込みになった。封印派も、今回の教団襲撃で“扉を破壊する”だけでは解決にならないことを悟り、発言力を落としている。一方で、隣国の使節や制御派の貴族は「安全な扉を平和利用する」という方向性を賛成し、調停官府が主導権を握る形で新たな政治バランスを築き上げる兆しだ。
 まさに、大輔たちが作り上げた扉の技術が王都を変えようとしている。血の儀を捨て、呪いを捨て、兵器にもさせず、世界と地球を結ぶ架け橋。黄泉の丘から始まり、神殿で教祖を倒し、残党との死闘を経た結晶が、ようやく日の目を見つつある。
 グリセルダは疲労の中で微笑み、「制御派が王都で主要地位を得るなら、あなたたちの扉研究は公式に認められるはず。もちろん、まだ課題は多いわ。地球へ行ったあとの政治的処理や文化衝突、近隣諸国との調整……でも兵器派や教団がいない世界なら、きっと乗り越えられると思う」と励ます。セナは嬉しそうに「ありがとう……やっと、戦いばかりの毎日から解放されるのかな」と頷く。
 リアンは納得しながら、「ええ、あとは研究院の主導で扉を管理して、誰もが自由に行き来できるようにするには時間がかかるでしょう。でも、道筋は開けたわ。もう血の儀のような生贄もないし、闇刻印に苦しむ人もいなくなる……」と深く吐息を漏らす。大輔は神妙な面持ちで、「これが新時代だ……俺は地球と往来して、詩織のことを確かめたら、またセナとリアンのところへ必ず戻ってくる。もし地球に長く滞在しても、扉があれば帰れるんだから」と語る。セナは目を伏せ、「うん、わたしたちも行きたいしね」と頬を染める。リアンも「そうよ、あなた一人で独占しないでよ」と笑みを浮かべる。

第三節 まだ残る不安、地球との文化衝突
 研究院の大ホールには朝日の光が差し込み、先の闘いでこじ開けられた外壁跡から一筋の風が吹き込む。勝利の安堵と安定ムードが漂う一方で、大輔の胸にはふとした不安が芽生える。地球は魔術のない世界で、自分たちの存在やこの世界をどう受け入れてくれるのか。詩織のことだけでなく、地球の社会全体が異世界をどう扱うか未知数だ。
 大輔はセナとリアンを横目に見ながら、「これまでは扉を安全に開くことだけ考えてたけど、実際に地球との交流が始まったら、向こうも混乱するよな……。おれの日本の社会がこの世界を受け止めてくれるのか分からない」と低く呟く。リアンはノートを抱え、「そうね……わたしたちが“こちらの世界”から地球へ移動したら、文化衝突は避けられないし、法や言語の問題もあるでしょう。だからこそ、わたしたちが最初に窓口になるのは大事」と眉を下げる。
 セナは苦笑し、「もう兵器派や封印派みたいなのが地球にもいたらどうしよう。わたしたちが実験材料にされるかも……って考えると怖いよね。でも、大輔が言うように、普通の人にとってはどんな反応なのかな……?」と想像を膨らませる。
 カーロンはそんな三人の会話を聞き、「確かに、扉が完成して今度は地球との政治交渉が必要になりますね。これまでは教団や兵器派への対処で手いっぱいでしたが、今後の課題は“友好関係を築くこと”でしょう。もし日本とやらが扉を受け入れてくれない場合、新たな戦火が生まれるかも……」と深刻に述べる。
 大輔は胸が詰まる思いで、「うん、だからこそ、俺がまず行って向こうの状況を探ってくる。何度か往復すれば、お互いに話し合いの場を設けられる。……兵器利用もされないように、俺たちが扉を管理して、利用規約みたいなものを整えるしかないね」と意気込む。セナは「うん、やっぱりあなたに任せるのが安心だよね。わたしとリアンが行けないときもあるし」と微笑む。

第四節 院内の復興、住民の感謝と新たな期待
 激戦から数日が経過し、研究院の外壁や大ホールの修復が本格的に行われる。院の周りを囲っていた結界は解除され、第三隊の巡回により兵器派や教団残党が再び襲撃する気配も薄い。市民の間では「大輔殿やセナ殿、リアン殿が再び世界を救った」「教団の魔手が消え去った」「王都の政治が一新される」といった噂が広まり、三人への感謝と称賛が多く聞こえるようになる。
 近所の住民が花や食べ物を持って研究院を訪れ、「いつも大変な思いをさせてごめんなさい」「本当にありがとうございました」と涙ながらに頭を下げていく。セナは苦笑しながら「いえいえ、わたしたちも好きで戦ってるわけじゃないんですけど……でも、ありがとうございます」と恐縮気味に受け取る。リアンはノートを見せつつ、「みなさんの協力があれば、扉のさらなる開発を進められます。きっと世界をよくしますよ」と微笑む。
 大輔は大ホールの扉陣を見やり、心に湧き上がる想いを噛みしめる。闇の扉に苦しめられた日々、血の儀の絶望、呪いと痛みに耐えてきた時間……すべてがいま、この「安全な扉」に集約され、世界を救う力となった。失ったものも多いが、得た仲間も多い。ここから先は「地球との交流」を進める新しい時代だ。
 グリセルダが背後に立ち、「あなたはすごいわ、大輔殿。呪いから解放されて、兵器にもならず、世界を救える扉を作った。黄泉の丘や神殿での苦闘を思えば、まるで別人みたい」と優しい声をかける。大輔は照れくさそうに頭をかき、「仲間のおかげですよ。セナとリアン、そしてみんながいたから頑張れたんだ」と控えめに笑う。

第五節 セナの葛藤、地球へ行くタイミング
 ある夕方、研究院の屋上でセナが風に当たりながら、地平を見つめていた。周囲の屋根には修復の足場が組まれ、職人たちが忙しく動いている。すべてが落ち着いてきたとはいえ、セナの胸には微妙な葛藤があった。
 「大輔……ほんとに地球へ行っちゃうのかな。いつ行くんだろ……わたしは彼が行くなら同伴したい気持ちもあるし、でも王都を離れるのが怖い気もする……」と独り言のように呟く。いつかは三人で地球を踏む夢を抱いていたが、いざ実現が近づくと不安が強くなる。
 リアンがそこへ現れ、「また考え込んでるの?」と柔らかく笑う。セナは小さく肩をすくめ、「うん、さっき大輔が ‘近い将来、もう一度試験渡航して詩織さんを探すかもしれない’ って言ってたの。それがいつになるか分からないけど、なんだか落ち着かなくて……」と率直に吐露する。リアンは隣に並び、星を見上げつつ「そりゃあ落ち着かないわよね。でも、大輔は必ず戻ってくる。あの人は裏切りとかしないタイプだと思う」と語りかける。
 セナは拳を胸に当て、「そうだよね。わたしたちを何度も救ってくれたし、今は呪いがないから身体も心も自由だし。地球へ行っても絶対に戻ってくる、って思わないとダメだよね……」と頷く。リアンは微笑んで「うん、一緒に信じよう。わたしたちも準備を進めて、いつか三人でゆっくり地球を巡りたいわ」と言い、セナは「ありがとう、少し楽になった」と涙をぬぐう。

第六節 研究院での最終議論、扉の管理と地球への展望
 翌日、カーロンとグリセルダが中心となって研究院で「扉管理委員会」の会合を開き、大輔・セナ・リアンも参加する。兵器派が崩壊し、教団残党も事実上の壊滅状態となった今、今後の扉をどう運用していくかが議題だ。貴族や街の議員も一部招かれ、闇扉への恐怖を払拭するための説明が行われる。
 カーロンは壇上で「血の儀はもはや過去の遺物。今回の研究で、人を害さず安全に扉を開く術式が確立しました。ただし、注意深い管理が必要で、勝手な軍事利用を防ぐ体制が欠かせません」と宣言する。出席者は口々に「なるほど……」「でも国防は大丈夫か」と騒ぐが、グリセルダが制するように前へ出る。
 「国防は第三隊や近隣諸国の協力で十分。兵器として扉を使う必要はありません。むしろ、この扉で地球や他世界との交流を深めれば、文化や技術、経済が発展する可能性があるでしょう。みなさんも理解いただきたい」と毅然と言い放つ。すると一部の封印派議員が「だが、扉を開いて敵が侵入したらどうする?」と不安を示すが、リアンが立ち上がって「そこは結界管理と認証システムで制限します。許可なく大規模に開くことはできませんし、勝手に闇魔力を注ぎ込まれない仕組みを整えています」と科学的根拠を述べる。
 大輔は会場の隅で静かに話を聞きつつ、同席しているセナに耳打ちする。「教団がいなくなっても、封印派が続く限り、扉が危険だって意見は消えない。俺たちが何度も安全性を証明して、地球との友好を築かなきゃ……」と目を伏せる。セナは小さく微笑み、「うん、闘いは終わったけど、これからの説得も大仕事だね」と返す。
 最終的に会合は「扉を王都研究院が主導で管理する」「国際的なルールを作り、勝手な兵器利用を認めない」「地球との正式な交渉が整うまで、安易に拡張しない」という方向性で合意に至る。封印派も渋々納得し、政治的には**“扉を認める”**方向へ一歩踏み出した格好だ。カーロンとグリセルダが深く頭を下げ、「ありがとうございます。これで血の儀に苦しむ人ももういないし、異世界同士の友好が築けます」と感謝を述べる。拍手の中、リアンは背中から安堵の息をつき、セナと大輔も笑顔を交わす。

第七節 大輔、地球への本格渡航を決意
 会合後、学長カーロンの執務室で、大輔たち三人は今後の具体的なステップを話し合う。「扉の完成度は今や十分高い。人が数分間通って戻るくらいなら、あの大ホールでいつでも再現できる。ただし魔石の消費や術師の詠唱に時間を要するから、気軽にはできないが……」とカーロンが説明する。
 大輔は頷き、「それで、俺は本格的に地球へ行こうと思う。もう一度、今度は数分、いやもっと長い時間をかけて詩織を探したい。そのあとの展開次第でこっちに戻るけど、帰還先はこの研究院でいいんですよね?」と確認する。カーロンは「もちろん。あなたが安全に戻れるよう、わたしたちが扉を安定させて待ちますよ」と笑みを見せる。
 セナは少し不安げに視線を落とし、「……いつ行くの? 早ければ早いほどいいんだろうけど、わたしとリアンも同行したい気持ちがあるし……」と唇を噛む。リアンは静かに補足する。「私もできれば一緒に行きたいけど、王都が今バタバタしている状態だから、扉管理の要員として残らないと混乱しそう。となると、あなたひとりで行くことになるかもしれないけど……大丈夫?」と懸念を示す。
 大輔は短く息を吸い、「うん。次はもう少し長い時間を確保する計画だけど、まずひとりでいい。二人を巻き込むリスクも大きいし、地球の社会をどう説得するか定かじゃない……。俺がある程度下準備をして戻ってきてから、改めて一緒に行こう」と提案する。セナは寂しそうに眉を下げ、「分かった……でも、本当に気をつけて。戻ってこられる扉があっても、何があるか分からないんだから」と肩を落とす。リアンはノートを抱き、「向こうの社会や法律のこと、あなたも久しぶりで浦島太郎状態かもしれないわよ。焦らず行動してね」と微笑む。大輔は頷き、「ありがとう。必ず無事に戻る」と決心を固める。

第八節 セナとリアン、別れの前夜に揺れる想い
 地球への本格渡航計画が定まり、数日後にもう一度大規模に扉を開くことが決まった。大輔は個人的な荷物をまとめており、万が一長期滞在になってもいいように研究院から生活物資や世界観の説明書などを受け取る。
 試験渡航とは比べものにならない規模で、術師チームが集中的に魔力を供給し、最低でも5分以上のゲート維持を目指す。その間に大輔が地球側へ移動し、滞在を始める形。帰還は別のタイミングで院が再度ゲートを開く合図を出し、大輔が応じるという算段だ。もちろんリスクは大きいが、三人はこうするしかないと腹をくくっていた。
 ある夜、セナとリアンは研究院の離れの部屋に大輔を呼び出し、ささやかな“壮行会”を開く。といっても大げさなものではなく、果実酒と簡単なつまみを囲みながら三人が正座で向き合うだけだ。
 セナは盃を掲げ、「ほんとに行っちゃうんだね……でも、祝いたい気持ちもある。だってあなたの夢が叶うわけだから」と笑う。リアンも微笑み、「そう。わたしも寂しいけど、まずはあなたが向こうの状況を整えれば、わたしたちも安心して行けるものね。……あと、地球の街がどうなってるのか興味あるし」と盃を合わせる。大輔は困ったような表情で「ありがとう……なんかごめん、ふたりを置いていくみたいで。すぐに戻る。長くても数ヶ月かな……いや、数週間で済ませるつもりだけど、向こうの時間感覚が合わないかもしれないし……」と言葉を濁す。
 セナは切ない微笑みを浮かべ、「大丈夫だよ。わたしたち、こっちで扉を守ってるから。兵器派や封印派、教団の残党がまた起こらないように見張るのがわたしたちの役目。だから、あなたは安心して行ってきて」と頬を紅く染める。リアンは「あと、詩織さんに会えたら、ちゃんと伝えて。あなたは呪いから解放され、新しい仲間と新しい世界を築いていることを……」と明るい声をかける。大輔はこみ上げる涙を隠し、「うん……ありがとう。伝える。もし彼女が新しい人生を送ってたら、それはそれでいい。俺が確かめるだけだから」と穏やかに微笑む。
 小さな宴が終わり、三人は月明かりの差す廊下に並んで歩く。セナは「これまで本当に色んな場所で戦ったよね……。黄泉の丘、腐敗派の内乱、神殿、都市防衛、そして教団との最後の闘い……もう数えきれない」としみじみ語り、リアンはノートを軽く胸に当てて「わたしたち、成長したわね。本当に。大輔、あなたも刻印の呪いから解放されて、今はこんなに元気になって……」と泣き笑い。大輔は「2人がいたから乗り越えられた。本当にありがとう。……帰ってきたら、ちゃんとまた言うよ」と照れ笑いを浮かべる。

第九節 渡航当日、研究院の厳戒と静かな始まり
 そして、地球への長期滞在を目指す本格渡航の日が訪れる。前回の試験渡航より大きな陣が組まれ、術師が総動員されている。政治的には秘密裏に行い、第三隊が院を封鎖して“工事”を表看板にしている。封印派や兵器派は事実上崩壊したとはいえ、まだ何が起こるか分からないため、厳戒態勢だ。
 大ホールの中央に立つ大輔の姿は身軽な装備で、背には最低限の荷物だけ。地球の衣服なども保管しておらず、こちらの世界の軽装に近いまま。腰に短剣を携え、もし向こうで危険に遭っても自己防衛できるように配慮はしているものの、地球側の法律を考えれば武器を持ち歩くのは危険かもしれない。「だって地球じゃ、短剣持ち歩くとかアウトだろうし……」と苦笑している。
 セナとリアンは周囲で術師を補助し、扉の安定を維持する役割。大輔が通り抜けてから時間を計測し、目標の時間で再度ゲートを開き、合図があれば迎えにいく——そういう段取りだ。カーロンやグリセルダが「くれぐれも無理しないで。魔石が大きく消耗するので、1日のうち何度もゲートは開けない」と警告する。大輔は頷き、「分かってます。大丈夫です」と静かな決意を示す。
 「準備はいい?」とセナが小声で尋ねる。大輔は顔を上げて「うん……もう怖くない。何度も死地を潜ってきたし、地球だって自分の故郷だから」と微笑む。リアンは少し涙ぐんで「またすぐ会えるよね……わたしたち、ここで待ってるから。地球でうまくいかなかったら、早めに戻ってきて!」と声を絞る。大輔は頷き、「うん、必ず戻る。そしたら3人で今度は長く地球を歩こう……」と言葉を紡ぎ、二人の手をそっと握りしめる。

第十節 神殿の呪いを超えた新時代、三人の結末と始まり
 詠唱が始まり、魔石が青白い光を放ち、ホールの中央に漆黒の扉が再び描き出される。前回は1分ほどの安定が限界だったが、今回は術師が総力を挙げて2~3分、あるいはもっと維持を狙う。大輔が扉に近づくにつれ、心臓が高鳴る。今度はもっと長い滞在になる。まるで神殿で刻印を暴走させられた昔の悪夢が一瞬よぎるが、呪いはもうない。右腕の痕は薄い跡だけが残っている。
 「大丈夫……おれは自由だ」と深く呼吸し、セナとリアンを振り返る。「行ってくる。絶対に戻るから」と短く宣言。セナはぎこちなく手を振り、「うん、待ってるよ……」と鼻をすすり、リアンは杖を握りしめて「行ってらっしゃい……」と目尻に涙を浮かべる。三人が互いに笑顔を交わし、周囲の学者や騎士団が見守る中、大輔は扉へ足を踏み出す。
 シュウ……という空気の吸い込まれる音がして、今度は大輔が一瞬にして闇の向こうへ消え去る。セナとリアンは気を抜かずに陣を保持し、魔石の光が房のように揺れ、何度か扉がバチバチと鳴るが、崩壊しそうな兆候は今のところない。カーロンが時計を見つめ、学者たちが詠唱を繰り返して安定度を確認する。
 (がんばって……大輔……)
 セナとリアンはほぼ同じ思いで胸を焦がす。兵器派や封印派、教団残党がいなくなっても、地球側がどう反応するかは未知数。大輔が無事に数分滞在できるかも分からない。もし危険があれば、こちらから強制的に扉を閉じて呼び戻す手段もあるが、時間が限られる中でどこまで確認が取れるか未知数だ。
 やがて2分が経過し、さらに3分、4分……想定していた時間より長く扉が安定している。術師たちは青ざめた顔で魔力を注ぎ続け、汗を噴き出している。セナが「すごい……こんなに長く……」と驚き、リアンは唇を噛み、「まさかこんなに保てるなんて……術師のみんな、がんばって……」と念を送る。カーロンが「どこまで維持できるか分からない。限界は近いはず……」と震える声で助言する。
 そうして約5分が経ったとき、扉の周囲がグラリと揺れ始め、結界がビリビリと亀裂を立てる。「まずい……そろそろ限界だ……」と学者が叫び、術師たちが一気に顔を青ざめる。セナは不安に駆られ、「戻ってこないの……大輔、戻ってきて!」と焦りの声を張る。リアンも祈るように「早く……!」と扉を見つめる。
 と、その瞬間、ズズッという衝撃で裂け目が大きく波打ち、扉が崩壊しかけるが、そこから人影が飛び出す。「うおおっ……!」という叫びとともに大輔が転がり込む形だ。セナが「大輔……!」と駆け寄り受け止め、リアンが雷陣で軟着陸をサポートする。最後にパリンという大きな砕ける音がして、闇の裂け目が消失。魔石の光が消え失せ、術師たちが一斉に崩れ落ちる中、ホールには大輔とセナとリアンの姿が残される。
 大輔は荒い息を吐きながら顔を上げ、「はぁ……やばかった……でも、行けたよ……何分か……地球にいた……」と弱々しく笑う。セナは涙をボロボロ零しながら、「無事に……何分も……!? 大丈夫? 怪我は……?」と服をまさぐる。リアンはあふれる涙を拭き、「戻ってきてくれて……ありがとう……!」と声を詰まらせる。
 大輔は短く笑みを作り、「向こうも……少し動きを探れた。詩織のことは……まだ会えなかったけど、情報を集められそうだ。地球はやっぱり平和が続いてるみたい……もっと交流を進めれば、きっと大丈夫だよ」と抱きしめ合いながら報告を漏らす。

第十二節 夜明けの扉、三人が進む未来
 こうして第58章は幕を下ろす。兵器派と教団残党の最終的な脅威を退け、王都に蔓延っていた血の儀と闇扉の呪いは事実上終焉を迎えた。大輔・セナ・リアンの三人は世界を救い、同時に扉を本格的に活用する道を切り拓いた。もう血の儀で悲鳴を上げる者もいなければ、人工刻印が神を呼ぶ惨劇も防げたはず。
 だが、それは“新たな一歩”でもある。地球との交流はまだ緒についたばかりで、世界規模の政治交渉や法律の整備が必要だろう。もし地球側がこの異世界をどう受け止めるか未知数だし、詩織との再会も果たせてはいない。それでも三人は、ここまでの闘いがすべて無駄ではなかったと胸を張れる。
 セナは大輔の傍らで微笑み、「あなたが帰ってきてくれた……これで分かった。もう、地球へだって行き来できるんだって」と瞳を潤ませる。リアンは杖を抱え、「あの神殿の呪いが嘘みたいね。あなたの刻印が消えたおかげで、こんなにも自由が広がるなんて……」とノートを胸に当てる。大輔は二人を見つめ、「本当にありがとう。黄泉の丘、神殿、山岳廃坑……血の儀との闘い……全部を乗り越えた結果がこれなんだと思う」と言葉を漏らす。
 朝の光がホールの床を黄金色に染め、学者や術師が笑いあう姿が見える。騎士団の隊長代理が外から「兵器派と教団の残党は完全に制圧しました! 被害は最小限で済みました!」と報せをもたらし、一同が歓声を上げる。まるで夜明けの祝福を受けるような雰囲気だ。
 **“黄泉の丘”**から始まった長い戦いが、本当にここで終わりを告げ、新たな扉が開く——そう確信できる朝だった。三人の心には「いつか三人で地球を歩こう」「この世界と地球を自由に行き来する未来を作ろう」という希望が揺ぎなく刻まれる。血の儀は過去の歴史として語られ、扉は世界を繋ぐ架け橋として、人々の前に広がっていくことになるだろう。
 **次章(第59章)**では、いよいよ大輔が地球での再会と社会交渉を本格的に進め、セナやリアンが後から合流するかもしれない。あるいは王都での新時代に挑む彼らの姿が描かれる。苦しみと呪いの闘いは終わり、新たな摩擦と共存の問題が始まるかもしれないが、もう三人は決して諦めない。扉の先には希望と未知が満ちあふれ、黄泉の丘や神殿の記憶を力に変えて、仲間と共に進むだけだ——。

第58章 了


第59章 「交差する二世界の希望、そして新たな一歩へ——仲間が示す地平と絆の道」

第一節 大輔の帰還、その後の研究院と王都の新風
 兵器派や教団残党との大決戦から約一週間が経過した。夜明けの大ホールで長期滞在を目指す地球行きが実行され、大輔が無事に戻ってきて、王都の人々は驚きと感嘆の渦に包まれた。「血の儀なくしてあれほど大きな扉を開き、人が往復できた」として、研究院には世界中(といってもまだ近隣諸国主体だが)の使節が押し寄せ、学長カーロン調停官代理グリセルダが対応に追われる毎日になっている。
 大輔は短期ではあるが地球へ渡航し、数分間の探索を終えて戻った実績を残した。再び戻ってきたときの姿が「鎧(軽装)をまとったまま都会の夜の裏路地に立つ」というシュールな状況で、一瞬は戸惑ったようだが、何とか混乱なく撤退できたという。「詩織さんには会えなかったし、地球側の反応もまだ掴めない」と大輔自身は苦い表情を浮かべるものの、もし研究院が長時間ゲートを安定させられれば、改めてじっくり地球社会を調査し、詩織との再会も探れるだろう。
 王都では「教団の脅威が去った」との認識が広がり、血の儀と呪いがもたらした恐怖から解放された安堵が漂う。一方で、教団跡の闇道具や兵器派が隠し持った火器などの余波がまだ散在しており、第三隊が捜索・没収を続けている。破壊派も兵器派も大きく衰退したとはいえ、小さな抵抗勢力や暴力沙汰は断続的に起きているらしく、完全に安全とは言えない。
 セナは外壁の修復作業を眺めながら、深呼吸で朝の空気を吸い込んだ。「ああ……本当に静かになったよね。前までは闇ローブや兵器の襲撃が頻発して、毎日剣を抜いてたのに……」とつぶやく。隣ではリアンがノートを抱え、「そうね。院内はもう警備が一段落してるし、扉の実験も当面は落ち着いてる。でも、わたし、なんだか手持ち無沙汰というか……ここまで闘い続きだったから、逆に戸惑うの」と苦笑する。
 目線を先へやると、大輔が研究員たちと何やら会話をしている。地球へ戻るプランや、向こうの法律・文化についてのレクチャーを受けているようで、時折「車や電車はこうやって使う」「日本の役所に行けば戸籍の確認ができるかも」などと言葉が飛び交っている。セナはそこに混ざりたい思いをこらえつつ、「大輔、きっと早く詩織さんを見つけたいんだよね……」と複雑に呟く。リアンは肩をすくめ、「うん。でもあの人、戻ってくる気は満々だから、あまり心配しないで。地球側とこっちを行き来する形になるんじゃない?」と励ます。セナはほっと息を吐き、「それなら……わたしたちもいつか一緒に行けるし、いいか」と自分を納得させる。

第二節 大規模扉実験の余波、近隣諸国の反応
 今や研究院だけでなく、近隣諸国の要人も王都を訪れている。腐敗派や教団騒動がひと段落した今こそ、王都の実力が高まっているのは間違いなく、そこへ「異世界の扉を独占しかけている」となれば他国が黙っていない。別々に使節を送って「兵器転用なんて愚行はやめてくれ」「でも安全保障は必要だ」「地球へ連れて行ってほしい」と要望が錯綜する。
 グリセルダは多忙を極め、毎日のように調停官府と学長カーロンを行き来して「近隣諸国の申し出をどう扱うか」「扉を軍事同盟に使わないか確認したい」などの交渉をまとめている。「地球とわたしたちの世界が本格的に繋がれば、いまの国境観や通貨システムだって変わるかもしれない……。扉の存在は世界を一変させる潜在力があるわね」と彼女は呟く。
 セナはその様子を見て、「大変そう……わたしは政治のこととか苦手だよ」と頭をかかえる。リアンは「でも大事なことよ。教団みたいな闇勢力がなくても、国同士の利害でまた争いが起きるかもしれない。兵器派が国内で失脚しても、他国が扉を兵器化しようとする可能性はゼロじゃないわ」と鋭い見解を述べる。セナは溜息まじりに、「ああ……闘いは終わっても、まだまだ問題は絶えないね。でも、血の儀の恐怖よりはずっとマシだよ」と笑顔を見せる。
 ある夜、グリセルダが三人に向けて「近隣諸国が連名で“扉の平和利用”を宣言する動きがあるらしいです。これが成立すれば兵器利用は大きく抑止されるでしょう。あなたたちが実績を作ってくれたおかげよ」と報告する。リアンは微笑み「それは朗報ね。大輔がさらに地球と行き来して実績を増やせば、きっと国も世論も“扉=安全”って認めてくれる」と言う。セナは「うん、もう血の儀なんて時代遅れだって、みんなで証明したんだし」と頷く。大輔も少し安心し、「じゃあ、あとは地球側をどう説得するか……そこが残る課題だね」と苦笑する。

第三節 地球行きを巡る論争、セナとリアンの望み
 大輔が再び地球へ長期滞在するのはいつか——それを巡り、研究院内でも意見が分かれる。今は王都の政治情勢が混乱しており、世界の安定を最優先にすべきだという声や、早く地球との交渉を進めて同盟を結ぶべきという声、そもそももう少し大輔の体を休ませろという声もある。
 セナは自分の望みを大輔に言うべきか迷い、ある夕方に声をかけた。「ねえ……わたし、ほんとは一緒に行きたい気持ちが大きいんだ……でも、王都を離れたら扉管理が手薄になるし、リアンだってここに残るのかなって思うと、わたしが行ったら誰があなたを呼び戻すの? って」と不安を吐露する。大輔は微苦笑し、「気持ちはわかる。でも、今の段階で二人とも来たらこっちの術師が足りなくなるし、地球側でトラブルがあった時に門を開いてくれる人がいなくなる恐れもある。だから、まずは俺ひとりが行って状況を探るのが安全だと思う」と説明する。セナはやや悔しそうに、「分かるよ……理屈は。でもやっぱり寂しいな」と小声で呟く。
 リアンも同席して「私だって地球を見たいし、あなたがひとりで行くのは不安。だけど、現実的にはそうするしかないわね。わたしたちが王都を長期間空けると、せっかく確立した扉管理がぐちゃぐちゃになる可能性もあるし……」と同意する。そして大輔の肩に手を置き、「だから早めに戻ってきてね。詩織さんと会うにしても、長期滞在にしても、帰る場所がここにあることを忘れないでほしい」と穏やかに語る。大輔は軽く微笑み、「ありがとう、絶対に戻るよ。二人と一緒に地球を歩く未来を作りたいからね」と誓う。

第四節 詩織への手がかり、地球の混乱を伺わせる噂
 大輔は先日、地球の街を数分間歩き回ったものの、肝心の詩織の消息は掴めなかった。夜中だったこともあり、身分証や携帯電話もない状態で慌てた格好だったため、まともに人と会話もできず、結局は「裏路地で看板やビルを確認して戻る」のが精一杯。だが、その数分の間に、街のポスターや張り紙からある噂を目にしたという。「失踪者が相次ぐ」「謎の集団が神を崇めている」など、闇の宗教的な動きがあるらしい——まさか、この世界の教団と関係が? と思い浮かべずにはいられない。
 大輔は「こっちの教団が地球にも活動している……とは考えにくいけど、もし何かしらの痕跡が向こうにもあるなら、気をつけたほうがいい。詩織が危険に巻き込まれていないといいんだが」と懸念する。セナとリアンは「そんな余波があるの? 闇の勢力がこっそり地球へ行き来してたのかも?」と驚愕しつつ、「今のところ教団残党はほぼ壊滅だし、可能性は低いわね……でも警戒は必要かもしれない」と一致する。
 それを聞いた学長カーロンやグリセルダも表情を曇らせ、「教団がどこかで地球へ潜り込んでいたなら、おそらく昔の黄泉の丘や神殿、あるいは別の扉を密かに使っていた恐れも考えられる。今はその路が断たれているが、向こうに残党がいるかも……」と警戒を呼びかける。セナは嫌そうな顔で「もう二度と闇に苦しむのはごめんだよ……もし地球に似た邪教団がいるなら、あなたが気をつけないと」と大輔を案じる。大輔は「うん、分かってる。向こうでも気をつけて行動する」と決意を新たにする。

第五節 地球への本格“渡航”再決行の日、別れのホール
 闇騒動からさらに数日が経過し、院内の傷跡はほぼ修復され、王都の政治も制御派を中心に安定傾向へ向かいつつある。そこで大輔は「今こそ地球へ本格滞在し、詩織の消息や日本政府との交渉を探る」と提案し、学長カーロンやグリセルダが了承した。セナやリアンも、王都と研究院を守るために今回は送り出す立場を選ぶ。
 夜、研究院の大ホールに再び術師チームが集まり、大型の魔石を設置して「長時間の扉維持」を試みる準備が進む。前回は数分しか保たなかったが、今回は術師を倍増し、大輔が向こうに滞在したまま扉を一旦閉じ、数日後に再度開いて迎え入れるプランが立てられている。もちろん緊急時の呼び出し術式も用意するが、王都と地球の時間をどう同期させるかまだ未知数。
 深夜、ホールの中央で大輔は軽装のまま鞄を背負い、腰に短剣を差している。セナとリアンはいつも通り両脇で補助術を準備し、カーロンとグリセルダ、第三隊の隊長代理、学者たちが周囲で緊張した表情を浮かべる。
 セナが少し涙目で「本当に行っちゃうんだね……しばらく会えないんだよね? どれくらい?」と問いかける。大輔は微笑んで「分からない。数週間か、もしかしたら数ヶ月か……詩織がすぐ見つかるとは限らないし、役所の手続きを踏んだりするかも。でも必ず帰る。だから待ってて」と答える。リアンはノートを胸に抱き、「もし何かあったら、この通信結界で合図して。わたしたちが急いで扉を開いて呼び戻すから」と念を押す。
 カーロンが壇上で合図し、「術師の皆さん、準備を。扉を開くのはおよそ5分間。大輔殿が通った後は一旦閉じるが、再開通の際は合図があればこちらで開くという約束ですね」と確認する。大輔は「はい、よろしくお願いします」と頭を下げる。グリセルダは「無事を祈ってます。地球の社会にも『血の儀なしで扉を開いた世界』をどうか知らせてあげてください」と微笑む。

第六節 扉が開く、長い別れと踏み出す一歩
 詠唱が始まり、魔石が青白い光を放出する。大輔・セナ・リアンの三人は繋いだ手をそっと離し、セナは押し留めるような悲しい笑みを浮かべ、「行ってらっしゃい……絶対に……ちゃんと帰ってきてね」と最後に絞り出す。リアンは杖をかざし、「あなたを信じてる。次はわたしたちも一緒に地球を歩こう……」と声が震える。大輔はぐっと唇を噛み、「うん、ありがとう……二人には本当に感謝しかない。またすぐ会おう」と言い残して腕を振る。
 **シュウ……**という振動がホール全体を包み、円形の大きな闇の裂け目が広がる。先ほどより規模は大きく、さらに奥行きも感じられる。大輔は背に鞄を背負い直し、右手で短剣の柄を押さえながら一歩ずつ近づく。「いってきます……」と最後に呟くと、躊躇わず裂け目の中へ踏み入る。
 セナは抑えきれない涙を流し、リアンが背をさする。二人はじっとその背中を見送り、魔石の振動がやがて収束し、扉が静かに閉じると同時に周囲の術師が一斉に息を吐き出す。「はぁ……成功だ……」と誰かが呟き、カーロンが「長期間の維持は無理があったが、何とか大輔殿は渡航できたな。あとは再開通の合図を待つだけだ……」と安堵する。
 セナは床に膝をつき、「なんか……本当に行っちゃった……」とつぶやく。リアンは涙を浮かべながらも微笑み、「大丈夫、あの人だもの。きっと必要なものを手に入れて戻ってくるわ。次はわたしたちも一緒に行けるように準備しよう」と背中をさする。セナは小さく頷き、「そうだね……わたしたちも前を向かないと……」と意を固める。

第七節 王都の新体制、制御派の躍進
 大輔が地球へ渡ったあと、研究院は扉を一旦閉じて再安定化に入る。大きく消耗した魔石を充填し、次の再開通に備える。王都では制御派が完全に政権を握る見込みで、封印派や兵器派の議員たちは失脚、あるいは責任を追及されている。グリセルダは調停官府のトップとして正式に就任し、研究院と共同で「扉管理委員会」を設立するなど、新時代のルール作りを急いでいた。
 黄泉の丘や神殿は以前から封印されているが、改めて安全確認が行われ、教団の遺物は徹底的に処分される。死霊術や闇道具が細々と売買されていたマーケットも第三隊が一掃し、腐敗派時代の名残が急速に浄化される。市民は血の儀や闇ローブから解放された安堵を噛みしめると同時に、「地球と自由に行き来できる時代が来るかもしれない」と噂して希望を膨らませている。
 セナとリアンは院内で合流し、簡単な昼食をとりながら会話する。「大輔、きっと向こうで生活するのかな……日本ってどんな場所なんだろう? わたし、あれほど闘い続きだったから、少し観光してみたい気持ちもある」とセナは笑う。リアンは同感のようにうなずき、「ええ、ビルや電車、車……魔法のない文明というのを自分の目で確かめたいわ。だけど、扉を完全に開放するのはまだ先でしょうね。大輔が向こうで状況を整えなきゃ、わたしたちが行っても逮捕されるかもしれないし……」と苦笑する。
 そこでセナは、「あの人がもし戻ってこなかったらどうする?」と小さく呟く。リアンは俯きつつ「さすがに戻ってこないなんて考えにくいけど……もし地球側で不測の事態が起きたら、この院から強制呼び戻しを発動するしかない。それが大輔にとって苦痛にならないといいんだけど」と少し緊張をのぞかせる。セナはかすかな笑みで「まぁ、どのみち彼は戻るよ。わたしたちをここに置き去りにできる人じゃないから……」と信じる心を抱く。

第八節 封印派の再起動、国々の協調体制
 教団に代わり、もう一つ潜在的な火種となりうるのが封印派だ。試験渡航が成功し、兵器派も崩壊しつつある今、封印派は王都での発言力を大きく失ったが、一部の熱心な保守派が「とはいえ扉を放置すれば、地球から邪悪が来る」と息巻いている。王都の議会では制御派が多数を握ったものの、封印派は隣国の一部とも連携し「先の教団騒動が二度と起きない保証はない」と扇動を試みる。
 しかし、この動きは思ったほど支持されなかった。黄泉の丘や神殿、人工刻印といった闇儀式を次々と破壊し、呪いを根絶した三人の業績があまりにも大きく、市民の支持は圧倒的に制御派へ集まっているからだ。むしろ「扉を壊すなんてありえない。戦乱を生んだのは血の儀や腐敗派の政治であって、扉自体は悪じゃない」と主張する意見が根強く、封印派は苦戦を強いられる。
 セナとリアンは院内の廊下でそんな噂を耳にし、「うん、封印派がもう一度台頭したら面倒だけど、さすがに国民ももう騙されないでしょう。わたしたちがここまで扉で世界を救ってきたわけだから」と安心する。リアンは頷き、「ええ、何より大輔やわたしたちの証言が説得力ある。兵器派や教団の破壊行動を防ぎ、神を降ろさせなかったわけだし……。今さら封印なんか叫んでも誰も納得しないわ」と微笑む。

第九節 大輔不在の日々、セナとリアンが歩む王都ライフ
 大輔が地球へ出立してからしばらく、セナとリアンは研究院を中心に平穏を取り戻した生活を送る。とはいえ、“扉運用管理委員会”のメンバーとして、世界中から訪れる使節や学者への対応、近隣諸国との共同研究、封印派の名残の監視など、やるべきことは山積みだ。激しい死闘こそ終わったが、朝から晩まで仕事漬けの毎日が続く。
 セナはかつて冒険者として街や荒野を駆け巡っていたが、いまはほとんど研究院の警護任務や対外折衝の補佐に忙殺される。身につけた剣技と盾術は、王都の人々を安心させるシンボルにもなっており、街で見かけると住民が「セナさんだ!」と歓声を送るほどの人気ぶり。彼女自身も「恥ずかしいな……でもやっぱり嬉しい……」と頬を染めることが増えた。
 一方、リアンはノートを手に、院の術師や学者と連携しながら扉制御のさらなる改良に取り組む。「もし大輔が地球から合図を出してきたら、どう安全に再開通するか」「長時間のゲートをどう安定させるか」という技術的課題はまだ残っている。研究進歩は著しいが、魔石の消耗問題や術師たちの負担も大きく、あと数年は段階的に拡張しないと“誰でも手軽に通れる”世界は実現しない見込みだ。リアンは「でも大輔が帰ってきたら、こっちも新技術を見せたいし……」とモチベーションを燃やしつつ「会いたいな……」と寂しげな思いを抱える。

第十節 地球からの合図、期待と不安が再燃
 扉管理委員会が設立してから約1ヶ月が経ったある日、院内で「扉を揺らす微弱な合図が検知された」という知らせが走る。リアンが速やかにノートと魔力計をチェックし、「これは……大輔が地球側から何か術式を打ったのかも。いや、向こうに術式なんてないはずだけど……どうやって?」と頭をひねる。
 カーロンや学者が確認すると、「どうやら地球から何らかの電波的な干渉が発生し、それが扉制御に微かな波として伝わっているらしい。大輔殿が現地で工夫しているのかもしれない」と推測する。セナは「やっぱり、あの人は頭がいいから何か考えたんだ……合図を送ってくれてるんだ!」と瞳を輝かせる。
 もしこの波が大輔の合図なら、研究院側がタイミングを合わせて再度ゲートを開ければ、連絡が取れるかもしれない。リアンは興奮混じりに「やってみましょう。いつ呼び戻すかはこっちが決めるにしても、まずは一度ゲートを開いて何かやり取りできないか確認を……!」と提案し、カーロンは賛同を示す。
 グリセルダも「兵器派や封印派がほぼ沈黙した今、わたしたちも落ち着いて扉を開けられる状況です。大輔殿から何らかの情報が得られれば、地球との橋渡しが加速するかもしれない」と微笑む。セナは盾を手にし、「じゃあ、わたしも一緒に行っていい? ……いや、リアンが行くほうがいいのかな……」と浮き足立つ。リアンは「わたしも行きたいけど、まずは扉を小規模に開くかもしれないし、地球の法律がどうなってるか分からないし……うーん……」と唸る。

第十一節 地球からの声、仄暗い通信
 委員会の承認を受け、夜の大ホールで再び術師たちが詠唱を行い、扉を小規模に開く。しかし今回は大輔の戻りを待つのではなく、向こう側から何か情報を得るための試み。結界と魔石を慎重に操作し、1分程度の小ゲートを発生させる。
 **シュウ……**という振動の先に映るのは、真夜中の路地裏のような風景だ。暗くて視界が悪く、誰もいない。しかし、その路地の端で何やら光がチカチカと点滅している。術師の一人が「これは電気的な信号かもしれない……Morse code? よく分からないけど、こちらにも光で返してみるべきか」と提案。リアンは頷き、「大輔があれこれ工夫してるのかも。わたしたちが合図すれば、彼が近づいてくるかもしれない」と判断する。
 セナが懸命に光を点滅させながら「大輔、いるなら来て……!」と小声で呼びかけても、路地に人影はない。扉の崩壊が近づき、あと数秒で限界となったとき、不意に暗闇の奥で男性の姿らしきものが一瞬だけ映る。しかしすぐに周囲が騒がしくなり、バチバチと扉の火花が弾けて消滅する。結局、会話も交わさないまま陣が閉じてしまった。
 「今の人影……大輔だったかな……?」とセナが落胆混じりに呟く。リアンは息を詰めて「分からない……でも、なんだかあまり楽しげな雰囲気じゃなかったような……。向こうにも何か問題が起きてる?」と不安を煽られる。学者たちは「もう一度やるか?」と問うが、魔石の消耗が大きく、当面は再開通が難しい。仕方なく、その日はそこで打ち切りとなる。

第十二節 新時代への架け橋、王都と三人の行方
 こうして第59章は幕を下ろす。女幹部が倒れ、血の儀や新刻印の闇は消えたとはいえ、扉をめぐる世界の変化や、地球側の未知なる課題が新たな試練として立ちはだかりそうな気配が漂う。三人(大輔・セナ・リアン)は血の涙を流して守り抜いた安全な扉を正式に王都に根付かせようとするが、その先に待つのはまだ見えぬ世界との衝突、あるいは驚くべき協力関係かもしれない。
 セナとリアンは王都で扉管理や政治交渉に奔走しながらも、大輔が地球でどう過ごしているか気が気でない。もし地球側がこの世界を受け入れなかったら? 詩織との再会が劇的に起こるのか、それとも新たな苦難が待つのか。
 一方、大輔がいなくなった研究院は、もう戦闘の危機は薄れたが、制御派の新政や近隣諸国の要請で、多忙な日々が続く。封印派や兵器派の残滓も小規模に息を潜めているかもしれない。地球の闇勢力がもし存在するなら、こちらの世界と連動して厄介ごとを起こす恐れもある。
 しかし、三人には不思議なほどの自信が宿っていた。血の儀と呪いを断ち切り、腐敗派や教団まで撃ち破った事実が、彼らを強くしている。「もし次に困難が襲ってきても、扉を守りながら地球と行き来する形で解決できるはず。刻印も呪いもない今、わたしたちはもっと自由だ」——そう確信している。
 物語は新たな段階へ。黄泉の丘で始まった長い闘いは、血の儀の呪いを消し、世界に扉という宝を残した。今後、どう運用し、地球との友好や詩織との再会を果たすかは、三人の腕にかかっている。第59章は、この静かでいて大きな転機の夜明けを描いて終わりを告げる。闘いの喧噪は消え、王都にはかすかな朝焼けが満ち、空気は清浄だ。次はどんな奇跡と選択が待つのか——それは次章へ続く伏線として、扉の向こうから新しい風が吹いてくるのを感じさせる。

第59章 了


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