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アスパラガスをあきるほど

アスパラガスは比較的高価な野菜だ。もちろん、1束にしたら安ければ百円台であるからけっして高級野菜ではないのだけれど、1束の量がたいしたことはない。キャベツ・白菜のような重量のある菜っ葉はもちろん、大根や玉葱といった根菜類とくらべるまでもなく、小松菜や菠薐草なんかのあたりまえの菜っ葉とくらべてもボリューム感がない。輸入ものが安くなっているときもあるが、フードマイレージをおもえば手をだすのもはばかられる。だいたいが、切り口が白くかわいたような貧弱なアスパラガスに、魅力をかんじることもない。
アスパラは鮮度だ。それをしったのは十勝の農家に居候をきめこんでいたときだった。十勝平野の大規模農家は、輪作で数十ヘクタールの農地をまわしている。十勝五品とか十勝十品とかよばれる特産物があって、そこから主要作目をきめる。ビート、小麦、馬鈴薯あたりがかならずくみこまれる作目で、大豆、牧草、玉蜀黍、小豆、玉葱などその他の野菜類をそれぞれの農場が経営におうじてえらんでいる。私がやっかいになった農場は長芋の生産がひとつの柱になっていた。けれど、私の印象にふかくのこっているのは、農場の片隅、防風林との境目にちいさくそだてられていた自家用のアスパラガスだ。とにかく太く、やわらかかった。とりたてのものはクセもなく、生でかじってもおいしいことをしった。
新鮮なアスパラは、いくらでもたべられる。ただゆでるだけで、おいしい。もちろんマヨネーズやドレッシングをかけてもおいしいのだけれど、なんなら塩だけでも、いっそなにもかけなくても、あじわいがふかい。そして、ここ数年、季節にはそういうアスパラガスが大量に私のところにやってくる。ふんだんに、あきるほどたべることができる。
たねもしかけもない。週に1回の割でようすをみにいく実家の家庭菜園にできるのだ。そんなにたくさんのアスパラガスをつくってどうするんだとおもわないでもないのだけれど、これはまえにもかいたように、野菜というものがそういうものなのだ。野菜はのぞんだ量だけ確実にできるものではないし、また、収穫期に均一にとれるものでもない。とれはじめやおわりのころにしっかりととりたければ、当然、旬の時期にはありあまるほどとれる。不作のないように余裕をもってまけば、ふつうにあまる。いろんな要因があって、家庭菜園の野菜はあまる運命にある。だから、「あまるならつくらなきゃいいのに」は、現実的ではない。アスパラは時期になると毎日収穫できるから、母がたべきれないぶんが1週間にわたって蓄積していく。「古いのからもらってくわ」という私に、かならず母はその日にとれたものをわたしてくる。口論してもはじまらないので、私はそれをもらってきて新鮮なうちにゆがくことになる。
そして、アスパラガスは、私もながいあいだつくっている。結婚したころにいなかでやっていた家庭菜園にたねをまいたのが最初で、そこからひっこしのときに苗を回収してきて、うえた。それをどうにかつないできたのか、あるいはどこかでいちど更新しているのか、記憶がはっきりしないのだけれど、貧弱な株が十年ちょっとまえにひっこしてきたこの家の庭にもある。春と秋のシーズンに数本ずつだけれど、収穫してから食べるまで10分間の鮮度で味わうことができる。
そんな古い株のとなりに、今年はあらたにいくつもの株をうえた。これは、やはり実家の、母の家庭菜園とはべつにあったややひろめの自給畑から移植したものだ。
この畑のことはまたあらためてべつにかこうとおもうけれど、手みぢかにいえば、これは父が若いころに父の母、つまり私の祖母にあたえられた田んぼのなれのはてだ。田んぼは畑になり、そしてだんだんとせまくなった。いろいろな事情で切り売りをしたわけだ。父のさいごの数年は、畑仕事がつらくなった父にかわって、私が最低限の世話をした。そして父がいなくなり、いろいろ相談した結果、やはり手ばなすのがよかろうとなって、昨年、近所のひとにひきとってもらった。このあたりの話も、またべつでかくかもしれない。
だから、畑を整理しなければならない。この畑、父の晩年には野菜をつくるのもたいへんだからと、ほぼ果樹ばかりがうえられていた。けれど、野菜をつくっていたころのなごりで、雑草化したアスパラガスが随所にはびこっていた。つぶすのもしのびないので、何株かもちかえった。ひとにももらってもらったし、自分でもうえた。それがこの春、さっそく芽をだしている

鮮度のいいアスパラは、ゆですぎないことだ。もちろん、バターをとかしたフライパンで短時間だけ加熱してもいい。写真は、ゆでたアスパラと、鶏もも肉と莢豌豆のソテー。そう、莢豌豆についてはまた別稿でかこう。

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