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ぼくと吉川と夏の魔物 SF短編ラブコメ小説

2023/7/29
 よく夏の海辺の道路を車でドライブしているとFMラジオから「夏の魔物」と言うワードを頻繁に耳にする。
そんなものは抽象的だし、現代社会でいう夏の魔物とはクーラーを使わずにぶっ倒れて救急車で運ばれる老人に襲いかかる特有の熱中症のような類だろう。
いきなり物語の冒頭から捻くれた作者の解釈を読者諸君にぶつけてすまない、昔好きだった女友達の結婚式の帰り道、ふらっと寄った新宿ゴールデン街の閑古鳥が鳴いている行きつけのバーからマスターに約二時間もの間愚痴とどれだけ自分がその女友達が好きだったか、そして最後まで結局自分の心の中の本音を告白できないまま10年の月日が流れ心底自分の今までの人生の選択に後悔をし、先月Amazonで一番安く買ったロープをもって山梨県の青木ヶ原樹海にでもレンタカーを借りて片道切符の旅に出ようかと呑気にアイコスの最後の一本に煙をくぐらせて考えていたその時、
ふっと吐いた煙の向こうからカラッカラッと軽い足音を立ててこちらに躙り寄る歌舞伎町の風俗のキャッチのような下種な笑みを浮かべた奴に遭った。
お兄さんいかにも絶望してますって顔してんね!シシシ….」

深夜3時半、アロハシャツに半ズボン、金色のネックレスに金色の指輪をはめ足には下駄、グラサンを服の隙間に刺していかにも南の島の観光案内人みたいな格好をしているけど耳は尖ってるし、奇妙な笑い声を出す奴の口の隙間から金色の尖った犬歯とバイキンマンみたいな尻尾を生やしている。泥酔状態の中で、目の前の胡散臭い存在に対して

「悪魔なのか?」「正確には少ーし違う

「俺はいわゆる夏の魔物さ」
よく聞いたことあんだろ、夏の魔物に連れ去られ〜てな」「スピッツじゃなくてバックナンバーの方なんだな」「まあどっちでもいいことさ
夏の魔物はゆっくりと左右に首の骨をバキッボキっと音を立て「ビジネスの話をしようか」と呟くと

お前の寿命を一年いただく代わりに一日だけ好きな人生の日に戻してやる

そうぼくに言ってのけた、一日に対して一年の寿命とは闇金も真っ青な暴利も暴利である。
どう使うかはお前次第だが、過去に遡ったその一日は蝶の羽がやがて大きな風を生むようにバタフライエフェクトを起こし今生きてるお前の人生に良くも悪くも影響を与えることだろう。悪魔と違って魂までは取らないさ。

ぼくはどうせ自分で捨てる予定だった命だし夏の魔物の提案を受け入れることにした。
「ものは試しだ、10年前の今日、つまり2013/7/29に戻してくれ」
いいのか、お前のもっと重要な大学の単位を落っことした日とか事故って車に跳ねられた日とか過去に起こしたトラウマの数々色々あんだぞ?

「そんなのはもう終わったことだ、そうじゃなくてぼくはこのくそみたいな都会にも糞みたいな人生にも疲れてんだ。何をするにも金がかかるし爆音で風俗の宣伝カーが走って鳩は人間のゲロを食ってネズミは子猫と見間違うほどでかい、おまけに俺は非正規雇用で収入のほとんどは酒に消えて、好きな子は知らない漢にとられてこんなクソみたいな日常から少なくともまともだったあの夏に戻りたいだけなんだ」

いいだろう、そこまでいうのなら

夏の魔物が「せいぜい今までの無駄な人生に悔いて貴重な一年の寿命の代償を払ってまで戻りたかった7月29日を有効活用することだ」とパチンっと指を鳴らし、ぼくの意識はそこで途切れた




夏の踏切

クソ暑い、真夏日、蜃気楼が出ている踏切に電車が通ってけたたましい音と熱風が過ぎ去った後に、すでに人妻になったはずの僕の好きだった女友達がドレスから部活の練習着に着替えポニーテールでベールから覗いたどこか憂いを孕んだ10年後のずっと大人びた表情から打って変わって幼い子供のようなあどけない表情にカルピスのCMに抜擢されそうな爽やかな笑みに白い歯を見せて、そいつは、吉川は確かにそこにいた。「おはよ、徹夜でゲームでもやってた?くまがひどいぞ笑」
ぼくは何のけなしに溢れだしそうな涙をぐっと抑えて溢れ出るいろんな感情を頑張って頭の中で整理して「勉強してたんだよ、吉川と一緒にすんなよな!」と強がってみせ、気持ちを切り替えて
目の前の女子高生をナンパするかのように

「ヘイ彼女、今から授業サボって俺と海行かね?」と強がって見せた。
少し考えて吉川は「君なかなかのワルだね!」と笑いながら叫んだ

「ぼくの原チャリの荷台乗りなよ」吉川に半ヘルを投げる。やつは陸上部のエースで僕の数倍運動神経がいいからノーコンの僕が適当に投げてもパッと掴んで頭に装着した。
「でも、君からサボろうなんて珍しい言葉が聞けるとはね、ずっと皆勤賞できてたのに」
「優等生だってたまには学校サボるんだよ、勉強になったな」
「はー頭いいアピールウザw」
「エンジンかけるから掴まってろよ」
「はいはい笑」
ブォンと言ういかにも50ccのしょぼいエンジン音が点火した。踏切を超えて、全部コピペしたみたいな田園風景を吉川を背中に乗せてこの時間がずっと続いてくれたらいいのになんて考えながら吉川のシーブリーズの柑橘系の匂いがして、メッチャいい匂いするなって言ったら朝練終わりで汗くさいから嗅ぐな!って
道中ぼくの背中を優しくポカポカ叩いてきた吉川を乗せた原チャリは誰もいない田んぼ道を30キロ制限を律義に守りながら「もうすぐ夏休みだね……..」
なんて呟く小さい吉川の声にそうだな、って間抜けな返事してぼくたちはなんだかんだ海に着いた。

吉川は部活のシューズと靴下を脱いで素足で砂浜に触れると「あったかいね!」って言った。
ぼくと吉川は海に入って海だーって叫ぶわけでもなく、ヤシの木の日陰になってる部分に二人でちょこんと座った。
「私、学校サボって海きたの初めて。こういうのなんかいいね。」吉川はどこか黄昏ながらぼくにそういった。
「なぁ吉川」「ん?」「もし俺がさ」「うん」「未来から来たって言ったら信じる?」「んー…」
「信じる」「なんで?」「だって君いつも私のこと優等生ぶって吉川さんって呼ぶじゃん」
「事実として優等生だからな」「未来から来たってことは君か、もしくは私になんか事件があったの?」「んー、何もないよ。吉川はちゃんと幸せそうだった。」
「じゃあ何でだろ」「何でだろうな」なぁ吉川
ん?
ぼくは吉川の前髪をかき上げおでこをくっつけた
「ぼくと付き合ってください、吉川さん」
吉川はまるで太陽みたいに顔を赤くしながら、んーっと困った顔をして「まぁ?別に?いいけど?優等生さんは私なんかでいいの?」一行にたくさんはてなをつけたような歯切れの悪い返答を吉川はした。
「ぼくは君のためなら寿命が一年なくなってもかまわないよ」

四限まで授業をサボって吉川とぼくは海の匂いとシーブリーズの柑橘系の匂いを漂わせながら教室に入った。教室はざわめいて、吉川は女子にわっとインタビュー攻めにあいこっちに助けを求める表情をしてタコみたいに顔が真っ赤でぼくは笑いを堪えるのに必死だった。
2023/7/29 午前3時半
そして現代に時間は戻る、夏の魔物はどこかへと消え、ぼくは閑古鳥の鳴いてるバーに吉川と座ってた。吉川はあいかわらずシーブリーズのにおいを漂わせてカルーアミルクをちびちびと啜り、ぼくは吸おうと思って出したアイコスを閉まって「禁煙しよっかな」なんてのんきに呟いていた。狭い店内の隣に座る吉川はバーが人生で初体験らしく、「なんか大人ってかんじでいいね!」って白い歯を見せて子供みたいに無邪気に笑うその表情は10年前に見たあの夏の海の時といつまでも変わらない永遠のなかで、海風に揺れるヤシの木陰に思いをはせていた。
終わり


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