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洗濯と選択

人生は選択の連続だ、原初、人類はどこで狩りを行うかを選択し、どの人とパートナーになるか選択しどこで寝るかを選択してきた。現代社会においてはどのスマホを買うか、スウモでどの物件を借りるか、西武線なのか、総武線なのか、山手線なのか、山手線は高いからやめとこうか、そんなこんなしてると今度はAmazonでパーソナライズされた買いきれないほどのおすすめの波がどっと来て、Xでは少し下に引っ張るだけで江戸時代の人が一生にみる情報量がオートメーション化された工場の商品のように絶え間なく流れ続ける。僕はネット通販で買うわけでもなく近所のコンビニに足を運び、ちょうど切らしていた洗濯用洗剤を手に取った。一人暮らししてはや2年、ただ服を綺麗にするだけならば最安のノーブランド商品でいいことに気づく。この思考は自分のもらっている給料に対して洗濯用洗剤を自由に選択できないというこんなにも選択で溢れた現代なのに矛盾した行為だと思い少し笑った。僕の手取りはクレジットカード会社の請求額とトントンで貯金がなければ飢えて死んでしまうことだろう。
星が降る夜、残業で疲れた体にコンビニの豚ラーメンをカロリーチャージすべく、自分の借りているアパートまでの帰路を歩き、自室のポストに複数枚の広告が入っていた。
やけに高い水道屋のマグネット、近所のスーパーの特売、知らない新聞社の宣伝、一軒家購入のチラシ、そして
あなたの選択、変えてみませんか
何を宣伝するでもない、A3のコピー用紙にゴシック体で書かれたそれは僕の疲弊した心を刺激し、都会の喧騒と残業のしすぎてバグってきた脳内を一度リセットするため、近くのでかい公園でベンチに座りながらコンビニで買った豚ラーメンと9パーの缶チューハイを煽り、毎日仕事詰でドラマチックなことは何もなかったなと思い、翌日会社に辞表を出すという選択をした。なんだかすごく心が軽い。僕は会社から早歩きで、それがスキップに変わり、鞄を振り回し、まるで登下校中の男子小学生のような無敵状態になっていた、スズメの涙ほどの退職金と残業まみれの一ヶ月分の給料と金欠で解約した生命保険が当面の僕の命綱だ。僕はポッケから最新機種ではない2世代前のアイフォンを取り出し、親にLINEで「ムスコタイショクジッカカエル」とまるで戦後直後の旧日本軍のような電報を送り、親から案の定旧日本軍かよ、とツッコミが帰ってきたが、しばらく仕事は休んで元気になったら地元で仕事を探しんしゃいと、特に何を心配するわけでもないコメントが返信された。電子シーシャをぷかぷかと蒸かしながら四年ぶりに地元の好きな子にLINE通話をかけ、「うん、まあ地元帰ろうと思って。今度映画でもみに行こうよ」と誘ったら「いいよー土日は空いてるから迎え行くね」となんとも軽い返信が返ってきた。好きな女の子は昔から何も変わらず、まるで昨日話したかのようなシームレスな対応に僕は少しだけ目頭が熱くなった。続く


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