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おいしいとは何か。食文化の今までとこれから。


食べること、は、ほとんどの人間が毎日行っていることである。


生きるために栄養をとるために食べるというだけなら、動物同様、そこらへんの草や動物を生でむしゃむしゃイロイロと食べればいい。(最近完全食というものが出てきたけれどね)
けれど、人間だけは、食べるという行動に、美味しさを楽しむことを求めているはずなのである。
そのため、長い年月をかけ、時には外交関係や自然環境の変化・人の思考の変化などいろんな要素が混ざり合い、様々な料理が生まれ、食は文化として開発・定着・継承してきた。

さて、そんな食の今はどうだろう。

質問です。

あなたは今日、何を食べましたか?
今日食べたそれは、おいしかった?


うんうん、いいね~おいしそうだ。

私も、おとといはイタリア料理食べたし、昨日は八丈島の郷土料理を食べ、さっきは家でチャーハンを作って食べたところ。

様々なサービスが発展し、現代の私たちは作られた食べものを、買ったり、頂いたりして食べることも多い。外の文化の食もどんどん入ってきて手軽に頂ける。
渋谷とか、新宿とか歩いたり、SNSを通して日々新しい食文化が出来上がっているのを感じ取ることができる。

私たちは、豊富すぎる選択肢から選ぶことができている。

あなたが今日食べたそのおいしそうなそれも、
誰かが、またあなたが、おいしさを求めて作り上げてきた結晶・一つの文化といってもいいだろう。
(まさか、そこらの草を食べたひとはいないよね・・・)


その美味しいの世界の裏ではちょっと悲しいことも起きている


これがすべてではないけれど、一部であることは確か。

生産される食糧の三分の一は食べられずに捨てられている
日本ではおにぎり1個分をみんなが捨てている

ってこと。もう有名な話で耳タコすぎて、あまり言いたくないくらいである。だからそのフードロスがやばいってことは今回はそっと置いておくのだけれど、

こんなに捨ててられていて、私はよくわからないのだ。
だって、食べるために生産したはずなのに、そのままごみ箱捨てているって。
現代の人は何のために食べることをなしているのだろう。
ちょっと、食べることにいろいろミニクイ何かが覆いかぶさっているんじゃないの?って。

だからそういうのを全部取っ払って、食べることそのものの原点に帰りたいな、と。

人間らしい感覚、食を楽しむこと、『おいしい』とは何だろう、と調べてみたくなった。


もしかしたら、そこから食品ロス対策も編み出せるかもしれない。そんな期待も少し。

飲食店の方、出張料理人の方など飲食関係の方はもちろん
食を通じたなにか(コミュニティーとか、イベントとか)をしている人にも
何かのヒントになれば嬉しいな~


調べ方は以下の通り。


①2/9開催した料理イベントみんなのキッチンの参加フォーム
みんなのキッチンについては→


②私のツイッターで呼びかけ

の二通り。

まず自分でも考えた。
おいしいって何だろう。

なんでしょうね。


高級フレンチ?
お母さんの肉じゃが?
ドライブ中のコンビニ唐揚げ?
みんなで食べるたこやき?

全部美味しいのは確かなのだけれど、なぜだろうとは考えたことはなかった。

ってことで聞いた。

あなたにとって、美味しい!と感じるときはなぜ美味しい!と感じると思いますか?


結果


約60人から頂いたご意見をまとめてみた。

私なりにカテゴライズ。
カテゴリーは4つ、とその他。

①五感のおいしさ
②生理的要因のおいしさ
③共有型おいしさ
④愛着誘発型おいしさ



①五感のおいしさ

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感覚的においしい、と感じるおいしさ。

★食感
★好きな食べ物
★香り
★味、五味のバランス
★味付けに余計なものが入っていない
★盛り付けの美しさ・見た目
★音
★適切な温度

例)彩がいいサラダ、鉄板の上でジュ~!とはねるアツアツソース


②生理的要因のおいしさ

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体が、脳みそが、自然に求めているもの
くうぅぅ~しみわたる~~ってやつ。

★空腹時
★健康な時
★何かを頑張ったあと
★季節性

例)
大事な行事・プレゼン・納期・テストを頑張ったあとのご飯やビール
寒い冬の焼き芋、こたつでみかん、旬のものは栄養価も旨味も高い
温泉のあとのコーヒー牛乳


③共有型おいしさ

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伝染する美味しさ。

★誰かと一緒に食べている、その相手が美味しいというから
★みんなで食べるから共感・共有
★特別な人と食べている
★心が満ち足りているとき

例)たこ焼きパーティー、バーベキュー、お花見しながら

これが一番回答多かった。


④愛着誘発型おいしさ

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それに誘発されて愛着がでてくることで一層に感じる美味しさ。

★作る人の熱意・こだわりを感じるとき
★自分が作ったとき
★食の文脈(過程・ストーリー)を知ったうえで食べた時
★限定的な体験
★場所の雰囲気がよい
★おいしいと話題・定評があると、予め知っているとき(思い込みも含む)
★どのようなおいしさか、予め誰かから手ほどきを受けて頂いた時

例)
自分たちでつくる鉄板のお好み焼き。
店主が現地を歩いて選び抜いた○○をたっぷり使用、
〇時間も煮込んだ~、
10年間パリの三ツ星レストランで修行したシェフの作る~
無農薬野菜

その他

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★一人で自分好みの味を誰にも邪魔されなく食べているとき

★想像以上の味だった時
★おふくろの味と似てる時





美味しいの定義はあなたにある

いろんな美味しいがあった。私の想像よりはるかに多かった。

ここから言えることは、絶対的『美味しい味』はないこと。
個人の感覚、経験、その場の状況や環境・・・それらによって変化する。あなたがいないと、美味しいも存在しない。

また、美味しいの範囲をもっと大きくすることも可能ことを知れた。
美味しくないと思っていたものは他の人にとっては美味しい物だったり、組み合わせを変えたりすることで絶品になったり、一緒に食べることで美味しく感じられたり。
決めつけることはできないものであると。

この、様々な要因の美味しさをうまく組み合わせて、人間は新たな文化を創造したり、文化を時代に合わせながら継承したりしてきたのでしょう。


で、私はフードロスに関して何か行動したいな~と思っている人間なので
私がここから得られたヒントは以下。




どうでしょう。あなたの持つ背景から得られたヒント、もしあればぜひ共有してください。
新しい飲食のツールが生まれたり、昆虫食や完全食などがでてきたり、ロボットが料理するようになったりいろんな変化はあるけれど、食べることはずっと続ける。
未来の食の美味しい会議、いたしましょう。

そして、回答してくださった皆さま、ありがとうございました。

美味しいへの探求は続く。


ぼなぺてぃ。

Mayu


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