見出し画像

Adventurous

街を歩いていて道の脇に止められたバイクに出会うと、フィリピンのとある島でバイクに乗せてもらった日のことを、そして、ライダー以外なかなか知りえないだろう、あのマフラーの熱さを、鮮明に思い出します。


「ハバルハバル」と呼ばれるバイクタクシーは、フィリピンの日常的な交通手段でした。ただ「タクシー」と言っても実態は普通のバイク。運転手のおじちゃんの背につかまって、目的地までびゅーんと連れて行ってもらう、それだけのシンプルなトランスポーテーションでした。

特に思い出深いのは、休暇で訪れたカミギン島という離島でのひととき。山奥に隠れる、知る人ぞ知る観光地、カティバワサンフォール、という滝まで連れて行ってもらった時のことです。

徒歩では到底行けない距離と高低差を、ハバルハバルに乗って超えていく。森を抜け、風を切っていくあの瞬間は、日本ではきっと味わえない爽快感に満ちていました。(映画見たことないけど)ジュラシックパークかのような空間を独り占め(正確には運転手のおじちゃんと二人占め)して駆け抜けていく時、うっとりするほどの高揚感を味わえたものです。「これまで日本で出会ってきた『マイナスイオン』って嘘だったんじゃないか」そんな傲慢なことを思ってしまうほどに。


しかし、ちょっと苦い思い出もあるんです。

あれは何かの帰り、ハバルハバルで、泊まっていたホテルまで連れて行ってもらっていた日のことでした。同乗していた現地の友だちと、風の音がうるさい中でおしゃべりしていた気がします。

慣れたつもりでいたバイク。私は降り際に油断して、ふくらはぎがマフラーに触れてしまったんです。

そもそもバイクに乗らなければ知らない人も多いだろう、後方の排気口を覆っている金属製のパイプがマフラーです。見れば「あ〜これね」となると思うのですが、当時の私も同様に無知で、もちろんその猛烈な熱さも知らなくて、触れた瞬間は激しい痛みを感じつつも、半分は「何が起きたのか分からない」というのが本音でした。

ホテルに戻っても痛みは引かず、氷も手に入らずで、じんじんと痛む足をどうしようかと思い悩んだ結果、ホテルに備え付けられていたプールで冷やそう、という考えに至りました。スカートの裾を上げて、友だちとふたり、夜のプールに足だけ浸けて。適温すぎる水がやけどの治療になるのかも分からないけど、とりあえず「やらないよりマシ」精神で。

足は痛むし、油断した自分が恥ずかしいし、しっかりブルーな気分だったのですが、プールサイドのライトに照らされて写真なんか撮っていたら、だんだんおかしく思えてきました。去年まで名前も知らなかった島で、19歳の夏に、バイクで調子に乗ってやけどした末に、プールではしゃいでいることに。


あれから4年近く経っても、文字通り、焼けるようなあの痛みは思い出せるものです。もちろん、おじちゃんの背で見た山の中の情景も、経験したことのないスピードで風を切っていく心地よさも。

とはいえ日本に帰ってからも、国内の知らない土地に赴く機会は結構ありました。今年のはじめには弾丸で一人旅なんかもしてみたり。その度に、土地勘の無い場所を開拓していく楽しさや興奮を味わうし、その土地にしかない景色や香りや味に魅了されます。

でもやっぱり、時に痛みも伴った、あの冒険の日々が恋しくなるんです。あの国、あの島での日々は、この日常の延長線上にはなくて。ひたすら眩しい時間だったなと、あの島の陽光や、あの夜のプールサイドの明かりを、懐古してしまうのです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?