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迷っている時は「私、迷っているんだなあ」と思うだけでいい

現在ボストンのビジネススクールに留学中の知人(その界隈のビジネススクールは全授業夏までオンラインにすることが決まったそう)が、キャリアについての授業をとっており、その一環でインタビューをしたいということで、Zoomで一時間ほど、私のこれまでの軌跡というか迷走についてお話させていただきました。

国際関係の大学院を修了後「安全保障の研究者になって日本にシンクタンクを作る」という頭でっかちにつくりあげた自分のキャリアプランががしゃがしゃと壊れ一度人生をリセットし、そこから何年もかけて、たくさんの人、アート、いけばなの力を借りながら、自分が何者かということを腹落ちしていくようになっていった、という話は、自分の記憶に深く濃く刻まれているため、これまで講演やインタビューでもよくしていました。

頭だけで突っ走ってきた(そしてそれがうまくいっていた)人生がそこで終わり、そこからはもっと心、さらに身体の声を聞くようになっていった、と。

でも、知人と話しながらふと思い出したのが、20代最後ぐらいの頃のこと。

留学後に「心の声を聞くため、1年何もしない!」と宣言してぶらぶら日々を過ごしていたものの、無職であること、社会に何も貢献していないことに精神的に耐えられなくなり、どこかで働こうと思うようになり、たまたまご縁があったのがハーバード・ビジネス・スクール(HBS)でした。

落ち着いたおだやかな、でも理念のしっかりした職場。仕事も自分とぴったり合い、上司との相性もよく、ボストンも東京も世界の同僚もナイスで頭のよい人たちで人間関係のストレスゼロ。日々そこで働くことで心がだんだんと落ち着いていきました。でも、振り返ると、求められていることをちゃんとやっているレベルで、自分だからこそのユニークな仕事をHBSでもできていないし、HBSの外での個人としての仕事やプロジェクトも始まっていない頃でした。

だから何か仕事以外のことをやっていないと不安だったのか、勤務後に毎晩何らかのパーティーやごはんに行ったり。本当は疲れているしそんなに楽しんでいるわけでもないのに声がかかれば行く、行くとそれなりに場を盛り上げるのでまた誘われ...ということをしていました。あれ、何もしないとか言っていたの、どうしたの、みたいな。

そして、あと少しで30歳という頃、プライベートで(人生何度目かの)ずたぼろになりました。

キャリアという意味でも自分は中途半端だと感じていました。HBSは間違いなくすばらしい職場でした。でもボストンにいればスタッフ部門もしっかりとキャリアアップの仕組みがありましたが、当時世界6カ国ぐらいに広がっていたグローバルのスタッフに関してはまだあまり仕組みが整っておらず、各地域のセンターのトップは基本外から実績ある人を連れてくる、ということやっていました。すでに働いているスタッフが生え抜きでトップになるということは少なくとも当時はなかった。そこにいてもキャリアの先はあまり見えなかったのです。

あと、やはり大学院なので、教授が一番えらく、スタッフはその教授たちそして学生たちのために働くというのがミッションです。自分は博士も持っていないしどことなくセカンドクラスだなあという感じはありました。(HBSの教授は頭脳はもちろん人格的にも素晴らしい方ばかりなので、実際のやり取りでそんなことを感じさせる人はいなかったのですが。)

プライベートも先が見えず、キャリアも今は楽しいけれど先が見えず、それで30歳になってしまうなんて、私どうしよう。

そんな時、エグゼクティブサーチ(ヘッドハンティング)の会社から連絡があり、やり取りしているうちに、「あなたはこの仕事に向いてそうだから、他の仕事ではなくむしろうちに来ませんか?」という話になっていきました。

その会社は日本支社長が女性で、私と同じ年ぐらいの女性のコンサルタントも大活躍していました。そして確かに、人と人とつなげる、仕事・プロジェクトと人をつなげる、ということは、自然とやってきている人生ではありました。

そうか、その会社にいけば、自分のスキルもいかせて、もしかしていつかは「日本支社長」とかなれちゃうかもしれない!

と、また頭でっかちに、わかりやすいキャリアプランを組み立てて、そこに行く気になってしまっていました。しかも、本当にそれをやってみたいから、ではなく、人生の先が見えないという不安を解消したい、なんとか人生にわかりやすさを入れたいという理由で。それが違うことを痛みを伴って学んでいたはずなのに。

たまたまその時期に、ボストンへ出張する機会がありました。その帰り道、飛行機で、友人から勧められて借りていたピーター・センゲらが著者の「出現する未来」を読みました。

ピーター・センゲは、組織学習・社会変革の研究者で、「組織・まわりを変えるにはまず自分が変わること。そしてそのためには自分の奥底に入っていて真の自分を言葉を超えて理解する、感じる。そうすると自ずと未来が目の前に出現する」といったことを提唱したうちの一人です。

詳しい内容は覚えていませんが、この本を読んでいるうちに、はっきりと身体に「地に足がついた」感覚があったのを今でも覚えています。はるか上空にいたにも関わらず。

そしてその感覚とともに、はっとしました。自分がしようとしていた決断がいかに間違っているかを。頭で、不安から、動こうとしていたと。

最近読んだThe Energy Codeという本によると、感謝、愛、受容、喜びといったポジティブな感情はマインドマップを新しくすることを助けるドーパミンやエンドルフィン、古いマインドマップを解体することを助けるオキシトシンを出す一方、怖れなどのネガティブな感情は神経システムと遺伝子発現を閉ざすため、自分が持つ最も原始的なマインドマップしか残らなくなる、ということが科学的に証明されているそうです。

まさにこれが起きた訳です。「頭でっかちに自分の人生を考えて、そこに無理矢理合わせようとする」という私の古いマインドマップが、「30歳になるのにキャリアもプライベートも先が見えない!」という不安で、戻ってきた。

自分は変わったつもりでいても、不安や怖れがあると、昔の思考パターンが顔を出してくる。人は変われる、でもそれは簡単なことじゃない、というのを身を以て実感した経験でした。

幸い本からの気づきのおかげでその会社には転職せず(もし行っていたらパフォーマンスも低かったでしょう)、そのままHBSで働き続けるうちに、仕事の質も変わっていって、自然と独立する流れになっていきました。長い時間をかけて。

30年近く頭主導で走っていたのだから、そんな簡単に心の声も聞こえないし自分が誰かもわからないのは当然なのに。そして自分が何者か、何がやりたいか、なんて、世界も自分も変わり続ける中で、固定されたこれ!というものがあるわけでもないのに。ね。

当時の自分に伝えるとしたら、「『私、迷っているんだなあ』と思うだけでいよ」ということです。自分は迷っているということを受け入れる、それだけでいい。

そうすれば、迷いからの不安を打ち消すために安易なわかりやすい答えに飛びつくことなく、迷いをしっかり熟成できる。その先に、自分の想像を超えた、これまでの延長線上ではない道が拓けるかもしれない。

拓けなくたって、迷いながら道を歩くことそのものが、本来尊いこと。

人生、何をやりたいか、何をしていくのか、わからなくなったら、「私、迷っているんだなあ」でよし、です。


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