エッセイ『とらやの羊羹』
ときどき無性に餡子が食べたくなる。
小豆特有の、濃くも穏やかなあの甘さを、口いっぱいに味わいたくなるときがある。
餡子を使った和菓子ならそれはたくさんあるのだけれど、なかでも羊羹は少量でそれを満喫するのにもってこいの和菓子である。遠目、夜闇を思わせる艶やかなその練り物は、よく見ると澄んだ小豆色で、口に入れれば表面のつるんとした舌触りのその奥に、濃厚でなめらかな餡子のおいしさが詰まっている。
羊羹のブランドはさまざまにあるけれど、なかでも「とらや」の羊羹は定番中の定番で、そしてやはり、格式の高さが感じられる。老舗ならではの歴史がそう思わせるのもあるのかもしれないし、自分の両親が親戚等への贈り物としてとらやの羊羹を選ぶことがたびたびあったからかもしれない。仮に、その送り先の相手が食にあまり興味のない人であっても、とらやの羊羹と聞けば、なんとなく上等なものを受け取ったと喜んでもらえそうな気がする。そんな期待も込めて、たぶん、両親は誰かへの心を込めた贈り物としてそれを選んでいたのだろうと思う。もちろん、そのおいしさは確認済みでの話だ。
というわけで、自分も無性に餡子を食べたいとき、ことに羊羹を食べたいときには、とらやの羊羹を自分から自分への贈り物として購入することがある。ちょっとしたご褒美感もあって嬉しいし、小形羊羹であれば手頃で、一人で食べきるのにもちょうど良いサイズだからだ。
ちなみに、とらやの小形羊羹は基本的に五種類(小倉、抹茶入、黒砂糖入、紅茶入、蜂蜜入)あるが、なかでも定番の小倉羊羹の「夜の梅」という菓銘が美しい。切り口の小豆を夜闇に咲く梅に見立ててつけられたというが、そんな情景を胸に浮かべてみれば、しぜんと姿勢を正し、品良く、ゆっくり味わいたいと思ってしまう。そして梅の香りを感じるように、小豆の風味をじっくり感じてみようと思うのだ。
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