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4つのスートのエース

今日はワンド・カップ・ソード・ディスク(ペンタクル)のエースの世界観について。
全ては生命の樹が根幹にある。

生命の樹についてはコチラ↓。


全てのスートのエースは生命の樹の1のセフィラ・ケテルに当てはまる。さらにケテルには西洋占星術の海王星が当てられている。海王星は外惑星であり地球から遠く離れた惑星であり、西洋占星術においても直接個人に影響を与えない。その世代全体や他の惑星との角度をとった時に影響が出てくる。意味合いとしては宇宙のエネルギー、目に見えないエネルギー、土星の枠組みを超えたエネルギーである。まさに地球に届き我々人間に影響を与える宇宙のエネルギーなのだ。

この時点であなたも感じるだろう。ケテル・海王星は圧倒的な宇宙のエネルギーであり、それが一体何であるのかは、具体性がないひどく抽象的なモノである事を。この領域は地球で生きている人間の目には見えない。地球、国、住んでる社会ばかりを重要視する人にとっては、あっても無くても関係ない様な遥か遠くの目に視えない圧倒的な領域である。

全てのスートはこのケテル・海王星の領域の話であるので、具体性のない抽象的な段階である。エースはただ宇宙にそのエネルギーがある、という抽象的な段階であり、それ以上でも以下でもない。可能性が無限大に広がる領域であり、無視してしまえば無かった事になる。故に在るとも言えるし無いとも言える。宇宙のどこかに湧き上がったそのエネルギーをあなたは感じる取る事が出来るだろうか。

ワンドのエース

これから「熱」となり得るエネルギーが宇宙にある状態。情熱や行動に移していく勇気などの能動的な男性性エネルギー。なんとなく湧き上がる火の純粋なエネルギー。トートタロットでは男根のイメージが描かれている。

漠然とした「何かを表現したいのかもしれない」「熱い何かが胸に湧き上がる」という様な抽象的なエネルギー。抽象的すぎて無視すれば無かった事になってしまう。ただそこに熱は湧き出ている。

なかった事にしてしまえるくらい抽象的で、それでいて純粋な神のエネルギー。その炎を消してしまうのか、さらに燃やして行くのか。そんなエネルギー。

カップのエース

これから「愛」になり得るエネルギーが宇宙に在る状態。トートタロットでは聖杯が描かれていてる。清らかで清浄な純粋なエネルギー。受動的な女性性のエネルギー。トートタロットでは女陰と聖杯のイメージご描かれている。宇宙の「愛」は、地球での「愛」と似て非なるモノ。地球では試練と捉えられる様な種類の愛もあるかもしれない。

傷つき嘆き悲しみ、諦めた時にもたらされる天上の一滴。清浄で純粋な「愛」に、虚勢を張らなくても、見栄を張らなくても、頑張らなくても、そのままでいいと癒される。己の中の聖杯が清浄な水で溢れるイメージ。純粋な愛のエネルギー。

神から差し出されたその愛を受け取るか受け取らないか。

ソードのエース

ソードの次元はワンドやカップより下の次元となる。なので、ソードの4の様な一見穏やかなエネルギーでも、カップの7や10の方が次元が高い。理性的、打算的エネルギー。計算したり推測する能力の始まり。ソードのエースは正常で純粋な意志の始まりを意味する。ここに打算や捻れた思考の次元の低さはない。トートタロットに描かれているのは魔法の剣であり何かを形にしていく意志の剣。

打算や忖度のない純粋なエネルギーは女司祭のパスを通ってティファレトへと到達して直感となり、物事を成していく強い力となる。思考や言語化などを意味するソードでは、ワンドやカップよりも具体性が増す。

神から与えられた思考という至高のエネルギー。それをどう使うのか、もしくは使わないのか、それは自分次第だ。

ディスク・ペンタクルのエース

これから物質化する種を包容したエネルギー。体験や実感の始まり。抽象的な段階で具体性はない。ただリーディングの対象となっている事柄のエネルギーが、物質化の種を包容している、というエネルギー。これから種を植えて育む行程がないと育たない。種を見つけて行動するのか、もしくは見ないふりをするのかはあなた次第。こちらもワンドやカップと同じ領域のエネルギーではあるが、地のエネルギー自体の次元が低いので具体性が増す。

神は体感と体験、物質化の種を宇宙に用意している。差し出されたそれを受け取るか受け取らないか。それは自身が選ぶ事である。

全てのスートのエースは、6の太陽・ティファレトへと、女司祭のパスで繋がっている。幾千幾万の魂の輪廻で刻まれた、思い込みや物質次元での「差」が生む悲しみや怒りを癒して浄化していくと、このパスを通って、宇宙のエネルギーが太陽に流れ込み、そして輝かせるのだ。

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