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丸い背中

たしか高校2年生のとき、その日は2時間目まで高校で授業を受け、早退し、そのまま都内に向かい、短い仕事をして、夕方には帰りの電車に乗った。
帰宅ラッシュよりも少し前の時間で、電車はとても空いていて、わたしは長椅子のはじっこの席に座り、横にある手すりにもたれて、イヤホンで音楽を聴きながら眠っていた。

衣装合わせの帰りだった。
はじめて出逢う方々と、短いながらに作品についてぐっと思いを込めて話しながら、限られた時間と衣装の中から作品で着るものを手探りで見つけていくその時間は、なんならひとつの現場の中でいちばん緊張し神経を使うくらい、わたしにとってはおおきな仕事だ。
帰るころにはぐったりと疲れていた。
まあ、疲れてなくても、いつでもどこでも眠ってるんだけれど。

だれかに強く肩を叩かれた。終点まで寝てしまったか、と思った。わたしが降りる駅は終点の少し手前の駅で、よく寝過ごしていたから、慣れっこだった。
目を開けると、身長が190㎝はあるんじゃないかという、長身で細身だけど強そうな、真っ黒のスーツとネクタイを身にまとい、なかなか似合う人いないよなという三角形の尖った真っ黒なサングラスをかけた男の人が、わたしに向かってなにか叫んでる。
イヤホンを外すと、
「降りて!次の駅で降りなさい!!」
と大声でわたしに言う。
この人やばい人かも!と思って車内を見回す。みんな目を逸らして助けてくれそうな気配はない。てことは、この人がやばい人なんじゃなくて、わたしがなにかやばいことをしたのか?もう一度サングラスをかけた男性をみると、背の低い丸い眼鏡をかけた、身体を極限まで丸めて顔を隠すようにしている男の人の首根っこをつかんでいる。きっとこの眼鏡をかけた男の人がやばいことをした人だ。

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ひそひそ話

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