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風香のののの

                  藤椿まよね


 「のののの乗せて、・・・もらえない・・・ででしょうか、そそその後ろのいいいイスに座るとこに・・・わわわたしをを」

 そんな勇気をいったいどこから借りてきたのやら、風香はしかし意思を相手に伝えた。断られればそれであきらめてわんわん泣けばいい。もし、いいよと言われてしまった方がえらい騒ぎなのだ。

 ん?わかっている、中三なんだから。小さな子どものころから、知らない人の車に乗ってはいけません、そう教えられて育ってきたし、女子へのいわれなき嫌がらせにも遭ってきた。痴漢や付きまといは年中だし、デートレイプや近親者による性虐待、という問題も教わった。

 けどね、知らないひとのバイク、だし、クルマじゃないし。いや、屁理屈だし。

 ライダーのヒトはヘルメットの奥、目を風香に向けた。

 風香には、その表情が読めない。何歳くらいのひとなんだろう。どんなひとなんだろう。別に、少女マンガじゃねんだから素敵なひとじゃなくていい、だって、出会いたいわけじゃないの、逆ナンしてるわけじゃないの。

 ただ、オートバイに乗ってみたいの。それも、彼氏の背中にしがみついて、とかじゃないんだ。そんなんどーでもいい。

 ただ、オートバイに乗ってみたいの。楽器でもないのに澄んだきれいな管楽器みたいな音を奏でる毎日のように同じ音階を奏でる、この、魔法みたいなひらひらした地をすべってゆくふわっとひらっと舞うようにキラキラ光って交差点を曲がっていく、この不思議なものに乗ってみたいの。

 ブルーのきれいなボディに蛍光イエローのラインが入った、澄んだ高温で力強く駆け抜けてゆくこの不思議なものに。

 「そんなカッコじゃ、ダメだろ」

 おお!返事してくれた。「じゃじゃジャージ、ジャージありあります…着替えます」そう言われそうなことくらい、わかってるよ、どれだけの日々、この日を妄想してきたと思ってんの。

 風香を上から下まで眺めると、彼は言った。

 「いいよ。その辺ひと回りしてやるよ」うし!ガッツ!ガッツポーズ!

「あああありがと」ぴょこっとお辞儀したら、すぐにコンビニにダッシュしかけて、風香は振り返った。「にに逃げちゃだだめですよ」

 ライダーの男性が笑ったのが、風香にもわかった。



 そもそもどこから、言えばいいのかな?

 やっぱり、このどもり、吃音障害からかな?しかも風香は舌が短いせいで活舌も悪いのだ。このせいでいじめられたことかな?

 気づいたら、どもっていた。そして、言葉の教室とか通ったけど治りはしなかった。けど、幼馴染みの親友、あいにゃんが一緒にどもってくれたんだ。しゃべれんのに真似すんな厭だ馬鹿にすんな、と思った頃もあったけど、あいにゃん本気で一緒にいじめられるつもりだったんだ。

 「シンは眼鏡かけてるじゃん。テルは足にやけどの跡があるじゃん。キッチは関西弁じゃん。イチは背が一番高くて、ドーモは一番重い。ショーコはクオータだから髪の毛銀色ぽいじゃん。チャコは色が白くて、テッペイは色黒いじゃん。メグは帰国だから少し英語しゃべれんじゃん。フーカはちょっと言葉が出ないでどもるじゃん。たろーはそもそもほとんどしゃべんないじゃん。ムウは逆上がりがうまくて、トウは足が速くて、モッタは水泳が速い。ミーコは学年一番の成績で、ユタはお寺の絵で賞とった。そんだけだよ。笑うなよ。おまえだって人と違うとこあんだろ、みんなちょっとづつちげーんだよ、そんだけだろ?そうじゃん?フーカいじめんなら全員いじめろよ」

 あいにゃん、カッコよかったよ、クラスのみんな、ビビってたもん。

 あいにゃん、今だって親友なんだけど、ふたつ、いいことを風香に教えてくれたんだ。

 ひとつは、「誰もちゃんとしゃべってないよ」

風香はちゃんと話そうとするから、言葉が出なくなっちゃうんだよ。みんな、結構いい加減にしゃべってるって、きちんと話さなくたっていいんだよ。

 もうひとつ。「誰も話を聞いてなんかいないよ」

 風香は、ちゃんと聞いて、ちゃんと理解して、きちんと答えよう、正しく最大限わかってもらおう、なんてよくばるから、言葉が出なくなっちゃうんだよ。みんな、自分がしゃべることだけが大切で、人の話なんて聞いちゃいないって。

 このふたつで、すごく楽に言葉が出るようになった。緊張するとすぐどもるけどね、どうせ誰も聞いてないよ、だからどもっても結構話せるようになった。あいにゃんは吃音は方言だって思ってればいい、そう言ってくれた。

 でもまあ、楽器ならどもらないんじゃない?というわけで、風香はブラスバンドでトランペットをはじめた。あいにゃんはサックス。もとから、ふたりともずっとピアノをやっていて、音楽は好きだったからね。

 そして、部活の帰り道、中三の夏は最後のコンクール目指して猛練習、のあと、自転車で信号待ちをしていたら、あのバイクがやってきたのだ。

 「ふー、うおんうおん、うううおーーんーー」

擬音へたでごめん。言いたいのはさ、音がね、案外澄んだきれいな管楽器系の音で、音階も正しかったんだよ。そして、きらりと光って、ひらり、と倒れるみたいに傾いて、交差点を曲がっていったんだ。

 で、ひとめ惚れひと耳ぼれ。

 そこから、ストーカー人生、交差点で待っていたら、来たの、そのオートバイが。で、通勤か通学かしてるんだ、と思って、次の日は交差点曲がった先で待ってて、次はどこで曲がるんだろうって。そうやって追いかけていって。そして、見つけたの。

 帰宅する前に、コンビニで停まって買い物するのだ。

 途中でググったりしてそのオートバイがスズキGSX-Rだっていうのもわかった。250ccから750、1000とかあるっていうのもね。どれかわかんないけど。

 ただ、コンビニで待ち伏せて乗ってる人を確かめようとか顔見ようとか、そうは思わなかった。

 風香が見とれちゃうのは、交差点を右折してくオートバイの美しい姿と、いつもほとんど変わらない、美しい高音の音色なんだ。

 そしてある日、思いついた。

 風香にも、乗れるかなあ、あれ。そして、あんな風にひらりって、交差点を曲がっていけるかしら。で、あんなふうに上手にきれいな音が出せるかしら。風香、運動神経はいまいちいまに、だしな。

 けど、ちょっと後ろに乗せてもらって、体験してみようかな、と。

 そう思いついたらもうだめで、風香の脳みそそればっか、スカートじゃ駄目だろな、ジャージで勘弁してもらおう、トランペットその間どうしよう、ワイヤーロックでチャリにくくり付けておくか、もし軟派な兄ちゃんでどこぞに連れ込まれてやられそうになったらどうしよう、あきらめるか。バイクって跳び下りれば逃げられるよな、怪我するけど。チャリの通学ヘルメットで大丈夫かな。

 それで、二、三日に一度はコンビニに寄るってわかって、迷ってるヒマない、だってコンクール近いから、って。



 「こここ・こ・このオートバイは、なな750ですか」

「せん。1000だよ」

「ジーエスエックスアールせん。でででですね」風香は自転車用のヘルメットをかぶる。スカートの下にジャージ、通称埴輪ルック、だ。だって、ブラウスの下にいきなりジャージってものごっつカッコ悪い。

「詳しいじゃん、バイク」

 ヘルメットを被っていないそのひとは、やさしそうな眼をした普通のおじさんだった。

 「じゅじゅじゅ準備びでできました」

「チョット聞かせて。なんで乗りたいの、俺の後ろに」いや別にあんたの後ろに乗りたいわけじゃねーよ、とか言えねーし。このオートバイ乗ってみたい、て思っただけだし。

 「ここここの、おーおーおーオートバイが曲がって・・・いくとこ、いいいいつも、み。みみみてみて見ててきれいきききれいいいだなって」

「そっか」

 笑った。細い目。おとーさんくらいの歳かも。

 その人もヘルメットを被ると、「いいよ、乗って」と言うが、どうやって乗るんだこれ。だってね、後ろのイス、リヤシート、すごく高いんだ。ひょいって跨ぐのは到底無理。片足を足かけるとこに載せて、ライダーの肩につかまらせてもらって、よっこいせ、だ。

 ライダーは両足がつくくらい低く座ってるのに、後ろはすごく高い。ただ、ライダーは低く伏せてるから風香は前もよく見えて見晴らしがイイ。半面、イスは小さくって硬いし、ちょっと怖い。

 「片手、俺につかまって片手タンクについて」「こう?こうですか」ライダーは風香の手をぎゅっと掴んで位置を直した。

 「じゃ、いくよ」「はい」「少しだけだよ」

目の前が思った以上に開けていて、気をよくした風香は注文を口にしてみた。厚かましいと思いつつも、言っておかなきゃ後悔する。

「ひひひ、ひひヒラッて・・・ヒラヒラってままま曲がっててて・・・曲がってください、ひひ、ヒラって」

 本当に少しだけだった。角を何回か曲がっただけ、その辺をぐるっと一周、まわってきただけ。

 それで充分、とも満足にはほど遠い、とも言えた。小さなリヤシート、想像以上に高くて見晴らしがよくて、空を飛んでるみたい。ライダーにつかまっていても振り落とされそうになりながら、けれど、まるで宙に浮いてるみたいな感覚。体の前にも体のまわりにも何もない。保護するものに包まれてない、身ひとつで宙に浮いてる、やたらと解放された感じ。

 で、曲がるとき、ヒラってなるときは、無重力状態みたいなんだ!

 ブレーキでライダーに落っこちないよう、前についている手で頑張っているといきなり、無重力になる!ふっと、前に引っ張られてた力が弱くなって無重力になって、ひらって、身体の下からバイクがいなくなっちゃう!掴まってるから一緒に倒れて、そしてすぐ、振り落とされるか置いてかれちゃいそうになるぐわーんて、加速。掴まってないと振り落とされちゃう。マンガみたいに空中に置いてかれそう。そのあいだ、ひょっとするとあたしのお尻、シートからずっと浮いてんじゃないかな!

 音はね、交差点の前で、うーうおんうおんうおん、てゆって、んーー、ひらっと倒れてぶおうおうおおーん、ていうんだ。きれいな音。

 「ここ怖かった・・・です、でもでもでもすすす・・・すごかったととととてもとても、っよかっかった、ですぅ」

ニッと、ライダーは笑った。「そりゃよかった」

「ああありがとうとうごございますすすぅ」そして自然と口に出た。「ああああおあのあのこここれ、この、・・・オートバイにわわわ私も、のれる、・・・ようになりますか」

「これに?」噴き出してからライダーはごめん、と言い、「免許は」と尋ねつつまだ笑っている。

「この、ジーエスエックスアールに」そっと、オートバイのSUZUKIの文字に触れた。

「おすすめはしないが、まずは250なら乗れるかな」

 笑いかけて、スマホを取り出す。「ああ、ありがとう、ごごご、ございました。・・・しし、しゃしんいいいですかああ」有無を言わせずスマホを構えた。オートバイとおじさんと風香、自撮りした。あいにゃんにラインで送ってやろう。風香の勇気にびっくりするぞ。

「きみ、名前は?ライン、教えてくれないか」

ああ、このままお別れしていれば、ちょー素敵なオジサマなのに、どうして夢壊すのかな、すぐつきあいたいになるのかな。

「今度は、もう少しちゃんと準備して、遠くへ」風香は首をぶんぶんと振って言葉を遮る。

 ただの、おっさんに成り下がった、風香の悲しみを知れ。

「ちちちちゅ中学生せぃななナンパしたら、ははは犯罪ですよ?それに、おおおんなは欲しいもの手にっ手に入れたらもう、・・・ドライなもんですって」

 風香は笑いかけ、オートバイを指でつつく。笑顔。満面の笑顔を作る。

「おおおおっさんには、ききききょきょ興味、ねねねーよ、ぼぼぼぼけ」

 どもりがひどくなってきたので、風香は口をつぐみ、止めてある自転車からトランペットをとって、おっさんに向き直って笑顔を作る。

「じじじじじゃあああ、ね!あありがと!」

 ずるいよなぁ、女は。

 でもなんだかとても、うれしくて風香は大好きな歌を歌いながら自転車をこいだ。



                   終


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