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藪から棒に文学論 おかしみ論2

「ま、失敬なのはお互い様さ‥ 閑話休題。僕が君に聞きたかったのはだね、ある詩のよさがサッパリわからないんだ。マックス・ジャコブの『ナポリの女乞食』だ。これはどこがおもしろいんだい」


        ナポリの女乞食      

 ナポリに住んでゐた時のこと、私の住居(すまひ)の入口に一人の女乞食がゐた、毎日私は外出の馬車に乘る前に、かの女に小錢を投げてやつた。 或る日、かつて一度も感謝の言葉を耳にしないのを不思議に思つて、私は女乞食を眺めた。 
 さて眺めると私は其處に知つた、自分が女乞食と見まちがつてゐたのは、半分くされかけたバナナと赤土の入れてある緑色に塗つた木箱だと。


「はっはっは、笑っちまうよね、この詩」
「お笑いなのかい。おかしいといえば、おかしいね。どっかの落語家が一席ぶってそうなネタだね」
「ううん、そういうおかしさとは違うけどね」
「じゃ、どういうおかしさなんだい」
おかしさってのは文学の一主題さ。大事なことだよ。西脇順三郎だって、そう言っているし、ね」
「だから、どういうおかしさなんだい」

(引用の詩には現代的ではない表現もありますが、作者(ここでは訳者の堀口大学)の意向を尊重して、そのまま記します)


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