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事物は生成すると成長しては衰退し消滅する

無常とは「事物は生成し変化し消滅する」という在り方をいう。そして変化には「成長と衰退」があるので、先ほどの言葉を言い換えるならば、「事物は生成すると成長しては衰退し消滅する」となる。生成と成長に着目するのが儒家であり、衰退と消滅に力点を置くのが仏家である。いずれのみでも偏りそうである。

無常は普遍的現象である。この世には無常ならざるものなんぞないのである。ゆえに、無常の観念は古今東西を問わずに多くの思想家の脳裏を過ぎるものであり、また多くの著述に書かれていることでもある。我が国でいえば、「方丈記」や「平家物語」それに「徒然草」がそうであり、西洋の思想書でいえば、例えばマルクス・アウレリウスの「自省録」がそうである。「ゆく河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず」で始まる「方丈記」は、滅びに力点を置く無常を描く。作者はそこに美を見出していて、だからこの無常描写は文学作品となる。これは「審美的無常観」である。

「祇園精舎の鐘の声、諸行事の響きあり」からの「平家物語」も無常の文学だ。しかし「おごれる人も久しからず」とあるので、この作品は審美的であると同時に倫理的でもある。無常描写を通して「人間は驕ってはならぬ」という倫理的メッセージを伝えるから。平家物語は審美的かつ倫理的無常観なのだ。

「平家物語」の「おごれる人も久しからず」について。これを「もし驕るならば短命に終わるから、驕ってはいけないよ」とすれば倫理的メッセージとなる。しかし字義的に「驕っている人さえもつかのまの人生なんだよ」と捉えれば、必ずしも倫理的メッセージとは言えぬ。ひとまず両解釈が可能とするが。

「徒然草」には無常を審美的にも倫理的にも評価する。7段の「あだし野の露きゆる時なく、鳥辺山の煙立ち去らでのみ住み果つるならひならば、いかにもののあはれもなからん。世はさだめなきこそ、いみじけれ」の「この世は無常だからこそよい」は、無常の積極的評価かつ審美的無常観であろう。「平家物語」や「方丈記」がただ無常を消極的に捉えて嘆くばかりであるのに対し、かつ無常に美を見出すのに対して、「徒然草」は無常を積極的に捉えて、ここに審美性のみならず倫理性をも見出している。

なお、「平家物語」が「過去に驕った人はみな滅んだから驕るなよ」という倫理的無常観が後ろ向きであれば、「徒然草」の倫理的無常観は「道人は遠く日月を惜しむべからず。ただ今の一念、むなしく過ぐるを惜しむべし」(108段)と説く未来志向なので、前向きである、と言えそうだ。

まとめれば、無常観について「方丈記」は審美的であり、「平家物語」は審美的かつ倫理的であるが、その倫理性は後ろ向きである。「徒然草」の無常観は審美的かつ倫理的であり、その倫理性は前向きである、と。

無常についてさらに考えてみる。無常には「生成・成長・衰退・消滅」の四相があるが、我が国の美意識的無常観では特に衰退と消滅の相に力点を置く。「方丈記」も「平家物語」も然り。対して儒家は生成と成長を重視する。伊藤仁斎なんぞは「天地一大活物、有って静なく、善有って悪なし」と儒家的無常観を披露する(童子問)。同時に「生生して已まざるは、即ち天地の道なり。故に天地の道は生有って死無く聚(しゅう)有って散無し」(語孟字義)とする。ここでは無常における生成並びに成長に視点を当てて、しかも衰退と消滅の二相を軽んずること甚だしいものがある。美意識的無常観と儒家的無常観の対比が鮮明である。

さて、無常観は西洋にも見られる。ここではストア主義者でもあったかのローマ皇帝を見てみよう。マルクス・アウレリウスである。彼の「自省録」(3章1)では、「人生は一日一日と費やされて行き、……次第に少なくなって行く」に始まり、「我々は急がなくてはならない、それは単に時々刻々死に近づくからだけではなく、物事にたいする洞察力や注意力が死ぬ前にすでに働かなくなって来るからである」に終わる。要するに、「人生は短いので(=無常観)、寸暇を惜しめ」と説く。これは倫理的無常観である。無常は我等においては普遍的現象なので、古今東西を問わず現れており、思想家の目に留まるとしても何らおかしな話ではないのである。マルクス・アウレリウスにしても然り。また、同書(7章18)には「変化を恐れる者があるのか。しかし変化なくしてなにが生じえようぞ。宇宙の自然にとってこれよりも愛すべく親しみ深いものがあろうか。君自身だって、木がある変化を経なかったならば、熱い湯にひとつはいれるだろうか」とある。物事には変化即ち無常があるから人間に役立つのだ。これは無常の肯定的側面を人間にとっての利便性という点で捉えている。美意識でなく利便性だとしても、無常を積極的に評価しているので、その意味では兼好法師と同じ立場に立つ。事物は無常だからこそよいのである。

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