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藪から棒に文学論 おかしみ論3

おかしみは人間存在の根源さ。対象なり自分なりを持ち上げて、それから落とす。そこに生じる感情がおかしみ、さ。寂しさにちょっとした滑稽味をまぶしたものさ。」
持ち上げて落とす、のかい」
「そうだね。それが自分の人生に深いかかわりを持つんだったら、おかしみじゃすまない。深刻な喪失感を抱くだろうね」
「喪失感、かい」
「そうさ。でも、自分の人生にさほど影響を及ぼさないような、実に些細なことだったら、さほどの失望感も喪失感もない。でも、何かが失われたという微小なる感覚は残る」
「ちょっと抽象的だね。何か具体例はないのかい」
「バレンタインデーに君がチョコをもらったとしよう。あ、あくまで空想だからね、安心したまえ」
「どういうことだい、僕だってチョコの一つや二つ、経験があるさ」
「母親と妹からだろう」
「よく覚えているね、高校の頃の話だというのに」
「僕らは男子校にいたのだから、もしチョコをもらっていたら、また別な妄想に走ることになるね」
「ないだい、その妄想って‥ ま、聞かないでおこう」
「とにかく、君は下駄箱にうら若き美少女からのチョコを発見したとしよう。浮かれて自宅に持って帰ってくるんだ」
「だろうね」
「部屋に入ってカギをかける。そしてようやくチョコを包みから取り出す」
「ふんふん」
「ところが、入っているのは不気味な形をした、どうみたってチョコとは呼べないような手作りの代物さ」
「うれしいじゃないか」
「しかもドロドロに溶けかかっている。君が慌てて口に含むと‥」
「口に含むと‥ どうだってんだい」
「チョコとはまったくもって思えないような、しかもきわめて不味い味がする」
「ううん‥」
「納豆とケーキとナマズの尻尾とサルの毛とクモの脚の混じった味がするんだ」
「なんだい、そりゃ。想像を絶するね」
「しかもそこには手紙が入っている」
「口直しだね」
「ところがどっこい、宛名が君じゃなくて僕になっている」
「どういうことだい」
「つまり、くだんの美少女は僕にあげるチョコをつい間違って君の下駄箱に入れてしまったのさ」
「そりゃあ残念だ」
「僕も残念さ。僕のような知性と美形のカタマリが、なんだって君のような醜男と間違えられるのか‥」
「おいおい」
「‥ さて、君はどんな感情を抱くかい」

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