テレワーク時代どう働いていくべきか②

前編では、テレワークのメリットについて、一般的な視点で考えてみましたが、本編ではデメリットについて考えてみます。

ちまたでは、テレワークのデメリットとして、出社の時と比べコミュニケーションが取りにくいということや、マネージャーが部下を評価しにくいということがよく聞かれます。また、それに対して、チャットツールなどを使いこなせばコミュニケーションはできるし、使えない中高年の努力不足だといった論調や、評価についても、業務のアウトプットで評価できないから、業務態度などという抽象的な基準で評価してるマネージャー能力の方が問題だという論調をよく見かけますが、果たしてそうなのでしょうか。

私は、それだけでは無いと思ってます。

そもそも会社の中でテレワークが馴染む職種・部署と馴染まない職種・部署があり、どの職種・部署で仕事をしているかでテレワークができる・できないの格差ができてきます。一括して採用することが多い日本の企業において、採用後の配属でそのような格差が出ることは、好まれないのではないでしょうか。
また前編でも触れましたが、テレワークのメリットを会社と従業員がともに享受できるのは、組織や会社に「能力を必要とされている従業員」であることが前提であると思ってます。
一般的に組織や会社は、2:8の原理、あるいはナッシュ均衡と呼ばれる、2割のハイパフォーマーと8割のミドル〜ローパフォーマーに収斂するといわれており、その8割もハイパフォーマーに引っ張られて仕事をする6割と、組織の足を引っ張る2割に分かれると言われてます。
仮にテレワークが部分的に認められた場合、ハイパフォーマーは、制約無く認められ、ミドルパフォーマーは、会社それぞれの都合で認められる、あるいは認められ無いといった、マダラ模様となり、ローパフォーマーは、認められ無いなどといった、テレワークを用いた組織内格差や差別といったことが起こるのでは無いかと思います。

このように、テレワークは新たな処遇格差を生むツールになり得る問題をはらんでいると思います。

また、今回のコロナ起因のテレワークについては、そもそも出社ベースで廻っていた組織をそのままITツールを用いて分散化しただけのモノであり、元々その組織は出社ベースで各々の従業員の経験やスキルを見極め、役割分担されております。組織の役割分担は、経験・スキルだけでは無く、その人となり、パーソナリティなども判断に用いられており、現組織のテレワークは可能でも、将来の組織をつくる判断基準が明確になっていない問題があります。
若い人ほど、仕事の一部分を切り出した作業を仕事としており、マネージャーが部下ひとり一人の能力を見極め、適切な仕事量やプロセスに切り出して与えれば、それなりに仕事は廻り、テレワークが、自分に与えられた業務を着実にこなせれば、他の煩わしいコミュニケーションから解放され、心地よい仕事の環境に感じることだと思います。
一方で皆さんは、廻りの先輩や上司が抱えている仕事上のトラブルや課題を横目で見て、解決の手法を学んだりしながら、いざ同じような問題を抱えた時に、その情報が役に立って無事解決できたような経験をお持ちでは無いでしょうか?
これは出社型の働き方だからこそできた話であり、テレワーク中心の職場で、トラブルや課題をチャットツールで部署内で共有し、チャットを見て、同じような情報の濃度で共有できるのでしょうか。ヒトはトラブルなどのネガティブな事ほど、内々にしておきたい感情が芽生えるものです。おそらく直接のメッセージのやり取りや、それこそ緊急性が有れば、電話の通話で処理してしまうものなのでしょうね。
また、部署内で誰がやるのか決まっていない仕事があって、「それ、私がやりましょうか?」「それ、私にやらせてください!」という流れで、仕事の割り振りが決定するケース。
若い人が、自分の能力を超えてチャレンジするきっかけとなり、その仕事を通じてスキルが上がったり、組織内での立ち位置ができ上がっていったり俗に言う「空気感」の醸成のような瞬間ですよね。
このように、従来は積極的に成長を志向する若い人が使っていた手法が、使いにくくなり、仕事を通じた成長のチャンスや機会が圧倒的に減ることが、デメリットになると思います。

日本の雇用制度は職能給制度といわれ、組織での経験の時間が有形・無形の職能の蓄積につながり、その職能に応じて組織のポストが割り付けられるというものです。
一方、アメリカは、職務給制度と言われ組織のポストと必要な職能が事前に定義化されており、その職能と求められるアウトプットのコミットメントに基づいて、従業員はポストを得るというもので、上位ポストへの昇進は、ポストが空くことが前提で、且つそのポストに必要な職能を持っていると認められ、そのポストが求められるアウトプットにコミットメントしないとできません。
そのため、他社のポストが空いたら、すぐに転職してより高いポストを目指すことが、社会全体で共通認識となっており、職能が認められなかったり、アウトプットが、求められるレベルに達してなければ、簡単に解雇されます。また、解雇・転職が普通である社会ですので、業績が悪化するといとも簡単に解雇されます。
(職務給制度は解雇が容易な制度だと言っているのでは無く、職務給制度の社会は結果として、解雇が容易な社会になっていると言うことですので、あしからず。)

私はどちらの制度も一長一短があり、どちらが優れているというような考え方を持っている訳ではありませんが、テレワークの導入に親和性の高い制度は、各ポストに必要な職能が明確化されており、評価の対象となるアウトプットも事前に明示されている職務給制度であることは事実だと思います。

日本でも若年層の人口減により、コロナ前までは空前の売り手市場と言われてましたが、若い人達にわかりやすく、ウケの良い職務給制度への転換を大企業では真剣に検討されており、今後は職務給制度とセットで、テレワークを積極的に取り入れる企業も出てくるかも知れませんね。
ただ、今回のコロナの業績低迷・将来不安の中で、雇用を維持するためのツールとしてテレワークが活用され、アメリカで雇用者がどんどん解雇されて社会問題化していることは、皮肉な事実だと思います。

テレワークのデメリットは、職能給制度(職能資格制度)という日本個有の雇用制度とは親和性が低く、雇用制度の見直しや、新しいテレワークの在り方を見出す必要があると思われます。
コロナ禍の下で、たくさんの職場で緊急的に導入されたテレワークですが、そもそも出社体制を採ってきて長い年月をかけてできた組織をリモート化しただけである事を認識して、一度辞めて考え直すにしても、継続しながら調整していくにしても、冷静に考える必要があるのでは無いでしょうか。

続編では、どのように考え直していくべきか、私自身の考え方をまとめてみたいと思います。

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