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あの日あの時あの場所で大野雄大に会えなかったら僕らはいつまでも見知らぬ二人のまま

 推しが金メダリストになった。


 ……と言うとしみじみえらいことであるという実感が湧いてくるのだが、別に「長年見てて応援してた選手が代表に選ばれた」ということではなくて「たまたま代表に選ばれるクラスの選手を好きになった」というのが正しいので、こちらとしてはなんというか、「急にオリンピックに連れてこられた」という感じである。前も言ったが、愛に長さは関係ないということにしたいが実際のところあるよねと思っているので、あまり「推しが金メダル! ドヤ!」はできない。謙虚にいこう。謙虚に。


 そんなオリンピアン大野雄大がマウンドに上がったのは準々決勝アメリカ戦の9回だった。日本のピッチャー陣でまだ投げてないの大野だけなんだな、ラスボスみたいだな、と呑気に思っていたらまさかの9回。本当にラスボスだった。クローザーである。いやこの試合は10回まで行ったので本当のクローザーは栗林さんなのだが「クローザー大野」という響きがレアカッコいいので呼ばせてほしい。


 初球ストライクで2球で追い込んで「いいじゃん!」と思っていたら次いきなりデッドボールで先頭を出してしまい、緊張が走った。しかしその瞬間(あかん!!)って顔した大野はかわいかった。こんなことを言えるのも次のバッター(しかも普段ハマスタを庭とするオースティン)を初球で1-4-3のゲッツーに打ち取って次は三振で見事無失点で終えられたからだ。


 というか、よく考えたらハマスタの大野である。オリンピックという特別な環境のせいで忘れがちだったがここはハマスタである。私が大野を初めて生で見てその雄々しさに惚れた運命の球場である。ハマスタの大野はいいに決まっている。実際の相性や成績は知らない。ただ私の中では「ハマスタの大野」「春はあけぼの」とかに匹敵する輝かしい響きであり、それは何があっても揺るがないだろう。返す返すあの日あの時あのハマスタで大野のピッチングを見ていなければ今こんなことになっていなかったと思うと、「火曜は次の日在宅だから行きやすいし」程度の理由であの日のチケットを取ってよかった。


 ただでさえ日本代表は応援したくなる。その中に「推し」という個人的なベクトルが加わることによって、何が起こるか。欲が出る。


 野球競技が始まる前からずっと、うっすら「大野に金メダル獲ってほしいなぁ」と思っていた。この東京が間違いなく大野が出る最初で最後のオリンピックになる。これを逃したらもうチャンスはない。日本が勝ちを重ねるにつれてこの欲が現実味を帯びていくのはドキドキしたが、同時になかなかキツかった。これでもし、そんなことを考えてはいけないのは分かっているが野球は27個目のアウトを取るまで何が起こるか分からないので万が一、メダルが獲れなかったらどうなってしまうのだろう。そんな恐怖はずっとあった。


 もちろん大野のことだけを考えていたわけではない。私は本当にマジで真剣に、侍ジャパンに金メダルを獲ってほしかった。推しチームや推し選手はいるけれど、それ以前に日本のプロ野球選手が大好きだ。試合中のベンチのムードだったり、点を取った時の喜びようだったり、ヤマヤス広報(いつもありがとうございます!)が載せてくれる写真の仲の良さだったり、見ているだけのこちらにもいいチームなのが伝わってくる。日本球界のスターが集まって、一丸となって金メダル獲得のために挑んでいくこの侍ジャパンが世界最強のチームだということを証明してほしかった。証明できるのだ。スポーツなら。


 例えばエンタメには絶対的な良し悪しを測る基準がない。客観的な評価はあっても、それだけが正しいわけでもない。チャートにかすりもしなくても、視聴率がとてつもなく低くても、「これが自分の中では最高傑作」と思えればいい。


 しかしスポーツには勝敗という絶対的な基準がある。当然負けた方=劣っている方ということでもないが、世界のトップに立つのは勝った者だ。負けたけど素敵だったから金メダルあげましょう、とはならない(あげたいけど)。世界で一番強いチームだと証明したいなら、勝たなければならない。


 その明快さがスポーツのいいところでもあるのだが、野球をさんざん観ているくせに私はこの「勝たなければならない」というプレッシャーにあまりにも弱い。選手ならそんなプレッシャーを自分のプレーで跳ねのけられるのだろうが、ただ観ているだけのこちらにできることは何もない。せいぜい「祈り」とかそんなもんである。徹底的に弱すぎるため、「何メダルでも何位でも私は日本野球を愛してるよ……!」という弱気なスタンスでいた。


 大会直前、稲葉監督は「負けてもいいチームを作る」というようなことを言っていた。オリンピックのトーナメント形式なら、1回負けただけで金メダルへの道が閉ざされることはない。だから負けを恐れて消極的になるのではなく、どんな結果になってもいいから思いっきりやれるようにしようということだった。が、いざ開幕してみるとやっている方はともかく観ているこちらとしては1試合ごとにかかる緊張感が半端ではなく、「お願いだから全部勝って!! 5試合で終わらせて!!」とさっそく情緒不安定になってしまった。しかしまあ、負けを恐れないnot悲壮感チームだったからこそ全勝優勝できたのだろう。「負けてもいいつもりで勝つ」、見事だ。


 こうしてたどり着いた決勝、侍ジャパンは戦い抜いてあの長い表彰台の一番高いところに立った。その時ようやく、「金メダルしか獲ってほしくなかったんだ」と思えた。みんなこれからのシーズンで打つヒット1本、取るアウト1つをこの試合に持ってきさえすれば勝てるから! とよく考えたらわけがわからないことを考えていたのも、試合直前までスポーツニュースを漁って「日本有利」みたいな安心材料を集めようとしていたのも、でも結局やってみないとわからないだろ! 早く始まれ! とそれらを放り出してまた緊張感に襲われていたのも、全部日本に金メダルを獲ってほしかったからだ。今までプロがいくら挑んでも届かなかった金にあと1勝しさえすれば手が届くのだ。東京が終わればまたしばらくチャンスが来ないというのもあるが、私はこの最高のメンツに悲願を果たしてほしかった。最強の88世代(マー君、ギータ先生、坂本さん、大野)がいて、本来なら出られていなかった追いロジン伊藤大海さん&脱帽しまくる栗林さんという強めのルーキー(ルーキー……?)がいて、ベテランもフレッシュマンも遠慮なくがっちりスクラムを組んだこの時しかないチームに。



 その大事なピースのひとつになった大野は、金メダルをハマスタの空に掲げた。それが何を想った行為だったのか、すぐにわかった。彼の気持ちは彼にしか分からない。が、後輩想いで人のために頑張れる大野が、どんな形であれ約束を果たすことができて本当によかったと思う。一番輝く色のメダルは、きっとどこにいても見えたに違いない。



 少なくとも次回のパリでは行われないことが決まっている野球競技を、自国開催で、慣れ親しんだ球場で、最高のハッピーエンドで締めくくってもらった。ハラハラしたし緊張したし酸欠になりかけたけれど、その中に「推し」がいたのは結局なんだかんだで嬉しかった。こんな思いをさせてくれた大野には最大級に、ついでにあの時適当にハマスタのチケットを取った私にはちょっとだけありがとうと言っておきたい。


 侍ジャパン、金メダルおめでとう!

(存在は知ってたけどよく見てみたら好きになってしまったという意味では「夏の日の1993」とかの方が近いのかもしれない。春だったけど。春の日の2021。)

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