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2021年に読んだ本ベスト10(第1位)

[ShortNote:2022.1.8]

第1位 デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場/河野哲

 彼がエベレストで亡くなったというニュースが流れた当時は、「あぁ、あの人か」とうっすら分かるくらいの認識でしたが、その後いろいろなサイトを見てどういう人物だったのか知り、当時よりはわりと詳しくなったところで出版されたのがこの本でした。

 この本では彼を全面的に肯定することも否定することもしない著者の目を通して、100%の善人でも100%の悪人でもない、良くも悪くも普通の人間だった栗城史多の姿を見ることができます。

 私は栗城さんを決して肯定的に見てはいませんが、この本を読むと、栗城さんのことを「本当に山を愛し山に殉じた現代社会では稀な純粋な心を持った青年」と見るのも「山を知らない支援者から金を巻き上げることしか考えていない詐欺師」と見るのも、どちらも正しくはないのだと感じさせられます。彼を批判し、山を舐めるなと憤る人たちがいる一方で、彼のことが本当に好きで可愛がっていた人たちもたくさんいます。人を惹きつける魅力があったのは本当なんだろうと思います。

 人懐っこそうな雰囲気、近所のお兄ちゃんのような親しみやすく爽やかなルックス、「冒険の共有」というキャッチーな企画。山に詳しくない人たちでも共感し応援しやすい「栗城史多」というキャラクターを打ち出したことで彼は人気者になりました。

 しかしその頃からブログのコメント欄などでは登山をしていて栗城さんのやり方に疑問や不信感を表明する人たちと「アンチは栗城さんに嫉妬してるだけ! 山よくわからないけど応援してます!」などと言う熱狂的なファンたちで賛否両論が渦巻いていました。

 「アンチ」の指摘に耳を塞いで「よくわからないけど応援してます」と言っていた人たちは、恐らく栗城史多という人間そのものにはそれほど興味がなくただお手軽に感動させてくれる存在を求めていただけだったのではと思います。彼が落ち目になれば、また感動させてくれる何かを求めて旅立つだけの人たち。推測でしかないので、本当のところはその人たち自身にしかわからないですけどね。

 5回目のエベレスト挑戦(2015年10月)のあたりでは批判も揶揄も擁護も応援も入り乱れて毎回コメントが3桁行くほどついていました。しかし、失敗を重ねていくにつれ、そして悪評が広まり話題性を失っていくにつれコメントは減っていき、2018年5月の亡くなったことを知らせる記事のコメント数はたったの16でした。もちろんコメントせずに見守っていた人もたくさんいるでしょうが、あれほど話題性のあった人のブログとしては寂しい気がします。

 そして、無批判に彼を応援していた人たちが彼のことなど忘れたように次の「感動製造機」に移動し、最期まで彼を見ていたのが苦言を呈していた人たちだったということにもやりきれなさを感じます。結局彼のことをいつまでも記憶し、語り続けたのはこの本の著者のように決して彼のことを手放しで応援してはいなかった人たちでした。また、賛否両論の陰に隠れて、きちんと根拠を挙げて批判している人たちのコメントを読み不安になりながらも栗城さんを静かに応援していた人たちもいました。応援したいけどし続けていいのかわからない、無責任に応援し続けることが逆に栗城さんを追いつめてしまうかもしれない……というように不安を吐露していた人も見かけました。結局はおおよそその通りになってしまったのですが、やはり彼はこのような人たちこそ本当に大切にするべきだったのではないでしょうか。そこに彼の悲しさがあるのかもしれません。

 栗城さんは本当に山が好きだったのでしょうか。彼の昔のブログのアーカイブで読んだ「山は登るものではなく、見上げるものだ。山に来るたびいつもそう思います」という一文に驚いた記憶がありますが、彼が山に持っていたのは愛情ではなく、自分が生きていける場所は山しかないという執着でしかなかったのではないでしょうか。「世界の高峰に挑み続ける自分」を魅せるために山に行っては撤退、行っては撤退を繰り返していた彼は、指を9本失ったという事実や、応援するファンの声やスポンサーの存在に押し上げられていつしか二度と下りることができない見えない山に登らされていたのではないかと思えてなりません。

 ともすれば「死者に鞭打つ」と捉えられてもおかしくないような本を出すこと自体とても勇気がいることでしょうし、栗城さんに密着した経験と丹念な取材を元にできる限り偏りや憶測を取り除いて1人の人生を綴った内容も含めて、今後出てくるかわからない本だと思います。よく読めば、キラキラしたキレイな言葉で彼の死を美化して放置するよりも、彼が本当はどういう人間だったか、何を思って生きていたのかフラットに追求する方がよほど真摯な弔いになるのだということがよくわかります。

 あまり人に本を勧めたくないタイプなのですが、この本だけはおすすめしてみたい。いろんな人に読んでもらって、「この人のことどう思う?」と聞いてみたい。恐らく人によってまったく違う答えが返ってくるでしょう。「よく知らないけど勇気ある挑戦してたのにアンチに叩かれてエベレストで亡くなっちゃったんだよね、かわいそうに」ぐらいの認識で済ませるのはあまりにももったいない。

 栗城史多は間違いなく、「みんなに夢を与える若き冒険家」という本人や周囲が作り上げようとした像よりもっと深く複雑で見る人によって捉え方が違うような人間です。栗城さんに興味がある人にもない人にもおすすめしたい。

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