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石坂金田一シリーズを褒め称える会 #5:病院坂の首縊りの家(1979) 

 最後の事件・病院坂。いつも通りネタバレ全開。

石坂金田一、かわいすぎる(5回目)上に切なすぎる

 もはや開始10分以内で先制パンチを繰り出してこないと石坂金田一じゃないぐらいのところまでいっていますが、今回はパスポート用の写真を撮りに来たということを言い出すのが遅すぎる獄門島ふたたびみたいなシーンを見せてくださいます。進駐軍用の背景がドンッと落ちてきた時にちょっとだけビクッてするの小動物。もう七五三用の背景でいいんじゃないかな。かわいいから。かわいさを繰り出すのは神速でできるのになぜ用件を言うのがこんなに遅い……。

 しかし、いつも通りかわいいことはかわいいのですが、病院坂の金田一さんにはそれプラスどうしようもない切なさがあります。見てて胸が苦しくなるくらい切ない。手毬唄はどっちかというと磯川警部が切なかったけどこっちは金田一さんが一番切ない。それはやはり黙太郎くんが指摘した通り弥生さんの境遇に同情していた、つまり弥生さんのなかに彼自身と通ずるものがあったからでしょう。シリーズの(一応)最終作にして初めて身の上話をぽろっと黙太郎くんにこぼしたのはそういうところがトリガーになったんだと思います。

 加えて彼女の殺人の動機になったものが金や世間体以前に人としての彼女の尊厳を傷つける写真であったことも影響しているのでしょう。なんといってもその写真の扱いに金田一さんの優しさとヒューマニズムがつまっている。乾板を自分しか見ていないことを伝え、等々力警部にも「僕には言えません」と内容を伏せ、最後は密かに持ち出して割ってしまう。何がいいって割る時に乾板を見ないようにしてるんですよね。石坂金田一のそういうところが大好きです。

 終盤、弥生さんと一対一で対決する場面で犬神家での松子との同じ構図を思い出したけど、あの時より追いつめていくような感じはしない。少しずつ慎重に、できるだけ弥生さんの抱えている傷を刺激しないように気をつけながら話を進めていく。

 石坂金田一は決して冷たくはないけれども深入りはしないというか、あくまで部外者であるというスタンスを崩さずにどこかドライに一線を引いているところがあってそこが素敵なのですが、そんな人にこんなシンパシーを示されてしまうとかえって切ない。真相を追及していった先にあったものが数々の悲しいできごととそれに未だに苦しめられている女性の姿だった。しかし金田一さんは物語を終わらせるために来たのだから内心どんなにつらくてもそれを暴かなければならない。その覚悟をもって自らの役割を引き受けている。

 そして役割を果たした金田一さんのラストシーン。坂の上から弥生さんを見送って去っていくあの後ろ姿。もうこれで終わりなんだという寂しさが画面に満ち満ちています。原作の金田一さんはよく事件を解決してしまうと途端に自分の役目は終わりだという気分になりメランコリーに陥ると描写されていますが、この時もそれに似た気持ちだったのかもしれない。もう自分の居場所はここにはない。次の居場所に導かれるまで彼はここではないどこかを彷徨い続けるのだろうと思います。

 と、ここで終わっていたらあまりにもしんみりエンディングすぎるのですが、推理作家(演-横溝正史)宅での本当の本当に最後のシーンで「あの人はペシミストだからなあ」と言う黙太郎くんに妙ちゃんが返した「あの人はそういう格好をするのが好きなんじゃないかしら。本当は楽天家だと思うわ」という言葉にだいぶ救われました。石坂金田一はメランコリーで失踪なんかしないよね!またどこかにポッと現れて経費でうどんおごってくれるよね!ね!!

やたら人気がある黙太郎くん

 まずその前に、石坂さんと草刈さんが11歳離れてる(1941年生まれと1952年生まれ)ことを知ってびっくりしました。知った上で観てもまったくそう見えない。青年っぽい石坂さんと大人っぽい草刈さんの奇跡のマリアージュ。

 そんな黙太郎くん、名前に反して賑やかなそのキャラクターが一貫して重たいこの話に明るさを加えています。それだけじゃなく久しぶりのバディ要素も加えています。磯川警部とのプロ同士のバディとはまた違った味わい。写真館の助手としてはちょっと、いやかなり雑なところがある彼ですが、探偵の助手ならぴったりハマるかもしれない。金田一さんより一足先に「首縊りの家」に侵入して金田一さんをビビらせたり、法眼家と五十嵐家の複雑な系譜をガーッと説明して「はあ、よくわかりません」を引き出したり(?)いろいろやってくれます。

 食室で黙太郎くんがいつもの経費による金田一さんのおごりの食事をいただき始めた瞬間に事件の話をされてしまうのもかわいい。おはるさん現象。これ石坂金田一だから許されるのであって普通の人がやったら嫌がらせですよね。ごめんねうちの金田一さんが空気読めない子で……。

 個人的に黙太郎くんが金田一さんよりでかいのがポイント高かったです。石坂金田一はこれまでたいていの人よりでかかったのですが、ここに来て初めて彼よりでかい人が出てきた。人よりちっちゃい石坂金田一、新鮮。

漂う「集大成」感

 ほぼ皆勤賞みたいな常連さんに加え、これまでのシリーズに登場したキャストが再登板していてオールスターという雰囲気があって楽しい。踊る大捜査線シリーズで育ったので、こういうシリーズを続けて観てるとニヤニヤできる要素がある作品は大好物です。

 そしてさっきも触れたラストシーン。法眼家の行く末を案じる黙太郎くんに老推理作家先生が言った「まああったものはみんな壊れていくよ、その時にまた新しいものが生まれるんだ」というセリフがこの作品だけでなくシリーズ全体を総括しているように思えてならない。

 犬神家では佐兵衛の怨念が殺人を呼んだけど珠世さんと佐清が新しい家庭を築いていくだろうし、手毬唄では母と妹と恋人を失った歌名雄が磯川警部のもとで立派に成長するだろうし、獄門島ではしっかり者の早苗さんがたくましく生きていくだろうし、女王蜂では智子が父と神尾先生の思い出を胸に抱いていくだろうし。この病院坂でもきっと小雪が新しいものを育んでいってくれる。

 過去から続いていたドス黒い恨みや呪いが殺人という形で爆発し、古いものを跡形もなく吹き飛ばしていって、何もかも消えてしまったようでもよく見るとそこに小さな芽がぽつっと顔を出している。その芽こそが未来。このシリーズはすべてそういう結末だった。未来に向かって踏み出そうとしているキャラが必ず1人はいる。横溝先生、いいセリフもらったなあ。

 ついでに言うと黙太郎くんが辞めてすぐに本條写真館が潰れたというのも「あるものはみんな壊れていく」という法則に則ってるのかもしれない。恐喝者の系譜もここで終わり。

それにしてもいい坂だ

 タイトルに「坂」って入っていますのでロケーションで何より大事なのは坂です。病院坂のロケーションにぴったりな坂を全国各地から募集するキャンペーン打ったのに結局東宝の撮影所の近所にあった坂が使われたの好き。幸せの青い鳥はすぐ近くにみたいなことか?この件に関して石坂さんが「募集してる暇があるならそこらへん歩き回ればよかったじゃないか」って正論を言ったのも好き。

 しかしつくづくいい坂ですねこれは。美しい。世田谷の岡本一丁目にあるらしいので今度見に行ってみたい。Googleマップで見てたら近くに「コーポ弥生」って建物があるんですけどこれは関係ないんですね?

その他もろもろ

今回の金田一さん(と黙太郎くん)以外で好きなキャラ

 弥生さん、歴代犯人の中で一番好きだな。美しくて品があって艶っぽくてどんな凄惨な場面でもどこか凛としている。つまり佐久間さんの顔が好きってことなんじゃないかと思わなくもない。原作の弥生さんのラストシーンはあんな感じでしたが、映画の弥生さんのラストシーンは他に類を見ない美しさ。綺麗なまま綺麗に死ぬ。三之介さんとの主従関係もいい。彼がこれまでもずっと彼女を支えて力になってたんだろうな。

 あと妙ちゃんも好き。ちょっとしか出てきてないけど印象が強烈。薬で人間の体は90%消滅させることができるという話を一気呵成にして大の男2人をドン引きさせる子。そもそも古本屋の通路でするような話ではない。でも金田一さんに声をかけた時の入り口に立ってる妙ちゃんはとってもキュート。今思ったけど妙ちゃんと黙太郎くんの探偵譚もアリだと思う。

今回の加藤武シリーズ

 カタカナに弱い奈良県警の等々力警部。今までのシリーズでは金田一さんにデジャヴを覚えただけで流していましたが、今回は、「あの男、どっかで会ったような気がする」と言います。なんかこのセリフものすごくパラレルワールド物っぽくないですか。いろんな世界線を渡り歩いてる金田一さんとその世界線ごとに微妙に立ち位置を変えて現れる同じ顔の別人たち(彼らは互いに別の世界線の自分のことは知らない)みたいな。私は勝手にそういう妄想をしています。金田一さんが人外っぽい存在なところも根拠だったりする。石坂金田一ならパラレルワールドトラベラーでもおかしくない。

 それは置いておいて、今回の等々力さんは証拠品の乾板のことを聞かれて「そんなものあったかな?」とすっとぼけるところが素敵でした。金田一さんと等々力さんの連携プレー。ついでにいつもの粉薬芸(最後だからなのかいつもより多く吹き出しております)とフケ芸のコラボもありましたね。何のコラボだよ。


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