「好きならできるよね?」の呪い③

時は流れ、彼が大学を卒業する日が来た。
その頃には二人で会うこともなくなり、私の未練も薄れていた。ただ、ほかの誰かを好きになるということもなかった。

彼が卒業し、一年が過ぎ、私も卒業を迎えた。
当時、新卒の私は二十二歳。
このときには、私は「ノンセクシャル」という概念にたどり着いていた。
友人の恋愛を見聞きしたり、私自身が彼との経験を経てネットで調べて見つけた言葉だった。
恋愛感情は持つが、性的接触を望まない人。
しかし、本当に自分がそうなのか?という疑念もあった。でも、限りなく近い、と感じて、確信はないながらも、頭の片隅に「私はノンセクシャルなんだ」という思いを持っていた。
その時期は新社会人ということもあり、慣れない環境の中仕事に追われるばかりで、恋愛や自分のセクシャリティについて考えるのは二の次だった。

しかし、社会人になってからしばらくして、彼と再会することになる。
共通の友人と複数人で遊びに行くことになったのだ。それが何度か続き、連絡もまた取るようになった。
多忙な毎日で、たまの休日に彼を含めた学生時代の友人たちと遊びに出かけるのは、私の癒しになっていた。


ノンセクシャルの概念を知ってから彼に会ううちに、私はやはり「そう」なんだと、疑念が確信に変わっていった。
恋心が再び顔を出し始めながらも、彼としたいとはやはり思わなかったからだ。
同じ轍は踏まないようにしたいという思いから、彼からの好意も感じつつ、私は自分の気持ちを隠すことにした。(共通の友人は私たちがまた付き合えばいいと思っていたようで、仲を取り持つつもりで遊びに誘ってくれていたのだと後々知ることになる)

私はいもしない恋人の話を彼にしたりして、もうあなたのことは好きじゃありませんよ、ただの友だちですよ、と遠回しにアピールした。
またセックスに悩まされるくらいなら、付き合いたくないと考えた結果のことだ。同じことを繰り返して傷つき傷つけてしまうくらいなら、好意は伝えなくていいと思った。
好きならできるよね、と言われて苦しんだことを、相手に返すことになるのが嫌だった。好きなら分かってほしいと、言えなかった。
何年も引きずって、会うと気持ちが再燃してしまうくらい好きな相手でも、私はどうしても、どうしても性行為をしたくなかった。


付き合っていたとき、「結婚したい」と彼はよく言っていた。私が大学を卒業したら籍を入れたいと言われたこともある。家庭への憧れを持っている話を何度も聞いた。
しかし、私はそれに応えることができなかった。
結婚願望自体もあまりなく、自分が結婚している姿の想像がつかなかったからだ。曖昧に受け流していた。

性行為以外のところで、私は確かに彼からの愛情を感じていたのに。優しい眼差しや、あたたかい手や、紡いでくれた言葉から。
でも、性行為を求められるだけで、心の熱は急激に冷めていく。
そんななのに、結婚なんて。
うまくいかないに決まっている。そう思っていた。

こうして振り返ってみると、私は彼に真実を話して「セックスできないならいい」と言われるのが怖かったのだろうと思う。
セックスできないならおまえはいらないと、自分の存在を否定されるのが怖かった。
私が彼に別れた本当の理由を話すことはついぞなかった。


彼は今、結婚して家庭を築いているらしい。
さすがにもう連絡は取っていないので、共通の友人づてに聞いたことだ。
私には叶えてあげられなかった彼の夢が叶ったことが嬉しく、ほんの少しだけ寂しくもあるが、この先も彼が思い描く幸せを掴めることを願っている。
私も、私自身が満足いく幸せを掴みたいと思う。

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