アップルストアにて

シリアス編

黒沢健一というミュージシャンの存在は、出会ったときからそうだった。いつも空から降って来たかのように突然現れ、当たり前のように目の前でニコニコしている。本当に不思議な人だと思う。

この時期に旅行を入れる予定だったので、「全力投球!!'07冬」のチケットは取らなかった。旅行の日程が決まり、旅先から帰宅した後も、長引いている咳に遠慮があって、アップルストアは当日ギリギリまで迷った。結局「全力投球!!'07冬」は行けなかったのだけど、仕切り直しとも思えるソロ再開の場に居合わせ、歓迎の気持ちを直に返す事が出来てよかったと心から思う。

DAY BY DAY
Scene39
Feel it
POP SONG
Rock'n Roll
Hello, It's Me
STAGE FRIGHT
遠くまで
リトル・ソング

何よりも「DAY BY DAY」から始まったことは、感激の一言につきる。初めて黒沢健一の生の歌に触れた武道館で最も心を打たれた曲、そして10年経過した今も、心に滲みすぎてズシンとこたえたあの曲が、いま目の前で奏でられ、そして現在進行形の曲「Scene39」、さらにはテンポを落とした「Feel it」もデモ段階の形と知って聴けば、今も変わらず音楽を作ってくれている事実を私の意識が丁寧になぞり、自然と心がざわめく。私に10年というイロイロがあったのと同じように、きっとこの人にも、10年のイロイロがあったのだ。全く想定していなかった涙が突然沸き上がって、慌てて顔を伏せてこらえた。理屈じゃないと分かっていたけど、気持ちが定まらない。初めて聴いたときに過去への感謝を抱いた「POP SONG」。「Rock'n Roll」のリリース当時、息をひそめて見守った。これからどこへ行くつもりだろうと思った。今ここへたどり着いて、これから先も続いてく。新しい鍵を見つけてくれたのなら、私もそのドアの向こうの世界を見てみたい。Doubt "Preview"で一番印象に残った「Hello, It's Me」・・・あの時の歌はなぜだか悲痛に響いたのに、今日の歌は強くて、「もう大丈夫なんだ」とやっと思えた。「ロックンロールナンバーを。寒かったでしょうから手拍子で」と始めた「STAGE FRIGHT」は会場の雰囲気を少し和ませ、続く「遠くまで」では自分の頬が自然と緩んで行く感覚を噛み締める。当たり前のように好きで、自然に体に溶け込んでいける安心感の影に、チクチク痛む胸、これが「B」の想い出。そしてラストは、気持ちのいっぱい詰まった、優しい優しい、「リトル・ソング」。"まだ早いbye-bye"・・・この人の美学がここにある。足りないくらいが丁度いい。欠けてる何かに恋い焦れるから。

理屈じゃない。この気持ちも説明できない。家に着くと浮かんで来た言葉があった。
「私たち、この10年を、一緒に生きて来たんだね。」
それは私の体に住み着いている、黒沢健一のカケラに向けた言葉だった。

暴走編

人間にはシリアスな気持ちとコミカルな気持ちが両方あるわけですが、シリアス編だけ書くのは落ち着かない性格でして。こっちは自然に書いてみますね。

2007/12/23、日曜日の昼さがり。さあ、相変わらず小さな事で悩んでますよ。うーん。咳が。咳がなあ~。ほぼ治ってるんだけど、体が冷えたときと、密室で空気が悪くなった時がヤバい。大切な歌い初め、咳で邪魔したくないけど、我慢できそうな気もするし。どうしよう、落ち着かない。歌い初めに参加できるチャンスなのに、家でじっとしてるなんて。さんざん悩んだ末、決めました。「ものすごく暖かいカッコしていく」「ノド飴持参」。まあ時間は幸宏さんの時と同じにしよう。これでダメならお呼びじゃなかったってことで諦めよう。結果は、幸宏さんの時とほぼ同じ、若干ベターなポジションに落ち着きました。右通路に並ばされた方々に「壁際は"スタッフが"通りますのでー」と花道を確保するスタッフの方、ナルホド上手い仕切り方ですね。でも幸宏さんは確か座席側を通ったから風圧を感じたのに、今回は壁側じゃ風圧がブロックされちゃうな。別に風圧感じに来たわけじゃないけど(笑)。右通路組の皆様、おめでとうございました。

それにしても、MOTORWORKSライブの人生最短距離記録を更新するポジションです。なんたって、ほぼ正面から先生が見える!少なくとも上半身は100%見える!最短距離&最大可視面積記録更新。みなさん知ってました?ライブ中のステージからは先頭2列くらいしか見えないんですよ(ソースはライブ経験者の知人と幸宏さんの証言)。だから、こっちは直視しても大丈夫なんですよ。いや、直視されると緊張するのかなとか思っちゃうタイプだったんですけどね。よく見える。しかも、見てもいい。アップルストアにはよく出没しますし、だいぶ投資もさせていただいてますが、改めてこう、一杯おごりたい気分です。

で、ライブ開始。イントロ3秒で「DAY BY DAY」だと気づいた瞬間、あまりの私仕様にテンションも舞い上がる。しつこいよーですが、こういう思い込みを「イタい」とか言わないように。幸せなファンの有り様として、見習ってもらわなきゃ困りますよ!いいですか、幸せは感じたもん勝ちですよ!あの武道館を突き抜けて行くような広がりの記憶。すっかり走馬灯状態です。

DAY BY DAY
Scene39
Feel it
POP SONG
Rock'n Roll
Hello, It's Me
STAGE FRIGHT
遠くまで
リトル・ソング

そして「Scene39」「Feel it」「POP SONG」と続く新曲群。「Love Hurts」は歌詞吹っ飛び気味の人の歌い初めとして避けたんですか?聴きたかったけど、歌ってくれなかったのもなんだか納得。Pod Castの曲も無かったですね。映像とワンセットだからかな。というか、この辺はもう・・・とにかく、シリアス編に書いた通り、「人を泣かせる気かぁぁぁ!」と混乱気味で焦ってました(笑)。

アップルストア銀座のシアターはちょっと独特の雰囲気があって、「オーディオルームに集合しました」みたいな広さのために、「部屋」っぽいんですよね。MCも和やかに、「・・・この辺までは決めてたんですが・・・」と遠山さんににじり寄って次の曲を相談する先生。ことあるごとに「人力ですから。アナログですから。」などと自然体を強調しつつ、「直前まで入り口でブルブルに緊張してた」なんていう話も暴露しつつ。

「Rock'n Roll」は「PALE ALE」に収録されていたLive Ver.よりもはるかに歌が良いと感じたのは現場力のせい?いや、先生はだいぶ歌い込んで今日に臨まれたんじゃないですかね。そういう努力を、絶っっっ対、私たちに見せないので分かりませんけどね。とにかく、歌が好調なんだなと思った次第です。

で、次の曲はというと、「あ、ヒット曲ですね」。ここで私は直感しましたよ。来た!絶対、「Hello, It's Me」だ!そしてイントロ。ほら、やっぱり~!!!

「Hello, It's Me」・・・この曲の完成度は異常。完成度が高すぎて現実味が無いくらいの曲だけど、例えばだんだん狂気じみていくオリジナルのアレンジは意味深だし、少なくとも歌われるたびに違う事を考えさせられるのも、奥行きの深さを感じずにはいられない。後期L⇔Rの完成形の一つと言っても良いくらいの、泣く子も黙る名曲。

あ、いつの間にかシリアスモードに移行してたわ・・気を取り直して。
※でも昨日行った人は、オリジナルの歌を聴き直してみて下さいな。声は若いけど、声の良さに任せて歌ってるところもあって、もともと生歌で本領発揮するタイプとはいえ、いまや飛躍的に表現力アップしているのが良くわかるから。

「じゃぁ2枚目のアルバムから」と演奏を始めてストップ。どうやら曲順を間違えた模様。「Aの曲だと思いました」と遠山さん。すみません音楽理論分かりません、次の曲は出だしがAなの?というわけで「STAGE FRIGHT」。遠山さんとのコンビネーションはややラフな気もしましたが、どの曲の間だったか、「みなさんもっと気楽に聴いて下さいね。みなさんの緊張が彼を苦しめますから」と語る遠山さんは、間違いなく本日の保護者でした。え、私さっきから超平常心なんだけど。当たり前のように好きな物と一緒にいれば、不思議なほどにリラックス。もう少し体を動かしたいくらい・・・。一方、「苦しんでないです!」と全面否定の先生は、相変わらずの気遣いさんですね。久々の歌披露で少なからず緊張してるでしょうに。途中、「アコースティックなのに汗かいちゃって・・・」と照れながら上着を脱いだり、タオルでガーっと顔を覆ったりしてる先生。時々すごく恥ずかしそうにしてるのが微笑ましいというか、無意識でやらないで下さい、そういうの。困るんですけど。人間として、やっぱり好きだなって、思っちゃうから。

「遠くまで」。さっきちょっと弾いちゃったからバレちゃってましたね。「B」を聴いたのは、リリースよりもだいぶ遅れてからでした。「First」は良かったのだけど、良かった理由も「傷心」にあったというか・・・分かります?いや、分からないですよね(笑)。なんて言ったらいいのかな。寂しかったんです。音楽的興味も傷心してたんですよ。そういう時代だったんじゃないかと思うんだけど。で、最近になって、もう一度「B」 を聴いて、単純に、この作品を作ってくれた事に、「良かったな」と思えたんです。なんでですかね。素だからでしょうか。ロープは絡まってるし、ループは止まらないし、もどかしいし。やるせない日常が視界から消えるまで・・・もう消えたのかな?「きっと大丈夫」と言ってくれる優しさも、どこまでも黒沢健一。存在の記録みたいなアルバムです。

そして「リトル・ソング」。あちゃーーー・・・この曲で〆る気だな。それは卑怯だよ~。出張健一サービスをオーディオルームで実現するなよ・・・。去年後半にえらく励ましてくれて、跳び蹴りするほど会いたくなったこの曲を最後にもってくるとは、まったく、いい度胸だっっ!しかも歌がまた出色で、ときに優しくときに力強く、全力で励ましてくれる極上サービスだったのです。自由自在に放たれる優しさ全開健一ビームで会場を満たすと、花道より軽やかにご退場。

で、終演後。帰りたくない・・・。これは困りました。「6時で終わるから早く帰る」と約束してたのです。当日の午前中にさんざん迷った結果、「ええい目的地が二つもあるから混乱するんだ、一つに絞るぞ!」とアップルストアを選んだのです。だけどとにかく帰りたくないので、山野楽器に寄り道。あ「イエローマジックショー」のDVD買っとこ・・・。しかし帰るにしたって渋谷は通り道だしツライな。じゃあ当日券があったら「縁があった」って事で、約束を反古にするか・・・と考えつつ歩く。が、気づいてしまった!所持金が、2千円ちょっとしかありません。な、なんで?ああ、さっきDVD買ったからだ・・・。当日券ってカードで買えるのかなあ。いや、もういい・・・兄弟共演は29日に見られるんだし、今日は幸宏さんに阻まれたと思って(笑)、このまま帰ろう・・・。実はこの後少し悪あがきもしたのですが、結果としては、全力投球!には不参加となりました。そしてお約束のように、反対方面の電車に乗りました。ほら、ライブの余韻がね、私を狂わせるのよね(笑)。

今思い出してみると、先生はちゃんと、いい具合に老けてました。歌も老けてました。劣化ではありません。黒沢健一の表情と表現の陰影とは、少々意表をつかれましたが、それが嬉しかったんです。あんな風に振る舞っていてもきっと、色々なことに悩み、考え、体験してきたであろう先生の、今の姿に触れられる事、音楽も含めたあらゆる芸術に触れる事の意味、人間同士が反応し合う、たったそれだけの、大げさな事じゃなくて、でも大切な事で、そこに時間の経過の意味が、痛みを体内に取り込んで行くことの意味が、積み重なっていくんだもの。ずっとそのままでいい、無意識のままでいて。私たちそれぞれが、その作品から、歌から、何か共鳴できる部分を見出し、それを握りしめて生きて行くのだから。