もともと私は、リアルタイムの会話が苦手。
特に対面は、情報量が多すぎて処理しきれない。
とめどなく入ってくる情報を吟味しながら言葉を探り、
発話のタイミングも考えすぎて逃しがちなので、
ただ聞いているうちに話題が変わっていることも多い。
少し前のある夜、声が出なくなった。
誰とも話したくなかったし、何か言うのも怖かった。
声を出すのが怖くなり、声を出す力も出なかった。
声を出すって、実はかなりエネルギーが要ることだったのね…。
娘とは筆談ができたので、失語ではないと自覚できた。
とにかく早く正常に戻そうとして、翌日はどうにか出社して、
午前の打ち合わせをチャットでリスケしてもらった。
不安だったので、場所はオープンスペースから会議室に変えてもらった。
午後、どうにかしようとかすれた声を絞り出して、
途切れ途切れに話をしながら、涙が止まらなかった。
風邪のせいだと思っていたその人を驚かせてしまった。
でも、少しでも早く元に戻すことが大事だと信じて頑張った。
長引かせたら、きっとこじれる。
夜には原因が解決し、私の声はリラックスした。
あの時の私は、発信することを憎んでいた。
会話できなければトラブルも起こらない。
黙っていれば、誰も怒らない。
何か言うから人を怒らせる。
何も言わないというシェルターに逃げた。
それでも私は、筆談し、チャットし、メールした。
そうやって、書いて事態を切り抜けた。
話すことと書くこと。
何がそんなに違うのだろう?