仮面の力(4) 2 仮面の意味

2 仮面の意味

 仮面の言葉の語源から導き出される、偽る、隠す、変容という意味と、死者、霊に対する思想が、どうやら仮面を考える一つのかぎになりそうだ。
 また、一説によれば、ギリシア語のバスコーという言葉も仮面の語源に関連していて、呪いを浴びせる、他人からの邪視を防ぐ、という意味も含んでいるという。(*3) 仮面が呪術に関わっているらしいことも想像できる。
 仮面について『演劇百科大辞典』には次のように記されている。

    人間の生まれながらの顔だちと異なる表現を求めるために、面上を
   覆うもので必ず仮装性をともなうものである。

そして、仮面が発生した動機と機能について、

    最も原始的な形をとったものに、霊魂不滅説による人間の再生、す
   なわち死んだ人間がもう一度生き返ると信じるところから、死者の面
   上に仮面をつけて埋葬する習慣があった。(中略)原始人は霊魂の不
   滅を信ずると共に、すべてのものに霊魂の存在することも確信してい
   た。霊魂には善霊と悪霊とがあり、(中略)そうした霊の憑いた仮面
   をかぶることによって、人間以外のものすなわち他の霊魂がのりうつ
   るものと信じ、そこに神がかり的な咒術が行われた。そして、仮面は
   原始的なものほど、人間に近い形をしながら、人間とは違った形を備
   えているのが通例で、それは神がかりとなるのに好都合だからであ 
   る。それが時とともに進化発展すると、初期の法則から離脱して芸術
   的に昇華する。その最もよい例が能面であろう。

と、書いてある。ちなみに、中村保雄によると、この説明の最後の、芸術的昇華した能面とは、舞台芸術用の仮面としての確立と、仮面製作技術の向上とが伴って完成してくる、室町中期以降のものをさすという。(*4)
 現在私たちが日常生活において仮面を見るとしたら、神社などで本殿に祀ってあるものが一番多いのではないだろうか。
 祭りになると、宮座の長老がこの面をつけて村人の前にあらわれ、天下泰平・五穀豊穣・子孫繁栄を望む民衆が、この神憑かり的な様子の姿に願いをかける。すると、神に祈りは届けられ、面をつけた者は舞を舞う。こういう風習は、今でも日本各地にたくさん存在している。そのほか、仮面の行事は、秋田県、田鹿半島のナマハゲ、岩手県、陸中海岸のスネカ、山形県のアマハギ、カセドリ、石川県のアマメハギ、四国全域のカユツリ、岡山から鳥取にかけてのコトコト(ホトホト)、鹿児島県のトシドン、トイノカンサマ(トシノカミ)、沖縄、八重山群島のアカマタ、クロマタ(ニールピト)など、きりがないほどある。(*5) 柳田國男は、遠いところからやってくるこれらの仮面の来訪者を本来「我々の神の姿であった」としている。(*6) このことから、人間と神の仮面には、切っても切れない深い関係があると考えられる。
 古代日本に住んだ人たちは、神は目に見ることはできないが、祈りさえすれば立ちどころにやってきて、人びとに幸せをもたらし、そして悪霊を追い払ってくれるもの、と考え、神は山の頂き、大きな樹木や石塊に依ついて現れるものと考えていたようだ。このことから、仮面は本来目に見えない力の神という存在を、目に見えるかたちにした装置としての側面を持っているといえる。そして、人間は仮面にはたらきかけることで目には見えない異界の力をコントロールしようとしたのではないだろうか。
 このことについて、また中村保雄が面白いことを書いている。(*7)

    もっとも、神々そのものは直接この世に降りて現れるものではな
   い。しかし、一般には、憑依の状態になった人間が、神に化けると
   いった操作により、神の化身となることができると考えられるのであ
   る。このような意味では、仮面は神々の性格を表しているものといえ
   よう。もっとも、仮面は人間にとっては仮の顔であり、神々の相貌が
   直接人間に見えないと思われている点では、神の側から見ても仮の顔
   であることには変わりない。したがって、超越界に住む神々の仮面
   は、人間の深層心理が働いて、外部に想像的に投影された象徴性の高
   い造型であるといってもよい。

 こうしたことを知って、私は、仮面をモノではなく、思考を具象化したものと考え始め、むしろ人間の思考・想像そのものではないかと考えるようになった。この考えを支えるものとして、哲学者の中村雄二郎が『仮面考シンポジウム』で仮面の性格や機能について「四つの働き」があるとした発言の要約を上げる。(*8)

 1 人間の顔はけっして単なる身体の一部ではなく、それ自身で人間全体
   となりえる。したがって、人間が仮面をつけることによって、その仮
   面の顔は全身化される。それだけに、仮面の表現する人物の、人格を 
   表していることにもなる。
 2 仮面の生きている世界は、象徴性の高い世界であるが、神と人とが互
   いに対応しながら万物が映し出されるという点で、そこには照応関係
   が成り立っている。したがって人間は、その関係の中では自己の中に
   他者が映し出されていると見ることもできる。しかもそれは、おのず
   と受苦的存在としての側面を強化して体現することにもなる。
 3 仮面は、人間の内部と外部の世界を区切るのではなく、逆に人間の内
   部の世界の外部の宇宙論的な世界に結び付ける働きをもつ。仮面はあ
   くまで面(おもて)であるが、表面であることによって深層を表す働き   もある。
 4 それだけに仮面は、ただの人間のうわべの顔だけでなくて、人間の深
   層の表現を格調高い形で象徴的に表現し造形されているものである。

 仮面をつけることは、“わたし”ではなくなること、顔だけではなく全身が
変わること。自分ではなくなるということは、他人が“わたし”になることにもなる。顔、つまり表面を変えることは、内面を変えることに直結している。人間は、どうして仮面が必要だったのだろうか。仮面はいつ生まれたのか。どのようにして仮面は人間から生まれたのであろうか。次は、仮面の歴史である。




*3 斎藤正二  「仮面の原始性」『思想:第四四六号』
         理想社 1970年

*4 中村保雄  『仮面のはなしー人間は仮面に何を話し、何を表現してきた        のか』 PHP研究社 1984年

*5 吉田憲司  「現代に生きる仮面ー変身するヒーローたちの系譜」『仮         面ーそのパワーとメッセージ』
        里山出版 2002年

*6 註5に同じ

*7 註4に同じ

*8 註4に同じ

        

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