大日向村 1940

監督 豊田四郎
大日向村の満州移住という歴史的事実を見事にドラマ化した映画。
ここには時代を知る手がかりとなるちょっとしたエピソードがさりげなくちりばめられている。たとえば、後半に出てくるが、日露戦争で倅を亡くした老婆の満州への思い。昭和の初期、日露戦争は当時においてはまだ人々の心の中で生きていたのである。この映画から時代を読み取ってほしい。

1938年7月8日、第一陣170名

東宝映画株式会社
東京発声映画製作所作品
朝日新聞社出版

前進座一党総出演

製作 重宗和伸
原作 和田 傳
脚色 八木隆一郎
監督 豊田四郎
撮影 小原譲治

出演
河原崎長十郎 (堀川清躬)  産業組合専務理事
中村翫右衛門 (浅川武麿)
中村鶴三 (工藤三之助)
阪東調右エ門 (天川)
市川笑太郎 
市川菊三郎 (フクの息子 浅吉)
市川蓮司 (ウメの息子 義治)
中村進五郎 (ウメの夫、金吾)
杉村春子 (ウメ)
岬 たか子 (フク)
京町みち代 (フクの娘スエ)
瀬川菊之丞 (輿之吉)
伊藤智子
藤輪欣司
岬たか子

<スクリプト>
ナレーション:
「長野県南佐久郡大日向村は、群馬県境、十国峠から発する抜井川の渓流に沿うた細長い谷あいの裾の村である。
東西二里二十四丁の間に八つの部落を並べ、夜の明けるに遅く、日の没するに早く、昔から俗に半日村とさえ呼ばれている、大日向村とは名ばかりの暗い日陰の村である。
川のほとりのわずかな平地に無理無体にはめこんだように耕地が重なっている。手がさの下に隠れてしまうほどの小さな田を並べ、あるいはゆるやかな斜面を切り開いて畑を造り、県道の土手にさえ桑を植えている。336戸の農家に対して耕地は一戸当たり田が一反五畝(せ)、畑が四反六畝、あわせて六反一畝という驚くべき小ささである。しかも土地は痩せ、寒さのために一毛作しかできないのである。この耕地からの収穫は、米の他に陸稲(おかぼ)、大麦、小麦を混ぜても、ようやく五か月の村内需要にしかあたらないのである。従って農民のほとんどは、その乏しい耕地を補うために蚕を飼い、あるいは山に入って炭を焼くのである。しかもその山さえ次々と裸にされつつあるのである。抜井川の清冽な流れはこの山の村の風景を美しいものにしているが、その美しさを誰が褒めるというのであろうか。明媚な風景がかえってこの村ではそぞろに悲しいのである。
この映画は支那事変勃発前、すなわち、昭和11年の暮れからその物語を始める」

雪道を村長が歩いている。
「おウメさん、来たぜ」
おウメは家の前でわら仕事をしている。仏頂面のおウメに村長は、
「せいが出るのう。金吾さんは山ずらか」
「山ですだ」
「義治も一緒に行きやしたか」
「ええ、朝の4時から出かけて帰るのは晩の9時。亭主の面も倅の面もろくに見ることができやせん」
「のう、金吾さんが帰りなすったら、この暮れに村税のこともなんとかしてもらうようにな」
「へえ」
「いいかい?」
たいして期待もしていなかったらしく、村長はそう言うと、踵をかえしてさっさと立ち去っていった。

村長は次にフクの家に入って、
「娘から金でも来やしたかい?」
「なんの、なんの。身体壊して帰るって言ってきてるだに」
「おスエが?」
「へえ、工場勤めはいいかげんなもんだで。こうなったら、へえ、もうおしまいだ」
「浅吉が帰ったらそう言っといておくれや。六年もぶっ続けの滞納さしてるからな。役場がまさか夜逃げするわけにもいかねえしさ」
「夜逃げすればいいのに、村長さん。おらも一緒に連れてってくんなんしよ」
「おめえがもう少し若かかったらおらも考えるがな、ははは」
ここでも、言うだけ言うと、村長は出ていった。

村の入り組んだあぜ道をとことこ歩き続ける村長。

「宗太さん、宗太さん、留守かい? 荘三郎もいねえのか」
鶏の大きな鳴き声。

税の徴収に無駄骨を折ったあと、山の上から村を見下ろし、力なく佇む村長の姿。

油屋
この店は村一番の金持ちの問屋である。
店前をそっと歩いていた村長に店の中から声がかかる。
「村長さん、村長さん、」
呼ばれて中にはいっていく村長。
「素通りとはひどいじゃごわせんか」
「いやあ、どうも」
「土木費の立て替えの費用はどうしていただきやすかな」
「いやあ、なんとかしなければと思いながら、」
「あんた、それは困りますよ」
「もう七日も村税の督促に歩いてやすが、皆目集まらないだが、村営の俸給も三月遅れだし、…資金の利息もはらわにゃならねえ。もうなんとも、ははは」
「わしはあんたの愚痴を聞きたくて声をかけたんじゃごわせん」
「わかってやす、やかってやす。借金ちゅうものはあると思えばある、ねえと思えばねえもんで、まあちょっくら考えてからご返事しましょう」
苦虫をかみつぶしたような油屋の主人に対しとぼけた言い訳を残して村長はそそくさと店を出た。

大日向村産業組合。村長は組合の専務でもある。
中で言い争う声。三之助がみんなに殴られている。
「す、すまねえ、だが、炭を焼かねえとおらは年を越せないだが」
「越せねえのはお互いだ。越せねえからといって他人の木を切る法があるか」
「そ、それは、」
「若けえ木を何故切った。おめえひとり年を越せればいいってのか」
「すまねえ、すまねえ、つい、つい。んー、たった二十本じゃねえか」
「十本だろうが二十本だろうがお互い血の出るような木でねえだか」
「すまねえ、すまねえ」
「まあまあ」
村長が割って入る。
「どうで暮れの越せない木のために喧嘩してもはじまらねえでがしょ、いがみあうだけで共倒れでやんすよ」
「じゃあ、どうすりゃいいんだ、村長さん。払い下げてもらえる木のめどはつきやしたか」
「切れねえ木は切れねえだ」
「専務さん、じゃあ村から払い下げてもらえるわけにはいかないんでやすか」
「今年は一本も切れる木がねえ。今に困る、今に困ると、毎年はらはらしてきただが、とうとうここまで来やしたよ。おらあ、四方原(よもっぱら)のところで今泣いてきたところでやすぞ」
「切れる木がなくて俺たちゃあどうすればいいでがすか。この暮れには油屋はこれまでの俺たちの借金をとりたてるっちゅうに」
「俺たちの生きる道は木ではごわせんぞ。村の借金48万円、ひとりあたり1200円もの借金背負って、10本20本の木では返せん。この堀川にまかしておいてもらえてえな。おら、命投げ出して、きっと生きる道を開いてみせやす」

組合の奥の部屋で、堀川は火鉢で手をあぶったのち、懐から封筒を取り出し書記の机の上にのせる。
「へっへ」
書記の驚く顔。
封筒には「辞表 在中」と書かれていた。にっちもさっちもいかない村の財政に苦慮し、堀川は何か決心したようである。

幾日か過ぎ、汽車が走っている。
車窓から珍しそうに外の景色を見る娘と母。前に座っている父は何十年ぶりかで村に帰ってきた浅川武麿であった。
離れたところで同じ汽車に乗っているのは、病を得て出稼ぎの工場から村に帰ってきたスエである。
汽車のあとはスエはバスで大日向村へ。武麿たちはおそらく自動車であろう。山道を走っていくバス。

長らく空き家だった武麿の家。
家の内外では女たちが家の掃除をしている。
武麿の妻が入ってきて、女たちに、
「空き家のお掃除までしていただいて、」
「いやあ、なんでもないす」

しばらくして、堀川と武麿が笑いながら家に入っていく。
堀川「いやあ、そうでやすか。いや、あんたもあと三年も東京の会社に辛抱なさっていりゃあ課長さんにもなれるっちゅうに、とうとうこの貧乏村の村長に担ぎ出されやしたな、ははは、」
「いやあ、もう二十年も空き家にしておいたこの家でまた暮らそうとは思わなかったよ」
堀川は武麿を説き伏せ、自分の代わりに武麿に村長になってもらったのである。

一方、先ほどのバスに乗っているのは病を得て町から帰ってきたスエ。
「あ、義治さん、よっちゃーん、」
スエはバスの窓から義治を見つけ、呼びかける。
「あ、スエちゃん、スエちゃーん、」
義治もスエを見て叫ぶ。

山の中。
「義治、いるかー」
「おーっ、浅ちゃんかー」
二人は声をかけあいながら近づく。
木の陰でスエがくすりと笑う。
「おい、あいつ(妹のスエ)、おめえに会いたいもんだから俺と一緒に山へ行く、山へ行くって聞かねえ。じゃあ、あとで」
そう言うと浅吉は二人を残して山の奥に向かって行った。

「どうでい、身体の具合は?」
倒木の上に座りながら義治がスエに聞く。
「うん」
「病気ぐらい気にすることはねえや。山の空気吸ったらいっぺんに治っちまう」
「養生して早くよくなるわ」
「うん」
義治は遠くの人影を見つける。
「あれ、あれは堀川さんでねえか。一緒にいるのは誰づらな」
「どれ?」
「ほら」

義治が見つけた人影は堀川と浅川武麿であった。二人は高台に立っている。
「ねえ、武ちゃん、おらあ、いまでこそこんな洋服を着て産業組合の専務だなんて言ってやすが、昔あんたんとこの作男だった時分にはあんたの子守をして抜井川の河原を飛び回ったもんだ」
「うん、そうだったな」
武麿の家は村ではそこそこの家作持ちの家だったのであろう。その浅川家の作男だった堀川は同時に武麿の指導者でもあり相談者でもあった。
「こんどは村長のあんたを乗せて村中を飛び回りてえと思っておりますよ」
「清さんの背中なら乗りでがあるよ。しかしまあ、僕もいったん引き受けたからには色々考えもしたんだが、神様でもここの村営の立て直しは難しいんじゃないかと、」
「今からそんな弱音を吐かれたら困りやすな、はは」
笑ったあと、堀川はすぐ真面目な口調になって、
「根本はこの狭い土地に人が多すぎるんでやすよ」
「それだ、それなんだ。それはこの村だけでなく日本の農村全般に言えることだ」
「そうでやす。だからおれは村のためにのっぴきならねえ気持ちで、どえれえことを考えておりやす」
「うん、僕にもそういう計画がある」

どえらい計画とは:

村の有力者たちの会議にて武麿が訴える。
「つまり、満州へこの村の半分でももっていけたらお互いによくなると考えているのは、私の夢からだけでは決してありません。満州事変が起こって奉天北大営が落ちると同時に、...は匪賊と戦いながら加藤完治先生の国民高等学校の分校を作って弥栄(いやさか)、千振(ちぶり)と、第一次、第二次の武装移民を作られました。片手に鉄砲、片手に鍬で開拓することによって満州を確保するということが日本にとってどんな大きな意味をもつかということを僕は教えられたのです。
そうした精神運動としても、また村の実際問題から見ても、この村を分けて満州へ開拓民を送り出すということは、ぜひやり遂げなくてはならんと思うのであります。いかがでしょうか。みなさんのご意見を伺いたいと思います」
酒をつぎながら、
「私はこの間、明治13年の記録を調べてみたんですが、当時240戸、今の戸数のほぼ半分ですなあ。この村も余裕をもって楽しんでおられたんですなあ」
「すると、村長の申された分村ということは、現在多すぎる人間をその当時のように減らそうということでやすか」
「そうです。そうも言えます」
「村長さん、しかしなんでやすな、村の半分を満州に送って残った戸数が250戸に減じたとしてもですな、それなら村は本当に立ち直れると思われやすか」
「はい、思います。戸数が減れば田畑にも山林にも余裕が出てきましょうから」
「そう思い通りに行くかどうかな。第一、150戸も満州へ蜂か鳥みてえに飛び立っていけるものか。そりゃ、行く力のあるもんはいい。行きたくとも行けねえものが大勢いるはずでやんすがなあ」
「行きたくても行けないと言いますと?」
「つまりなんでやすな、借金というもので身動きならねえってもんでやんすな」
「ああ、そうですか。いや、実際上の問題については十分研究しています。例えば、先遣隊で出かけたものの留守中の家族のことや、移住した場合の財産並びに負債のこと。元村も満州にできる新村も両方が良くならなければ意味はありませんからな」
「つまりその、理想ってやつですな」
「堀川さん、あんたさっきから黙っていなさるが、いってえあんたの考えはどうでやんすな」
「わしは行きやす。わしは先頭に立って満州に行きやす」
座がざわめく中、堀川は立ち上がってきっぱりと言う。
「わしは行く決心をいたしやした、みなさん」
「本当でやんすか?」
「ははは」
堀川は豪快に笑った。

台所では、女たちに交じって手伝っていた若者たちも興奮している。
「おい、堀川さんが満州へ行くぞ」
「え、満州?」
「うん、堀川さんが先頭に立って満州に行くっちゅうことになったぞ」
「それはいったいどういうこったい?」
「おかみさん、そんなどえらい話、前々からあったんですか」
「ええ、あるにはありやした」
「そしたらおかみさんたちは?」
「そりゃあ、あの人が行くっつうことならおらも行きやすよ。それが女房ってもんで、ね、奥さん?」
座敷から油屋の主人と番頭が出てくる。
「油屋さん、もうすぐ一本つけますよ。もうお帰りでやすか」
「なあに、しょんべんさ」

満州移住の噂はたちまち村じゅうに広ま師、産業組合の事務所には新しい看板が立てられた。
「満州大日向村建設本部」

三之助がおずおずと入ってくる。
「お邪魔でしょうか」
堀川「いや、なんの、なんの、よく来てくれた。さあ、こっちへお入り」
「つまりその、満州行きの話でやんすが、借金のあるものは行けねえんでやんしょうか。おらみたいな小作のものは急に借金返す当てはないし、」
「いや、よく聞きにきてくれやした。分村するにはそこんところをはっきり解決しておかねえといけねえだから、みんなで血眼になってるわけでありやして」
「そのう、解決っていうやつは負けておもらいもうすとか、年賦にするとかいうことでございやしょうか。おらみてえなところはそこのところが、」
武麿「三之助さん、その解決は村の手できっとつけるよ。貸主も借主も納得のいくような方法を立てて、みんな立派に満州に送り出すよ」
「そううまくいってくれやすかなあ」
「いや、そのためには私は拓務省でも農林省でも泣きこむ。場合によっては油屋さんにも私は両手をついて泣くつもりだよ」
「ああ、そうでやんすか。すると俺たちでも行く気になれば行けるんでやんすか」
堀川「三ちゃんもそれさえはっきりすれば一緒に行きやすな」
「それはもうおらもそんな気にもなっておりやすだ。ただ、おらあ、油屋さんたちに睨まれることはできねえで。おら、またあらためてよく考えてみやす。じゃあ、ごめんなさいやし」

三之助が去ると同時に若者たちが次々と、
「おら、あんなやつと一緒に行くのはいやだ」
「おれもいやだ」
「そんな狭い了見じゃ満州の天地を開拓することはできないぞ。ん? 東亜民族の共存共栄のために働くなんてことはとてもできないぞ」
武麿は笑いながら若者たちを諭した。

蚕の世話をしているフクのところにウメがやってくる。
「おフクさん、いたのかい」
「ああ」
「ひとりじゃ大変じゃろ」
「ああ」
「な、おまえさん、知っとるかい」
「え?」
「若けえ衆がこの頃毎晩組合さ集まっとるけ」
「どうやら例の満州行きの話らしいがね」
「うん、そうだよ」
「うちの義治にしてもおまえさんちの浅吉さんにしても若い衆は巣立つわけだに」
「苦労するのが身に染みてねえからなあ」
「そうだよ。鳥でも立つようにどこへでも身軽に飛んでいけると思ってるだに。だいだい、この年して満州に行けるか行けねえだか、なあ?」
「そうとも。おらも困ったことだと思っとったが、おウメさんのそれを聞いて安心したよ。満州には熊が出るっちゅうことだで。ははは」
母親二人の会話を聞いていたスエが口をはさむ。
「ひどいわねえ、おばさん」
「おスエさん、聞いとったんかい」
「義治さんもうちの兄さんも満州に行く気になるのは無理もねえと思うんよ」
「どうしてだい?」
「そうじゃねえかい? 稼いでも稼いでも古い借金に取られるし、何のために稼いでんだかわかんねえもんな」
「おスエさんもやっぱり育ち盛りだよ」
「母やんもおばさんもそう頭ごなしに若いもんの考えを笑うもんじゃねえよ」
「おら、笑やあしねえよ。笑やあしねえが、うちの父やんが亡くなってから、おら、どんなに苦労してきたことか。問屋さんや天川の旦那さんに、おら、どんなに頭下げて借金の世話になってきたかわかりゃしねえ」
スエ「だからそういう苦労を捨ててしまおうってんじゃないかい」
ウメ「おら、理屈は知らねえよ、だがな、世間には義理っつうもんがあらあ」
フク「そうだ。それは若いもんにはわかんねえ気持ちだからな。だいたい浅吉はひとりで行くつもりなのかもしんねえが、病気のおめえを連れて、おら、どうしてやっていくんだ」
すすり泣く声。

山林にて。大木が切り落とされる瞬間:
「あぶねえぞー!」
「おーい!」
三之助が遠くから叫びながらやってくる。
「その木は今日から中止しやすとよー」
「中止?」
「中止しやすとよー」
息をきらしながら、
「油屋からの言伝てだあ。その木は今日からわけがあって中止しやすとよ」
「中止しやすって、なんでだよ?」
「おら、ただ油屋からそう叫んでくれと言いつかっただけだで、おらにもわけがわからねえ」
「てめえ、いつから油屋の番頭になりやがったんだ」
男たちは血相を変えて三之助に詰め寄る。
「お、おら、知らねえだ、おら、なんにも知らねえだ。な、なにするだ、おら、なにも知らねえって」

油屋にて;
「まあ、そんなわけで、なにしろ...と契約していた商談が急に変わったもんだから、こっちとしてもどうにもやりくりがつかなくなったって始末だ。せっかくおめえさん方に頼んでおいたものの、当分寝かしておいておく他はねえってわけなんで」
「油屋さん、木のほうがそれでよかでしょうが、あんたのほうの都合だけでこう急に取りやめにされたんじゃ、おれたちは明日から茶碗まわしもとりやめになってしまうじゃごわせんか」
「まったくでやす」
「まあ、抜ける力のあるものは満州にでも行くんだな」
「なにい!」
男たちは一瞬もみ合いになるがけっきょく追い出されてしまう。

夜、長屋の軒先で;
「それじゃ、下の境内にみんな揃いやしょう」
「じゃあ、また明日」
暗闇の中で男たちは何か打ち合わせをした後、それぞれの家に入っていく。

酔いつぶれた金吾は家に入るとあお向けに寝ころび、女房のウメに向かって叫ぶ。
「水、もってこい! くそ!」
山から帰ってきた息子の義治は土間に立ったまま父を見つめる。
「おとっつぁん、油屋の山を締め出されたってくよくよすることねえぜ」
「このばかやろう!」
ろれつの回らない舌で父は怒鳴る。
「油屋の山だけに木が茂ってるっちゅうわけでねえ。へっ、おら、まだぐっと一杯ひっかけりゃ、七里あろうが八里あろうが、十国峠にでも稼ぎに出かけるぞ、ふん、馬鹿にしやがって。なんでえ、若けえもんは満州でもどこんでも、さっさと行けえ」
「おとっつあん、」
「酒、酒、もってこい!」
そう言いつつ、金吾が眠りについてしまった。
足音を立てないようにウメと義治はそっと荷物を片づける。
義治は父の枕元で、
「大丈夫かい、おとっつあん」
「んんん」
返事もしなくなった父に義治はそっと着物をかぶせてやる。
「義治、おめえ、この頃毎晩何をしてるだ」
強い口調でウメが息子に聞く。
「ばかたれ、いい気になって満州、満州って言ってる間に油屋ではどこまでも追い詰めてくるかわかりゃせん。言わねえこっちゃねえ。借金がねえなら、油屋の世話にならねえんなら、そりゃ、おめえの好きなようにしたらいいだ」
ウメはすすり泣いた。
「おっかあ」
「明日の朝から、おとっつあんは十国峠まで働きに行くとよ。ちっとはおとっつあんの気持ちを察したらいいだ。ばかたれ!」

早朝。十国峠に出かける男たちの姿。

畑では桑の葉を摘むフク。やってきた天川に挨拶する。
「いい天気でごやあすな、きょうは見回りでやすか」
「ああ。しかし、なんだな、おめえらもこの畑で桑を摘むのはもうこれでおしめえだな」
「えっ!」
「なにもそんなにびっくりせんでもいいわさ、はは」
「いえ、だんな、そんなこと、」
「いや、しかし、行く力のあるものは行くがいいわさ。村のためにも是非とも行ってもらいてえな。きれいさっぱり借金を払って、行く力のあるものはな、はは」
「いえ、おらはべつに、おら、べつに行くともなんとも」
「いや、満州に移住すれば五反百姓が一町歩がおろか十町歩の大百姓になれるっちゅうからな。おらのこんな狭めえ畑なんぞやらなくてもいいからな」
「いいえ旦那、天川の旦那さんには恩になっているし、それに、」
「しかし、まあ行くものは行くがいいさ。そうすりゃあ、残ったもんは今までより田も畑も余計に作れる勘定だからな。そうじゃねえか。何好き好んで先祖からの土地を捨てることがあるんだ。おら、おめえだから特別に言うんだがな」
「へえ、それじゃあ、残ったものには、」
「そうさ、五反でも六反でも増える勘定だ」
「へええ」
フクは身を乗り出す。
「それにお前たちは満州ちゅうところがどんなところかよく知ってんのか」
「いいえ」
「村長だって堀川だって実際に見てきたわけじゃあるめえ。そこは年がら年中冬みてえなところで、開墾するのも大変なところなんだ」
「へえ、おらもそんなことじゃねえかと、思ってやした」
「さあ、そういうところをよく考えてみるこんだ。うっかり先ん走りしたら馬鹿みるぞ」
「へえ、おらもよく考えておくだに」
「しかし、これは誰にも言うでねえだぞ。おめえだけはなんとかしてやりてえと思ってるから、だからおれはそっと言いに来たんだ」
「ああ、そりゃあどうも。恩にきやす」

天川が去ったあと、ウメがそっと声をかける。
「おフクさん、満州の話かい?」
「ああ、あんたにも話したかい? だけどこれは大きな声では言えんこっちゃ」
「そうだよ。大きな声では言えねえこった」
「かあやん!」
スエが厳しい声で母に叫んだ。
「なんだい、そんな怖い目をして」
フクは娘の顔つきにたじろいだ。
「おめえ、近頃、気がたってるだに。早く帰って休みなよ」
「かあやん、卑怯なことだけはせんでください」
「スエ!」
スエは返事もせず帰っていった。

満州:
様々な人種であふれる車内。堀川が窓の外を眺めている。
移民村の風景。
馬に引かれる耕作車の上にいる堀川。
大日向村とはまるで規模の違う大陸の耕作。収穫も豪快。堀川は土を調べる。

説明を受ける堀川。
「先遣隊はこうして約一か月、村の戦士としての訓練を受けてからようよう入植地に向かうことになっています。

先遣隊は入植地が決まりますと、まず開墾と同時にこうして私たちの手ですっかり家を建ててからいよいよ故郷の家族を呼び迎えることになるのです」

子供たちの学校
豚の群れ
広大な畑の作物
羊の群れ

大日向村に宛てた堀川の葉書:
「瑞穂村役場にて。海南博士のかの歌を拝見つかまつり候。
―満州の寒さ日本人に堪え得ぬか。そのはるか北のシベリアに町あり―
堀川、感銘つかまつり候」

大日向村の組合事務所にて、若者たちは堀川の葉書に書かれていた歌について解説を受ける。
「これはな、満州よりもっと寒い北のシベリアにもロシア人が町を作っている。それなのに、日本人が満州は寒いなどと、そんな意気地のないことではだめだっつう話だ」
「ふうん、痛快な歌だなあ」
「満州に行くのに心配はいらねえっていうみやげ話を早く聞きてえもんだ」
「...さんの家なんか家じゅう乗り気だからいいなあ。おらのとこなんかお袋がますます意地を張って...」
「なに、おらのとこだって問題は借金だ」
「今夜あたり村長が油屋の本家に行ってるはずだ」
「へえ、本家へ?」
「ああ、どんな話になってるかな。なあに、君らは心配することはないさ。満州の寒さ、日本人に堪え得ぬか」
「そのはるか北のシベリアに町あり」
若者たちはみな興奮していた。

一方、時代は戦争に向かいつつあった。
新聞記事の見出し:
全面的衝突不可避
我軍遂に重大決意

日支関係重大緊迫
けふ正午? 最後期限
皇軍膺懲の火蓋を切る

夜、村の若者たちは満州の歌を口ずさみながら歩いている。
「満州の寒さ、日本人に堪え得ぬか。そのはるか北のシベリアに町あり」

油屋の本家では有力者たちが苦々し気に若者たちの歌声を聞いていた。
うちわをあおぎながら、油屋が言う。
「話は早い方がいいと思うから、わしは言うがね。つまりその、移住していくものの負債だが、踏み倒すというようなことはできねえはずだろう。あんたなんかどんな気持ちでやれるね?」
新村長の武麿が答える。
「それは私たちのほうからいずれお願いにあがることにしています。分村計画というのは先例のないことですから、することなすこと全国の目が向けられてきつつあります。私たちとしてもいいかげんなことはできないわけです。」
「実際の問題としてどういうふうにするつもりだね」
「田や畑や山林、それから家屋敷、それをめいめい自分で始末をつけるのかね。それともそれを始末するものを残しておくのか。委員会というのはその代行まで引き受けるのかい?」
「もちろん、負債や財産の整理は委員会で処理しやす。全部金に換えて、借りのないものはそのままそっくり、借りのあるものはそれを払った残りを満州に送ることになります」
「まあ、要するに、個人の貸しってやつはあるとこ勝負にするってことでやんすな? 払えるだけ払う、後は負けてくれろ、ねえ袖はふれぬ、そういうことになりやすかな」
「千両のかたに日笠っちゅうこともあるけど、家屋敷を出したからってそれだけで涼しい顔をして出ていかれてはな、」
「それそれ、それだよ」
「涼しい顔を誰がするでしょうか」
債権者たちの苦情に対し武麿はぴしゃりと言った。
「誰にできるでしょうか」
武麿の口調にひるみながらも油屋がいう。
「わしらは何も反対も妨害もしやせん。むしろ賛成なぐらいだ。ただ、いまもさっきあんたが言ったように、今度の計画は全国から注目されているからな。おかしなことをしてもらいたくねえな。しばろうと思えばわしらにはそれができるわさ。しかし、それはしねえ。いい機嫌で立たせてやるつもりだ。餞別もはずみたいと思っとる。ただ、おかしなことをしてもらいたくないんだ」
「おかしなことはやりたくてもできやせん。それは申すまでもないことです。ですが、あなた方も全国的な注目の的になっていなさるんだ。そのこともお忘れにならんでください」
武麿のほうも釘を刺しておくことを忘れない。

夏祭りの季節
村ではお囃子の音があちこちから聞こえる。

一方、村の公民館では
「満州の報告会」が開かれ、村人たちが注視する中、帰国した堀川が嬉しそうな顔して演壇に立つ。
「おらあ、生まれてからこのかた、こんな高けえ壇の上からものをしゃべるちゅうことは今夜が始めてじゃ」
村人たちの笑い声。
「ところで、おらが満州はこんなにええところだとひとりで喋ったところで皆さんは信用はしますまい。ただ、おらも150戸のうちの一戸として一緒に行くだから、ちょっとでも満州の話に嘘をまぜた日にゃあ、むこうへ行ってからみなさんにひっぱたたけるにちげえねえ」
堀川の大仰な話ぶりに笑い声が湧き上がる。
「そこで、おらあ、現地の移民団から集めてきた土や米、大麦、小麦に粟、コーリャンなんぞみやげにもって帰へりやした。どうかこれを見て安心して一緒に満州に行ってもらいてえだ。
とにかく、150軒からがこの村から満州に行かないことには、永久にこの村が立ち直れないということだけはわかってくれ。
それなのに、まだ自分だけのことを考えて貸金のある衆だけは満州にやるまいと、内々運動をしている人もあるそうで。わしゃあ、そんな目先のことだけで皆さんに話しをしているんじゃごわせん」
「えらいぞ、大日向村の西郷どん!」
威勢のよい野次が飛び、大笑いになる。
「へへへ、西郷どんとはおそれいりやしたな」
堀川は照れた。
「しかし、わしはひとつだけ、皆さんに信じてもらえることがありやす。満州は、おらたち百姓でも立派に活躍できるぞ、と、これだけは堀川、西郷どんと同じように皆さんに信じてもらえるだけの自信がありやす。へへへ」
盛大な拍手。
「では、ひとつ見てもらおうかな。これはどこの村からとってきたかということは袋に書いてありやす。満州に米ができるかと疑っている人はこの稲の穂をみてくだせえ。粟でも麦でもこれはみんな肥料なしですぞ。肥料なしでやすからな」
「肥料なし?」
堀川は穀物をとりだす。
「見せてくれや」
村人たちはみな袋のところに集まった。
「満州の土、見せてくれや」
「こっちも見せてくれや」
そして米の穂を勘定する村人たち。
「ざっと180粒もある」
「と、すると、3反で、3石は楽にとれる」
「そうだな」

「専務さん」
「なんじゃ」
「こりゃあ本当に満州の稲でやんすか」
三之助の言葉にひとりが怒って、
「ケチをつけにきたのか」
「いやあ、ただ念を押しただけだ」
「親切づらしやがって、まったく、いつから油屋の番頭になったんだ」
「おら、なにも。ただ、問屋さんには逆らえねえだけじゃねえか」
「何ぬかす、このアブラムシ、叩き出してやる」
「おらなにも、」
みんなは三之助を追い出してしまう。

「もういねえか、アブラムシは?」
「もうええだ」
おフクが、
「話の途中だけど、おスエが心配だから帰らせてもらいやすだ」
「そうか」
「じゃあ、わしも」
つられてまたひとり腰を上げる。

「そう気を散らせねえで、よく見てもらいたいだ」
堀川がみんなに声をかける。
「とくに、この土をよく見てもらいてえだ。肥料のいらねえ土というのはどんな土か、手にとってよく見てもらいてえだ。
満州には一千七百万町歩というでっけえ土地があっておらたちに耕してもらいたがってるだ。わずか五反足らずの田畑で苦しんでいるものでも、満州にいけば一町はおろか十町でも自分たちのものになるわけでありやす」
一同どよめく。
「ただ、これは自然とそういうことになったのではありゃせんぞ。こうなるまでにはいろんな犠牲を払っているのでありやす。つまり、この満州の土には血が浸み込んでいるからです。その血とは他でもありやせん。日露戦争、満州事変と、おらたち日本人が満州の土地の上に流した血でありやす。その流された尊い血を無駄にしては誠に申し訳のねえ話でありやす。おらあ、拝みてえ気持ちでこの土をもってきやした。こんないい作物を実らせる満州の土っちゅうもんをそういう心でよーく見てもらいたいでや」
「おう、土を見せてくれ」
「いま、そこで見てたぞ」
「土を見せてくれよ」
「土はどこだ、どこへやっただ?」
そこですすり泣きが聞こえてくる。
堀川は泣いている老婆に、
「おくめさん、」
「清(せい)さん、遼陽へ行きやしたか」
「遼陽?」
「はい」
「日露戦争のとき、おらの長男は遼陽で戦死しやした。おら、77歳のきょうまで倅のことを忘れたことはありやせん。せめて一生に一度、倅の死んだ遼陽ちゅうとこを見て死にてえ。そればーっかり考えてきやした。村あ出ていくときあいつはおらの肩たたいて、おっかあ長生きしなよって、出ていきやした。あの笑った顔がおらあ今でも忘れられねえ。新吉はこの土の上で戦死したずらなあ」
「おくめさん、遼陽っちゅう町は今度おらたちが行くところと地続きだで、おめえも一度遼陽へ行ったら新吉も喜ぶずら」
「お、おらも一緒に連れてっておくんなんしょ。おら喜んで満州に行きやすよ。新吉よ、おっかあも行くぞう、おまえの死んだ満州へ、行くぞう」
二人の男が駆け込んできて叫ぶ。
「義治、庄三郎、いねえか! おとっつあんが死んだぞ!」
「死んだ?」
「二人とも橋の上から落っこちたんだ!」
「えーっ!」
人々は驚いて外に向かう。
堀川が男に尋ねる。
「どうしたんだ、二人死んだとは?」
「落ちもするわ。油屋の山を追い出されて十国峠まで行くんだからなあ。飲まずに帰られっか」
「ちくしょー!」
ウメが叫んだ。
「おウメさん、いたのか、おウメさん」
おウメは走り出た。それをまた人々が追う。

橋の下の河原に村人が集まる。
「あそこだ、あそこだ」
「おとっつあん!」
義治が金吾の遺体に駆け寄る。
「親父は言っとった ― この年でもおらは十国でもどこへでも行く。若けえものは満州でもどこでも勝手に行け。おら、それが遺言だと思って」

危ねえ、危ねえ、おウメさん、という声がする。
「まぐれうちでも一発ぐらい当たるけ」
「危ねえ、危ねえ、」
ウメが猟銃を振り回しているのであった。
「油屋、線香ぐらいあげにきやがれ、あぶらや!」
叫ぶウメを人々がなだめる。

いっぽう、時代は刻々と変化しつつあった。
満州は決して安全な土地ではなかった。
通州事件を報じる新聞記事:
「保安隊変じて鬼畜
罪なき同胞を虐殺
恨み深し!通州暴虐の全貌」

「帝国海軍中尉
上海で射殺される(大山事件)
海、陸、呼応 砲門を開き
暴戻支那に猛攻撃
戦線拡大、激戦を展開」

季節は移り、ある夜半、堀川が武麿を訪れる。
「村長さん、武ちゃん、」
武麿が戸を開ける。
「どうしたんだい、いま時分」
「油屋にいた」
「油屋に? いつから?」
「宵のうちからさ。できるもんならおらが先遣隊と一緒に満州に出かける前に借金問題を一気に片づけようと思って、今まで粘っていた」
「うん、それで?」
「だめの皮じゃ」
「でも、このぐらい追払いをやるということを信用してくれたら利子ぐらい棒引きにせんことはないと思うがね」
「武ちゃん、おれ、そんなけち臭いことは切り出さんかった。どうでやす、大将、村の連中の借金7万円、きれいに帳消しにしてくれんか、おら、そう言った」
「うん。そしたら?」
「そうしてくれたら、あんたの、へえ、銅像を立てやす、と、おら、言った」
「銅像?」
「はは、苦し紛れにそう言いやした。ところが、銅像なんかになってカラスの糞なんかひっかけられたくねえ、とさ」
「よかったねえ、カラスのくそか」
「だが、銅像はいい思い付きでやしょ?」
「うん、よかった」
「やあ、それまでやってくれたら借金の問題はおれが片づけるよ。たとえ三年かかっても五年かかっても、きっと解決するよ」
「銅像一点張りで行きやしょ」
「うん」
「じゃあ、後は頼んで、おらは安心して先遣隊で満州に渡りやす」
「ああ、後はおれがやるよ」
「頼んます。清はやっぱり飲まれてきやしたな」
「そいつはまたしばらく聞けなくなるねえ」
「一生かもしれやせん」

先遣隊の出発の朝;
義治が浅吉の家を訪ねる。
「浅ちゃん、いってくるぞ」
浅吉はうつむいて黙っている。
「浅ちゃん、元気だせや、な。なにも先遣隊で行けねえからって恥ずかしがったり腐ったりすることはない。満州も大事ならこの元村もどっちも大事なんだ。それにスエちゃんがよくなればいつだって満州に行けらあ。な、元気出せやあ」
スエがそっと顔を出して言う。
「おらのために兄さ行けなくなってすまねえな。すまねえな」
「スエちゃん、気にすることはねえよ。よくなればいつだっておらたちと一緒に行けるんだ。おら、いつまでも待ってるぞ」
「よくなるわ。きっとよくなるわ」
フクが姿を出す。
「あれ、もう出かけるんかね」
「おばさん、行って参じます。お袋のことはよろしくお頼み申します。建設本部で留守中のことはいろいろやってくれると思いますが、よろしくお頼み申します」
「ああ、そんな心配はいらねえ。達者でな」
「じゃ、もう時間だからまいります。浅ちゃん、スエちゃんのこと大事にな。スエちゃん、おら、おら、行ってくるぞ、スエちゃん」

義治は母のウメと出発場所に向かう。
「達者でな。おら、入植地が決まったらすぐ迎えに戻ってくるからな」
「ああ」

喜びと希望に満ちた顔で若者たちが旅立つ。
「いってまいります!」
「いってまいりやす!」
「がんばってまいりやす!」

「先遣隊、万歳! ばんざーい!」
武麿が音頭をとって叫ぶ。村人たちも呼応する。
「ばんざーい!いってらっしゃーい!」
万歳の声がいつまでも続く。
「義治、しっかりやってこーい! おっかあも後から行くぞー」

組合事務所に戻った武麿;
「おお、三之助さんか」
「へえ」
「まあ掛けりゃいいが」
「村長さん。おら、先遣隊の出発を見ると、たまんねえでやす。おれはみんなに謝りてえでやす」
「まあおまえさんも暮らしはつらかろう。いろいろ迷うのは私にもよくわかるよ。しかしまあ、安心するがいい。借金の問題はなんとか目鼻をつけるから。お前さんも本隊と一緒に行くこともできるよ」
「お願えしやす、お願えしやす」
「80過ぎのおっかあも行ってくれるといいやした」
三之助はすすり泣いた。

満州より第5信:
「すでに僕たちはハルピンでの訓練を受け終わって、あるいは弥栄、あるいは千振、あるいは瑞穂と、立派に開拓された村々での現地訓練を受けながらいつもこう感じています。よし、僕たちも立派に満州の土をつくろう、満州の土を深く掘り下げねばならん。見た目には一尺掘っても五尺掘っても変わりがないが、実ってくれる穀物はちゃんとそれを知ってくれるだろう。満州にはおそらく祖先が耕してくれた土地はないだろう。だから僕たちがそれを耕し、新しくそれを作るんだ。この沃土を荒らしてはならない。立派に耕し、立派に育てようではないか。僕たちはもう入植地の決定を待つばかりだ。それが決まれば、僕たちはまず僕たちの手で家を作る。それから皆さんをお迎えに御村、大日向村に帰るのを楽しみにしています」

帰ってきた先遣隊を乗せたバスが村に到着する。人々は旗を振って出迎える。
堀川と武麿が神社に挨拶。堀川が人々に向かって、
「第一次先遣隊が皆さんを迎えに戻りやしたぞ!」
「ばんざーい、ばんざーい」
「入植地はシュウチャンファン、吉林省の東北部にあたってやす。南北4里、東西3里、山あり、川ありで理想的なところでやすぞ。皆さんも安心して満州に行ってもらいやす」
「ばんざーい、ばんざーい」

荷物を荷車に乗せて運ぶ村人たち。

産業組合にて
堀川が歌う。
「小諸出てみろ 浅間の山にヨー 今朝も煙が 三筋立つ
碓氷峠の あの風車ヨー 誰を待つやら くるくると
やあ、堀川の、一世一代の歌でやすよ」
「清さん、満州へ行くとまたその歌が歌いたくなるぞ」
「そうかもしれやせん。そうなったら、おら、満州の荒野に聞かせてやりやすよ、はは」

暗い台所の片隅で浅吉が考え事をしている。
「あにさん、あにさん、」
蓆を編んでいるフクが
「スエが呼んでるだに、」
浅吉はスエの病床に来て、
「なんだい?」
「満州の話、もっと聞いてきておくんな」
「うん」
「帰ってきたら話しておくんないよ。待ってるからな」
「うん」
そうスエに言われて浅吉は産業組合に出かけていく。

宴会はさらにはずんで、満州の歌が出る。
「...希望は燃えて、緑成す、
見よ大陸の新原野、
開くわれらに光あり
おお、満州、大日向村」
「ええと、向こうでは悪い病気はねえですかな」
「まずその心配はいらねえな。お上の補助金と満拓公社からの補助金で今度の分村にも病院が建つことになってるぞ」
「へええ、それじゃこっちよりよっぽどましだ」
「どの開拓村でも産婆だけは... あっちでもはあ、こっちでもはあと... おらも免状でもとって産婆にでもなろうずら」
一同が笑っているところへ
「浅ちゃん、来てくれたかい。まあ、あがんな」
浅吉はおずおずしながら入ってくる。
「ま、あがんな。何も気にすることはねえじゃねえか。第一陣に行けなくても、第二陣も第三陣もあるんだ。な、元気だせや。さ、一杯いこう」

暗がりの家の外で、
「スエ、スエ!」
フクがスエを探し回っている。

橋の上で水の流れを見つめるスエの姿。

「スエ、なぜ死んだ?」
スエの遺体にすがって泣き伏すフクを村人たちが取り囲む。
「スエ、おらにはこの手紙読めねえ」
がっくりとうなだれる浅吉。
堀川が武麿にスエの遺書を渡す。
「村長さん、読んでやってくだせえ」

「私はもうよくなるあてはありません。自分でもそれはよくわかります。もうすっかりあきらめました。義治さん、こうなるまでは一生懸命養生してたとえあなたとご一緒には行けなくても、もしか丈夫になれたらあなたの後を追って私も満州に行くつもりでした。そればかりがただひとつの望みで私は養生してきたのです。私はこういう身動きもできない身体をしてあなたが満州へ去っていかれるのを見送るのはいやです。そして私のために浅吉にいさんを満州へ行けなくさせるのは心苦しいのです。お母さんも私さえいなければあなた方とご一緒に満州へ行かれるのです。そのほうがどんなに皆さんにとって幸せであるかしれないと私も思います。仲良く皆さんで行ってください。満州へ行かれれば、お母さんも手をささらのようにして炭俵編みなんかせずともよくなります。あなた方も地獄のような山へ、暗いから暗いまで入っていなくともよくなると聞いています。スエは死んでいきます。でもスエは嬉しいのです。これから育つ娘さんたちが二度とスエと同じような運命をとらなくても済むだろうと思うとどんなに嬉しいかわからないのです。どうか達者で満州の荒野で立派に働いてください。あなたのお母さんとうちのお母さんは仲良しですし、あなたと浅吉にいさんも仲良しです。満州でも隣同士に住んで仲良く幸福にお暮しください。お別れに臨んでこのことを心からお願いします。できることなら私も骨になって皆さんとご一緒に満州に行きたいと思います。私も連れていってください。ここに埋められたくありません。ひとりでは寂しくていやです。苦しいのです」
「おっかあはおめえに合わす顔がねえ」
フクは泣き叫んだ。
浅吉「おらもおっかあも満州に連れていってください。スエは村のために死んだのです」
「無駄死にさせちゃ可哀そうだ」
武麿「みなさん、スエちゃんは皆さんを励ますために一足先に満州に行ったんだ。どうか、そう思ってやってください」
フクも泣きながら、
「おらも行きやす。満州にやらせておくんなさいまし、村長さん」

数日後、スエの遺骨を抱きながら、出発するフクたち。

「スエちゃん、行ってこいよ」
見送る老婆。

おくめ婆は背中に乗せられている。
「おくめさん、元気でな。遼陽で倅が待っとるぞ」
油屋が声をかける。
「ありがてえ、おらあ、長生きした甲斐がありましたよ。おらあ、遼陽で倅に会える」
「ははは」
油屋も機嫌がいい。

神社に集まる人々。
堀川が武麿の手を握る。
「武さん、」
「長い間、ぼくのために... 今日から僕は一人歩きしなくてはならない。
君と別れることが僕にとっては... 清さん、しっかりやってください」
堀川と武麿はじっと見つめ合う。
「やるよ。後のことはよろしく頼むよ」
ゆっくりとうなづく武麿。

「ばんざーい、ばんざーい」
「みなさん、われわれはこれから満州で根かぎり働きやす。そして立派に満州大日向村を打ち立てる覚悟でありやす。どうか皆さんもわしらの後に続いて第三、第四の大日向村を作ってください。では、へえ、元気で行ってめいりやす。みなさん、どうか御達者で。満州大日向村ばんざーい!」

「...希望は燃えて緑なす、
見よ大陸の新原野、
開くわれらに光あり、
おう、おう、満州の大日向村

...
協力一致、美しく、
築くわれらに覚悟あり
おう、おう、満州の大日向村」


336 households, ta ga 1 ttan gose 1490 m2
hatake 4tan 6se in total 6tan 1se 4560m2

満州の寒さ日本人に堪え得ぬか。このはるか北のシベリアに町あり。

“Japanese can't endure the coldness of Manchuria?
See towns in Siberia where is far north from here”

Opening

Good evening,
I am Maya.

Today's movie is “Oohinata-mura village”, released 1940.

The time of the story begins from the year end of 1936.
Oohinata-mura was a very poor village between deep valleys.
At the first scene, Soncho (village head) trying to collect the village tax from the villagers but he knew well no one can afford to pay the village tax which has been unpaid for years.
The village itself has huge debts. Everyone is poor except Aburaya and its related people. The village owe Aburaya the debt too.
Soncho was given a sarcastic remark from the manager of Aburaya. He felt helpless, finally he gave a notice of resignation. The job of soncho (village head) became empty.

Meanwhile, at the Yomoppara field, a man was crying. He is Horikawa Kiyomi (performed by Kawarazaki Chojuro), the director of the industrial co-op of the village. He watched the mountains getting bold and felt exasperated. “We must do something, for our survival.”

Later, a new village head arrived from Tokyo. New soncho is a calm yet energetic man called Asakawa Takemaro (played by Kawarazaki Kanjuro).
Decades ago Horikawa was working under the Asakawa's father's farm and has been a kind of mentor to the new soncho Asakawa.

The two men started to seek the new way for survival of the village. They planned to divide the village which was very unique idea then and got attention all over Japan.

In 1930s and 40s, the people of the world were still very, very poor. Japan was not an exception.
You cannot get to know the people then if you starts from the result.
Poverty today and poverty then are totally different. But in any age there were dramas of people.

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masterpiece!

Thank you for your comment.
Probably the hardships of settlers were common worldwide. I have watched a US film of Italian settlers who were struggling to immigrant to USA in the beginning of 1900s. They said “In America, milk is running in river.” I don't think they believed it in real, but they needed a dream. Optimism is important, especially if you start something new on the edge.

In Manchuria the Japanese settlers had successfully developed the hinterland. After the war, they had to escape from Soviet army, leaving all the properties behind and back Japan. Sakuma villagers were not exception. But in the interview and writings after the war, they did not complain about the life in Manchuria, though the memory of escape was terrible, naturally.

Next movie is Byakuran-no-uta (Song of White Orchid), which is a movie of Manchuria railway. (upload on 16th September).

戦後、満州から引き揚げてきた大日向開拓地の人々を昭和天皇がお訪ねになられた

満州から帰ってきた大日向開拓地の人々に、昭和天皇ご訪問の知らせが入る。

当時、希望に胸を膨らませ、満州に入植したものの、敗戦で命からがら帰って来た故郷は彼らを受け入れる余裕がなく、仕方ないからカラマツの生えた荒地を開拓して食えるものはなんでも食べる毎日。

当日、陛下が何に乗ってくるかを子どもたちは予想した。
「馬かな」「ジープだろ」
そのうちに開拓地の道路の彼方から人影が見えた

まさか、まさか…

そのまさかだった。

昭和天皇は2キロの道のり歩いて開拓地にやって来られたのである!

以下、とーちゃん(さん付け不要)さんから拝借しました。

https://twitter.com/knightma310
とーちゃん(さん付け不要)






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