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インターネットだけの友達でも大切にしよう!と思った友人の死

5月の終わり頃、ネット上だけの交流ですがNYに住むお友達 Enzo Simone が亡くなりました。

Facebookで、彼がタグ付けされた投稿が流れてきて訃報を知ったのですが、その投稿が流れてきたのが月曜日。そして彼が亡くなったのが金曜日と本当に急にお亡くなりになったようです。

彼とは、昔なつかしの『MySpace』で知り合い、私が趣味で撮影する写真や、自然について、たわいの無い話をしていました。その頃のMySpaceは今とは全く違う様相を呈し、ブログとTwitterの中間のようで、割とクリエイティブな人が集まっていました、思えば世界中にSNSブームの元を作ったのはMySpaceだった気がしますが、その後あっさりとFacebookにその座を奪われました。

その後、場所をFacebookに移し、MySpaceの時ほどではないのですが、挨拶をする仲だったのですが、9年前、日本が東日本大震災に見舞われた時には、とても心配してくれ声をかけてくれのでした。その時、都内にいた母と連絡が取れなくなったことを話したら、次の日に「お母さん連絡取れた?」と話しかけてきてくれる、世話焼きで優しい人でした。

そして時々誕生日にメッセージを送ったり、私の写真に彼がコメントをつけたり、数年前に生まれた彼の息子さんの写真を楽しく眺めてイイネをつける間柄でした。

仕事などが忙しく、私が英語のスキルが十分でないこともありもう、頻繁にはコンタクトを取りませんでしたが、それでもFacebookでお互いの投稿は時々見ていました。そんな彼から先日(4月21日)に、声をかけられ、ニューヨークに住んでるでしょ?大丈夫?と返信したのですがうまく伝わらなかったのか、アクションがなく、もう一度声をかけようかなと悩んでいたところの出来事だったのです。

単にネット上だけの関係とはいえ、10年(12年くらいかも?)以上、そこにいるのが普通であった友人がいなくなるというのは、とても悲しいものなのだと知りました。

そして、今まで知らなかったのですが、今回始めてみたので日本や他の国でも同じことをするのか知らないのですが、米国ではどなたかが亡くなると、追悼の投稿をその人に関連づけて流すようで、たくさんのメッセージが流れてきていたので、彼にタグづけされた投稿を時々読み「悲しいね」とアクションをつけていたところ、偶然にも以前日本に住んでいたという、彼のお友達がメッセージを下さいました。

いわく、彼が日本人の友達がいるって言ってたけど、それって、きっと君のことだねと言うのです、偶然が重なり、その事実を知り、そういえば、彼に、カメラは何を使っているか聞かれたことがあったな、とか、たまに花の写真を褒めてくれたな、という他愛もないことを思い出し涙が止まりませんでした。

そして古いやりとりを見ていたら、彼は私が撮ったピンボケの写真に「素晴らしい写真だね!」とコメントしていて、そんなところにも彼の優しさがにじみ出してました。

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ネットだけで会ったことがなくても大事な人っているな。

もっと話しかけておけば良かったと後悔してます。

そんなこともあり、最近は以前からのフォロワーさんに話しかけたりしています、自分が命には拘らないものの、思わぬ病気になってしまったので、余計に話しかけたいなと思うのかもしれません。

最後に彼のしていた活動を紹介します。彼のお母様はアルツハイマーとなり、彼のお義父様はパーキンソン病となったため、彼はアルツハイマーとパーキンソンのための資金集めのために、10の著名な山に10年の間に登るというチャレンジを行い、それがドキュメンタリー映画になっています。(ナレーションはなんとアン・ハサウェイ!)

I will say though, he will always be in my heart.
Thank you Enzo.

10 Mountains 10 Years (2010)/IMDb
https://www.imdb.com/title/tt1541788/


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