ホステス精神を辞めたら楽になってきた話

久々にスナックで奢っていただいた日のこと。

呼ばれたら知らない曲を歌ってくれと言われた。普段の私なら無茶振りにもなんとか答えて歌ってしまうところ、初めて歌いませんと宣言して、結局歌わずに帰って来た。

呼んで頂いたのはお金に余裕があるご老人の方だ。私のことをある程度は気に入っているが、手を出してしまうほど倫理観は欠如しておらず、妻がおり、彼女もいる。以後、彼をAさんとする。

私はその方の飲み友達の飲み友達(わかりにくくなるのでBとする)で、Bさんには筆舌に尽し難いほどお世話になっている。

今回話したいのは「ホステス気質」についてである。

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もともとホステス気質の素養はあったかもしれないが、それが身についたのは5年前の頃だ。

その頃にわけあって、遅い時間に酒場を流浪する癖がついた。なぜかというのはまた別の話になるので、気が向いたら書きたいと思う。

お酒をたくさん飲み始めた頃、私はとても若かった。(今も若くはあるけど、当時バーで飲んでいる"女性"としては最年少だった。)

化粧もしないし、可愛げのある女子大生のような服装でもなかったため、下心まるだしで奢る男性は少なかった。それでも、若い子が頑張っている姿を見て心を痛めたのだろう、のみすけの大先輩方から何杯か恵んでいただくことがあった。

私は貧しかった。昼食は100円のパンと野菜ジュースで過ごしていた。

だったら飲むなという話なのだけど、どうにもストレスから、当時はバイトをして稼いだお給料の3分の1までと決めて飲んでいた。

私はその頃、1杯1000円程度のウイスキーを1時間かけてゆっくりと飲んでいた。のみすけの先輩方から好きなものを飲ませていただけると、相手が神様のように尊く思えた。同年代には「女子」というカテゴリに分類されない私におごるような人たちは本当に尊く思えた。(ちなみに、当時、性自認に自覚はなかった。)

最初は純粋に感謝の気持ちだった。お酒を飲ませていただけるなんて本当にありがたいという気持ちで、一生懸命、相手の話を聞いた。相手がすっきりとした気持ちで、にこにこ楽しかったと帰るときに思っていて欲しいと強く思った。

うまくいくこともあったし、いかないこともあったが、とにかく相手の満足度を高める努力をするようになり、その癖が染み付いていった。

そして、私はバイトで飲み屋の(募集では小料理屋と記載されていた)接客業をしていた。完全に時給目当てで釣られてしまった。それがスナックとキャバクラの中間のような、下町版クラブのような、特殊な業態だった。下品というか、さも水商売という雰囲気がなく、確かに雰囲気は小料理屋というか、上品めの居酒屋だった。

可愛さを売りにできない中、モデル級に可愛い子たちに囲まれる環境でめぐらせた生存戦略は「話を聞く能力を伸ばす」ことだった。方向性に間違いはなかったようで、順調に語りたい人たちから気に入られるようになった。

おまけに大学で臨床心理系のことを勉強していたため、トライアンドエラーを繰り返して、悩みを聞くのがどんどんうまくなっていった。

そうして身につけた態度のおかげか、いきつけのお店でも常連として可愛がられるようになった。

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大学を卒業してから、明確な下心をもって奢られることが増えた。大人の階段をのぼったら、倫理という名のバリアが剥がれてしまうのかもしれない。

奢られると、疲れることが増えた。

ホテルに連れて行こうとしたり、手を繋いで来たり、キスをせがまれたりすると、心底めんどうくさいと思うようになった。ていうか、正直、迷惑だ。

一緒にお酒を飲んだら好意をもっていると勘違いする男なんて都市伝説だとすら思っていたし、今までナンパな店に行っていなかったとはいえ、そうそう口説かれもしなかった私は、唐突に性的な意味で"女性"扱いされるようになったことにも精神がついていかなかった。

最初は好意をもたれることに感謝をしていた。そして好意を抱かせてしまったら、私はもともと恋愛感情を持ちにくい性格なので、こたえられないことに罪悪感を感じた。告白をされれば、一瞬は喜んでも、しばらくは鬱々と落ち込んだ。

最近はそういうことにも慣れたり、失礼だと憤ったり、断ってもいいんだと納得をして、それなりに生きていくことができるようになったけれど。

私はもともと自己肯定感が低く、人見知りで自分から仲良くなりたい相手を誘うこともできないコミュ障をこじらせた人間というのもあって「誘いを受けたら絶対に肯定する」という妙なルールに縛られていた。

これに加えて「奢られたら相手を満足させなければならない」という無自覚に育ったルールが合わさって、素人コンパニオンのような存在と化していた。飲兵衛からは確かに重宝された。いや、今でもされている。

そんなことを続けていたら、好きだったお酒がめんどうくさくなってきてしまった。

お酒は自分のもやもやした気持ちの整理や、その日の嫌なことを洗い流して明日の元気にするものだったのに、かえってストレスが増えたり、トラブルに巻き込まれたり、ダークサイドの洗礼を受けて、疲れてしまった。

特にお手頃に誘える性的な対象として見られるのは、屈辱だ。この上ない侮辱だ。過去に、おごっただけで性的欲求を解消できるなら風俗に行くより安いというような主旨を語るクソ野郎もいた。自分勝手な欲求はその道のプロにまっとうなお金を払って解消しろ。

話が横道に逸れたが、それで、その日も結局、はよこいや!と呼ばれてタクシーで駆けつけたのだけど、いきなり歌えない歌をリクエストされてしまったのである。

これは非常に反省する部分があって、数ヶ月前にリクエストされていて、今度までに練習しておくと言ってすっかり忘れていたので、謝って他のリクエストに答えて歌ったわけなのだけど。

運悪く居合わせたスナックの常連さんにからみ酒をされて、延々としつこくせがまれてしまったのだ。

数年前の私なら、トイレでYouTubeを再生して覚えて歌うくらいのことをしただろう。場の空気を乱さないことが、AさんとBさんの満足度向上につながると思うからだ。

誘った張本人Aさんは他の女性を二人も呼んで楽しそうにしている。彼はわいわいみんなで飲むのが好きな自由人だ。(呼んでからのアフターフォローはしない。)

場を盛り上げてお店に貢献するなら、八方美人の人気者になるなら、歌うのが正解だけど。

何となくその時に、もういいかな、と思ったのだ。

そして「ていうか、好きなように飲んだら良いじゃん」と気がついたのだ。仕事で疲弊して、プライベートでも疲弊するなんてバカげている。

お酒ってそういうものじゃない。あくまで日々の癒しだし。

実際、疲れる前に帰って、私は楽だった。次の日が快適だった。

まあ、そういうことじゃないって時も、あるっちゃある。常識的な何かをあきらめて、後悔せずに体力の限界まで楽しもうってベクトルに振り切れる時は良いけど、不毛だなって時はそっと引き上げる術も身につけて良いのだと実感した。だって、もう、大人だもの。

もし、素人コンパニオン化してる人がいたら、別にそこまで頑張らなくて良いんだよと伝えたい。深夜の酒場を見渡すと、サービス精神旺盛すぎて大変そうな人に気がつくことがある。もしかしたらその人は、みんなが楽しそうにしているのを見るのが好きなのかもしれないけど。

接待ではない限り、お店に足を運んだ時点で、みんな等しく「お客さん」でいて良いはずなんだ。

性暴力サバイバー、裁判は高裁で敗北的和解。Xジェンダー。四方により性自認を愚弄され、諸々のショックからPTSDに。その後、うつ病発症。