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2023年の振り返りと2024年の目標

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
2024年が始まって約10日、既に日本国内だけでも様々な事が起きていて「まだ始まったばかりなのに」と思う程のニュース量に心が重くなることもある毎日です。
少し遅れてしまいましたが、やっとお正月らしいまとまったお休みを取れたので、2023年の振り返りと2024年の目標について、ただただ私個人のことですが残しておきたいと思います。

noteについては、これからも読みやすい文章をアウトプットできるよう心がけ、2024年は丁寧にかつ活発に更新ができればと思っています。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

2023年の”お仕事”

もっとも大きな出来事は、2年間の任期を終えて自分の会社に戻ってくることができたことです。2021年に出向を言われた時は「2年は長いな」と思いましたが、終わってみるとあっという間と思える2年間でした。
出向したばかりの頃は新しい人間関係や仕事内容の違いに緊張感が抜けなかったのですが、職場の人たちに恵まれたことで人間関係ではストレス無く2年間を過ごすことができました。
一部の人とは職場が離れた今でも連絡を取れており、変わらず仲良くさせてもらっていることは有難いことです。

働き方は、その日その日の仕事を全力で、体力を使い切るまで深夜も働くスタイルを変わらず続けていました。今思えば20代の頃と同じように体力配分を考えずに働き、常にオンの状態で動き続けていたことがその後の体調不良の原因にもなっていました。
その点は反省すべき年でもありました。

2023年の”ワタシ事”

体調のコントロールができないと感じ始めたのが2023年の春頃からでした。(詳しくは2023年9月頃の別noteにて)
今では体調不良が起こりやすい状況が予測できるようになってきたので、時に薬を使いながらなるべく症状を出さないよう、症状が出たことでその場所に行くことを避けてしまわないように心がけています。
それでも「三歩進んで二歩下がる」という毎日です。

そういえば、遂に例の流行病にも罹ったのが2023年でした。
味覚や嗅覚には何も影響はありませんでしたが、倦怠感が酷く、仕事に完全復帰するまでに二週間近くかかりましたので、なかなか頑固な病だと感じました。
半年後に父も同じ病に罹りましたが、その時の父は高熱で意識不明になり呼吸が止まっていたそうで、仰天した母に夜中に叩き起こされて救急車に同乗したこともありました。健康は本当に大事です。

2023年の”推し事”

私のすべての推したちにとって変化の年でした。

IMP.について

まず、IMPACTors(現:IMP.)の事務所の移籍です。
2022年の年末から週刊誌で退所予定だと報じられており、その後にジュニアを管轄する井ノ原社長がインタビューで「本当です」と認め、ファンはそわそわしながら正式な発表を待っていた上半期でした。

7人同時の退所なので分かりきっていたことではありますが、その後は滝沢秀明さんが立ち上げた新事務所「TO BE」でデビューを果たすことになりました。
できればこれまでの事務所でデビューしてほしかった…と何度も思いましたが、順番待ちの後方にいた彼らにとっては「どこでデビューするか」よりも「この7人でどれだけ早くデビューでファンを喜ばせられるか」を優先し考えた結果だと思っています。
TO BEの事務所自体が未発達ではありますが滝沢社長のイズムが良くも悪くも前事務所から引き継がれているように思いますので、良いところだけは残して古巣とは全く別の道を歩んでほしいなと思っています。

そして、7人が世界で大活躍することを祈り、変わらず応援していきたいなと思っています。

ジャニーズ事務所について

連日の報道で知らない人はいないであろう話題です。
今でもうっかり「ジャニーズ事務所」と言ってしまいますが、被害に遭われた方にとってみれば目にもしたくない呼称だと思いますので、ファンとしては新しい社名の「SMILE-UP.」などを使っていかなければと表向きには思っています。(そう、表向きには)

当事者でも関係者でもありませんのでここで何か「ご意見」を長々と述べる気はもうありませんが、故・ジャニー喜多川氏の行動が本当にあったことならば、それはあってはならないことだという考えは変わらず述べておこうと思います。

ここからは残された会社の関係者たちがどれだけ真摯に対応していくかだと思っています。もちろん、虚偽の申告に対しては毅然とした対応を取ることは大前提で、これは今後同様のケースが発生した時に「言ったもの勝ち」の一方的な主張を当たり前にしないためにも慎重な事実確認は必要な対応だと思います。

今後は前例が無い中で手探りな状況が続き、ジュリー氏をはじめとした人たちの残りの会社人生は茨の道だと思いますが、どうかこれからの日本企業のお手本になってやる、くらいの気持ちで大きく構えて取り組んでほしいなと、ファンとして期待しています。

WEST.について

上記の流れの中で名前を変えざるを得なくなったグループのひとつです。正直なところを言うと、本人たちにとっては誇れる名前だった「ジャニーズWEST」だったとは思いますが、ファンの一人としては取ってくれたことで呼びやすくなったな、くらいの気持ちでいて、そこまでショックはありませんでした。(略称の「ジャニスト」も特に使っていなかったファンです)

ですが、おそらく私のApple Musicのプレイリスト名はずっと「ジャニーズWEST」で残り続ける気がします。(簡単なものほど変えるのが面倒なだけです)

三宅健と岡田准一の退所について

V6から派生したファンクラブも、気付けば20th Century名義だけになってしまいました。

健くんの退所の時は「やりたいことを好きなだけやってね」という気持ちで清々しい気持ちで送り出しましたが、岡田くんの時は事務所の問題から発生した退所でしたので複雑な気持ちも混ざりながら、少し涙交じりの「これからも応援してるよ、がんばってね」の気持ちで送り出した思い出があります。

まさかとは思いましたが、岡田准一ファンクラブの最後の会報でこんなに泣かされるとは思っていませんでした。文章を何度も何度も読んで噛み締めて、ほろほろと泣いた会報でした。
事務所の問題さえ無ければ今もここで活躍していたと思うと、とても勿体無い見送りだったと感じています。

宝塚歌劇団について

自分の贔屓は2022年の12月に退団していたので、そもそも2023年の観劇回数は片手ほどしかありませんでした。観劇回数が減った”ライトなファン”になりつつあった私であっても、秋になって歌劇団から出てきたニュースは衝撃的で、劇団を取り巻く状況が一変した年でした。

ファンとして応援してきた15年ほど、知ってはいたけどどこか美学のようにファンも誇らしくしてしまっていた「タカラジェンヌたちの激務(働き方)」について、考え直すきっかけとなった出来事だったと思っています。
そのために一人(或いはもっと多く)の人間が犠牲になってしまったことは悔やまれますが、今現在も膿を出すために劇団や関係者が必死に動いているのだろうと期待し、客席に座る私も消費者の一人としてあり方を考え直さなければならないなと考えています。

東海オンエアについて

「残る無傷の推しは君たちだけだ!」くらいの気持ちで見ていたのですが、ここも変革と反省と休息の年になりました。

私は東海オンエア側の視点しか持たない視聴者ですが、なかなかに破壊的な攻撃をSNSで(あろうことかメンバーの身内から)やられてしまいました。
当初はドッキリかと思うくらいに非現実的な夫婦の罵詈雑言の応酬だったので、状況確認のために久しぶりにX(旧Twitter)を何度も開けて投稿を追っていましたが、応酬内容がこちらの精神も不健康にしてしまいそうだったので、早々としばゆーとその妻の投稿からは目を背けてファンのまとめ情報だけを確認するようにしていました。

中立的な立場を放棄したくなるくらいには妻側の投稿が酷いと思ってしまい、しかも私は東海オンエアのファンなので、しばゆーの精神を疲れさせてしまうことになった今回の出来事で妻側には同情できずにいます。
残る5人のメンバーはただただ可哀想だと思いますが、復活の予定も決まったみたいなので、この見直しの機会をポジティブに捉えて充電してくれたらいいなと思うばかりです。そして妻さんとはさらに距離を離して活動してほしい。

前みたいに動画投稿を楽しみにする毎日が戻ってくるといいなと思います。

2024年の目標

別のSNSにも書いたのですが、今年は「まずは健康、次に減量」をスローガンに、健康の回復を最優先に、でも変わらず人生を楽しみたいと思っています。

また今年も「私の好きなもの」の2024 ver.を出すとは思いますが、好きな人たちが形が変わったとしても活躍し続ける限り、活力をもらいに各地に出向いていきたいと思います。

2024年もどうぞよろしくお願い致します。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます!