理解のある彼女ちゃんになれなかった


 Twitterでたびたび発生する「発達障害/精神障害の女には理解のある彼くんがいるが、発達障害/精神障害の男には理解のある彼女ちゃんがいない」という論。
 先日もこんなツイートが流れてきた。

 精神科医が自身の患者を「弱者男性」「弱者女性」と呼んでいるのにも驚くし、バイアスにまみれたインターネットの男女論に加担しているのにも驚いたが、わたしは発達障害/精神障害の当事者、いわゆる「弱者女性」と彼にラベリングされるであろう立場から、個人的に思うことがあった。

 わたしはADHDと躁鬱病で精神科にかかってもう7年になる。障害者手帳も取得している。そして昨日までわたしには彼氏がいた。彼は遺伝的に統合失調症気質で、おそらく反復性鬱病(診断上は躁鬱病だが、エピソード的に躁鬱病には当てはまらないだろうと躁鬱病当事者として感じていた)だった。
 さらに彼は鬱病で大学を中退してフリーター。わたしは鬱期を拗らせて一浪二留の大学生。どちらも家庭環境は悪いので実家は頼れない。
 いわゆる社会的弱者同士の組み合わせだった。


 これまで何人もの男性と付き合ってきたが、己のメンヘラ性のおかげで全てクラッシュしてきたわたしは、理解のある彼くん漫画に出会うたびに、心の底から羨ましさを感じていた。
 どうしてあんなメタ認知のできないスカスカのパッパラパーのメンヘラに理解のある彼くんという救済がいて、健常者に擬態することに必死なわたしはいつまでも救済されないのだろうと嫉妬していた。
 そんな頃に彼と出会った。

 彼は出会った当初、フリーター時代に貯金した200万を崩しながら無職を謳歌していた。彼は人一倍労働と資本主義社会を嫌っていた。かなり認知が歪んでいて、被害妄想が激しく、すぐに人間関係をリセットするような人だった。

 弱者同士でシンパシーを感じてすぐに意気投合し、付き合うことになるまではすごいスピードだった。
 仲を深める過程で、わたしは彼をわたしよりも救われない人だと思った。弱者同士寄り添い合って生きていくためには、まずはわたしが救わなければならないと思った。


 まず、被害妄想が激しいので、何度も浮気を疑われた。わたし自身、メンヘラが高じて性に奔放な時期があったこと(そのまま腐れ縁的に性行為はなくても友情が続いている関係性が複数あること)、アルバイトがもう4年ほど夜職であることから、周囲に男性が多い環境の中に生きている。

 わたしが昨年11月にレイプの被害を受けたときも、「セックスできてラッキーって思ってるんでしょ」と言われ、「そんなちゃらんぽらんな女と付き合いたくない」と別れ話を持ちかけられた。ひどいセカンドレイプだし、もうその時点でかなり人格を疑うべきだったのだが、わたしはわたしで恋に盲目になりすぎるので、泣いて謝り別れないことになった。

 わたしが寝ている間に、わたしの手をこっそり取ってわたしのスマホの指紋認証を解除し、いろいろな人とのLINEを勝手に見られたこともあった。早とちりの読み違えで浮気を疑われてキレられた。かなり失望したけれど、これを許すのも愛だとして許した。


 他にも何度も浮気を疑われていた。そのたびにわたしは傷ついた。いちばん大切な人に加害者扱いをされることが苦しかった。彼が自身の心を守るためならば、わたしを敵とみなして攻撃することもやむを得ないというようなスタンスが本当につらかった。

 それでも、それを許すのが愛だと思っていた。愛には自己犠牲が伴うとわたしは思っていて、嫌いなところも含めてその人を愛することが正しいと信じていた。


 わたしはたくさん彼を許してきた。

 酒癖が悪く、彼の友達を含む3人でバーで飲んでいるときに、知らん酔っ払いのおっさんにダル絡みし、おっさんをキレさせてその怒りの矛先がわたしに向いた。

 学歴コンプレックスを拗らせており、所属していた大学に戻るお金はない、でも大卒が欲しいから公立の大学を再受験したい、でも生活のために働いていたら勉強する体力がない、そして地頭も悪い、だからとりあえず放送大学に籍を置いている、という全てが中途半端でどうしようもなかった。

 慢性的な希死念慮があり、大喧嘩で数日連絡を取っていなかった隙にロープで自殺未遂をしていた。

 認知の歪みから発生する事象の受け止め方の間違いを指摘して、なるべく生きやすくなる考え方に導こうとすると、「なんでそんなに他人に怒れるの?嫌味?」と言われた。

 全部全部、二人で幸せになる未来を信じて、わたしは全て許してきた。一緒にいる時間は脳が溶けるように楽しかったし、哲学や文学や音楽の話で語り合うのも楽しかった。共通の趣味が煙草の吸える喫茶店巡りだったので、何十件もの喫茶店に二人で行った。あるところでは二人まとめて常連になった。


 しかし、どれだけ許しても許しても、認知の歪みや行動パターンを変えようとしない彼に、わたしは少しずつ摩耗していった。好きな気持ちはたくさんあるけれど、同じぐらい好きじゃない気持ちも膨れ上がっていった。

 そして限界が来た。これまでも揉めるたびに何度か話し合いをしていたし、別れ話も何度も出ていたのだけれど、今回はついに別れることになった。

 わたしは、愛に見返りはいらないけれど、摩耗していくだけで報われないことがわかっているものにリソースを割き続けられるほど余裕のある人間ではなかった。わたしはわたしでハンデが多いので、生きていくことに困難を感じている。いくら恋愛体質だからといって、他人に振り回されて人生を無駄遣いすることはなるべく避けたい。もう疲れ切っていた。

 わたしは、理解のある彼女ちゃんをやめた。わたしでは彼を救えないと思った。


 別れ話の日、その晩に彼の家の方面に行く予定があったので、用事が終わったら荷物を取りに行って、合鍵を返してもらおうとしていた。
 その用事の最中に、複数のフォロワーから彼がODをしている、LINEの通話が繋がらない、という連絡がきた。

 正直、またかよ、と思った(ロープの件)けれど、用事を早めに済ませて彼の家にタクシーを飛ばしていった。そこそこ距離があってまあまあお金はかかったけれど、とりあえずそんなことはどうでもよかった。

 合鍵で家に入るとODによる吐瀉物やシケモクや酒が散乱していたが、肝心の彼はいなかった。彼が一度わたしと出会う前に自殺未遂をしたというお気に入りの公園に探しに行ったけれどいなかった。LINEの通話は繋がるようにはなっていたが一向に出なかった。ODの勢いで失踪したのだろうと考えた。

 わたしはバイトに行かなければならないのでもう諦めた。別れたから他人だし、死にたい人間を死なせてやるのも一つの正しさかもしれない、とバイト先に向かった。その道中で彼の幼馴染に連絡がつき、ゼンリーを見せてもらうとどうも大きい病院にいるようだった。おそらく救急搬送されているのだろう。


 二人で幸せになる未来を想像して、小さな街でいつか喫茶店を経営したいねとか、子供はいらないから二人で生きて二人で死んでいこうねとか、それを信じてたくさんのことを許してきた。
 楽しかったことも、嬉しかったことも、このOD事件で全て台無しだ。このまま彼が本当に死んだとしたら、わたしは何のためにがんばってきたのだろう。
 わたしが彼の救済を諦めるということは、彼を殺すことを意味していたのだろうか?


 わたしは理解のある彼女ちゃんになれなかった。

 結局、Twitterの理解のある彼くん漫画に出てくる、恋人や旦那に救済される女は、そもそも生きづらさだとか悩みだとかの解像度が低くて、性愛ごときでチャラになる程度のものなのだ。

 どうぞその生きづらさ(笑)で弱者ぶって可愛がられてお幸せに。発達障害や精神障害の啓発活動(笑)もがんばってください。
 あなたたちみたいな人間がいる限り、発達障害も精神障害も、かつてのものとは違う、社会に適合できないことへの免罪符的な偏見が増すばかりだとは思いますが。

 できれば今すぐその悲劇のヒロイン仕草をやめていただきたいですね。よろしくお願いします。


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