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謎の覆面作家、浅利準(ナポレオン文庫)

 かつて、津原泰水氏は述べたことがある。

「僕が執筆の場を失ったとする。暫くすると、誰も読んだことのない作風の新人がデビューする。それだけの事」

 作風の話はさておき、およそ知られていない、にも関わらず上手い謎の作家は存在する。ただ、当人が明かすのは稀な例で、たいていは囁かれるだけ囁かれて謎のままだ。

 本稿で取り上げる、浅利準もそんな作家だ。若年層向けの官能小説レーベル、ナポレオン文庫。そこで一冊のみで消えた覆面作家。
 覆面作家……現代でそう認識されているのだろうか?
 だいぶ怪しいが、覆面作家なのはおよそ疑いようがない。

 ではその根拠だが……ナポレオン文庫通例の後書きがない。著者紹介文も既刊紹介もなく、浅利準名義の作品はこれきり

 にも関わらず上手い、いや上手すぎる。
 では驚異の新人だったかというと、それは怪しい。
 繰り返すが、本書には後書きがない、編集部の解説も。
 無論、著者の紹介文も……つまるところ、一切が謎なのだ。

 ひょっとしたら倉田悠子(稲葉真弓)では?

 ……と思うも、これは今のところ勘であって、根拠に乏しい
 なので、ここではひとまず、浅利準の異様な上手さを紹介しておこうと思う。もし古本屋で見かけたなら、ぜひ手にとって見てほしい。
 ※ただし成人向け小説ではあるので、その点はご留意を。

 では、本編に行こう。

1・冒頭

 まず現代(出版された90年代半ば当時)、高校生のバイクシーンから始まる。
 それはまだいい、問題はここからだ。
 心理描写とともに、バイク乗りの光景が3ページ続く。ヒロインの登場は3ページ目も最後になってからだ。

 なのに退屈ではない、むしろ面白い。
 この時点で、卓越はおよそ明らかと言っていい。

 以下、その3p目を引こう。
 亮はキャラクター名、TZRはバイクの機種名だ。

 タコメーターの針が1500回転の所で微妙に揺れている。針の揺れが徐々になくなりはじめ、ほぼ完全に安定した。

 ハンドルに両手をかけ、サイドスタンドを左足で軽快に跳ねあげる。そのままステップに足をかけ、ギアの上に爪先を乗せる。右足でバランスを取りながら、前方を見据えた。

 真っすぐにのびた道の向こうに、遙かにひろがる海が見える。

 小高い丘の上にある私立王城高校前のこの道は、亮のもっとも気にいっている道でもあった。

 道はゆったりとした下り坂になっていて、一直線に海岸線を通る国道までつづいている。 道の両側には春になると鮮やかな花を咲かす桜並木がつづいている。

 この道を走り抜け海岸通りに出て波の音とTZRの排気音が重なるなか、風と戯れるのが好きだった。

 いつも感じる胸の中で小人が踊っているような感触を楽しみながら、再びアクセルを大きく空ぶかしした。

浅利準『吸血学園 ヴァージン・クライシス』p11

 ここで付け加えることはあまりない。
 青春小説の名作と述べたとして、不思議はないだろう。

2・描写のバランス


 本作の主軸は実にシンプルだ。

「高校生の幼馴染同士が、吸血鬼(?)高校生の転向をきっかけに連帯し結ばれる」

 そして、この「吸血鬼」のバランスが素晴らしい。
 不可思議な現象もあり、三人称の文で吸血鬼との呼称もある。そのミステリアスさはあくまで、主人公たちの錯覚や吸血鬼(?)の誇大妄想で説明できる範囲なのである。 ※以下、その匙加減に敬意を払い、本作の「吸血鬼」には(?)を付加しておく。

 たとえば吸血鬼につきものの洋館は、吸血鬼(?)の親が持っているディスコに置き換えられている。現代もの(当時)として丁寧に換骨奪胎しているのだ。

 そのバランスは吸血鬼(?)の出現から堅守され、最後、主人公たちの感慨に至る。読み心地は至って爽やかなものだ。


3・綺麗な構成


 本作の筋立ては極めて簡潔だ。的確に削ぎ落とされている、と言っても良い。では、あらすじはどうか。

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