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語り手は誰か? 『ハーモニー』読解(5)/伊藤計劃研究

 前回までで読解の材料は出揃った。今回はいよいよ、長年の謎とされていた“『ハーモニー』の語り手問題”に挑戦していこう。

   ・

 そもそも『ハーモニー』の語り手は誰か? 無論、本文は霧慧トァン視点だ。だが霧慧トァンには『ハーモニー』を直接記す動機があるのだろうか?

 この疑問に触れているのが、エピローグ冒頭だ。

これが人類の意識最後の日。
これが全世界数十億人の「わたし」が消滅した日。
本テクストは、それについて当事者であった人間の主観で綴られた物語だ。

『ハーモニー』文庫版p359

 留意すべきは「当事者であった人間の主観で」との記述だ。
 まずここに解釈の余地が存在しているのである。
 普通に読むならばこの部分は、

・「当事者であった人間」、すなわち霧慧トァンが綴った物語

 である。しかし『ハーモニー』世界は高度監視社会だ。この記述には、別の解釈が存在することになる。すなわち、

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