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もっと貴方を読みたい


長年読書をしていると、「私が書籍を購入することで、この人の人生を支えたい…!」と歪んだ感情移入をしてしまう作家が現れる。とにかくふかふかの布団で寝て、おいしいごはんを食べて欲しい。ふっとボタンを押した自販機で、ジュースなどがもう一本当たっちゃって欲しい。単調になりがちな人生の中に、きらめく瞬間がいっぱいあるといい。

もしもし、貴社は株などやっておられませんか。良ければ貴方の人生にスパチャしたいのですが。あぁっ、今日スーパーでM寸の卵が安かったんです。最近高いですよね。お譲りしましょうか。しがない読者でしかない私がそんな風に思ったって、キモがられるだけなのだが。

アルコール中毒による膵炎で入院したり、結婚していながら手当たり次第にネットであった人々と関係を持ってしまったり。お父さんが犬になったり。コアラの鼻は何の素材なのか真剣に考えてみたり。彼女達を取り巻く危うさ。自分の腹の内を、臓物までつまびらかに晒してしまう正直さ。そういうものに私は惹かれる。強く。

実は最近出会った本に、また屈折した感情を抱いてしまったのだ。
それが、植本一子さんの「かなわない」だった。

初めて読んだエッセイが「家族最後の日」。そこに載った写真を見た瞬間、「あ、知ってる。」と思った。
癌になった夫の石田さん、そして娘のくらしちゃん・えんちゃんを切り取った写真集、「幸福な生活」。それをどこかで手に取って、痛烈な印象があったのだ。遺影の準備と思われる、スーツを着た石田さんが印象的だった。

思いがけない出会いで私は、彼女の生活を知ることになる。衝撃だった。
「家族最後の日」では実母との離縁、義弟の割腹自殺、そして夫の石田さんの癌のことが描かれる。とんでもない人生の3本立てだ。「彼とはもう会ってない」って誰よ。石田さんはどうなるの。お母さんとどうなるのよ。あなたはこれからどうなっていっちゃうのよ。

私の知らない一子さんの人生をより知りたい気持ちが止まらず、書店をはしごした。

駅前のジュンク堂…ない。
阪急梅田の紀伊国屋…ない。
エキスポシティの蔦屋…ない

「他の店舗にはあるんやろ!!!早う出さんかい!!!」

ベテランと思わしき、穏やかそうな店員さんのエプロン姿にタックルしたくなるのをこらえる。代わりになかしましほさんのレシピ本を買う。うーん、美味しそう。店員さんへのタックルはまた今度。

結局「かなわない」はAmazonで頼み、すぐに届く。嬉しくむさぼり読んでいたが、泡を吹いて倒れそうになった。

誰か私を怒ってください。余裕が無くなるとすぐに子どもに当たってしまう。こんな私を怒ってください。助けてください

恐怖心を植え付けてまで、自分の言いなりにしようとしていることに気づき、そんな自分を恐ろしく感じる。でも今の状態で子どもたちを可愛いと思えない。

子どもを産んだら「お母さん」になれるんだと思ったらそうじゃなかった

それは、仕事、家事、育児で構成された、隙間ない日常に追い詰められる一人の女性の姿。どんなラッピングもされていないむき出しの感情。凄まじい!だけど、昔、自分の家もまさにこうだった。一子さんを、温かい毛布で包んで抱きしめてあげたくなった。かつて私の母もこんな風に、一人で自分を責めて泣く夜があっただろうか。

家族とは一体何だろう。私はいつからか、誰といても寂しいと思っていた。それは自分が家庭を作れば、なくなるんじゃないかと思っていた。自分に子どもが出来れば、この孤独は消えてなくなるんじゃないかと。でもそれは違った。私の中の家族の理想像はその孤独によってより高いものになり、そして現実とかけ離れていることにしんどさを覚えた。自分の苦しさは誰にも言えなかった。

この言葉に、私は首がもげそうなほど激しく頷く。世間は、単に一人でいることを孤独と定義する。誰かがそばにいることは間違いなく幸せなんだと囁く。私達はパブリックイメージに踊らされ、嘆き、焦り、「こんなはずでは」と藻掻き苦しむ。

だけど、誰かと一緒にいて、「分かってもらえない」と思う瞬間は、どうしたって一人よりも寂しいのだ。世間からどんなに幸せそうに見えたって、その渦中にいる私が幸せでなければ、なんの意味もない。後半に向かっても、一子さんはずっとひりひりと危うい。だけど、徐々に自身と向き合おうとする姿を見て、ほっとした。

読み終わるころには、家族4人のことがとてつもなく好きになっていた。今日は「台風一過」が届いた。もちろんAmazonで。書店にないってことが分かると、店員さんにタックルしかねない。

これからの文章、ぐちゃぐちゃでもいいよ。画のパースが狂っててもいい。漫画のこととか、よくわかんないし。
貴方の作品が好きです。新しいの見せてくれたら、何でもワーって嬉しい!


あなたも、あなたも、あなたも、あなたも。
私の生活に差す一片の光です。


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