あの日なくなったきみへ。その翌日に生まれたあの子へ。

いまのぼくからきみへ

きみのことを思い出すと、悲しみに押しつぶされそうになる。
きみのことを思い出すと、涙が溢れそうになる。

きみがこの世からいなくなってしまったのは、去年のあの日。元々脳に障害があったきみ。でも、我が家にきてからは、もう元気すぎて、みんなが脳の障害のことを忘れてしてしまうほど。けれど、あの日、きみは急死した。

あの時、わたしはどれだけの涙を流したろう。
一生分の涙が身体から流れた気がした。

ご飯を食べていても、テレビを見ていても、本を見ていても、涙が溢れてくる。どろどろしていない、大きな粒じゃない、小さくてサラサラしている、まっ透明な涙。あんな涙は、初めてだった。

それから数日間、わたしはきみが亡くなったことを受け入れられなかった。きみは白い小さな箱に入っていた。綺麗な色とりどりの花とともに。身体はまだ暖かかった。わたしは、きみがその箱から、いつもみたいに、元気に飛び出してくるのではないかと思っていた。

しかし、2日目の夜。きみの身体は、冷たくなっていた。硬くなっていた。無性に悲しかった。その悲しみのまま、これが夢の世界であって欲しいと願いながら、布団に入った。

急に声が聞こえてきたのがわかった。キャンキャン、キャンキャン!。そして顔を踏んづけてきた。いつもの光景だ。もうやめて!と思った。

けれど、その瞬間思った。あれ、もうきみはいなくなったんだよな‥.と。きみはもう死んでいた。けれど明らかにきみはわたしの顔を踏んでいた。わたしには意識がある。目を開けた。何も見えない。けれど、わたしの身体をダッシュして踏んづけている存在がいる。それは確かだった。

そして最後。その存在は空に走り去っていった。

あれは、明らかにきみだった。

生まれて初めての体験だった。あれが現実だったのか、夢だったのか、未だにわからないし。もっというと、正直どちらでもいい。ただひとつだけ確実なことは、きみがこの世に入れる最後に、わたしに何らかのメッセージを残してくれたということ。

あれ以来、世界の捉え方が変わった。

そして次の日。また亡くなったきみの入った白い箱を見た。直感的に、もうきみがそこにはいないことがわかった。きみが死んでいることがわかった。そして、また無性に涙が溢れてきた。違う世界にきみがいってしまったこと、もう戻ってこないこと、その現実を受け入れるしかなかった。

母と、きみを火葬場に連れて行った。きみは色とりどりの花とともに、きみは煙になった。空気になり、この世界に溶けていった。

我が家は母子家庭。でも私は東京にいるので、母はきみと二人暮らしだった。

そこから数ヶ月間、母はひとりだった。もう立ち直れないほどに落ち込んでいた。周りの人が、新しい子を、と思っても、気持ちがまだ追いついていかなかった。きみの死を嘆き続けていた。

でもきみがなくなって数ヶ月後のある日、母に連絡が入った。新しい子を母に受け入れてもらえないか、との相談だった。うちには、昔から障害を持っていたり、病気もちだったり、見捨てられた子ばかりがくる。

その新しい子は、片足が生まれつき動かず、ある家にいったのだが、その子は嫌だとその家庭は判断し、ひとりぼっちになっていたのだ。でも、わたしの母親なら、ということで連絡が入った。母は、何かを断るのがとても苦手な人だ。そして、その子をとりあえず数日預かってあげると約束をした。

そして、その子を初めて見た時に驚いた。わたしも、母も。もう、きみの生まれ変わりにしか見えなかったのだ。白くて柔らかな毛。小さいけどうるさく走りまわる性格。そしてとっても甘えん坊なところ。もう、すべてがきみとうりふたつだった。

その後、その子の誕生日を知って驚いた。きみがなくなって2日目。きみが空に飛び立ち、そして火葬場でこの世界に溶けていった日。あの日にきみはこの世に生まれ出ていたのだ。

わたしは、それまで見えないものなど信じていなかった。けれど、見えるものだけでこの世界ができているじゃないだと知った瞬間だった。

きみとその子が似すぎていること。きみの亡くなった翌日にその子が生まれていること。そしてたまたまその子が我が家に来ることになったこと。

あれらはすべて偶然だったのだろうか。わたしはそうは思わない。あれ以来、今まで信じていなかった見えない世界の存在を信じるようになった。いのちや、たましいと呼ばれるもの。それがこの世界に存在すること。

そして、きみは死んだけれども、死んでいないこと。どこかの世界から、またその子を通して、きみはこの世界を、わたしを、母を見てくれていること。

まだまだ、きみとの暮らしを思いかえすと悲しい。涙が流れそうになる。でも、ふと横を見ると、あのときのきみそのままの子がいる。きみの肉体はもうこの世界に存在しない。けれど、君はいつも近くにいる。そう思えている。

きみは、ぼくにほんとうに大切なことを教えてくれた。きみの死を通して。

死は怖い。でも死は怖くない。すべては循環すること。死ぬことも、この世界の大事な営みだということ。死があるから生もあること。

そう思わせてくれたのは、他の誰でもない、きみだった。

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