芸術と科学のあいだ

これは、生物学者である福岡伸一さんの著書のタイトルである。

今日も、<いのち>を光にする、"kodou" という芸術作品を一緒に作っている仲間たちと夜中まで打ち合わせしていた。メンバーには科学畑出身者が多い。一方で、芸術作品を作っているのに、誰も芸術畑を歩んできた人はいない。

このメンバーで話をしていると、いつも議論に出るのが、「美しさ」についてだ。美しさとは何か。何に美しさを感じてしまうのか。そもそも、なぜ、美しさという感覚が人類に宿ったのか。

色々な説明があるけれども、福岡伸一さんはインタビューで次のように語っていた。

福岡さんは、フェルメールの青色の美しさを挙げ、海や空など自然界の色々なところに青があると指摘。「生物が現れて間もない頃、光や空気、水が必要だった。生命に必要なものが美しいと感じられたのではないか」と語った。

この文章がずっと気になっていた。そんな中、今日異なる記事と出会った。滝をモチーフにした作品で世界的に有名な日本画家、千住博さんの言葉だ。

東大の名誉教授で物理学者の佐藤勝彦さんは「人間が緑を見て美しいと思うのは、そこに行けば生き延びられるからである」とおっしゃっていました。名言だと思いましたね。

滝を美しいと感じるのも同じです。滝が流れる地球では、私たちが生きていくことができる。だから、美しいと感じる。それは日本の人だけ、人間だけではく、鹿やリスも滝に何かを感じていると思うんです。生命に関わることですから。

物理学を学んでいた僕からすると、佐藤勝彦教授は偉大すぎる人である。宇宙創生の理論であるインフレーション理論の提唱者であり、僕が高校時代に彼のインフレーション理論に出会い、宇宙の神秘に心奪われ物理学を学ぶことを決めた位、僕にとっても重要な方である。

ただ僕は、宇宙物理学者になる道は選べず、芸術家として生きることを選んだ。科学とは遠い世界に来たと思っていたけれど、そこでまた出会った佐藤勝彦教授であり、美しさについての考え方である。

一周周って、本当は科学を学んでいた時に議論したかったこと、出会いたかった現象に、芸術という切り口を通して出会い直しをしている感覚がある。芸術と科学。異なる眼差しのようでいて、それはともに、この世界そのものの真実に迫ろうとしている営みという意味で、右目と左目位の違いしかないのかもしれない。

そんなことを思った夜だった。

ここから先は

0字

芸術のげの字も知らなかった素人が、芸術家として生きることを決めてから過ごす日々。詩を書いたり、創作プロセスについての気付きを書いたり、生々…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?